第27話 ピンチ姫
『エルドラクエスト』のカナリアの登場エピソードを振り返る。
カナリアは金色に輝く長い髪を横で一つ結びした小柄な少女で、その体には見合わない大きな剣を自在に操る戦士職の勇者の仲間であり、メインヒロインの一人である。
快活な性格で、物言いもはっきりとしており、何より拝金主義者である。まあ、それにも理由があり、実は難病を抱えた妹を持っており、その病を治すために必要な薬を購入するための資金集めをしているのだ。その額なんと500万ゴル。
同じく妹がおり、難病に苦しんでいるという環境が前世の俺と被り、かなり感情移入したキャラでもある。
資金集めの方法は、基本的にその力を活かして傭兵として雇われたりして発生する給料である。近日、戦争が始まると言われているここヘストイアに来ているのもそれが理由で、ヘストイア側の戦士として雇われようとしているのだ。
カナリアに偶然出会った勇者は、ヘストイアの女王の正体は魔物であることをカナリアに告げ、女王討伐の協力を願い出る。しかし、カナリアはそんな事情よりお金を優先する。そこで勇者が不足分の料金を立て替えることでカナリアの説得に成功し、一緒に正体を見破るアイテムの探索などをして関係を深め、最後に女王を倒して二人は結ばれる。
一部のファンからは買われたヒロインなんて蔑称をつけられていたが、カナリアが勇者を好きになった理由はそこだけじゃないと俺には分かっている。もちろん、妹を助けるために、言い換えれば自分を仲間にするために大金を出してくれた勇者に好感を持ったのは確かだろうが、その後の冒険からの女王討伐はRPGとして熱いはず。
さて、そんなカナリアだが、今まさに俺の目の前にいるのだ。
ウィルを誘拐した男たちの足止めをしてくれ、そのお礼を言ったところ、お金を要求された。作中のカナリアの通りだ。
「ねえ、お兄さん。ワタシ、お兄さんの大事な人を助けたんだよ? ここは男気のある支払いをお願いしたいところ!」
なんともまあガメツイなあと思うが、その裏を知っているとお金を支払うのにも抵抗はない。
たしか、ヘストイアに来た時点で残り100万ゴルだったはずだ。そして、俺の今の所持金は50万ゴル。流石に全額渡すわけにはいかないし、そもそも勇者が残額を支払わないと二人の話が始まらないので、ここは……
「わかったよ。えっと、これで十分かな?」
「おっ、ありがとねお兄さん。へへ、いくらくれたのかな……えぇ!? お兄さん、これ、大丈夫? 間違えてない?」
「間違ってないよ。俺の大事な人を助けてくれたんだ、カナリアに受け取ってほしい」
「うわぁ、太っ腹だなあ。でも、10万ゴルって……ま、まあ、お兄さんがいいって言うんなら受け取っとくよ! 後から返してってのは無しね! それじゃ!」
大事そうにお金をしまったカナリアは、満面の笑みでその場を去っていった。それに伴い、周りの野次馬たちも解散していく。
俺は隣で黙って事の成り行きを見守ってくれていたウィルに「ごめん」と短く謝る。すると、ウィルは首を横に振って「いいんですよ」と言ってくれる。
「リオンさんのことです。あのお金の額にも、何か理由があるんだと私は分かっています。それに、私のことを大事な人だと言ってくれて、その、嬉しかったですし……」
顔を赤くして喜ぶウィルをみて、あれだけの大金を出してもよかったなと改めて思えてくる。元はエルフの女王から貰ったものだ。いつかその恩返しもしようと思っている。向こうはエルフの里を救ってくれたからだと言うと思うが、俺がいなくても勇者が救っていただろうしな。
* * * * *
一騒動あったが、俺たちは改めてショッピングへ向かった。
ウィルのドレスは非常に似合っていた。しかし、あんなことがあったので、もう少し大人しめなものに着替えたいと思い、さっそく洋服屋を訪れた。
洋服屋に入ると、店員がウィルを見つけた瞬間目を光らせ、ウィルはあれよこれよと着せ替えさせられた。
「お人形さんみたい! もうおまけしちゃうから、いっぱい着せ替えさせて!」
結果、ウィルは何十もの服を試着したわけだが、結局一着のみ購入した。もう少し買ってもよかったのだが、ウィルが拒むため、そうなった。
白と薄い緑色を基調としたワンピースを購入した。まさにエルフの服って感じだ。それこそウィルが着ると、妖精が現れたのかと思ってしまうほどだ。
約束通り、俺もウィルセレクトの服に買い替えて、俺たちは満足して店を出た。その時、店前を多くの戦士や魔法使いらが歩いていくのが見えた。
「どうしたんでしょう」
謎の団体に驚いたウィルが首を傾げる。
「おそらく、近日に始まると噂の戦争の兵に志願する者たちじゃないかな」
「戦争が始まるんですか!? ヘストイアの王様は好戦的なのでしょうか。こんなにも賑やかな街があり、多くの住人が幸せに生きているのに、どうして戦うのでしょう」
「昔は平和主義者だったよ。ただ、今の政権を握っている女王の正体が実は魔物で、ヘストイアを中心とした国を荒らすためにやってるからなあ」
「そうなのですか!? 私、国の者に進言して参ります」
「うん。……へ?」
聞き捨てならない言葉が聞こえたので、ウィルの方を振り向くのだが、既にそこにウィルの姿はなかった。すぐに周囲を見渡すと、ウィルは城の門へ小走りで向かっていた。
王城の門前に立っている二人の門番兵のうち、片方の傍に駆け寄ったウィルは言う。
「あの」
「ん? どうした」
「この国の女王様の正体は魔物だとお聞きしたのですが」
「不敬だぞ! お前ら、この娘を引っ捕らえろ!」
「え、え?」
城の中か出てきた兵たちがウィルの元へ集まり、そのままウィルの身柄を確保する。そして城の中へ連行しようとしている。
「ウ、ウィルー!?」
たしかにエルフの女王はウィルのことを少し抜けていると言っていた。しかし、ここまでアホな子だったか? 初めての街で浮かれているのだろうか? それとも、もしかして俺を盲信するばかりに、アホがブーストされてるのか?
俺は急いで門番兵の元へ駆け寄り、最初にウィルが話しかけた方じゃない人に声を掛ける。
「す、すみません。あの子、俺の連れなんですが」
「ん? なんだい、君も捕まりに来たのか?」
門番兵は軽い冗談のようなことを言ってくる。兜で顔は見えないが、絶対に笑っている。ウィルを連行しようとしている兵たちも話を聞くためか、足を止めている。
「ま、まさか。あの子を解放してくれませんか? 最近田舎から出てきたので王政のことをよく分かっていなくて、さっき街中で変なことを聞いてそれを鵜呑みにしたあいつは、良かれと思って言ってみたいで」
「くくっ。まあ、彼女からは悪意は感じ取れなかったから、そうなんだろうね。……でも、ダメなんだ。冤罪だったとしても簡単に解放できない。今のこの国では」
何か深みのある物言いをする門番兵に、違和感を覚える。それにしてもこの人から威圧感を感じない。
「どうやったら解放してくれるんですか?」
「今、この国はなにかと金が必要でなあ。——1000万ゴル。1000万ゴルを献上すれば、彼女を解放する。ただし期限は一週間……まあ、そう言うことだ」
「1000万ゴル……それも一週間以内……」
おそらく一週間後に控えている戦争に使用するお金を調達しているのだろう。それにしても、額が高すぎるし期限が短すぎる。でも、稼ぐしかないんだ。ウィルを救うためには。
「わかりました。一週間以内に用意してきます」
「あぁ、頑張れよ。あの子は俺が監視しておいてやる。……前はこんなことする女王様じゃなかったのになあ、おっと忘れてくれ」
どうやらこの門番兵は、今の王政に不満を持っているらしい。なんなら、女王を不審に思っている。この人がウィルの監視役を買って出てくれるなら、安心だ。
「あ、あの! リオンさん!」
「待っててね、ウィル。絶対に1000万ゴルを用意する——」
「わ、私、一週間も保ちません。おそらく三日間が限界かと……」
「えっ……あ!」
そうだ。ウィルは俺の傍から離れていると、生命力を補充することができない。つまり、ウィルの生命の期限は3日後……? それまでに1000万ゴルの確保……?
改めて連れていかれるウィルの背中を眺めながら固まっている俺の肩に、例の門番兵が手を置いて「……頑張れ?」と声をかけてくれる。
いや、厳しすぎないか……?
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