第13話 看病と再出発
女王の間を後にした俺は、寄り道をした後にウィルが休んでいる診療所へ向かった。
診療所のベッドの上では、リズムよく静かに寝息を立てているウィルの姿があった。表情も柔らかく、回復傾向にあるようで安堵する。
医者のエルフから、改めてウィルの体調についての説明を受けた。最初の診断結果通り、翌朝には回復しているだろうとのこと。活動する分には厳しいが、そこまで加護の力を奪われたわけじゃないらしい。
もしあの時、蔓からの救出に苦戦していたら……そう思うと身震いした。どうして庇護下であるエルフに対してこのような仕打ちをするのか、一度森の神とやらに問いただしたいところだ。
色々考えていると、どうしても体が勝手に動き、ウィルの頭を撫でてしまう。どうしてこの子はこんなにも庇護欲をそそるのだろうか。見た目が幼いから? 確かにウィルを見ていると前世の妹を思い出すこともあるが、それとは少し違う気もする。
そしてしばらく撫で続けていると、「んっ」という声と共にウィルが目を覚ました。
「ウ、ウィル! 大丈夫か?」
「あっ……リオン、さん? あれ? ここは……?」
混乱しているウィルに、俺は優しい声色を意識して話しかける。
「ここは里の診療所だ。ウィルはあの蔓に襲われて、加護の力を吸い取られたみたいで倒れたんだ。でも明日には回復するらしいから、安心して」
俺は安心して欲しくてそう言ったが、ウィルは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「そうでしたか……。申し訳ありません、リオンさん。お手を煩わせてしまいました」
とんだ勘違いだ。俺は慌てて訂正に入る。
「いやいや、あの場は俺もどうしようもなかったから、どのみち逃げるしかなかったし。……それに、俺の力不足が招いた結果だ。謝るのは俺の方だよ。こんな目に遭わせてごめんな、ウィル」
「そ、そんなことはありません! 私が何もできないばかりに……あれ?」
このまま押し問答が続くと思われたが、ウィルが自分の頭に違和感を覚え、それは打ち切られた。しかし、俺にとってもう一つの修羅場が始まった。
「リオンさん……頭、撫でてくれてたんですか?」
「あっ! ご、ごめん! また勝手に……あ、そうだ。果物、取ってきたんだ! 森で採れた果物を摂ることで、加護の力を得られるって聞いたからさ。待ってて、今から準備するから——」
「行かないで、ください」
果物の準備に取り掛かろうと、ベッドのそばを離れようとした俺の服の裾を掴まれ、引き止められる。ウィルの表情を伺うと、少し顔を赤くしながら、潤んだ目を揺らしている。
「果物、ありがとうございます。でも今は……リオンさんにそばにいてほしいです。それと、あの、頭を撫でてほしいです。落ち着くので……」
そこまで言って、ウィルは俺から目を逸らして顔を布団で覆う。その仕草がなんとも可愛らしかった。
俺も少し顔に熱くなるのを感じながら、ベッドの横の椅子に座り直し、しばらくウィルの頭を撫で続けたのであった。
* * * * *
ウィルは大事を取ってそのまま診療所のベッドで一晩寝ることになった。
そのため、ウィルの家に宿泊している俺はベッドを独り占めすることができた。しかし、そんな嬉しさはなく、どこか寂しい一晩を過ごすこととなった。
そして翌朝。俺が目を覚ますと、家の中から音が聞こえた。今日は俺一人のはずだが……。少し警戒しながら音を立てないようベッドから出て、寝室を出た。
「あ、おはようございます、リオンさん。もうすぐ朝食の準備ができますよ」
そこにいたのは診療所で寝ているはずのウィルだった。しっかりと立っており、キッチンで朝食の準備をしている。
「ウ、ウィル? もう大丈夫なのか?」
「はい。この通り、平気ですっ」
元気であることを示すために、ウィルはその場でくるっと回ってみせる。その様子は、一切ふらつくような気配を見せなかった。
「たっぷりと休んだこともありますが、リオンさんにいただいた果物も食べましたし、あと、えへへ、頭を撫でていただいたので……」
両手で顔を覆い、照れたような素振りで言うウィルを見て、俺も昨日のアレを思い出し恥ずかしくなってくる。
「そ、そっか! 回復してよかった! 俺、顔洗ってくるね!」
俺はこの空間から逃げるように部屋を出て、洗面所へ向かう。
なんだあの可愛さは……ウィルになら、搾り取られてもいいかもしれんな……ってアホか! 顔を洗おう……
冷水で顔を洗っていると、顔に帯びていた熱が冷えていくのを感じると共に、思考も冷静になってくる。
今日からやるべきことは間伐、つまり木の伐採だ。たしか倉庫に斧があったので、それを使って伐採することにしよう。
エルフであるウィルは森への攻撃ができない。つまり、森の木を伐採することができない。そのため、おそらく一緒に来てもらっても手持ち無沙汰になるはずだ。回復したとは言うが、やはり体調も不安だ。ここは俺一人で行くべきだろう。
部屋に戻ったらそれを伝えよう。そう決めた俺は、さっぱりした顔で部屋に戻る。すると、
「リオンさん。今日はどうされるのですか?」
朝食の準備を済ませたウィルは洗面所の扉の前まで来ており、先手を打たれてしまった。
そういえば、昨日、女王と話したことを伝えていなかったことを思い出した俺は、とりあえずその情報を伝えることにした。木が密集化していて森が悪い方向に成長していること。それによって森の神様に異変が起きているのではないかということ。そして、それを解決するためには間伐が必要なこと。
それを聞いたウィルは少し考え込んだ素振りを見せた後、「わかりました」と答えた。
「それでしたら、倉庫にある斧を使ってください。朝食後、一緒に倉庫まで取りに行って、そのまま出発しまいましょう」
「ま、待て待て。今回は俺一人で行こうと思ってるんだ。ほら、ウィルは昨日まで体調を崩してたわけだし」
俺の制止を受けて、ウィルは首を横に振る。そして、赤く光る綺麗なその目を細めて言う。
「ありがとうございます、リオンさん。木を伐採するにあたって、私は役に立たないことを言わないでくださって」
「い、いや。そういうわけじゃ」
伏せていたことを突かれてたじろいでしまう俺を見て、ウィルはクスッと笑う。そして次の瞬間、キリッとした目つきになったウィルは、俺に向けて手のひらをかざし、次のように叫んだ。
「——ストロン!」
その光景には既視感があった。そうだ、昨日、ずぶ濡れになった俺をウィルの魔法にによって乾かした時と同じだ。
しかし、特に風が吹いているとかそういったことが起きた感じはしない。
「リオンさん、これをどうぞ」
何か企んでいるような笑みを浮かべたウィルに果実を手渡される。それをいつものように掴もうとした瞬間——俺の握力によって、果実が爆ぜた。
「え……?」
困惑する俺に対し、ウィルはクスクスと悪戯が成功したかのように笑いながら説明してくれる。
「今リオンさんにかけたのは強化魔法です。体力や筋力が上がっているはずです。……どうでしょう。これなら、私も連れて行ってくださいますか?」
俺はしてやられたといった表情を浮かべ、「そうだな」と苦笑する。
正直、一人であの広い森を間伐するのは骨が折れると思っていたのだ。だが、この力があれば大きく短縮できるはずだ。
……よし、そうとなれば!
「……まずは、この飛び散った果汁の掃除だな」
「はい……」
俺たちはクスッと笑い合い、甘い匂いを漂わせる部屋の掃除を始めるのだった。
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