第28話 護衛を雇う
ウィルが城の者に囚われてしまい、解放するには1000万ゴル必要だと言われた。しかも、3日後までという超短い期限つきだ。
今日はもう暗くなってきたので、下手に動くことができない。この世界では、夜になると昼間より強い魔物が現れるのだ。凡人である俺がソロで外に出たものなら、1時間も保たずに死んでしまうだろう。
そのため、時間が惜しいところではあるが、明日以降に確実にお金を稼ぐために今日の残りの時間が準備に充てることにする。
実は大金を稼ぐ目処はたっている。というのも、作中でもお金稼ぎをしなければならないからだ。そう、カナリアが薬を買うための残高分を勇者が補填するために、そのお金を稼ぐ必要があった。ゲームには日数なんて概念はないため、コツコツと魔物を倒して稼いでもいいが、作成者が用意した王道の方法とは——転売である。
ヘストイアには多くの物が集まる。食べ物も多く流通しているため、街の至るところに露天が並んでいる。武器や防具も例外ではない。
今、ヘストイアの近隣に軍需が高まっている国がある。そう、一週間後にヘストイアが戦争を仕掛けようとしている国、モストンだ。モストンは大陸の端に位置し、山に囲まれた環境のせいで、流通が滞っている。そのため、なかなか武器や防具が揃わないのだ。
だからこそ、そこに稼ぐ好機がある。つまりは、ヘストイアで仕入れた武器等をモストンに行って売り飛ばすのだ。
明日からこの作業を繰り返すことになるのだが、重要なのはいかに一度に大量の物品を運ぶことができるか、また魔物からの攻撃を凌ぐことだ。
前者は荷馬車があれば最高だが、そんなものを用意するお金はない。ここは一旦考えないようにする。
後者の対策は簡単だ。護衛を雇えばいい。出費が発生してしまうが、荷馬車よりは断然安いし、何より魔物にやられてしまったら元も子もない。
早速、俺は酒場へ向かう。街の酒場は酒や料理を提供するだけではなく、派遣事業も行っている。その中に護衛の派遣もあるのだ。
店内に入ると店員が来てくれたので、護衛を紹介してほしいとお願いすると席へ案内された。どうやら登録されている護衛と相席して、その場で依頼についての話をつけるシステムらしい。
席についてしばらく待っていると、近くに人影が寄ってきた。どうやら来たみたいだ。どんな人を紹介してくれたのかを確認するため、俺がそっちを振り向くと、
「どもども、さっきぶりだねお兄さん!」
「……へ?」
素敵な笑顔を浮かべたカナリアさんがいらっしゃいました。
* * * * *
カナリアは『エルドラクエスト』のメインヒロインの一人であり、勇者と共に魔王を打ち倒す運命にある。
そのため、俺はなるべくカナリアには関わりたくなかったのだが……
「いやー、戦争が始まるまでに小銭稼ぎしようとここの護衛派遣に登録したけど、まさかお兄さんが依頼者として来るとはねー」
まさか護衛の紹介をお願いしたら、カナリア本人が来るとは思わないだろ。
「チェンジで」
「なんで!? お兄さん、ワタシの強さ知ってるでしょ! 護衛なら任せてよ!」
カナリアはお金を稼ぐためにこの護衛の仕事をしている。そして護衛を依頼する俺も、お金を稼ぐためである。つまり、カナリアと同行していてこの転売ノウハウを知られたら、彼女は俺より容易に目標金額に達することができ、
それだけは絶対に避けたいのだが、彼女はこの仕事を降りようとしてくれない。たしかに彼女の強さと性格は重々承知しているので、護衛をしてくれると助かるが……
どうすれば断ることができるのか、うんうんと悩んでいる俺の様子を見て、カナリアは「あっ」と何かに気づいたような声を漏らし、ニヤニヤした表情を浮かべる。
「もしかして、何か他の人には言えないことしようとしてる? あの女の子と一緒じゃないし、ワタシがダメだってことは、エッチなこと企んでるとか!」
「違います」
「もー、わかってるって。大丈夫大丈夫、護衛対象の目的は探っちゃダメって規約で決まってるからさ! 安心してワタシを雇ってよ!」
なんか変な誤解をされてしまったが、目的を伏せられるなら、ストーリーに与える影響も小さいか……? 戦争が始まるまでには戻る予定だし。
「わかった。じゃあ、よろしく頼むよ」
「そうこなくっちゃ! お兄さん金払い良いし、絶対に逃したくなかったんだよね!」
「あの時みたいなのを期待されても困るんだけどね。ところで、護衛の相場ってどれくらいなの?」
「うーん、基本的に両者合意の金額を決めるみたいで、ワタシも初めてだから詳しくは知らないんだけど、大体一日15000ゴルだよ」
「あ、それくらいなんだ。もう少し高いと思ってた」
「魔物をコツコツ狩るよりは稼げるし、供給過多で相場が崩れちゃってるんだよね、特にこの国では」
どうやら戦争の兵士の志願者の多くが、カナリアと同様にこの隙間時間を護衛業に充ててるらしい。そのため、依頼者以上に護衛登録者が多くなり、相場が下がっているみたいだ。
「でも、お兄さんならもう少し色目をつけてくれるって期待してる!」
「まあ、善処するよ。報酬は後払いでもいい?」
「本当はこっちとしては前払いの方が安心するけど、そっちの事情もあるだろうし、それにお兄さんだから信頼してあげる。後払いでいいよ!」
「助かるよ」
三日後に1000万ゴルを確実に揃えて、その時の余りから報酬を支払おう。
「それで、契約は明日から?」
「うん。翌朝にこの街を出発してモストンへ向かうから、その道中の護衛を頼むよ」
「モストン!? もしかしてお兄さん、どっちかの国のスパイだったりする?」
「スパイだったらこんなに堂々と護衛を雇ったりしないだろ」
「それもそうか! おっと、依頼者に対する野暮な詮索は禁止だった。それじゃあ、明日からよろしくね、お兄さん!」
「あぁ、こちらこそよろしく」
カナリアから差し出された手を握り返す。契約書などない、これで契約完了なのだ。
しかし、彼女の腕はなんとも細くて綺麗だ。どうしてこの腕で、あの大剣を振り回すことができるのか。それは全てゲームの世界だからで片付けられてしまう。
それでも、こんな小さな体で家族のために命をかけて戦っている彼女の姿には、やはり思うところがある。
「……酒場だし、なんか頼む? 奢るよ」
「本当!? ワタシ、久しぶりにお肉が食べたいなー」
「あんまり高いのはやめてね」
「えー、お兄さんの金払いの良さは嘘だったのー?」
「だから、あれはあの時だけだって。報酬もあんまり期待しないでよ」
あの時は、所持金は余っている感覚だったのだ。しかし今は状況が違う。
それにしても、お兄さんお兄さんと言われると、どうしても甘やかしてしまう。これが妹を持つ兄の
注文して届いた、何かよく分からない肉のステーキを満面の笑みで頬張るカナリアを眺めて、俺は硬いパンを齧りながら目を細める。
そういえば、楓は元気にしているだろうか。楓も俺と同じく隔世遺伝の病が発症する可能性があるが、その運気を全て俺が奪っていたらいいが。
ミリヤも心配だ。最後の最後で俺を兄だと認めてくれた、現世の妹。村に篭っているのだろうか、もしくは魔物の襲撃を恐れて村のみんなと引っ越ししているかもしれない。いずれにしても、魔王討伐の旅に出ているはずのライクとは離れてしまっているだろう。
その運命からは逃れないかもしれないが、エンディング後にでも二人の物語が始まると思えば、ああして良かったかもなと思えてくるのだった。
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