第30話 いざ出発
ヒルトンさんから荷馬車を借りた俺は、大量の武器類を仕入れに行った。昨日見た通り、ヘストイアには鍛冶屋と併設している武器屋が多くあったため、生産の依頼もしておいた。
依頼した分も含めて、30万ゴルほどの商品を仕入れた俺は、早速モストンへ向かうことにした。
荷物が詰められて重くなった荷馬車を、カナリアは難なくと牽引する。「まだ積めても大丈夫だよー?」という余裕っぷりである。
一応、荷馬車ではあるので、俺も乗って楽することはできる。ただ、女の子に引っ張らせてる荷馬車の上でくつろいでいる男の図は……ちょっと耐え難いものがある。牽引してもらってる時点でアレだが、これに関してはもうどうしようもない。非力な俺を許してほしい。
「ところでさー、お兄さん」
重たいものを引いているのにも関わらず、まるで普段通りの感じで話しかけてくるカナリアに「どうした?」と返事をする。
「そういえばワタシたち、まだ自己紹介してなかったよねー。お兄さんのことお兄さんって呼んでたから、困らなかったし」
「確かにそうだな。俺は——」
「リオンくんでしょー、さっき店長がそう呼んでたもん。それでさ、その時気づいたんだけどさ。リオンくん、ワタシの名前知ってるよね?」
「えっ……と」
思わずカナリアの表情を伺う。特に怪訝そうなものではなく、純粋に疑問に思って聞いてきたことがわかった。
俺は一体いつやらかしたのだろうか、記憶を辿っていると、カナリアが答えてくれる。
「ワタシがあの子を助けてさ、リオンくんがワタシにお礼をくれたじゃん? その時だよ」
「……あっ」
思い出した。確かあの時、
「わかったよ。えっと、これで十分かな?」
「おっ、ありがとねお兄さん。へへ、いくらくれたのかな……えぇ!? お兄さん、これ、大丈夫? 間違えてない?」
「間違ってないよ。俺の大事な人を助けてくれたんだ、カナリアに受け取ってほしい」
そんな会話をした覚えがある。うわあ、めっちゃ最初に言ってるじゃん。どうしよう。
とりあえずここは適当に誤魔化すことにする。
「街の噂で聞いたんだよ。力の強い美少女が国の兵士に志願するために来てるって」
「美少女!? ワタシが!?」
「そうそう。そこで名前を聞いててな、ウィルを助けてもらった時のその強さ、そして容姿を見て、この子がカナリアかってすぐに分かったってわけよ」
「えー、もうっ。リオンくんはワタシを美少女だと思ってるのかー、そうかそうか」
カナリアはうんうんと頷いている。どうやら納得してくれたか……?
「まあ、リオンくんは色々隠し事が多そうだし、あまり聞かないでおいてあげようかね」
「……あれ? 誤魔化せてない?」
「お姉ちゃんに嘘をつこうなんて100年早いよ! 兄や姉という存在は、生意気な下の子に嘘をつかれながら育ってきてるのさ! そこで培われたこの能力、さあとくとご覧あれ!」
「俺にはその能力培われてないなぁ」
前世の妹である楓も、現世の妹であるミリヤも、俺は彼女らの真意を見抜くことができた気がしない。基本ツンツンしてるのに、たまに優しさを見せてくるんだよな。あれがツンデレってやつなのか?
「おや? その口ぶり、もしかしてリオンくんは本当にお兄さんなのかな?」
「そうだよ、妹がいるんだ」
「なんと! リオンくんも妹を持つ同士だったとは! これは妹トークに花を咲かせるしかないじゃん!」
「妹トークねぇ」
楓の話はできないから……ミリヤの話、か。特に語るほどミリヤとの兄妹エピソードを持っていない。だって兄だと認めてくれたの、彼女と別れる直前だったし。認められた兄妹関係が始まってから、妹との時間がないってことある?
「もしかしてリオンくん、妹ちゃんと仲良くない感じ?」
「仲良くないことはないけど、仲良いとも言えないかなあ。それに、旅に出てからは会えてないしな」
「ワタシも会えてないよ! 寂しいよね、会いたいよね、わかる、わかるよ! ……あれ? ということは、あのウィルっていう子はリオンくんの妹ちゃんじゃないわけか。まぁ似てなかったし、そうか」
「ちなみに、ウィルは俺より年上だぞ」
「え、どういうこと!? めっちゃ幼く見えたよ!? まさか彼女はエルフ……なーんてね」
なかなか鋭いなこの子。ってか、自分のことを棚に上げて何を言っているんだ。一度鏡で自分の姿を見てほしい。ちなみに、カナリアは俺と同い年だ。
それからも、俺たちはたわいもない話を続けた。思ったのは、カナリアは見た目の割にかなりお姉さんだ。話をしていて、不快になることがない。空気を抜群に読めているのだ。だからウィルの話もさらっとする程度で、それ以上深くには追求しない。仕事の規約とか、そういった縛りのせいではない気がする。
しばらく歩いていると、脇道からゴブリンが複数体飛び出してきた。視線が荷馬車に集まっているので、山賊みたいに物資を狙っているみたいだ。
「ゴブリンか。これくらいなら、俺でも倒せそうだ。よし——」
「あ、いいよいいよ。リオンくんはそこにいて。せっかく護衛を雇ったんだからさ、ここはワタシに任せてよ」
「いや、でもこんなに多く相手に一人じゃ」
「まあ見てなってー」
エルフの里の件以来愛用している剣を手にして構えた俺はカナリアに制止させられた。そして、彼女は大剣を手にとって目を瞑って一呼吸し、開眼と同時にその大剣を一振りした。
それは、ウィルが誘拐されたときに助けてくれた時と同じもの。振り回した大剣から放たれた衝撃波が、全てのゴブリンの腹部に衝突し、そのまま体を通過していく。
ウゲェという汚い声から少し遅れて、ゴブリンたちの体が真っ二つになった。そして体が消えていき、魔石のみがその場に残った。
魔物は一般的に死んだら体を消失させ、代わりに魔石を置いていく。この魔石は魔道具に利用できるため、お金になる。これが魔物を狩ることで稼げる理由だ。ちなみに、グェルの魔石はエルフの里に献上した(というか、すっかり忘れててその場に置いてきたため、そのまま里の人に回収してもらった)。魔法を愛するエルフ族は魔道具にも精通しているらしく、非常に喜ばれた。
カナリアはあちこちに散らばっている魔石を、お金お金〜と口ずさみながら回収している。
「強いなあ、カナリアは。その魔石、全部カナリアがもらっていいからね」
「え、いいの!? さすが太っ腹のリオンくん!」
「なんだよそれ。まあ、俺は何もしてないしね」
「でも護衛の人には魔石は与えないっていう人もいるみたいだよ? 護衛を雇っている、つまり所有しているんだから、護衛の物は俺の物って感じみたい」
「そりゃまたガキ大将な奴がいるもんだな」
世の中には横柄な奴がいるもんだと呆れながら、俺は出番がなかった愛剣を見つめる。カナリアも俺の視線を追って愛剣を見て、わぁと声を漏らす。
「なかなかアンティークなモノを使ってるね」
「アンティーク? まあ、確かに古いモノみたいだけど」
「うんうん、たしかに古いってのもあるけどさ、なんか実用的な感じじゃなくなってるよねー、それ」
「でもコイツ、最近けっこう活躍したんだぞ?」
「それは元がいいモノだったからでしょー。今はもう現役引退のおじいちゃんって感じだよー」
おじいちゃん、ねえ。コイツに意志があったら怒ってるだろうなあ。それにしても、鍛冶屋の修行を終えた俺にも分からない違いが、剣士であるカナリアには分かるんだな。彼女に対して、ますます尊敬の念を抱く。
「ほらほら、モストンまであともう少しだよ。出発しよー」
「頑張るのはカナリアだけどな。よろしく頼むよ」
「あいあいさ!」
先ほど戦闘があったというのに、カナリアは先ほどと変わらず重たい荷馬車を平気な顔をして引いていく。
パワフルすぎる彼女に少し引きながらも、俺は愛剣を背中にある鞘に戻し、共に歩みを進める。
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