第29話 漢・ヒルトン

夜も更けてきた頃。城の牢屋近くで談笑をする二人の兵の姿が。


「なあ、今日入ってきた囚人、すげえ上物らしいぞ」

「あぁ聞いたなあ。だけど、体型は幼いみたいだから俺はピンとこねえなあ」

「それがいいんだろうかがよお。穢れも知らないような女をさ、俺の手で汚すのがよ」

「相変わらずいい趣味してるな、お前。それで、早速行こうと思ってるのか?」

「当たり前だ。先に他の奴に取られてたまるかよ。どうせ、1000万なんて用意できねえで死ぬ運命なんだ、最後にいい思いさせてやろうじゃないか」

「ふっ、確かにな」


下卑た笑みを浮かべる二人の兵士の足は、牢屋へと向かっていく。すると、牢屋の入り口に全身甲冑を着た男が立っている。


「おう、俺たちは今からお楽しみだ。通らせてくれ」

「お楽しみとはなんでしょう?」

「あぁ? そりゃもう、あれに決まってるじゃないか。いいじゃないか、どうせ罪人なんだ、俺たちが罰を与えてやるんだよ」

「囚人たちは裁きを待っている状態です。そして、現在彼らを捌けるのは女王様のみ。あなたたちは、女王様を出し抜こうとしているのですか?」

「あ? ……チッ、そんなのお前が黙ってくれてればいいじゃないか。お前新人だろ? ここにはここのやり方ってのがあるの」

「それはお国が決めたことより優先されるのですか?」

「アァ、うぜえなあお前! こうなったら力づくで——」


兵士が甲冑の男に飛びつこうとした瞬間、城内に轟音が響く。原因は、甲冑の男が壁を殴り抉ったからだった。


兵士たちは壁の削られ様を見て動きを止め、次の瞬間には舌打ちをしてその場から逃げるように去っていった。


彼らが走っていく背中を見つめながら、甲冑の男は誰にも届かない独り言を放つ。


「お姫様を他の男に守ってもらってちゃダメだよ。お姫様は自分の手で守らなきゃね、王子様」


兜の隙間からわずかに見えるその目からは、強い決意のようなものが感じられた。




* * * * *




翌朝、俺は転売する商品の調達の前に城へと向かった。


目的は、収容されているウィルと面会できないか試みるためだ。


しかし、答えはNO。誰であろうと収容されている人と会うことは許されないらしい。


昨晩、ウィルのいない夜はこんなにも寂しいのかと、冷たく感じるベッドの中で一人眠った。少しでも会いたかった。それがウィルの延命に繋がるのであればなおさら。


だが、拒絶されたのであれば仕方がない。今はウィルと再会するためにも、お金を稼ぐ必要がある。


商品を調達するべく、俺は店が立ち並ぶ通りへと足を向けた。ここの通りは、この街の全ての商品が揃っていると言っても過言でないくらい、ラインナップが充実している。


そしてその中には、ヒルトンさんが経営するシャングリラもある。まだ開店していないみたいだし、特に用事はないため、店の前をそのまま通り過ぎようとした瞬間、店の中から一人の少女が出てきた。金色に輝く綺麗な髪を靡かせる、小さな女の子。カナリアだ。


紙袋を抱えて嬉しそうにしているカナリアと目が合い、声をかけられた。


「あれ、お兄さん! おはようございまーす! 約束の時間はまだだよね?」

「おはよう。まだ約束の時間までは時間あるよ」

「だよねー。いやー、焦った焦った。なかなか時間になっても来ないワタシを探しにきたのかと思ったよー」


安心したーと笑うカナリアは、紙袋からパンを取り出して食べ始める。


それにしても、どうして開店前のシャングリラからカナリアが出てきたんだろうと思っていると、店からもう一人出てきた。ヒルトンさんだ。


「おう、悪いな。まだ店は開けてねえんだ」

「どうも。ちょうど通りかかったところに知り合いと会っただけなので、お気になさらず」

「なんだお前さん、カナリアと知り合いなのか」

「ワタシ、今日からお兄さんの護衛するんだよー。仕事だよ仕事!」

「はーん、なるほどな。確かに腕っぷしには自信なさそうだよな、お前さん」


ヒルトンさんに自分の戦力のなさを突かれ、思わず苦笑を返す。


しかし、ヒルトンさんはカナリアのことを名前で呼んでいた。やはり二人も知り合いなのだろうか。すると、俺の視線から考えが読まれたのか、ヒルトンさんはニヤッと笑う。


「カナリアには昨日の残りを恵んでやってるんだ。カナリアと初めて会ったのは、店仕舞いをしようと店先に出たら、空腹で倒れてるこいつを見つけてな……」

「わーわー! 恥ずかしい話しないでよ!」


腕を組んで思い出を懐かしみながら語るヒルトンさんを、カナリアは腕をぶんぶん振り回して止めようとする。その顔は赤く染まっている。


俺もその話には身に覚えがあり、少し恥ずかしくなってくるため話を止めてほしい。


ヒルトンさんは、暴れるカナリアの頭をポンポンと叩きながらガハハと笑い、話を続ける。


「まあ、そんな出会いをしたもんで。拾った犬にご飯を与え続けてやってるわけだ」

「ワタシ犬じゃないもん! 店長嫌い!」

「じゃあもうやれねえなあ」

「うそ! 店長好き!」


カナリアはヒルトンさんに完璧に飼い慣らされているみたいだ。先ほど紙袋を持って出てきたカナリアの様子を思い出すと、尻尾をぶんぶん振っていたような気がしてくる。


「それで、リオン。あのお嬢ちゃん、ウィルちゃんだっけか。ウィルちゃんとは一緒じゃないのか?」

「それは……」


答えを言い淀む俺を見て、ふむと何かを察したヒルトンさんは「ちょっと中で話すか」と店内に招いてくる。


「あ、じゃあワタシはここで待ってるね。依頼者のプライバシーには関与しない、そう決まってるからさ!」

「……ありがとう」


本当に規則に従ってのことか、それとも俺に気を遣ってくれたのか、もしくはその両方かは分からないが、俺はカナリアに礼を言って、ヒルトンさんを追いかけるようにシャングリラの中に入って行った。




* * * * *




店内に入り、ヒルトンさんに促されるままにカウンター席に座ると、コーヒーを一杯出された。この世界にもコーヒーなんてあるんだと思いつつ、「ありがとうございます」と一言お礼を言って飲む。少し落ち着いてきた。


「ウィルちゃんと一緒じゃないこと、カナリアに護衛を依頼したことと関係あるんだろ」

「え? どうして……」


ヒルトンさんの察しの良さに驚いていると、ヒルトンさんはふっと笑う。


「昨日、人前で愛してるなんて言ってた相手を放っておいて、護衛をつけてどこかに行こうとしてんだ。そんなの、その相手のための行動だってわかるさ」

「ヒルトンさん……」


この人は本当に人として、男として素晴らしい方だ。エルフの里の件も、この人に頼ってよかった。だから、今回も頼りにさせてほしい。


「実は——」


俺は昨日起きた事の顛末を話した。俺が女王の正体について口を滑らせたこと、それを鵜呑みにしたウィルが進言すると言って門番兵に話したこと、不敬罪だとウィルが捕まってしまったこと、そしてウィルの釈放に1000万ゴルが必要なため、お金を稼がなくてはいけないこと。


話を聞いたヒルトンさんは難しい顔で腕を組み、深いため息をつく。


「お前さんたちはアホか?」

「何も言い返せません……」

「それで、金の目処は立ってるのか?」

「はい。一応、考えてはいます。ヘストイアで購入した武器や防具を、軍需が高まっているモストンに売り飛ばそうかと……あっ」


ここで俺は気づいた。俺が今からやろうとしていることは、ヘストイアに居を構えるヒルトンさんにとっては利敵行為。つまり、俺はヒルトンさんにとって敵になるのではないか。


言葉を止めた俺の真意に気づいてか、ヒルトンさんは「心配するな」と言って笑顔を向けてくる。


「今度の戦争だが、正直オレはヘストイアが負けてもいいと思ってる」

「え!? どうして、ですか?」

「去年亡くなられた王様の政権下は、俺たち商売人にとって最高の環境だった。だが、今は違う。何かと軍の拡大だとかで税収を引き上げようとしたり、逆らおうものなら見せしめで殺すことも厭わない。それなら、いっそのこと一度潰れるか、モストンの政権下になるのもいいかなって思ってるんだ。それにしても、女王様の正体が魔物か、それならこの状況も腑に落ちるってもんだ」


どうやらヒルトンさんは今のヘストイア王政権に不満を持っているらしく、俺とは敵対しないと表明してくれた。俺は心の底から安堵する。


「だから、オレは今回リオンに全面的に協力してやる。お前さんが言ってた方法なら、一度に多く物を運べた方がいいよな」

「ありがとうございます! そうですね、荷馬車があればいいのですが、馬を買うわけにいきませんし、そもそも荷馬車自体もありません」

「ふむ……おーい、カナリア! 来てくれ!」


ヒルトンさんは思案を巡らせていたと思うと、店の外に向かって大声を放ち、カナリアを呼ぶ。入口からひょこっと顔を出したカナリアが「お話終わったのー?」と聞いてくるのに対し、ヒルトンさんは手招きだけする。


「リオンもちょっと移動するぞ。ついてこい」

「え、あ、はい」


席から立ち、ヒルトンさんについていく。追いついたカナリアが「どういうこと?」と言いたげな顔をしていたが、俺もわからないとばかりに両方の手のひらを上に向けて首を傾げる。


ヒルトンさんについて行き、店の裏側に出ると、空き地に大きな布が何かを覆っていた。ヒルトンさんがそれを勢いよく剥がすと——そこに荷馬車が現れた。年季はあるが、しっかりとメンテナンスされているのがわかる。


「これはオレが旅商人していた時の相棒だ。愛着が湧いて、辞めた後もこうして保存してる。……リオン。これをお前に貸してやる」

「い、いいんですか?」

「あぁ。だから、今度またオレの飯食べに来な。もちろん、ウィルちゃんと一緒にな。あの子の食べる時の笑顔、オレももう一度見たいだ」

「ヒルトンさん……!」


感激のあまり、俺はヒルトンさんの左手を両手で掴んでぶんぶんと振る。ヒルトンさんは抵抗することなく、気恥ずかしそうに右手で鼻をかいている。


「当たり前だが、馬は手離してるからいない。だけど安心しろ。運がよかったな、リオン。カナリアが荷馬車を引いてくれるさ。な?」

「え?」

「……へ?」


俺はもちろん、荷馬車のそばに行って、興味深そうに本体をペシペシと叩いていたカナリアが素っ頓狂な声を出して固まる。


「ち、ちょっと店長! ワタシにこの大きい車を引かせる気なの!?」

「なんだ、お前さん。できないのか?」

「できるけどさ!」

「できるんだ!?」

「まあまあ、ここは人助けってことでやってやれよ。これも護衛の仕事の内ってな」

「流石に入ってませんよ、こんなの……」


こんなものが仕事に入っているなら、誰も護衛業なんてやらないだろう。


俺が半ば諦めかけていたその時、カナリアは少し考え込む素振りを見せた後、口を開く。


「……お兄さん。報酬に上乗せしてくれるなら、ワタシやったげよっか?」

「え、いいの?」

「うん! お兄さん、本当に困ってるみたいだしね。ワタシが力になれるなら、やってあげるよ!」

「ありがとう! 助かるよ!」

「その代わり、報酬は期待しておくからね! あぁ、いくら貰えるんだろう。楽しみだなあ、うしし」


カナリアは近い将来手に入るだろう大金のことを考え、期待に胸を膨らませている。


一体いくら払うことになるんだろうという一抹の不安を覚えながら、俺は1000万稼ぐために重要な荷馬車を手に入れることができた。


待ってろよ、ウィル。絶対にそこから解放させてやるからな。

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