第26話 一人目のメインヒロイン

ウィルが色んな料理を楽しんでいる傍ら、エルフの森への人の派遣をお願いしたヒルトンさんと俺は、派遣する人の選別などの条件について細かく詰めていた。


女王曰く、害を為す人間は森の神様が排除してくれるそうだが、用心に用心を重ねるのは良いことだ。エルフ族は俺にとっては家族みたいなものだ。悲しい目にはあってほしくない。


「ところで、リオンとウィルはどういった関係なんだ?」

「うーん……」


この質問はかなり厄介なのである。俺とウィルが一緒にいるのは、森の神様の加護を得られない代わりに、俺から愛を受け取ることでウィルが生き延びるため。そう、ウィルが生きるためではあるのだが、俺たちの間には愛があるはず。かと言って結婚してるわけでもないし、なかなか的確に言い表せる言葉がない。ウィルも答えに困っている。


「なんだ、少し訳ありか?」

「あはは、そんな悪いものじゃないんですけどね。なんと言えばいいのか」

「……お前たちは、互いに好き合ってないのか?」

「私はリオンさんのことをお慕いしております!」


ヒルトンさんの質問に対して、ウィルは食い気味に答える。その姿を見て、俺は自分が情けなくなってくる。


「先に言わせてごめん、ウィル。俺もウィルを愛してる。これからは恋人って名乗ってもいいかな?」

「リオンさん……! はい、もちろんです!」

「おいおい、なに急に熱い関係を見せつけられてんだ俺は。……はぁ。まぁ、めでてえもんだな。ところで、これからはどうするんだ? しばらく滞在するんだろ?」


原作におけるヘストイアのストーリーを思い出す。


1年前にヘストイアの王様が死んでから女王が政策の実権を握っているのだが、その女王の正体は魔物ガーゴロンで、王様の死因も女王が関わっている。


前政権は平和主義で他国とも交流を盛んにし、商業に力を入れていた。だからこそ、街はこんなにも店で溢れかえっているわけだが、最近は武力を行使するような荒々しい政策が目立っている。その原因ももちろん女王ガーゴロンである。


ヘストイアの騎士団等の戦力を用いて他国を制圧しつつ、内側から腐っていく大商業都市ヘストイアを潰す。それがガーゴロンの思惑だったはず。


そして来る一週間後、近隣の国モストンと戦争が起きる。ゲームでは、勇者はこの時期にここに到着し、女王を魔物だと看破して、モストンと一緒に女王を倒すといったシナリオである。正体を見破るアイテムが必要なのだが、それも近くの塔に祀られている。


シナリオ的に、おそらく勇者ライクは戦争が始まる3, 4日前にはここに到着するだろう。だから2, 3日は俺たちもここに滞在できるってわけだ。


「せっかくの商業都市なので、買い物に行こうかなと思っています。ウィルの服とか買いたいですし」

「そ、そんな、私のためにお金を使わなくても大丈夫ですよ」

「なに言ってるんだよ。女王様からいただいたお金だし、ウィルはもっと気兼ねなく使っていいからね。それに、俺が着飾ったウィルを見たいってのもあるんだ」

「うぅ……で、でしたら、リオンさんも一緒に買ってください。私もリオンさんのかっこいいお姿を拝見したいです」

「わかった。一緒に新調しよう。なんなら、選び合いっこしてみる?」

「私がリオンさんのお洋服を!? リオンさんが私色に染められる……そんなことをしていいのですね……私、楽しみになってきました」


無事、ウィルの服を買いに行ける約束ができたが、自分用にどんな服が選ばれるのか少し怖くなってきた。選んでくれるのは嬉しいけどね。


「そういえば、オレの娘の小さい頃の服がまだ残っているが、着てみるか?」

「ヒルトンさん、結婚していたんですね」

「お前、オレのこと馬鹿にしてるのか? これでも結婚して今年で25年よ。年季ならお前さんたちに負けないさ」

「私とリオンさんはこれからもずっと一緒ですし、修羅場も乗り越えてきた強い絆がございます。リオンさんが私のためにする一挙手一投足が、私の生きる源となり、そし……」

「いや、やめよう、この話は。お前さんたちに勝負を仕掛けたのが馬鹿だった。オレが惨めな思いをするだけだ。はぁ、昔はあんなにオレにデレデレだったのに、最近はなんか冷たいんだよなあ……」


結婚の闇を垣間見た気がする。「オレみたいにはなるなよ」と重みのある言葉を残して、ヒルトンさんは自宅となるこの建物の2階に上がっていった。ウィルは喋り足りなかったのか、消えていくヒルトンの後ろ姿を見ながら少し残念そうな顔をしている。


しばらくして戻ってきたヒルトンさんの手には、暗めの紫色を基調とし、赤色のアクセントがあるフリフリしたドレスがあった。そして、それに着替えたウィルが今目の前にいる。


「い、いかがでしょうか、リオンさん」


そのドレスの色はウィルの白い髪とマッチしており、フリフリとした袖からスラッと出てくる白い手も映えている。そして、今までの服とは系統が異なり、色も妖艶な紫に激しさのある赤ということで、色気がすごい。さすがあの女王の娘だ。


「リオンさん?」


惚けてしまい、反応を見せることができなかった俺を不審に思い、ウィルが不安そうな瞳でたずねてくる。俺は急いで称賛の言葉を並べる。


「最高。素晴らしい。可愛すぎる。美しい。ウィルしか勝たん。絶世の美女はここにいたんだ」

「お前、褒めるの下手すぎだろ……」


ヒルトンさんが呆れ顔でそう言う。仕方ないだろ、元からなかった語彙力がウィルの可愛さの前に消し飛んだんだ。かき集めた結果がこれだ。


しかし、確かに酷い称賛だった。ウィルは落ち込んでいないだろうか。恐る恐る俯いているウィルの顔を覗くと……


「リオンさんが褒めてくださいました。可愛いと、美しいと仰ってくれました。はぁ、嬉しすぎます。甘美です。勇気を出して着てみてよかったです……」


ウィルのあまりにも可愛らしい発言に、俺は顔を赤くして目を逸らしてしまう。そんな俺の様子を見て、ウィルも恥ずかしくなったのか更に顔を俯かせる。


一方で、そんな俺たちを見て、ヒルトンさんは「お前さんたちはお似合いだよ」とさらに呆れた様子を見せていた。




* * * * *




なんとヒルトンさんが「もう娘は着れないから」とドレスを譲ってくれ、シャングリラを出た俺たちは今、その格好のままのウィルと街巡りをしている。


街行く人がウィルの姿に惹かれて目を止めている。中には、足を止めて見つめている人がいた。ウィルは多くの視線を浴びて少し恥ずかしくなってきたのか、姿を隠すように俺の身体に密着する。そうすると、通りすがりの男たちの突き刺さるような視線が俺に向けられるのだった。


「本当に似合ってるよ、ウィル。お姫様みたいだな」

「お、お姫様ですか? それは言い過ぎだと思います……でも、嬉しいです」


まあ、実際にエルフの女王の娘なので、姫で間違い無いのだが。ただエルフ族には王族といったものや、そもそも血縁関係がどうっていうものがないため、あまり自覚はないのだろう。


「あっ! 見てください、リオンさん。凍らせたフルーツの盛り合わせみたいです。食後のデザートにいかがでしょうか?」

「ウィルは見た目に反して食いしん坊だよね」

「むっ……いじわるです、リオンさん。私、買ってきますね」


俺が揶揄ったことで拗ねたからか、ウィルは俺の傍を離れて露店の方に駆けていく。その様子を眺めながら歩いて追いかけていると、後方から二人の男が走ってきて俺を追い抜き——ウィルを抱きかかえて攫っていった。


「え!?」

「リ、リオンさん!」

「ウィル!」


一瞬反応に遅れてしまったが、俺もその場を駆け出して男たちを追いかける。


「ヘヘッ、この身なり、どこぞのお嬢様に違いない」

「身代金でたんまりいただけそうですね!」


走りながら企みを話している声が聞こえる。クソ、ウィルの美しさがこんなにも罪深かったとは。


ウィルを抱えているにも関わらず、男たちの走るスピードは速い。なんとか距離を離されずにはいられるが、縮まる気配はない。街の人たちは俺たちを避けるように左右の端に寄っているため障害もない。


そしてそのまま通りから広場まで出てきた。先ほどより人は多いが、やはり皆避けていく。


「誰か! その男たちを止めてください!」


自分の力のなさを自覚している俺は、そんな他人頼りに出る。その声を聞いてか、一つの影が男たちの行く先に立ち塞がった。


ウィルの同じくらい背丈だろうか。長い金髪を横で一つ結びした小さな少女が、その体には見合わない大きな剣を手に持って構え——豪快な一振を放った。


「うわ!?」

「ヒエッ」


男たちの足先スレスレを通った大剣は、その軌跡の形で地面を抉った。その衝撃で男たちが転倒したことにより、俺は追いつくことができた。


「ウィルを返せ、このクソ野郎!」


俺は背負っていた剣を手に取り、柄の部分で男たちの頭を殴りつけた。「ギャッ」という小さい悲鳴の後、二人は気絶したのか動かなくなった。ちょうど警備隊が騒動を駆けつけてやって来たので、事情を話して男たちの身柄を渡す。


「リオンさん! 助けていただきありがとうございます」

「無事でよかった。でも、助かったのはあの人のおかげだよ」


ウィルを無事保護することができた俺は、男たちの足を止めてくれた少女へお礼を言うために近寄る。


その少女は華奢な体ながら、自分の身長くらいある大剣を自在に操り、金色の髪に翡翠色の目を持つ。……なんか、見覚えがあるような。


「あの、ありがとうございます。本当に助かりました」


少女の傍まで行って頭を下げると、眼前に少女の手が現れた。少女の手のひらは空を向いている。どういうことだろうと顔を上げると、その少女はニカッと笑って言った。


「感謝するなら金をくれ!」


その言葉を聞いて俺は完全に思い出した。


『エルドラクエスト』のメインヒロインの一人であり、主人公が最初に仲間にする大剣使いの少女。特徴としては、かなりの拝金主義者。


そう。俺の目の前にいる少女こそが、そのヒロイン——カナリア、その人である。

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