第37話 救出
朝、目が覚めると隣から寝息が聞こえてきた。その距離はかなり近く、体に重みがかかっていることからも、カナリアが抱きついてきていることがわかった。
こういうのはやめてくれと頼んだはずなのにと思ったが、寝落ちしてしまい先に約束を破ったのは自分であるため、ここは受け入れるしかないなと諦める。
それでも、このまま寝ているわけにはいかない。俺にはやらないといけないことがあるのだ。
カナリアの手を掴み、起こさないようにゆっくりと剥がそうとする。しかし、手を掴んだ瞬間に彼女の目は開かれた。目が合う。すると、カナリアはニコッと笑い、俺から離れる。
「おはよう、リオンくん。遂に迎えに行けるね」
「あ、あぁ。おはよう」
昨晩寝落ちしたことを責めてくるかと思ったが、すんなりと身を引いてくれたことが意外で、少し面食らった。
「さあさあ、急いで準備しなきゃ! ウィルちゃんもリオンくんのこと待ってるよ!」
「……そうだな」
こちらの事情を優先してくれているのが分かる。どうやら、今のカナリアは甘えモードではなく、お姉さんモードみたいだ。こうなったカナリアの意志は強い。
「ワタシも最後までお供するからね! 救出までがお仕事だよ!」
「そうだな……カナリアにはお世話になったこと、ウィルにも伝えておきたいし」
「いいよいいよー。お仕事だからねー」
「仕事ね……」
やけに仕事を強調してくるように感じる。色々あったが、俺たちの関係は雇用関係でしかないということか。まあ、彼女は本作のメインヒロインの一人だ。本来俺が深く関わっていい相手ではない。
俺たちはベッドから出て、各自準備に取り掛かった。
* * * * *
宿場を出て、俺たちは城へ向かうんだが、俺の心臓がやたらうるさい。
ウィルに久しぶりに会えるのは嬉しいのだが、ちょっと緊張してしまう。でも、すぐに会いたい。心なしか早足になる。
「あはは、リオンくん、待ちきれないって感じだねー」
「ば、バレたか……」
カナリアに心の内を見透かされて、恥ずかしくなってしまい、更に早足になってしまう。
そして、予定より早く城に到着した俺は、さっそく門番兵のもとへ駆け寄った。すると、一人の兵が「お、来たな」と俺を見て呟いたのが聞こえた。
「すみません。ここに収容されている人の解放のお願いを……」
「あぁ、いいよいいよ、わかってる。ちょっと待っててね」
重苦しい格好とは裏腹に、気さくな対応をする兵が城の中へと消えていく。その姿勢に覚えがあった。あれは、ウィルが捕まった際に今の王政に対して不満を漏らしていた人だ。俺のことを覚えてくれていたらしい。
しばらくして戻ってきた門番兵の隣には、ずっと会いたかった少女の姿があった。見た感じ外傷等はなく、服も汚れているようには見えないことがわかり、安堵する。
「ウィル!」
「リオンさん!」
「おっと、その前にお金を出してくれ。1000万、持ってきたんだろ?」
「あ、はい。こちらです」
「おぉ、これはなかなか。流石に重たいな。よし、もういいぞ」
門番兵に金が入った袋を渡すと、その重みを確認するだけで、中身を見ることなくウィルを解放してくれた。俺とウィルはその行動に少し困惑したが、解放されたことを徐々に理解してきて、表情が緩んでいく。
「リオンさん!」
ウィルは門番兵のもとから駆け出して、そのまま俺のもとへ飛び込んできた。それを俺は両手を広げてキャッチする。ウィルは俺の胸に顔を埋めながら、擦り付けるように動かす。
「私、信じてました! リオンさんが助けてくださるって! ……それと、申し訳ありません。このような多大なご迷惑をおかけして」
「いや、いいんだよ。ウィル。君が戻ってきてくれた、それだけで俺は十分だから」
「リオンさん……!」
ウィルの抱きしめる力が強くなる。それに応じるように、俺も力を更に入れる。城門前、公衆の面前だということを忘れて、今だけは、俺たち二人だけの世界に入ってしまう。
「リオンさん……私、もう、限界みたいで……我慢できません……!」
「えっ——んんっ!?」
ウィルは顔を上げたかと思うと、俺の唇を奪い始めた。それは突っつくような可愛いものではなく、俺の口内に舌を入れて貪るようなものだった。流石にそれを外でするのは過激すぎるため、ウィルの肩を掴んで引き離す。
「はぁ……はぁ……リオン、さん……私、まだ欲しいです……」
ウィルがちょっと……いや、大分むっつりさんなのは知っているが、こんなに皆の前で過激になることは今までなかった。
おそらく、この収容期間でウィルの生命力は思った以上に削られていたみたいだ。言うなれば、これは生命維持治療。人工呼吸のようなもの。だけど、それを理解している人がいない場所で行うのはまずい。
「ウィル。俺もそうしたいけど、また後でね」
「……はい。でも、絶対、ですよ? ふふ、またお約束してしまいました。リオンさんはお約束を絶対に守ってくださるので、安心して今は我慢したいと思います」
「わあ、信頼されてるなあ」
何一つ疑いの色が見えない目で見つめられ、信頼されていることに喜びつつ、プレッシャーだなあと情けなくたじろぐ。
「リ、リオンくん、す、すごいね……」
「いやあ、熱烈だねぇ。俺も頑張らないとなあ」
顔を真っ赤にして胸の前で拳を閉じているカナリアと、兜で見えないが絶対にニヤついている門番兵の声が聞こえ、より一層恥ずかしくなる。
ウィルと一度離れ、隣に並び立って門番兵を前にする。
「多分、あなたにはかなりお世話になったように思います。ありがとうございました」
「ふふ、俺は何もしていないけどね。ただ職務を全うしていただけさ」
「いえ、兵士様は私の話相手になってくださいました。大変有意義な時間を過ごすことができました。ありがとうございます」
おそらく、それだけじゃない。収容された人のために、1000万ゴルなんて大金を用意することができる人なんて極少数だろう。そんな先がないように思える人たちに、城の者がどのような態度を取るかは想像に容易い。でも、この人は言ってくれた。「俺が監視しておいてやる」と。そういった悪意を持った人たちから、ウィルのことを守ってくれていたはずだ。ウィルの今の綺麗な姿からそのことが容易に分かる。
次に、カナリアの方に向き直す。
「ウィル。彼女はカナリア。ウィルを助けるためにたくさん協力してくれたんだよ」
「そうだったのですね。……あれ、あなたは私が誘拐された時に助けてくださった……二度も助けていただいて、この御恩をどうお返しすれば」
「いいっていいって! リオンくんからしっかりと報酬は貰うからさ! お仕事だから! お金がもらえて、ワタシはハッピー、だから」
「……それでも、いつか私からも御恩を返すことができたらと思います。改めまして、この度は私のためにありがとうございました」
「う、うん! ウィルさんが助かってよかったね、リオンくん!」
「……あぁ」
カナリアのどこか歯切れの悪い返答に、俺は眉を顰める。今朝から……いや、昨晩どこか様子がおかしいように思える。
「あ、そうだ。カナリア。報酬金を渡すよ。これで完全に依頼達成だ。本当にありがとう」
「あ、うん。へへ、これで終わり、だね。……わぁ、これ結構入ってるよ!?」
「カナリアには本当に助けられた。その力にも、心の強さにも。だから、そのお礼としては少ない気もするけど、受け取ってくれ。……もし、もし助けが必要になった時、その時は俺を頼ってほしい。俺にもまだ返すべき恩は残ってるから」
「……もう、優しいなあ、リオンくんは。本当に。だからワタシは……」
カナリアが何かを言おうとしたその時、街中から兵士が焦った様子でこちらに走ってきて、息を整えぬ内に言い放った。
「で、伝令! モストンがこちらに攻撃を仕掛けてきたという情報が回ってきた! 敵軍は、既にこちらに向かって出発している!」
それは戦争の開始を知らせるものだった。
おかしい、あと四日ほど猶予はあったはずだ。あまりにも早すぎる……何故だ?
「……あっ」
俺は気づいてしまった。戦争の開始が早まった理由、それは自分に心当たりがありすぎるものだった。
原作では、モストンは装備品の調達にまごついていたため、攻撃を仕掛けることはなかった。しかし、それを大きく後押ししてしまった奴がいる。——俺だ。
楓。お兄ちゃん、またストーリー改変しちゃった。
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