第25話 初めての体験
俺たちが入った大衆食堂の店『シャングリラ』で出会った大男ヒルトンは、ここの店主らしい。メニュー表を渡され、ウィルと二人で覗き込む。
メニュー表にはバリエーション豊かな料理が多く並べられており、この街の流通が盛んであることを裏付けていた。
ただ、料理名しか記載されていないため、俺もウィルもイメージが湧かず決めかねていたところ、ヒルトンさんが声をかけてくれた。
「なんだい、お前さんたち。えらく悩んでるな」
「ヒルトンさん。実は魚料理を食べたくてここを訪れたんだけど、何かオススメありますか?」
「魚料理か! へへっ、それならとっておきのものがあるぜ」
ドヤ顔を見せるヒルトンさんを見て、俺たちは顔を見合わせて笑い、信じてみることにした。
「じゃあ、そのとっておきをお願いします」
「オーケー! ちょっと待ってな」
注文を受けたヒルトンさんは、厨房の方へと姿を消した。
「あぁ、とても楽しみです。里を出た方々が帰ってきた際に、お魚料理というものを教えてくださったのですが、それはもう美味しそうにお話しされるのです」
「なるほど、それで知ったんだね」
「はい。リオンさんはお魚料理を食されたことあるのですか?」
「あるよ。俺も魚は好きだけど、一番好きな調理方法はここでは食べられないだろうなぁ」
「そうなのですか? 変わった調理方法なのでしょうか」
「うーん、条件かなぁ」
俺が好きな魚料理、それはズバリ刺身や寿司といった生魚を用いたものだ。しかし、この世界では運搬技術が発展していないため、内地で新鮮な魚を手に入れることはほぼ不可能だ。そのため、この店でも火を通したものしか提供されていないだろうと踏んでいた。
「おう、待たせたな」
しばらくウィルと会話して待っていると、ヒルトンさんが2皿持ってきてくれた。俺はそこに盛り付けられているものに驚愕した。
「え、これってカルパッチョ?」
「なんだい、お前さん知ってたのかい」
「リオンさん。カルパッチョというのは、この料理のお名前でしょうか」
「う、うん。生肉と野菜を盛り付けて、少し酸味のあるソースがかけられている料理だよ。その生肉だけど、これは生魚ですよね?」
「そうさ! うちでは生魚を提供させてもらってる。この街広といえど、生魚を提供しているのはうちだけさ」
やはり生魚の提供は難しいのだ。だけど、実際目の前に生魚を使った料理を提供されているし、見た目も綺麗で臭くもない。
「どうしてヒルトンさんはこれを提供できるんですか?」
「あぁ、まあひとえに人との繋がりのおかげだな。オレはこう見えて、昔は旅商人をやっていてな。行く先々で商品を仕入れては、次の場所でそれらを売り捌いていたってわけさ。すると色んな人とコネができていったわけで、その賜物だ」
ヒルトンさんは簡単そうに言うが、それは相手がヒルトンさんを信頼しているからこそ成り立っている。つまり、この人はかなり信頼できる。特にビジネス面においては。
俺が少し考え込んでいると、服の袖をクイクイと軽く引っ張られる。
「あ、あの。リオンさん」
「ん? どうしたの?」
「申し訳ありません……私、もう我慢できそうにありませんっ」
ウィルがご飯を前に待てをされ続けている子犬のような顔で、縋り付くようにそう言ってきた。そういえば、ウィルは魚料理を楽しみにしていたんだった。
「ごめんごめん。いただこうか」
「あ、はいっ。それでは、いただきます。……あぁ、美味しいです。これがお魚の味なんですね」
カルパッチョを一口食べたウィルは、恍惚とした表情を浮かべる。それを見たヒルトンさんは「そうだろう、そうだろう」と大声を上げて満足そうに笑っている。
俺も食べてみると、臭みが全くなく、非常に美味しかった。刺身とはもちろん違うが、こちらにきて生魚を食べられる幸せを料理と一緒に噛み締める。
「お前さんたちはいい反応をするなあ。提供しがいがあるってもんだ」
「とても美味しくて、感動してしまいました。このソースも初めての味だったのですが、癖になってしまいそうです。差し支えなければ、どのように作るのかきいてもよろしいでしょうか?」
「いい気分にさせてもらったお礼だ。特別に教えてやるよ。これはだな〜」
気前よくウィルにソースの作り方を教えてくれるヒルトンさんを見て、この人が信頼されるのも分かるなと思った。商売の腕も確かなのだろうが、人情味も溢れるところが人として魅力的だ。
そんなヒルトンさんになら、あのお願いができるかもしれない。俺は二人の会話が終わるのを見極めて、ある話を持ち出す。
「ヒルトンさん。あなたは商人の腕とその人柄を見込んで、一つ話があります」
「……どうしたんだ、急に」
俺が話を持ちかけた瞬間、ヒルトンさんの顔つきが変わった。さっきまでの優しい店主の顔から、商売人の顔になったのだ。
俺は近くに他の人がいないことを確認し、声を抑えて話を始める。
「ヒルトンさんはエルフをご存じですか?」
「エルフ? あぁ、実物を見たことはないが、噂は聞いたことある。ここから少し離れた森に住んでいるっていう種族だろ? たしか、そうだな、お嬢ちゃんみたいに綺麗な女性ばかりだとか」
「その通りです。そのエルフたちが住んでいる森なのですが、最近まで木が繁殖しすぎて衰退していたんです」
「というと、なんだい。エルフは間伐を怠っていたのか?」
「半分正解で半分不正解です。確かにエルフ族は間伐を行っていなかったのですが、それには理由がありまして。エルフ族は森を攻撃することができない、つまり伐採することができないんですよ」
ここまで言うと、ヒルトンさんは「ふーん」と腕を組む。半信半疑といったところだろうか。
「なるほどね。しかしお前さん、どうしてそんなに詳しいんだ。もしかして、お前さんがエルフだっていうのかい? いやでも、噂によるとエルフは女しかいないって……」
そこでヒルトンさんの視線が、俺からウィルの方に移る。俺は席を立ち、他の客からウィルを隠すような位置に移動して、覆いかぶさるように軽く腕を広げた。
「おいおい、なに急にイチャイチャしようとしてんだい」
そんな軽口を叩くヒルトンさんだが、目は笑っていない。真剣な目をしている。
「ウィル。いいかな?」
ウィルに小声でそう言うと、ウィルは「はい」と返事をして自身にかけていた魔法——レブロックを解除した。その瞬間、ヒルトンさんの目が大きく開かれる。
「エッ——……すまない」
びっくりして大きな声が出そうになったヒルトンさんだったが、すぐに口元をおさえて止まってくれた。俺はウィルに魔法をかけ直してもらい、自分の席に戻った。
「どうでしょう。自分の話を信じれてくれますか?」
「……あぁ。もしかしてそれは幻惑魔法だったり、変化魔法だったりするかもしれないが……お前さんの目を見ていると、信じてみたくなるな」
俺とヒルトンさんはニッと笑い合う。これで話を進めることができる。
「それで、オレの商人としての腕を見込んでの話だったはずだが、この話には続きがあるんだろ?」
「はい。先ほどお話ししました通り、エルフ族は自分達で間伐を行うことができません。そこで、人間の力を借りようという話が出たのです」
「なるほどな、それは順当な考えだ。しかし、人間はタダで仕事を請け負うほど馬鹿じゃない。何か対価は考えているんだろ?」
「その通りです。エルフ族は金銭を扱うことがないため、その代わりに素敵な一夜を提供するそうです」
「……ん? 素敵な一夜? というと、あれか。ムフフなやつってことか?」
「そうです。ムフフでウフンなやつです」
「ほう……」
さっきまで真面目な顔つきだったのに、今では鼻の下を伸ばして呆けた顔をしている。男ってほんとばか。
「ただ、エルフ族に害をなすような人間を森に寄越すわけにいけません。そこで、ヒルトンさんには斡旋をお願いしたいんです。具体的には、ヒルトンさんのお眼鏡にかなう人のみに情報を流して、森へと誘導して欲しいのです」
「なるほどな。つまり、この情報をオレがどう扱おうと自由ってことだよな? 例えば、情報の対価としてお金をもらったり」
「はい。そこはヒルトンさんにお任せしたいと思います。ヒルトンさんのこと信用してますし、自分としてはエルフ族のみんなの暮らしが保たれるならそれでいいと思っています」
「ふっ……ガハハハハハ」
ヒルトンさんは吹き出したと思ったら、目元に手をやって急に大きな声で豪快に笑い始めた。
「お前さん、これを商談だと思っているようだが、お前さんには全く利益がないじゃないか。この情報をオレに高く売ろうとはしないのか?」
「信頼できる人に確実に情報を渡すことこそ、俺の利益になるはずだと考えています。それに、こうすることでヒルトンさんからの信頼を買うこともできます。つまり、俺の利益はプライスレスってことですね」
「ククク、面白い。わかった、その仕事引き受けた。お前さんたち、名前はなんて言うんだ」
「リオンです」
「ウィルと申します」
「リオンとウィルか。これから長い付き合いになりそうだな、よろしく頼むよ! 今日の飯代は奢ってやる。好きに食べな」
「わぁ、ありがとうございます! 感謝いたします、ヒルトンさん!」
よほどここの店の味が気に入ったのか、お礼を言ったウィルは目をキラキラさせてメニュー表を見始めた。
そんなウィルを見て、俺とヒルトンさんが笑うと、ウィルは少し恥ずかしそうにしていた。
こうして、俺の初めての商談は無事に終えたのだった。
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