第14話 森の神様

部屋の掃除を済ませた後、ウィルが用意してくれた朝食を摂った。なんと干し肉が出た。エルフはベジタリアンだと思っていたが、実はそうではないらしい。ただ手に入る食料のほとんどが果物だから、肉類が食卓に並ぶことはあまりないらしい。


そんな貴重な物をどうしてと思ったが、どうやら今朝、女王の使いから頂いたらしい。おそらくウィルに対するお詫びの品なのだろう。ウィルは問題解決に一歩近づけたお礼だと思うと言っていたが。


朝食後、早速俺たちは倉庫に出向いて斧を手に入れた。意外にも刃こぼれしておらず、十分使える代物だったので助かった。


森に入り、早速適当な木に対して斧を振るった。刃は木の幹に刺さったが、あと何十回も振らないと切り倒すことができないと察する。


「それじゃあ、ウィル。お願いしていいか?」

「お任せください。——ストロン!」

「よし。——おら! ……へ?」


ウィルに強化魔法を付与してもらい、再度振った斧は——木を貫通した。


「や、やばいやばい!」


近くにいたウィルをお姫様抱っこの形で抱きかかえ、急いでその場から離れる。いくらか離れたところで、後ろから地響きのような大きな音がした。先ほど切り付けた木が倒れたのだ。


「いや、強くなりすぎだろ……」


あまりの強化具合にドン引きする。ウィルを軽々と抱きかかえて走ることもできた。……あっ


「ご、ごめんウィル。すぐ降ろすよ」

「い、いえ。ありがとうございますっ」


あまりにも軽すぎて抱きかかえているのを忘れていた。急いでウィルを降ろすと、照れたような表情を浮かべていた。


それからはウィルには少し離れた場所で待機してもらい、俺は次々と木を伐採していった。魔法の持続時間はあまり長くないため、度々ウィルに魔法をかけ直してもらう。


強化魔法の効果は絶大で、想定以上のスペースで作業を進めていく。なんせ、何も考えずに軽く斧を振るだけで木が倒れるのだ。結果、昼頃には森の半分の間伐を終えた。


そして今は、ウィルが用意してくれた昼ご飯を食べている。しっかりと地面に敷くシートも持参という完璧な用意だ。その上に座り、カットされた果物と干し肉をいただく。


「ウィルの魔法のおかげで早く終わりそうだな。でも、けっこう魔法使ってもらったけど大丈夫か?」

「ご心配してくださり、ありがとうございます。そうですね。このペースですと、夕方までは保ちそうです。……あ、いえ、もしかしたら保たないかもしれません」


『エルドラクエスト』はゲームであるため、作中ではMPという概念で魔法を使える限界が設定されていたが、どうやらこの世界においても限界はあるらしい。


「そっかぁ。まあ頑張ってくれたもんな。それなら今日は無理しない程度にして、ある程度は明日にでも——」

「で、ですのでっ。回復が必要だと思うのです……だから……んっ」

「……え?」


無言で差し出されたウィルの頭。ウィルは目瞑ったままプルプルと震えている。


これは、そういうことなのだろうか。俺は恐る恐る手をウィルの頭にのせ、ゆっくりと動かす。


「あっ……えへへ。ありがとうございます。とても、気持ち良いです」


どうも正解だったみたいで、ウィルを細めて頭を俺に委ねる。


そういえば今朝、俺が頭を撫でたから回復できたとか言っていたなと思い出す。


「これで本当に体力が回復するの?」

「わかりません……しかし、癒されている感じがします」


たしかに、ウィルの顔を見ていると、本当にそんな気がしてくる。実際はウィル自身しか分からないのだが、まあこちらとしては減るもんでもないし、少し恥ずかしいが、頭を撫で続けることにする。




* * * * *




それからしばらく休憩した後に、俺たちは間伐の作業を再開した。本当に回復したのか、ウィルは少しイキイキした様子で魔法をかけてくれる。


そして再び、森の神様が祀られている祠の近くまでやってきた。ここでの作業を終えれば、俺の依頼は完了だ。


意外と早く依頼が達成できそうだな〜と斧を振り回す。だが、やはりそう簡単に許してはくれなさそうだ。


森の奥から憎き蔓が2本伸びてきた。まるで森を守るかのように、木の伐採を止めるかのように現れた。


「ウィル! 俺のそばに!」

「は、はいっ」


あの蔓はエルフの加護の力を狙うような動きを見せた。そのため、ウィルを庇うような陣形を取り、斧を地面に置いて背中にある剣を抜いた。


2本の蔓を前にして、緊張が走る。1本なら対処できたが、2本同時に攻撃されたらどうなるか……いや、昨日とは違う点がある。今の俺にはウィルの強化魔法がかけられている。


2本の蔓は息の合った動きを始めた。その動きからはやはり知能を感じる。


左右から挟み込むように襲ってきた蔓に対して、あえて右側へ駆けて片方を斬りつける。動きが止まったのを確認し、もう一方の蔓へ向かって走り、そちらも処理する。こうすることで、1本ずつの処理を可能にしたのだ。


身体が強化されているからできる技だった。短時間での往復と斬りつけにより、蔓は攻撃の手を怯ませる。


これならいける……! そう確信した瞬間、足元から揺れを感じた。


「な、なんですかこれ……きゃっ!」

「ウィル!」


地面から突き出てきた蔓がウィルに襲い掛かる。反撃は間に合わないと判断した俺は、ウィルを突き飛ばした。蔓は代わりに俺の身体に絡みつき、俺の身体を宙に浮かせた。


蔓が地面から出てくるって聞いたことないぞ……と思ったが、近くでよく見てみると、蔓だと思っていたものには毛が生えていた。根毛だ。ウィルの加護の力を吸い取ることができたのも、これの正体が根のようなものだと分かれば納得がいく。


不覚だった。しかし、いくらコイツに捕まってしまっていても、俺の体力が奪われることはない。ここは冷静に抜け出す方法を考え……っ!?


森の奥から、何か得体の知れない雰囲気を纏ったものが近づいてくるのを感じる。元から密集した木の葉っぱによって日光が遮られていて肌寒かったが、より一層寒く感じる。これは悪寒だ。


その正体を知るべく、俺はそちらを凝視する。——現れたのは、白く光り輝く狼だった。神々しさを感じるが、どこか禍々しさもある。


「あ、あれはもしかして……」

「き、聞いたことがあります。森の神様は狼のような姿で降臨されることがあると」

「やっぱりそうか……」


その狼は、俺が前世で原作をプレイした時に、勇者が戦闘することになる森の神様の姿と一緒だった。


作中では敵だったが、現時点ではどっちなのだろうか。狼の動向をうかがっていると、「ウオォォォォン」という咆哮と共に、狼の口元に禍々しく黒く光る球体が形成され始めた。


「まずい! あれは俺たちに対して放つつもりだ! ウィルは離れて!」


オオカミが攻撃を仕掛けようとしていると判断した俺は、ウィルに逃げるよう指示する。


しかしウィルは逃げる素振りを一切見せず、何かを決断したかのような表情で腰元にある短刀の柄を掴んでいる。


「っ……リオンさん! いまお助けします!」

「ウィル!? ダメだ!」


俺の制止を聞かず、ウィルは俺があげた短刀を抜いて俺のもとへ駆け寄ってくる。そして、森の一部である蔓を切断した。


切断されたことで俺の体に巻きついて部分は機能しなくなり、俺の体は地面に自由落下する。なんとか空中で体勢を立て直し、着地に成功する。


時間差で、狼が放った黒い球体が俺が今さっきまで吊るされていた部分を通過した。代わりに当たった樹木が一瞬で腐っていく。


「ありがとう……でも、ウィル。これって森に対する攻撃になるんじゃ……」


ウィルは蔓を攻撃した。つまり、禁忌を犯したことになる。しかし、ウィルは目を瞑り、首を横に振って言う。


「これで私は加護をいただけなくなるかもしれません。でも、リオンさんが傷つくことを考えたら、勝手に体が動いてしまいました」


そう言って笑うウィルに、俺は涙が出そうなのを我慢しながら「バカ」とひとこと言ってやる。


「えへへ。私はよく抜けていると言われますので。でも、後悔はしていません」


たしかにウィルの目から後悔の色は見えない。ウィルは強いな。


拘束から抜け出すことはできたが、最悪な状況は続く。どこから現れるかわからない蔓に加えて、触れた対象を腐らせる攻撃をしてくる狼。どうすれば……


「オイオイ、面白いことになってんなァ」


突如耳に入ってくる聞き馴染みのない低い声。俺たちは驚き、声の方に振り向く。


そこには、頭に角を生やし、背中には大きい翼、腰からは尻尾が伸びており、黒紫の肌を持つ生物がいた。


——魔物だ。

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