第34話 アンティーク

急遽、ヒルトンさんがモストンまで商品を販売しに行ってくれることになり、代わりにヘストイアへ残った俺は、鍛冶屋のおっちゃんに借りた鍛冶場でひたすら槌を振っていた。


昼頃になると、一度ヒルトンさんが戻ってきた。想定より早い帰還で驚いた。


ヒルトンさんは久しぶりの商人として仕事を終えて爽快した顔をしていたが、カナリアは少し疲れた顔をしていた。


「店長は鬼だったよ……リオンくんはワタシを休ませてくれるけど、店長は……うっ」


どうやら商人としてのヒルトンさんは鬼畜なようで、カナリアに謝罪を入れつつ、潰れないことをひたすら祈った。


荷物を積み直し、カナリアたちは本日二回目の転売へ向かう。「リオンくんが来てよー」と泣きつかれたが、結局ヒルトンさんに引っ張られるようにして出発して行った。


鍛冶の感覚も段々取り戻してきて、加工のスピードと精度が上がっていく。もし魔物が襲撃してこなかったら、俺はあの村で細々と鍛冶をしていたのかもしれないと思うと、なんとも言えない感情になったが、その感情も叩きつけるように槌を力強く振る。


しばらくして、またもやヒルトンさんは早々に帰還した。これでしっかり成果を残しているから凄い。


時間的に次に積む商品たちが本日最後のものになりそうなのと、もう無理お願い逆にお金を払うからとカナリアに嘆願されたのもあって、今度は俺がモストンへ向かうことになった。


「ヒルトンさん、どれぐらい厳しかったの……?」

「……思い出させないで」


初めて見るカナリアの表情に、相当なものだったんだなと察する。


少し慣れてきた道を進み、無事にモストンへ着いて城へ向かうと、武器の仕入れを担当していたコンシュが俺の顔を見て涙を流した。


「あぁ……あなたが来てくれてよかった……またあの鬼が来たら私はもう……」


感謝はしているが、商談相手にトラウマを与えてしまっているヒルトンさんにもはやドン引きである。


今までに見たことのない笑顔を見せるコンシュと商談を進め、なんとか本日最後の商品を売り払うことができた。


ヒルトンさんから聞かされた収入と、今俺が言い渡された額を合わせると……約350万ゴル。昨日の収入の二倍以上だ。俺が施した加工が良かったのか、それともヒルトンさんの手腕が凄かったのか。それはよく分からないが、利益が増えたことの喜びを噛み締める。


昨日の収入を足して、そこから仕入値を引くと……およそ470万ゴル。初日から加工することに気づいていれば、明日にでも目標金額に達することができそうだったのに。


悔しのあまり唇を噛み締め、その場で硬直してしまう。コンシュはそんな俺の様子に困惑している様子だ。


「だ、大丈夫ですかリオン殿」

「……いえ、すみません。それでは、また明日も参りますので、今後ともよろしくお願い——」

「貴様が、最近我が国に武器を売りつけに来ているという商人か?」


ドアを勢いよく開けて入ってきたのは、メガネをかけた男だった。コンシュがため息をついているので、おそらく城内関係者だと思うが、俺が知っている人ではない。


「リオン殿。この者は我が国の装備品を管理している者でして、その、少し変態なのです」

「変態?」

「リオン殿と申すのか。私はバラン。この国で一番、いや世界で一番武器を愛している者だ!」


あぁ、そういう変態ね。理解しました。面倒なことになりそうだから、コンシュはため息をついたのだろう。


「昨日、リオン殿が持参された武器を拝見しましたが、なんとも愛がこもっていないモノばかり! 量産品も量産品。コンシュは戦いで使えればいいと考えて仕入れていますが、私は許し難いことだと思っております」

「は、はぁ」

「しかし! 本日届けていただいたモノたちは良かった! 昨日のモノと元は一緒だが、職人の魂が込められている。これこそ愛のこもった一品!」


自分が加工したものを褒められて嬉しくもあるが、少し照れ臭くなる。


「だが……やはりダメだ。いくら魂を込めようが、元があれでは込められた魂も泣いている。リオン殿。翌日も参られるそうだが、このような商品のままですと、次からは購入することは致しません」

「お、おいコンシュ。お主が勝手に決めて——」

「うるさい! お前にはあの子たちの泣いている声が聞こえないのか!? あんな目に遭うために、あの子たちを生み出そうだなんて人間の傲慢だ! 私は絶対に許せない!」


……マズイことになった。たしかに今日のような加工を続けて翌日も販売したところで、目標金額を満たすことはできない。だからより良いものを仕入れる必要はあると思っていた。だけど、ヘストイアで大量に仕入れられるものは限られている。それに代替するものを明日までに用意するなんて絶望的だ。


「いいですか? 確かに私たちは近日に戦争を控えており、大量の武器を必要とします。しかし、武器とは芸術なのです。そこにも命が宿っているのです。だから使い捨てを前提にして、粗悪なものを大量に売りつけるのはどうかとおおおおおお!? リ、リオン殿! あなたがお持ちになっているその剣、少々見せていただけないでしょうか!?」


テンションが急変し、俺の愛剣を見せてほしいと頼んでくるバラン。俺は困惑しながらも「ど、どうぞ」と愛剣を手渡す。


「こ、これは……! やはりあの剣聖と謳われた伝説の剣士、ガナルハルト様の愛剣シュラウツではありませんか! ガナルハルト様が姿を消して早五年、共に姿を消したシュラウツをもうこの目で見ることはできないと思っていましたが、まさかリオン殿がお持ちになっていたとは!」


な、なんだってー!? 剣聖ガナルハルト? その愛剣シュラウツ? エルフの里の倉庫に置かれていたそれが!? 確かに物はいいなあって思ってたけど……


……待てよ。ということは、ガナルハルトはエルフの里に訪れたってわけで、そしてシュラウツはエルフの里に放置されていてガナルハルトの姿が消えてるということは……剣聖、エルフに食われてる! 腹上死してるよ!


「リオン殿! いったいこれをどこで入手されたのですか!?」


言えるか! あなたの尊敬する剣聖はエルフ美女に誘惑されるがままに果てて昇天したから、その遺品として残してあったのを譲り受けたって誰が言えるか!


「ぐ、具体的なことを言えませんが、知人から譲り受けたものです」

「おぉ、その知人の方も素晴らしいお方なのでしょうが、それを譲り受けたリオン殿も素晴らしい。先ほどまでの無礼、謝罪いたします」

「え、あ、うん。気にしてませんよ」


俺は悪いことしてないのに、そんなキラキラした目で見られたら、どこか後ろめたく感じてしまう。


「そ、そこでリオン殿。物は試しでお願いするのですが、私にこのシュラウツを譲ってはいただけないでしょうか?」

「え? でも」

「もちろん代金は支払いいたします! 500万ゴルでどうでしょうか?」

「……は?」

「も、申し訳ありません。決して蔑ろにしているわけでは……ろ、600万ゴルでどうでしょうか!?」

「600万!?」

「ま、まだ誠意が足りないでしょうか……うぅ私の約二年分の給料よさらば! 700万ゴルでお願いいたします!!」

「えぇぇぇ!?」




* * * * *




どこか肩が軽く感じながら城から出ると、待っていてくれたカナリアが俺に気づいて駆け寄ってくる。


「おつかれさま、リオンくん! 商談どうだった? ……あれ? リオンくん、あの剣は?」

「カナリア……カナリアの言う通り、あの剣はアンティークだったみたいだよ」

「え? どういうこと? ねえねえ! 商談もどうなったの!?」


なんだか最後は呆気なく決まったが、俺の愛剣……もとい剣聖ガナルハルトの愛剣シュラウツは、バランによって700万ゴルに成り代わった。


こうして全ての収入を合わせて約1170万ゴル。二日目にして、目標金額を達成することができたのであった。

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