第33話 チーム結成

小さな窓から差し込まれる日差しが唯一の光源である場所、牢屋。


夜になると真っ暗になってしまい、そこに居る者は寝るしかなくなる。


そこにカツンカツンと足音を立てて歩み寄る者が一人。


その者は、とある囚人が収容されている場所で足を止める。すると、中にいる者が柵に近づいてくる。


「お待ちしておりました、兵士様」

「こんばんは。また聞かされにきたよ」

「はい、是非お話しさせてください! 昨晩だけじゃ、リオンさんの魅力を語り足りませんでした!」

「あはは、お手柔らかにね」


男は兜の中から乾いた笑い声を漏らす。少女とは昨晩出会い、気づけば少女の惚気に付き合わされていた。


「君は、リオンくんが迎えに来てくれるって信じてるんだね」

「はい。当然です。リオンさんは私を、私たちを救ってくださいました。この先何があっても、リオンさんは私をたすけてくださると信じています。無論、私もリオンさんをお助けします。……でも、私のせいでこんな目に遭わせてしまって、嫌われてはいないでしょうか」

「だ、大丈夫だと思うよ。リオンくんはそんな人じゃないだろ?」

「はい! リオンさんはですね、それはもうお優しい方で——」


しまった、彼女の惚気スイッチを入れてしまったと、男は兜の中で汗をかく。


結局、今宵も男は少女の惚気を聞き続けることになるのであった。




* * * * *




チュンチュンと小鳥の囀りが耳に入り、朝かと意識が覚醒してくる。


今日もお金を稼がないといけない。早く起きて準備をしなくては。


固い決意の下、俺は体を起こそう——としたのだが、どうも体が重たい。具体的には背中に何かがくっついている感じがする。


恐る恐る首を回し、視線を自分の背中の部分に向ける。——そこには、すやすやと可愛い寝顔を晒して、俺にくっついているカナリアがいた。布団を剥がすと、俺の体に抱きついてきている。


「……ラン……お姉ちゃん頑張るからね……」


寝言を言っている。どうやら夢の中で妹と一緒にいるみたいだ。夢の中でもお姉ちゃんなんだな。昨晩はカナリアのお姉ちゃん力を見せつけられた。


しかし、今の体勢は明らかにそちら側じゃない気がする。むしろ妹側で、俺に甘えている構図だ。これを昨晩行われた兄vs.姉の対決の続きだと考えれば、俺の勝ちではないだろうか。


なんて馬鹿なことを考えている場合ではない。俺は自身が起きるためにも、カナリアを起こすことを試みる。


「カナリアー朝だぞー起きてくれー」

「……んえ? あれ、リオンくん。おはよぉ」

「おはよう。目が覚めたところで、今の体勢についてどう思うか教えてくれ」

「……リオンくん、意外と逞しい体してるんだねぇ。えへへ」

「いやそうじゃなくて」


カナリアは予想外の感想を漏らし、俺を抱きしめる力を強める。


「なんかお兄ちゃんがいるってのもいいかも」

「じゃあ兄から命令なんだけど、離れて。そして起きて」

「お兄ちゃんは妹を甘やかさないとダメなんだよー」

「そんなルールはないけど、否定しきれない」


俺はなんだかんだ妹という存在に甘いのである。


「それじゃあ、そのまま掴まってろよ!」

「えっ……うわぁ!?」


カナリアを体にくっつかせたまま、俺はベッドから出て立ち上がる。カナリアは見事その腕の力を駆使し、掴まったままキープしてる。


「強引だなあ、リオンくんは」

「どっちがだよ。いいから降りてくれ」

「ぶーぶー」


カナリアはブーイングしながら、登り棒の様にするするーと降りていく。


なんか朝起きたら急に甘えてくるようになったが、やはりお姉ちゃんとして無理していたところがあったのだろうか。


カナリアにはたくさんお世話になっている。恩返しするには、やはり報酬金を上げることだろうか。そのためにも、今は稼がなければならない。


俺は改めて気持ちを引き締め、外出の準備に取り掛かった。




* * * * *




腹が減っては戦はできぬ。ということで、俺たちは宿を出た後、適当な飲食店に入った。ちなみにカナリアの強い意志で、自分のものは自分で払うことになった。


メニューの値段はピンキリみたいで、俺は出費を抑えるために黒パンにした。黒パンは非常に安くお腹に溜まるのだが、如何せん固くて食べにくい。味以前の問題だ。だけどここは我慢する。


「リオンくん、そんなのでいいの? お金貯めてるのは分かってるけど、しっかり食べないと体動かないよ?」


カナリアは注文したモーニングセットを食べながら、俺を心配してくれる。どうやらカナリアお姉ちゃんが帰ってきたみたいだ。


「まぁ食べにくいけど、腹は満たされるよ」

「うーん……あっ! じゃあ、これあげるよ!」


そう言ってカナリアが差し出してくれたのは、モーニングセットについているスープだ。


「黒パンはね、スープに浸すと柔らかくなるんだよ! スープの味も染みて美味しいよ!」

「へぇー。いいのか?」

「うん! リオンくんに全部あげる!」

「ありがとう、カナリア。ご好意に甘えるよ。さて……お、これは美味いな」


さっきまで口の中でパサパサして水分を分捕っていた黒パンが、スープという水分を吸収したことにより、柔らかく食べやすくなった。加えて、スープの味が口の中に広がって、実に美味しい。


「えヘヘ、よかった。こういうのはねー、ちょっと一工夫加えるだけで劇的に変化するもんなんだよー。カナリアお姉ちゃんの知恵袋!」

「なるほどなぁ……あっ」


一工夫加えるだけで劇的に変化……? ヘストイアの武器は量産型で、質はイマイチだ。そのため、仕入れ値も安いが、買取価格もあまり高くない。そのため、収入が伸びなかった。


でも、仕入れたそいつらに一工夫加えたらどうだろう。俺は鍛冶屋の倅だ。それができる。


「カナリア! ありがとう!」

「え、あ、うん。そんなに美味しかった?」


カナリアの両手を取ってブンブン振り回しながらお礼を言う俺を、カナリアは少し引いた様子で見ていた。




* * * * *




モストンに売り込む商品を仕入れるために、俺たちはヘストイアへと戻ってきた。


昨日通い詰めた鍛冶屋併設の武器屋へ向かい、知り合い程度にはなったおっちゃんと話す。


「鍛冶屋のおっちゃん、商品買いにきたよ」

「お、来たか坊主。ちなみに今は武器屋のおっちゃんだ」

「ごめんごめん、武器屋のおっちゃん。どれぐらいできてる?」

「うーんと、ざっとこんぐらいだ。へへ、いくら作っても全部坊主が買い取ってくれるから、儲け物だぜ」

「Win-Winってやつだね。ところで、一つお願いがあるんだけどさ、俺に鍛冶屋のスペース使わせてくれないかな?」

「あぁ? 坊主、お前鍛冶できるのか?」

「ある程度はね。商売道具を壊したりはしないと保証するし、利用料金も払うよ。だからお願い」


武器屋のおっちゃんは腕を組んでうーんと唸った後、右手でサムズアップを作ってニカッと笑う。


「坊主の頼みだ、使わせてやろう。こっちへ来い」

「ありがとう、武器屋のおっちゃん!」

「違うぞ坊主。今は鍛冶屋のおっちゃんだ」

「あはは、ちょっと面倒くさいな」

「馬鹿、職人ならこういうのはこだわらないとダメなんだよ」


そのこだわりはよく分からないが、武器屋のおっちゃんもとい鍛冶屋のおっちゃんは優しい人だ。この街に来てから出会ったおっちゃんは良い人が多い。


「はぇ〜、リオンくんは鍛冶もできるんだねぇ」

「鍛冶屋と商人を兼業している男の息子だからな」

「うわぁ、すごい人だ。てか、リオンくんからご家族の話初めて聞いたかも! これはレア情報ですな」

「別にレアではないけどなあ。話す機会がないだけで」


ただまあ、形としては裏切った相手ではあるので、少し話しにくいというのはある。


さて、鍛冶屋のおっちゃんから場所を借りて、俺は先ほど購入した武器の加工に入る

。ガルドから受け継いだ技術を目の前の武器に注ぎ込み、より良い物へと昇華させていく。


「おぉ……これはなかなか。やるじゃねえか、坊主」


出来上がった武器を、鍛冶屋のおっちゃんが褒めてくれる。カナリアも完成品をまじまじと見て、その瞳を俺に向けてくる。


「ねえ! 今度私の愛剣のお世話もしてよ!」

「え、そんな……俺なんかがいいの?」

「うん! むしろ、リオンくんにしてもらいたい、かな?」


そう言って、えへへとはにかむカナリアは可愛らしかった。いつ出来るか分からないけど、「分かったよ」と承諾した。


それから俺は黙々と槌を振り続けた。そして、なんとか仕入れた商品のほとんどを加工することができた。


「あともう少しで全部終わるね! でも、これを売りに行っている間、加工は止まっちゃうよね? それだと時間が……」

「そこなんだよな……どうするべきか……」

「困ってるようだな、お前さんたち」


突然、聞き覚えのあるダンディな声が聞こえてきた。いつの間にか目の前に現れていたヒルトンさんだ。


「ヒルトンさん! どうしてこちらに?」

「なに、こいつが力になってやれないかってウチのところに来てよ」


そう言ってヒルトンさんが指差したのは、照れた様子の鍛冶屋のおっちゃんだ。


「俺は武器を量産するように切り替えてから、質の高いものを生み出す技術を失ってしまったから力になれないからな。そこで、ヒルトンの野郎なら力になるかなって思ったんだ」

「ま、これも縁ってやつだな」

「鍛冶屋のおっちゃん……ヒルトンさん……!」

「オレがカナリアと一緒にモストンへ行ってきてやる。なに、心配するな。俺は元商人だ、お前より上手くやってやるよ。だから、リオン。お前はここで汗をかいてろ」

「ありがとうございます……! カナリアも、それで大丈夫?」

「もちろんだよ! 護衛先を依頼主であるリオンくんに頼まれて店長に変えるだけだからね!」

「……ありがとう! よし、絶対に俺は諦めないぞ!」


こうして急遽結成したウィル奪還チームで、俺たちは今日中に1000万ゴルを目指すのであった。

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