第20話 勇者様御一行2

密閉された空間の中、あたしは膝を抱え込んで前世のお兄ちゃん——竹中奏人のことを思い出す。


小さい頃のあたしたちは近所では有名な仲良し兄妹だった。どこに行くにしてもお兄ちゃんにべったりなあたしと、それを嫌な顔など一切せず許してくれるお兄ちゃんを見て、近所の人たちは微笑ましく見守ってくれていた。


だが、あたしが中学校に上がった時、その関係は崩れ始めた。


中学校には近くの複数の地区から人が集まっており、新しい出会いが多くあった。そのため交友関係は変わっていった。


あたしは今まで通り、お兄ちゃんとどこどこに遊びに行った、お兄ちゃんがこれを買ってくれたといった会話をしていると、新しくできた友達は苦笑を浮かべていた。どうしてそんな顔をするんだろう、疑問に思ったあたしが聞くと、友達は少し言いづらそうに教えてくれた。


私たちの年代が、男女で出かけるのはカップルくらいだ。兄妹でそんなにベッタリなのはおかしいと遠回しに言われたあたしは、頭の中が真っ白になった。


別にあたしはお兄ちゃんを彼氏だとかそういった対象で見たことはなかった。ただ今まで通り仲良くしていただけだ。なのに、逆らうことができない年齢を重ねるという要素で、その行動を戒められたのだ。


もしかして、お兄ちゃんは迷惑をしていたのだろうか。一度そう考えてしまうと、あたしは今まで通りにお兄ちゃんと接することができなくなってしまっていた。あたしとお兄ちゃんの間に、次第に気まずい空気が流れていく。


ある日、あたしのお兄ちゃん好き加減が気になった友人は、お兄ちゃんの写真を見せてくれと言われた。向こうから言ってきたのだ、これくらいの自慢はいいだろうと、小六の時に撮ったお兄ちゃんとのツーショット写真を見せた。すると友人たちはかなりの食いつきを見せて、お兄ちゃんを紹介してくれと言い始めた。


「は?」


自分でも驚くほど低く冷たい声がでた。だが、意味がわからなかったのだ。どうしてあたしはお兄ちゃんとの関係が悪化しているのにも関わらず、友人らは関係を築こうとしているのか。


3つ上のお兄ちゃんは今年から高校生だ。あたしから話しかけることは少なくなったが、お兄ちゃんは今まで通りあたしに声をかけてくれた。


今日、学校で何があったのか、友人がこんな馬鹿なことを言ってみんなで笑った、次のテストで成績が下がったらお小遣いが減らされそうで怖い、そんなたわいもない話だったが、あたしは楽しく聞いていた。


お兄ちゃんの友人の話の中で、一人気になる人がいた。お兄ちゃんは気づいていないようだが、話を聞く限り、お兄ちゃんに気がありそうなクラスメイトの女子だ。


お兄ちゃんは昔から鈍感だ。どうせこの人の恋心も気付かれないだろうと思うと、あたしの口角は上がっていた。お兄ちゃんから「俺、なんか嘲笑われるようなことを言ったかなぁ」というボヤキを聞いて、あたしがいかに悪い顔をしていたが分かり、少し恥ずかしくなった。


そんなある日、学校から帰ると暗い表情を浮かべたお兄ちゃんが先に帰っていた。いつもはおかえりの挨拶くらいでしか話しかけないが、あまりにも気になったのでどうしたのかと聞いた。


どうやら例の女子に告白をされたらしい。


あたしの胸がキュッと縮こまり、全身に寒気を感じた。しかし、それならお兄ちゃんはそんな表情はせず、もっと喜んでいるのではないかという疑問が頭を埋め尽くした。


どうやら告白は断ったらしい。話を聞いていた感じ、お兄ちゃんと彼女は親しげだったし、彼女もいけると思ったから告白したのだろうけど、二人が付き合うことはなかった。


あたしは心のどこかで安堵していた。しかし次の瞬間、恐ろしいことに気づいてしまった。少しぎくしゃくしてしまっているが、今はなんとか兄妹として一緒にいることができている。しかし、お兄ちゃんに彼女ができたとき、はたまた結婚なんてしてしまうと、もう一緒にはいられないのじゃないかと。


心が絶望の海に沈んでいく。


どうしてあたしはダメなんだろう。兄妹だからだ。そもそもあたしにはその権利はなくて、他の女にはある。なんて理不尽なんだろう。


その日から、あたしはお兄ちゃんを「お兄ちゃん」と呼ぶのをやめた。理由はいまだによく分からないが、呼ぶ度に兄妹という関係性を突きつけられる感じがするからだろうか。


でも、お兄ちゃんはお兄ちゃんなのだ。それは揺るぎない事実で、あたしたちの繋がりの強さを表すもの。それは否定したくなかった。


そんな矛盾した想いを抱えたあたしは、更にお兄ちゃんとまともに交流することができなくなってしまっていた。思ってもいないことを口にすることもあった。それでもお兄ちゃんは笑顔を向けてくれて、やはり彼に惹かれていくあたしの心は、どんどん迷子になっていった。


両親が結婚記念日で二人きりで外食に行った際、気まぐれであたしが晩ご飯を作ったことがあった。学校の調理実習くらいしか経験がなく、初めての挑戦だったため、思い出したくもない出来栄えのものが完成した。


しかし、それをお兄ちゃんは「美味しいよ。作ってくれてありがとう」と笑顔でパクパクと食べてくれた。それ以来、あたしの趣味の欄に料理が加わった。単純だなと自嘲する。


料理スキルはこの世界に来てから活用されている。うちは父子家庭であるため、ご飯担当はあたしだ。お父さんはあたしを育ててくれているので、ご飯を作ることには抵抗はなかった。だが、初め、リオンに作るのは少し嫌だった。あたしの料理はお兄ちゃんのためだったのだ。それを、偽物の兄に食べて欲しくなかった。


でも、リオンはあたしの作ったご飯を食べて「ありがとう」と笑顔を向けてくれた。それがお兄ちゃんと重なり、少しイラッとしつつも、作るのが嫌だという気持ちは少しずつ消えていった。


そんな回想をしていると、外から男たちの勇ましい声が聞こえてきた。村のみんなが魔物の襲撃に応戦しているのだろう。あたしも出るべきか、そう思ったがリオンの言葉が頭の中で思い出される。


「ミリヤはここで待機してろよ! あまり大きな声出してるとバレるからな!」


そういえば、2回目のリオンからのお願いだ。


1回目はなんだっただろうか。そうだ、モルフォを習得するなというものだ。どうしてリオンはそんなことを言ったのだろうか。外から聞こえる声に耳を傾けながら考えていると、ある発想に辿り着く。


「あたしのため……?」


この状況でのモルフォの使い道を考えると、あたしが勇者ライクの格好に変化して、魔物たちの前に出て、代わりに殺されること。そうすれば、勇者を殺したと勘違いした魔物たちは目的を達成して引き上げていくため、確実に勇者を守り通すことができる。


リオンはそれを阻止しようとした。そして2回目のお願いも、あたしをここに隔離させて、戦いに参加させないようにするといった内容だ。


「……なんなのよ、あいつ」


お父さんに拾われて、突如あたしの兄になった。あたしに嫌な顔をされても笑顔を向けてくれる。あたしを気遣うような立ち振る舞いをする。


そして、この襲撃に備えていたかのような行動。モルフォの件、ライクとの剣術の鍛錬、そして襲撃を報告された時の冷静な態度。もしかして、リオンはこの襲撃を知っていた? どうして? この世界は前世で発売されていたゲームの世界だ。ということは……


気づくと、外からの音が止んでいた。一体どうなったのだろうか。あたしは外に出ていいのだろうか。考えを巡らせていると、隠し部屋の扉が開かれていった——

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