第19話 勇者様御一行

目が覚めると、あたしは村の娘になっていた。


見慣れない景色に戸惑うあたしに、同じ家の中にいる体の男が話しかけてきた。その男が浮かべる優しい笑顔は、娘に向けるような慈愛に満ちたものだ。


「おう。ミリヤ。起きたのか。父さんは今から町の方に出てくるから、いい子にしてんだよ」


そう言って大きな手であたしの頭を撫でてきた。昔、お兄ちゃんに同じことされていたのを思い出すが、こんなに大きな手ではなかったなと思う。


先ほどの男の発言を聞いて、あたしはミリヤとしての記憶を思い出した。正確には、思い出したというより、頭の中に流れ込んできた。


ここは山奥にひっそりと存在する村。住人は勇者である一人の少年を匿って生きていること。


そんな村に住んでいるあたしミリヤは、その少年——ライクの幼馴染であること。記憶によると、あたしは彼のことを「ライク兄ちゃん」と呼んでいたみたい。少し抵抗があるが、急に呼び方を変えると違和感を抱かれそうなので、仕方なくそう呼ぶことにした。


記憶を整理していると、家にライクが遊びの誘いに来た。どうやら、あの大男——ミリヤのお父さんが家にいない間、ライクと遊ぶのが定番みたいだ。


彼と会って、あたしはどこか見たことがある顔だなと思った。それはミリヤの記憶の中ではなく、この場合前世に当たるのだろうか、竹中楓の記憶の中にあるものだった。


記憶を絞り出すようにして数分後、やっと思い出すことができた。前世でお兄ちゃんがやっていて、あたしが没収したゲームの主人公だ。


お兄ちゃんが亡くなった後、どんなゲームをしていたのか気になり、没収したゲーム機でプレイしようと思ったが、セーブデータは一つしか保存できなかった。お兄ちゃんが残していたセーブデータを消すのはどうにも忍びなく、結局プレイすることはなかった。


ただ、少しだけセーブデータを覗いてみると、ある女の人と二人きりのパーティーを組んでいて少しイラッとしたのを覚えている。


話が少し脱線したが、つまりあたしは今、そのゲームの世界の住人になっているということが分かった。理解はできなかったが、自分が置かれている立場を知ったという感じだ。


ただ、このミリヤというキャラがこの先のストーリーにどのように絡んでいくのかを知らないあたしは、とりあえず記憶を参考に日々を過ごしていた。もちろん戸惑いはあったが、前世のあたしの体には戻れないだろうと思っていたので、今の環境に馴染むしかなかった。


そんなある日。町へ出稼ぎに行っていたお父さんが、一人の少年を連れて帰ってきた。そしてあたしに言った。


「彼はリオン。今日からお前のお兄ちゃんだ」


意味がわからなかった。あたしのお兄ちゃんはただ一人だけ。お父さんの言うことが認められなかったあたしは、叫ぶように拒絶した。


「あたし、あんたがお兄ちゃんなんて認めない!」


驚いたその男の子の表情を見て、少しお兄ちゃんの面影を感じたからますます腹が立った。


絶対にリオンをお兄ちゃんって認めてやるもんか。あたしはそう固く決意した。




* * * * *




この村の暮らしに慣れてきたリオンは、どんどんライクと仲良くなっていった。しかし、あたしとの距離はあの時から変わらない。


あたしは絶対に「お兄ちゃん」なんて呼ばず、「あんた」とか「リオン」と呼んでいた。ちょっとした嫌がらせのつもりだった。しかしリオンはそれを意にも介さず、あたしに笑顔を向けてくる。


料理を作ってやると「ありがとう」って、お父さんと喧嘩した日には「大丈夫だよ」って。その行動がなにかとお兄ちゃんに被るのが本当に嫌で、あたしは更に彼を拒絶するようになった。あたしのお兄ちゃんの記憶をこいつに塗りつぶされていく、そんな感覚に襲われて気が気じゃなかった。


そんなリオンが、ライクを巻き込んで剣術の鍛錬を始めた。ここは剣と魔法の世界で、魔物が存在する。そしてライクは、魔物を手中に収めた魔王の討伐を期待されている勇者だ。あいつにもライクの正体を伝えたことはお父さんに聞いていたので、その行動自体は納得できた。


しかし、どうしてかリオン自身も懸命に鍛錬に勤しんでいるのだ。まるで、この先訪れる災厄に挑むために。あたしはその真意が気になり、自主練に勤しんでいるあいつのところへ度々足を運んだ。


二人を見ていて、あたしも何か身につけたいなと思い、折角だからと魔法を学ぶことにした。幸い、あたしには魔法は才能があり、日々上達していった。どうやらリオンには魔法の才能がないとお父さんから聞き、少しざまあと思った。


そんなある日。もう夜遅いのに、家の外からリオンが剣を振る音がするので、もう止めるように言いに行き、家に戻ろうとした時だった。


「最近、魔法を勉強してるんだって?」

「……それが何よ」


自分には魔法の才能がなくて僻んでいるのだろうか。そう思ったあたしの顔は少し険しくなっていたと思う。


「……モルフォだけは、習得しないでくれないか?」


予想に反して、リオンの口から飛び出したのは、出会ってから今までで一度もなかった、リオンからのお願いだった。


モルフォ。たしか、魔法をかけられた相手を、他者から任意の姿に見せることができるものだったはず。魔法書を読んでいる時に知り、揶揄うのに使えるなと思ったことがあったので、存在は覚えていた。


なぜそんなものを、リオンはあたしに習得しないでくれと頼むのか。その理由がわからず、だが聞くのもなんだか癪だったので、適当に返事をした。


それからもあたしは魔法の勉強に勤しんだが、この時のリオンのお願いが頭から離れず、結局モルフォを習得することはなかった。




* * * * *




あれから8年の年月が過ぎ、ライクの18歳の誕生日を迎えた。


ちなみに、あたしは16歳になっており、この世界では既に成人だ。


ここ数日、誕生日プレゼントに何を贈ればいいんだろうと考えていた。そういえば、ゲーム中の主人公ライクの立ち絵はヘッドバンドをしていたのを思い出す。しかし、今のライクはヘッドバンドをしていない。もしかして、幼馴染みであるミリヤあたしからのプレゼントだったのではないだろうか。


そう推理したあたしはヘッドバンドを作ることにしたのだった。当日、それを渡すとライクは喜んでくれて、早速装着してくれた。その姿はかなりしっくりきた。


剣術の鍛錬と並行して鍛冶屋の修行をしていたリオンは、先ほど完成したのであろう剣をライクに渡していた。その切れ味は素晴らしく、なかなかやるじゃんと心の中でだけ褒めてやった。口にするのはやはり癪だった。


あまり認めたくはないが、リオンを含めたこの3人で過ごす日々は楽しい。このままずっと続けばいいのに、なんて思っていた矢先にあたしたちの耳に悲報が届いた。


「おい!!! 魔物が攻めてきたぞ!!! それも大勢だ!!!」


たくさんの魔物がこの村に襲撃してきたという。おそらく勇者であるライクの居場所を突き止め、成長する前に命を奪いに来たのだ。


こういった非常事態の際に優先されるのは勇者ライクの命の確保だと、この村の住人全員が共有している。あたしはライクを連れて、以前に教えてもらった村長の家の隠し部屋を目指して走り出した。一緒についてくるリオンは、どこか落ち着いているように見えた。


重たい隠し扉を開け、中に入れることを確認したあたしは、ライクにも入るように声をかけた。その時——まだあたししか入っていないのに、何者かに扉が閉められた。いや、直感で分かった。こんなことをするのはリオンだ。


「え、なに!? どういうこと!? ちょっと、リオン! あんたでしょ!」

「リオン……?」


ライクの困惑する声が聞こえた。やはりリオンが閉めたのだ。


「ライク。お前は勇者だ。そして、血の滲むような鍛錬に耐えてきた。お前には十分、いや十二分な力がある。……この村を、大事なやつを救って見せろ! 勇者ライク!」


リオンは匿うべき相手であるライクを、なぜか戦地へ向かわせた。その行動の意味がわからず、あたしは怒りを覚える。


「ちょっとあんた! 何やってるのよ! あたしたちはライク兄ちゃんを守らないと——」

「ライクは強い。最強だ。あいつが負けるわけないだろ。ミリヤ。お前ならあいつのこと信じてやれるだろ」

「っ……」


初めはリオンが裏切ったのではないかと思った。しかし、彼の言葉から伝わるライクに対する信頼は厚いもののように思えた。


しばらく言葉が出なかったが、気がかりなことが一つある。胸騒ぎを抑えながら、あたしは聞く。


「……あんたは、あんたはどうするのよ」

「あいつが戦うんだ。俺も戦うさ。俺とあいつは親友みたいだからな」

「何バカなこと言ってんのよ! あんた、ライク兄ちゃんみたいに強くないでしょ! イキがってんじゃないわよ!」

「大丈夫だ」


リオンは言った。「大丈夫だ」と。それはいつもあたしを気遣う時のような声色。前世のお兄ちゃんと被る、そんな言葉を。


「ミリヤはここで待機してろよ! あまり大きな声出してるとバレるからな!」

「あんた、本当に行く気なの!? 戻りなさいよ! ねえ! 聞いてるの!?」


あたしの制止の言葉も虚しく、リオンの足音はどんどん小さくなっていき、次第にその音は聞こえなくなった。


状況が掴めない。考えようとするが、頭の中には先ほどのリオンの言葉だけがリフレインしている。


頭が困惑する中、口から言葉が漏れる。


「行かないでよ……また、置いていくの……? お兄ちゃん……」

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