第15話 過去の愚行

森の神様の化身である狼と対峙していたところに、謎の魔物が現れた。


不敵な笑みを浮かべるそいつは、狼や蔓を手で指示を出して制止させている。


「もしかして……お前が森の神様を唆したのか」

「オォ、人間の中にも聡いヤツがいるンだなァ。そうさ、このグェル様がこの獣に悪しき心を植え付けてやったってわけヨ。見ての通り、この森は腐り始めていル。この獣は森そのものダ。だから獣も弱っていく。そこでオレ様は教えてやったわけサ。エルフ共に分け与えた力を取り返せば、オマエは生き延びることができるゾと。エルフは魔法に長けているからなァ、魔王様の悲願の邪魔になるかもしれない可能性は潰すわけサ」


意外にも素直に全て白状してくれた。この局面に余裕を感じているからだろうか。


こいつは原作には登場しなかったキャラだ。しかし、原作のストーリーの裏側で暗躍していたのだろう。森の神様によるエルフ襲撃の顛末は、一端はエルフも担っているが、こいつが火付け役か。


そして奴は狼らを制御できる立場にいる。


「しかし、面白いモンが見れたなァ。人間を守るために、自ら加護の資格を捨てる奴がいるなんてヨォ。……まァ、お前らはこの場で死ぬんだし、どっちみちなンだけどナァ。ギャハハ」

「チッ……それで、なんで出てきたんだよ。お前はずっと裏方でコソコソしてたんじゃないのか?」

「なんだァ? 挑発してるつもりなのかァ? ギャハハ! 挑発ってのはなァ、優位に立ってるヤツがやらないと意味がないんだヨ! そう、今のオレ様のようになァ!」


なるほど。こいつが今出てきたのは、ただ俺たちを嘲笑うためだけみたいだ。


「リオンさん」


ウィルの声かけに反応してそちらを振り向く。ウィルは決意に満ちた表情をしていた。


「私の枷は先ほど外れました。今からは、微力ながら私も応戦いたします」

「あぁ、助かるよ。攻撃魔法は使えるの?」

「いえ。ただ、少し考えがあります」

「わかった。ウィルを信じるよ」

「……はい!」


短い会話を交わし、この後に控えている戦闘の準備をする。俺たちが構えの姿勢を取ると、グェルは「ギャハ」と下品な笑みを漏らす。


「勝てるつもりでいるのかァ? 人間はともかく、エルフは聡明な存在だと聞いていたンだがなァ。もしかして、最後の灯火ってやつかァ? 健気だねェ。——獣ドモ、あいつらを殺せェ!」


グェルの掛け声と共に、狼と蔓が俺たちに攻撃を仕掛けてくる。狼はあの球体の準備を、蔓は3本同時にこちらに特攻してきた。


「蔓は私にお任せを! ——ドリィ!」


ウィルが唱えたのは、先日ずぶ濡れになった俺の体を乾かした風が吹く魔法。風は微力だが、蔓全体を覆うように発生している。


勢いよく向かってきていた蔓だったが、次第にその勢いを弱めていく。そして深緑色だったのが色素が抜けていっている。


「アァン? 何やってンだよオイ! クソ!」

「なるほど、枯らしているのか」

「はい。上手くいくかは分かりませんでしたが……お役に立てたようでなによりです」

「ナイスだウィル!」

「ただ、ずっと魔法をかけ続けないといけないみたいです。申し訳ありません」

「いや、十分すぎるよ。あいつは俺に任せて」


流石はエルフだ、森の民とも言われるだけある。自然を愛するが故に、自然が嫌うこともわかるってことだな。


それにしても、グェルの奴は文句だけ言って動こうとしない。蔓は機能停止して、無効としては手数が減っているというのに。もしかして……


そんなことより、今はあの狼が放とうとしている球体をどうにかしなければ。あれに当たると即腐敗、つまり死だ。


攻撃を放つまで少し時間がかかるみたいだから、今のうちにこちらから攻撃を仕掛けるしかない。


俺は強化された体でその場から駆け出し、剣を構えながら狼のもとへ向かう。無防備だった狼も、俺の襲撃に対して備え始める。だが——


「遅い!」


ウィルは謙遜するが、彼女の魔法の効果は絶大だ。先ほどグェルが言っていた。エルフは魔法に長けていると。彼女もまた、その血を引き継ぐものだ、例外ではない。


反撃が間に合わない狼の頭に向けて、剣を振り下ろし——刃の部分ではなく腹のところで力に任せて殴りつけた。


なぜ斬りつけなかったのか。それは、俺が勇者でないからだ。勇者は森の神様に巣喰う悪しき心を断ち切ることができる。しかし俺にはそれができない。そのため、致死性のある攻撃を避けたのだ。


ゴィンと鈍い音を鳴らして狼は頭を下げ、その拍子に溜まっていた球体が狼の足元に放たれる。


「あぶねっ!」


咄嗟にバックステップで狼の元から離れる。球体が着弾した地面は腐って欠けており、飛び散った一部が狼の脚に触れたみたいで、頭へのダメージもあって狼は体勢を崩して立てなくなっている。


戦闘不能にできたのだろうか。いや、こいつは化身であって本体ではない。回復すると見ていいだろう。ならばどうする。ここは一旦退いて、やはり勇者ライクに任せた方がいいのか?


この後の行動について逡巡していると、「キャアッ」と短い悲鳴が聞こえた。ウィルの声だ。


俺は勢いよく振り返る。すると、グェルがウィルを捕まえ、鋭く尖った爪の先端を彼女の首元に突きつけていた。——先日、俺がミリヤに行ったことと同じことをしている。


「おい、ウィルを離せ!」

「ギャハ! 誰が離すかよ。……お前らをみくびってたヨ。なかなかヤるじゃないカ。でも、勝つのはこのグェル様だ! ギャハハ!」

「リオンさん……申しわけありません……私が不甲斐ないばかりに」

「くそ、今助けてや——」

「オイ、動くなヨ」


俺が走り出した瞬間、グェルの爪がウィルの首に侵入する。その部分から鮮血が流れていく。


「オレ様が人質取ってる意味わかってんのカ? お前の動きを封じるためだろうがヨォ」

「くっ……」


俺は足を止め、奴の思惑通り動きを封じられる。


その間に、ウィルの魔法ドリィから解放された回復し始めた蔓と、腐っていたはずが新しい脚を得ている狼が俺に攻撃の構えをとっている。


「ギャハハ。結局、勇者でもなんでもないキサマがオレ様に勝てるはずがないンだヨ! まあ、その勇者も死んだワケで、魔王様の望みは叶うってワケだなァ。ギャハハ! オレ様って結構活躍しちゃってるし、褒美とか結構もらえちゃったりするのかネェ」


既に勝った気になっているグェル。それもそうだ。この状況、そもそも森の神様が出てきた時点で、ぶっちゃけ俺は詰んでいるのだ。奴を無視するわけにもいかないし、かといって倒すこともできない。グェルの言う通り、勇者しか突破口がないのだ。


だが、俺の脳裏にある考えがよぎる。


グェルが狼たちを操っていること。純粋に狼に悪しき心を住まわせているだけならば、奴の言いなりにはならないのではないだろうか。つまり、今の森の神様は、奴の操り人形でしかないかもしれないということ。


グェルは作中で登場しない。勇者が森の神様を倒す前後、一切姿を現さないし存在すら見せない。そして、今回の戦闘においてもコイツは参加してこなかった。


そして、奴が今取っている行動が、相手の仲間を人質にとっているということ。俺はその状況を——よく知っている。


ジリジリと距離を詰めてくる狼と蔓。この空間に流れるのはグェルの下品な笑い声のみ。


そんな油断しきった奴に向かって——俺は全力で駆け出した。


「っ!?」


俺が動き出した瞬間、奴の面食らった顔が視界に飛び込んできた。そうだろう。人質を取っている奴は、相手の行動を封じていると思い切っている。俺は身に染みてわかっているんだ。その感覚を。人質を取っている奴が嫌うこと。それは、封じていると思っている相手が急に動き出すことだ!


「——愚行なんだよ!」


強化魔法ストロンにより跳ね上がった俺の身体能力は、突然のことに怯んで対応に遅れたグェルを逃さなかった。今度は刃面を思いっきり振り落とす。


「グァアアア!!」


青い血飛沫をあげ、ウィルに首元に突きつけていた方の腕がグェルの体が離れる。


もう一息。追撃の構えを取ったところで、急に持っている剣が重たくなる。——強化魔法ストロンの効果切れだ。


くそ、こんなところで……


痛みに悶絶しているグェルだが、俺の一瞬の緩みに気づいたようだ。苦悶の色を残しつつ、力がこもった表情で俺の体を蹴り上げた。


「グゥッ!」


さすが魔物の力というべきか、強化魔法ストロンが切れた俺の体は数メートルほど飛ばされる。ダメージのせいか体が重たい。


グェルは怒りに満ちた表情を浮かべ、地面に膝をついている俺を見下す。


「ヨクモ、ヨクモヨクモヨクモヨクモ!! オレ様の右腕を!! オマエだけは簡単に死なせねェ! この世の地獄を見せてヤル!!」


グェルは血管が浮き出るほど激怒している。その意識は、自分の右腕を斬り落とした憎き俺に集中している。


だから、人質であるはずのウィルが動けた。


「させません!」

「ンガッ!?」


ウィルはその隙をつき、腰から抜いた短刀をグェルの体に刺しこんだ。グェルは思わず仰け反り、ウィルを離してしまう。


グェルの拘束から逃れたウィルは見事に着地し、俺の元へ駆け寄ってくる。


「あとはお願いします、リオンさん!」

「あぁ!」


ウィルに再度強化魔法ストロンをかけてもらった俺は、最後の力を振り絞ってグェルに襲い掛かる。


「キサマァ! 絶対に許さねェ! エルフにも地獄を見せ——」

「できるかよ、雑魚」

「っ!?」


振り切った剣はそのまま止まることなくグェルの身体を横断する。血飛沫と同時に、グェルの身体が真っ二つに裂けていく。


「ア……ァ……オレ……様は……ザ、コ……では……」


グェルが言い切ることなく、その命は絶たれた。奴の体はもうピクリとも動かない。


結局、コイツは戦闘力が低いのだ。だから原作で勇者が現れた時に出てこなかったし、今回も最初から戦闘に参加せず、人質なんてせこい作戦に出た。


「やりましたね、リオンさん」

「あぁ。だが、まだ奴らが残って——」

「もう安心してください」


どこか安らぐ声。しかし、この世のものとは思えない、畏怖を感じてしまうような声が突如耳に飛び込んできた。


声の方にバッと振り向くと、そこには先ほどまで戦っていた狼がいた。しかし、あの禍々しいオーラは消え、神々しさだけが残っている。

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