第36話 お願い

目標金額達成した俺たちは、まだ日が暮れるまで時間もあるので、ヒルトンさんたちに早く報告するためにもヘストイアへ帰還した。


ヒルトンさんたちに報告すると、自分のことのように喜んでくれて、今夜は盛大に祝おうと言われた。だが、それはウィルを連れ戻してからでお願いした。今日はもう城は閉じられているため、明日朝一で迎えにいくつもりだ。


荷馬車も貸してくれ、俺の代わりにモストンへ商談も行ってくれたヒルトンさんと、鍛冶場を貸してくれた鍛冶屋(武器屋)のおっちゃんへのお礼をどうするか相談した結果、二人で30万ゴル渡すことになった。かなりお世話になったので、もう少し出しても良かったが、二人がそれでいいと言ったので厚意に甘えることにした。と言っても、相場の額が分からないのだが。


問題はカナリアの報酬金だった。今の俺の手元には約1140万、ウィルを助けるために必要な1000万を引いて約140万。カナリアが必要な金額90万を渡すことも可能だが、それをするのは主人公である勇者ライクの仕事だ。俺がその金額を渡すとストーリーが破綻する。


しかし、カナリアにもかなりお世話になった。荷馬車を引いてくれたし、魔物から身を守ってくれた。それに励ましてもくれた。だから何も理由がなければポンと出したいところだが、ここは断腸の思いで35万ゴルを渡すことにした。


誘拐されたウィルを助けてくれた際に渡したお礼10万ゴルを合わせて45万ゴル。


カナリアがヘストイアに到着した時点での必要な金額は100万ゴル。


つまり、半分以上はライクの分に残しておくのだ。こうすることで、より多くの金額を出したライクに惹かれるだろう。


カナリアがライクに恩を感じて惹かれていく様子を想像して、胸の辺りがチクッとする。しかし、俺はその痛みを無視する。


「カナリア、報酬のことなんだが……」

「待って」


報酬金額の考えがまとまったので、早速その話をしようとカナリアに話しかけたのだが、カナリアに手で制止された。


「契約って明日までの予定だったよね?」

「え、まあそうだけど、明日は何も予定ないよ? もちろん、明日の分も含めて払うつもりだけど」

「ならさ、報酬の受け渡しは明日にしてよ! 明日まで、ワタシはリオンくんの護衛! ね、いいでしょ?」


別に俺にとっては不都合はない。むしろカナリアが割を食うはずなのだが、カナリア自身が提案していることなので、俺は「いいよ」と承諾する。


「や、やった! そ、それじゃあまずご飯行こ!」

「お、おう」


カナリアに手を引っ張られるようにして、俺たちは大衆食堂へ向かう。目標金額を達成し、余裕もあるためここは俺が奢るよと言うと、意外にもカナリアは受け入れてくれた。少しは抵抗されると思ったので拍子抜けだった。


「ねえねえ、お酒飲んでいい? 明日はお仕事ないもんね?」

「えっ、でも……あ、そうか。15歳で成人か。うん、飲んでいいよ」

「やったー! 実はあんまり飲んだことないんだよねー」


そして晩食を終えた俺たちは、宿場を探しに行った。先に宿を取っとけば良かったなと思いながら、いくつかの宿を巡る。そして、ついに空室がある宿場を見つけた。ちゃんと二部屋空いてるのを確認済みだ。


「それじゃあ、今日は流石に別々でいいよな?」

「……うん」

「お金は俺が出すからさ」

「いいよ、ワタシが出す。流石に、悪いからさ」


そこまで遠慮しなくてもいいのだが、カナリアが出すと言ったら引かない性格なのは分かってるので、俺は折れて各自で払うことになった。


それぞれの部屋に向かう途中、カナリアは俺の部屋までついて来てくれた。


「おやすみ、カナリア。また明日ね」

「うん……またね」


カナリアと別れて、俺は自分の部屋に入って荷物を置く。愛剣を失ったため、そこまで荷物はないのだが。ただお金は厳重に保管庫に入れる。


その後、宿に併設されている水浴び場へ向かい、汚れと汗を流す。初めは冷水キツイなと思っていたが、だんだん慣れてきて、流せるだけマシだという感覚になった。


そして部屋に戻ってきたのだが……何故かベッドの布団がこんもりと膨れ上がっていた。一瞬、盗人などの危険な人物かと身構えたが、なんとなくその正体がわかった気がしたので、警戒しつつも布団を捲った。


「……えへ」


やっぱり、侵入者の正体はカナリアだった。


「ごめんごめん、部屋間違えちゃってさ」

「そっか。それではお帰りはあちらで——」

「待って待って! 正直に話すから! あのね……一緒に寝よ?」

「カナリアの部屋も借りただろ」

「いいじゃん。ワタシがお金出したんだから、あの部屋をどうするかはワタシの自由だよ」


そのために自分で出すって言ったのか。ということは、その時から考えていたのか。


「お願い。明日になったらリオンくんとバイバイだからさ、甘えられるのは今日までなの。それとも、甘えちゃダメ、かな?」


縋るような上目遣いでお願いするカナリアに、俺の心臓はドキッと跳ねる。


「……まあ、カナリアには世話になったからな。これぐらいの頼みを聞いてやらないと罰が当たるか……」

「えっ、ホント!? やったー!」

「ただし、今朝みたいにくっついてくるのはダメな」

「えへへ、それは眠っている時のワタシに言って! それじゃあ、ワタシも水浴びしてくるね!」


カナリアはそう言って、勢いよく部屋を出ていった。その姿を見届けて、俺はベッドに倒れ込む。少し、カナリアの匂いがする。


甘え癖がついたのだろうか。彼女は甘えたいと言っていた。それなら、彼女が帰ってくるまで待っていないといけない。でも、お金を稼ぎ切ったことからの安心感や、諸々の疲労が俺の体にのしかかり、睡魔が襲ってくる。


俺はそれに抗うことができず——そのまま眠りに落ちてしまった。




* * * * *




水浴びしながら、体を必死に擦る。水だけなので限界はあるが、なるべく綺麗な体を目指したい。


先ほどから心臓の音がすごい。こんなにも激しく鼓動しているのは初めてだ。


体を拭いて、リオンくんの部屋へ向かう。あんなにも激しかった動いていた心臓が、まだこれ以上あるのかと驚くくらい暴れている。


今日がラストチャンス。明日でリオンくんとはお別れだ。そのために、お酒の力も借りた。


ワタシは部屋のドアの前で深呼吸をし、意を決してドアを開ける。


「おまたせーリオンくん! 今戻って……きた……よ」


部屋に入って聞こえてきたのは、リオンくんの規則正しい寝息。視界に入ってきたのは、リオンくんの可愛い寝顔。


「あーあ、寝ちゃったか。……頑張ってたもんね、リオンくん」


彼はウィルという女の子を救うために、必死になってお金を稼いでいた。ダメかもしれないと一度心が折れかけていた時は、本当に悔しそうな表情をしていた。そんな彼の姿がワタシに被って見えて、同情してたけど……本当は、彼女が羨ましかった。こんなにも必死になって彼が助けてくれる存在に、気づけば少し嫉妬もしていた。


だから、彼女には悪いけど、今日だけは……そう思って意気込んだけど、やっぱり神様は許してくれなかったみたい。


リオンくんのことは忘れよう。これはいい思い出として胸の内にしまおう。


でも、少しだけ。ほんの少しだけ。


ベッドに入ったワタシは彼の言いつけを破り、彼を抱きしめながら目を瞑る。


あぁ、今日もよく眠れそう。明日からはよく寝れるだろうか。枕は濡れないだろうか。忘れなきゃな。でも、心地いいな。

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