第35話 勇者様御一行6

エルフの里に一泊し、里の入り口で父さん以外の二人の合流を待っていると、くたびれているけど、どこか満足げな表情を浮かべたケンガさんと、それに付き添うようにライクがやってきた。


そんなケンガさんの様子を見て「昨晩はお楽しみだったみたいだな! ガハハ!」と笑う父さんの腹に、私は肘打ちをする。本当にデリカシーがない。


合流したことで、付き添いの任が解かれたライクがこちらにやってくる。


「おはよう、ミリヤ。よく眠れた?」

「おはよう。うん、床の上だったけどお布団貸してくれたから、結構快適だったよ」

「そうなんだ、それは良かった」


ライクは里唯一の宿泊施設で寝たらしいから、そちらの方が快適だったのだろうけど、あたしは特に不満を持っていなかった。


すると、エルフの女王様がやってきて簡単に挨拶してくれた。あたしたちも一泊お世話になったことのお礼を述べる。ケンガさんに至っては、また来ると何度も言っていた。


こうしてエルフの里を出発したあたし達は、数日かけて次の街、ヘストイアへやって来た。そこは商業が盛んらしく、立ち並ぶバラエティ豊かな店に胸が高鳴る。こちらの世界にやって来てからショッピングなんてしたことがないのだ。


魔王討伐の旅だが、少しくらい羽目を外したい。それに、あたしの目的は別にあるわけだし。


「腹が減ったな。折角だし、どこか変わったものが食べられるところに行かないか?」


父さんの提案にあたしたちは大賛成し、街の人に軽く聞き込みをした結果、それならばシャングリラに行くべきだと言われた。そして今、あたしたちはその店にやって来た。


「おっ、いらっしゃい。四名でいいか?」

「あぁ」


父さんに負けず劣らずの体格をした店長さんが出迎えてくれて、あたしたちは案内された席につく。渡されたメニュー表を見てみると、多くの文字が並んでいて、豊富なラインナップを揃えているのは分かったが、絵や写真がないのでイメージがつかない。


「あの、すみません」

「ん? どうしたんだい。もしかしてメニューに悩んでんのか?」

「そうなんです。あたしたち、ここには他では食べられないものが提供されているって聞いたんですけど、それはどれになるんですか?」


そんなあたしの質問を聞いた、店長さんはニヤッと笑う。


「それはだな、生魚を使ったカルパッチョっていう料理だ」

「カルパッチョ……!」


こちらの世界に来てから久しく魚を食べていないことを思い出した。あたしたちは山に囲まれた村で暮らしており、運搬技術も乏しいこの世界で新鮮な魚など到底手に入らないのだ。


「あたし、それでお願いします!」

「じ、じゃあ僕もそのカルパッチョを」

「おう、カルパッチョ二人前でいいか?」

「いや、ワシも気になる。ケンガもいるだろ?」

「あぁ。すまない店主、四人前で頼む」

「おうよ。少し待ってな」


注文を受けた店長さんは、厨房の方へと姿を消した。あの人が調理するのだろうか。


「ねえ、カルパッチョってどんなだろうね。楽しみ」

「そうだね」


ライクの爛々とした目から彼の楽しみ具合が感じ取れたが、あたしはカルパッチョを知っているのでそこまでの興奮はなかった。久しぶりに生魚を食べることができるのは嬉しいが……思い出されるのは、前世のお兄ちゃんのこと。


お兄ちゃんは生魚が好きで、家族で外食する際は毎回寿司屋を提案していた。家でお刺身を出す時、あたしの分を少しお兄ちゃんの方に移していたのを、当人は気づいているだろうか。気づいてほしい反面、気づかれると恥ずかしいという矛盾した感情を持っていた。


思い出に浸っていると、店長さんが四皿を器用に持ってやって来た。目の前に置かれた皿の上には、お刺身やお野菜が綺麗に盛り付けられていた。男三人の目は皿に奪われ、ゴクリと喉を鳴らす。


いざ食べてみると、期待を裏切らない美味しさだった。さすが商業の街。こんな新鮮なお魚を提供できる店があるなんて。……リオンも連れてきてあげたいな。あいつが魚好きかはわからないけど、もし好きだったら……。


「へへ、美味しそうに食べてくれて嬉しいぜ。なんか、お前さんたちを見ていると、昨日やってきたあいつらを思い出すよ」

「ほほう、ワシたちみたいな四人パーティーですか?」

「いいや、二人組だ。だけど、あいつらのカルパッチョを美味しそうに食べる姿が、お前さんたちと似ていてな。それに、お嬢ちゃんの雰囲気が、どこかあの男に似てるんだ」

「なに、店長さん。あたしが男みたいだって言いたいの?」

「なに!? 店長さん、撤回してください! ミリヤは正真正銘、可愛い女の子ですよ!」


なぜか本人であるあたし以上に怒った様子のライクに少し気圧されながら、店長さんは焦った様子で否定する。


「あぁいや、すまん。そうじゃないんだ。本当に雰囲気が似てるってだけなんだよ。ふと影を感じるというか、色々考え込んでそうだなってな」

「ふーん、なるほどね」


どうやらこの店長さんは人を分析する能力に長けているようだ。だとすると、本当にその男の人とあたしは雰囲気が似ているのかもしれない。少し興味が湧いてくる。


「その人はまだこの街にいるの?」

「いや、今はいねえな。たまに帰ってくるが、忙しくやってるからすぐにまた出ていってしまう」

「あ、そうなんだ」

「ミ、ミリヤ? その男のことが気になるの?」

「え? まぁちょっとだけね。自分に似ている人ってどんなものか、自分の目で見てみたいじゃん」

「そ、そうだね? うん、まぁ理由がそれだけならいっか」


何か納得してくれたみたいで、ライクはそれ以上追及してこなかった。あたしとしてもこれ以上追及されたところで、答えることも何もないため助かる。


店長さんは「追加注文あれば気軽に呼んでくれよ〜」と言って、他のお客さんのもとへ向かっていった。気さくな人だ。何となく信用してしまう、人たらしな性格をしている。


後で店長さんにこの街の見所でも聞いてみようかな、なんて思いながら食事を再開させる。やっぱり美味しい。




* * * * *




僕には好きな人がいる。


幼馴染のミリヤだ。


小さい頃からずっと一緒だった彼女。物心ついた時には好きという感情を抱いていた。


僕には幼馴染がもう一人いる。いや、いた。彼はミリヤの兄だったが、実際はガルドさんが弱っていた彼を拾い、育ててあげていたため本当の兄ではない。


彼とはよき友人ではあったが、少し警戒していた。本当の兄妹ではない二人が同じ屋根の下で暮らしている。その事実が僕の心を苦しめていたが、彼はミリヤにも僕にも優しく、嫌いにはなれなかった。


だから、彼があんなことをするとは微塵も思っていなかった。


ミリヤの首には彼がつけた傷が残っている。あの綺麗な体に傷をつけた彼を僕は許せない。けど、嫌いにはなりきれない。これが幼馴染の、親友の呪いというやつなのだろうか。


でも、彼が姿を去り、ミリヤと一緒に旅をしている今は絶大なチャンスなのではないかと思っている。


この旅の中で、僕は彼女との距離を縮めたい。そのために、なるべく彼女と一緒にいようと思っているのだが、どこか彼女は素っ気ない。村にいた頃はそんなこともなかったはずなのに。


もしかしたら、彼に体だけではなく心も傷つけられたのかもしれない。男に対する恐怖を抱いてしまっているのかもしれない。


それならば、僕がその恐怖を取り除いてあげないといけない。男の中にも優しい人がいるんだと、君の味方がいるのだと教えてあげなければ。


だから僕は、エルフの里を出る直前に、経験豊かそうな師匠の元へ相談に向かった。


「師匠。女の子と親密になるには、どうすればいいでしょうか」

「ふっ、ライクももうそんな歳になったか。そうだな、女性と親しくなる方法……それはズバリ、プレゼントだ! 高価なものなら尚よし! とにかく高級品を献上するのだ!」

「おぉ!」


そんな師匠のアドバイスを聞き、僕はここ、ヘストイアへやってきた。ここならミリヤが喜びそうなものが一つはありそうだ!


そのためにも、まずはお金を稼がないといけない。師匠はプレゼントは高ければ高い方がいいと言っていた。大金を稼ぐ方法がどこかにないか、リサーチしなければ。








「なあ、聞いてくれよガルド。ライクのやつ、女の落とし方なんて聞いてきたぞ。あんなに小さかったやつが、大きくなったもんだよな。それにしても、俺に聞いてくるとは見る目があるやつだ」

「何を言ってるんだ。お前の経験値は全てお店のお姉さんで培ってきたものだろ」

「お姉さん方は女性じゃないっていうのか!!」

「いや、そうじゃなくてだな……はぁ。しかし、ライクが恋慕する相手か……一応、注意して見ておくか」

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