第32話 兄と姉
「あ、二人一部屋で大丈夫です」
「……へ?」
カナリアから唐突に放たれたその言葉に、俺は固まってしまう。宿屋の受付は俺たちを交互に見てニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「いや、流石にまずいから。一部屋ずつでお願いします」
「何言ってるの! リオンくんお金に困ってるの分かってるんだからね! ワタシも困ってるから、一部屋分を折半したらWin-Winでしょ?」
「そうは言っても必要経費ってものが」
「つべこべ言わないの! 店員さん、一部屋でお願いします」
「かしこまりました〜」
「あ、おい!」
この受付裏切りやがった! 二部屋の方がそちらとしては利益出て嬉しいはずなのに! この面白い状況を優先しやがった!
なおも俺は抵抗を続けたが、カナリアの力に為す術なく、宿泊室まで引き摺られたのであった。
それでも、ツインベッドなら大丈夫だよなと思って部屋の中に入ったが、いくら探しても一つしか見当たらなかった。
今晩どうやって寝ようか考えていると、気づけば俺たちは宿屋を出て近くの飯屋に来ていた。観光客向けというより地元民向けといった小さな店で、値段もリーズナブルだ。
「ここ安くて美味しいってお昼に街を回っている時、地元の人に聞いたんだー」
「確かに安いな。これなら二人でも——」
「ここはワタシが奢るよ! リオンくんにはお昼奢ってもらったからね、お返しだよ!」
「でも、今は依頼中だから依頼主である俺が払うべきで……」
「もう! 怒るよ! ワタシが奢るって言ったら奢るの!」
そんな感じで、夕方からカナリアは俺に極力お金を使わないように動いていた。じゃあなるべく安いのを頼もうとすると、それじゃ足りないでしょ! と追加注文されたりした。そんなやりとりをしている時、姉がいるとこんな感じなのかなと思った。
結局、他人の金で食う飯は美味いのである。罪悪感も一緒に食べてしまいお腹を膨らませた俺は、満足気に宿に戻ってきて絶望を思い出した。
「そういえば、ベッドが一つしかないんだった……」
受付の人に聞いたが、既に部屋は埋まっていると言われた。その際の受付の表情からそれは嘘だと分かったが、これ以上抵抗したところで無駄だと悟り諦めた。
床で寝るしかないか。明日起きたら体中痛くなってそうだなあと思いながら床に寝そべると、
「リオンくん。何やってるの?」
「ヒェッ」
すごい剣幕のカナリアに低い声で怒られた。体は小さいのに圧は非常に大きかった。
そして水浴びを終えた俺たちは、明日も早いということで、既にベッドに入ることになった。
なるべくベッドの隅で体を縮こませる。なんか、ウィルの家に初めて泊まった日もこうしてたなと少し懐かしくなる。気づいたら目から涙が出ていた。
「っ……」
俺の中でウィルの存在がかなり大きくなっていることに気づく。それなのに、このままではウィルを助け出すことができない自分の不甲斐なさが嫌になり、自然と出てきた涙だった。
幸いにも、カナリアとは反対側を向いてるからバレないだろう。そう思っていた矢先だった。
「リオンくん?」
優しい声色でカナリアに話しかけられ、背中に手を置かれた。
「……なに?」
「無理しなくていいんだよ。男の子だからって泣いちゃダメなんてことないよ。カナリアお姉ちゃんが話聞くよ?」
カナリアはそう言って、俺の背中を優しくさすり始めた。摩擦が起きているのは背中なのに、胸の辺りがポカポカとあたたかい。
「リオンくんが今苦しんでいるのは、街で一緒にいたお姉さん……ウィルさん? に関することだよね」
「っ!? ……どうして、分かったんだ?」
「リオンくん、ウィルさんの話が出る度に苦しそうな顔をしてた。最初に護衛の紹介で会った時、店長と話している時にね。そもそも、ウィルさんが攫われた時にあんなに必死に助けようとしていたリオンくんが、その翌日に彼女と一緒にいないってのが違和感しかなかったんだよね。そして、今日の夜。リオンくん、ウィルさんの話題が出た時と同じ顔をしてた。それで分かったんだー。リオンくん、ウィルさんのためにお金を稼いでるんだなあって」
どうやら、カナリアには全てお見通しだったみたいだ。俺がいまお金を稼ぐために街を往復していること。俺がお金を稼がなければいけない理由。そして、その具合が良くないこと。
俺は相変わらず沈黙していたが、カナリアは手を休ませず動かし続けながら、話を続ける。
「ワタシもね、同じなの。ワタシには妹がいるって言ったじゃん。ワタシはこんなに元気なのに、妹は小さい頃から重い病気を患って苦しんでるんだ。その病気を治すために必要な薬が高額でね、ワタシは出稼ぎに街をあちこち行ってる感じ。……妹の命はあと半年も保たないんだって。でも、もうすぐ目標金額に到達するの! 何度も諦めかけたけど、ワタシは妹の命を救うことができそうなの! だから、リオンくんにも諦めないでほしい。タイムリミットも目標金額も分からないけど、リオンくんならできるよ。何だったら、カナリアお姉ちゃんも手伝ってあげるからさ」
正史では主人公がカナリアを手伝ってあげるというのに、いま俺はカナリアに手伝ってもらっている。その対比による情けなさから、さらに泣けてくる。
「カナリアは……強いな」
「うん、強いの。お姉ちゃんは強いの。生まれつき、力が異常にあってね。3歳の頃にはすでに丸太を持ち上げてたんだって。凄いでしょ? ……多分、ワタシが妹の分まで力を奪っちゃったんだ。本来妹に与えられるはずの力を、ワタシが取っちゃったの。だから、ワタシがみんなの分もこの力で頑張るの。……頑張らないと、いけないの」
「カナリアの強さは、その腕っ節だけじゃない。色んな責任を抱えていても、それに押し潰されない、その心の強さだよ」
「心の……強さ……?」
俺の背中をさすり続けていたカナリアの手がピタッと止まる。
「ありがとう、カナリア。ちょっと心が折れかけてたけど、何とか再起することができたよ。自分も大変な状況なのに、そうやって他人のことを気遣うことができる、やっぱりカナリアは立派なお姉ちゃんなんだな」
「……なんで、ワタシが慰められてるのかな。今はワタシがお姉ちゃんで、リオンくんを慰めてるんだよ」
「俺のお兄ちゃん魂に火がついたのかもしれない」
「なんで競おうとしてるのさー」
一瞬の沈黙の後、俺たちはクスクスと笑い合う。兄と姉という立場の二人が慰め合っている図が、どうもおかしく感じる。
「話すよ。今、俺がどんな状況になっているのか。ウィルを救うために何をしないといけないのか」
「うん。教えて」
俺は、ウィルが幽閉された経緯を話した。そして、釈放金として1000万ゴルを要求されたことを話すと、さすがのカナリアも絶句していた。
「1000万ゴルか……確かに大変だけど、リオンくんが諦めてないなら、ワタシも最後まで協力するよ! それこそ文字通り馬車馬のごとく荷馬車を引いていくよ!」
「本当に申し訳ない……女の子に荷馬車を引かせている図は、何度見ても心が痛くなる」
「いいんだって! ワタシの力はそのためにあるんだから」
背中からふん! と鼻息を飛ばす音がした。手が背中から離れたことから、力こぶでも作ってるんじゃないかとその姿を想像してクスッと笑う。
「カナリア……これが解決した後、何か困ったことがあったら、俺に頼ってくれ。絶対に力になるから」
「ほほう……それはいいことを聞いた! それなら、絶対にウィルちゃんを助け出さないとね!」
「……あぁ」
この後、疲れからかそれとも安心からか、すぐに俺たちは眠りについた。昨日とは違い、うなされることなく朝まで眠ることができた。
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