第10話 調査の準備

食事を済ませた後、さすがにびしょ濡れのまま出かけるわけにはいかないので、着替えを貸してもらおうと思ったが、この里には女性しかいないため、サイズの合う服がないと断られた。それもそうだ。


しかし、何か策があるのか、ウィルは大丈夫ですと言う。


「ウィル。どうするの?」

「私が起こしたミスです。私がリカバリしてなくては……。リオンさん、そこに立っていただませんか? そして、そのまま動かないでください」


何をするのか分からないが、ウィルの言う通りに動く。すると、ウィルはこちらに手をかざしたまま、目を瞑って集中し始めた。


「いきます。——ドリィ!」

「うお!?」


ウィルが魔法名のようなものを叫ぶと、俺の周囲を温かい風が纏う。それがしばらく続いたと思ったら、風はしゅんっと一瞬で消えた。


もしかしてと着用している服を触る。すると、さっきまでずぶ濡れていたのが嘘のように乾いていた。頭を触ってみると、そちらもやはり乾いている。


「す、凄いよウィル! 魔法を使えるんだね!」

「は、はい。私は初等魔法しか使えませんが……」

「いやいや凄いよ! うわあ、あれが一瞬で乾くなんて、めっちゃ便利だなあ……ありがとね、ウィル!」

「い、いえ! 元は私のミスですから……えへへ」


ウィルは褒められて少し困ったような様子を見せたが、耐えきれずに頬を緩めてしまう。俺はそれを見て可愛いなあと心の中で呟く。


「そ、それでは行きましょう」


照れているのか、バタバタと焦った様子で家を出ていくウィル。俺は失笑しながら「あぁ!」と返事をして、ウィルの後を追う。




* * * * *




ウィルに連れられてきたのは、里の端にある倉庫のような建物だった。ウィルが管理人のような人と話をして、許可を得て扉を開き、中に入ってみると多くの荷物が置かれていた。まさしく倉庫のようだ。


果物や木材、作成したのであろう家具などが置かれている中、少し異質なものが置かれているコーナーがあった。それはこの里に来てからあまり見ないものばかりだった。


ウィルはそのコーナーの前まで歩いて行き、こちらに振り返って言う。


「こちらにある物品ですが……全て、かつてこの里に招待された者たちが遺した物です」

「招待された者……?」

「えっと、その、つまり……」


続きを言い淀むウィルを見ていた管理人が、代わりに説明してくれる。


「まあ、この里に来て精力を搾り取られた男たちの遺品さ」

「……あぁ、なるほどね」

「旅商人や冒険者、木こり、ハンター……色々な人を招待しているからね、物もバリエーション豊かさ。あ、もちろん本人らには許可取ってるよ」


物品に目をやると、そこには斧や剣、高そうな壺、宝石、金属の皿……この里では手に入らなさそうな物が多くある。エルフたちにとっては貴重品ばかりだろう。


納得していた俺に、管理人は妖艶な笑みを浮かべる。


「ちなみに、この里に来た者たちは皆、幸せそうな表情を浮かべて昇天していったよ……どうだい、あんたも天国を味わってみないかい?」

「け、結構です。俺には女王様からの依頼があるので」

「なんだ、残念だね。でも女王様の名前を出されたら、引き下がるしかないね。……でも、気が向いたらいつでも声をかけな? 待ってるよ」


それだけ言うと、管理人は自分の持ち場へと戻っていった。


なんというか、エルフは非常に積極的だ。里を歩いていると、住民からギラギラとした目で見られるし、このようにアプローチもされる。喜ばしいことだが、その先に待ち受けているのが死だとわかっているため、なんとか冷静に対処しなければならない。


「あ、あの。ごめんなさい、管理人さんがご迷惑を……」

「あーいや、大丈夫だよ。嬉しいっちゃ嬉しいし」

「嬉しい……のですか? でも、断られていましたよね」

「まあ、今はこの依頼を達成するのが最優先ってことで。里のためにもね」


もちろん、俺のためにもね。


「そうですか……て、てっきり、リオンさんはそのようなことに興味がないのかと」

「興味は……あるよ」

「そう、なんですね……」


気まずい空気が二人の間に流れる。


だめだよ。童貞と(おそらく)処女がこんな話してたら、そりゃこんな空気流れるよ。


早く話題を変えなければと思い、俺は物品を指差して言う。


「そ、それで、ここにあるものは自由に使っていいってことなのかな?」

「あ、はい。女王様から許可はいただいております」


なるほど、昨晩、寝る前に家を出ていった時にこの許可を取りに行っていたのか。


「ありがとう。じゃあ……これを使わさせてもらおうかな」


俺が選んだのは、あまり質がいいとは言い切れないが、この中では一番物がいい剣だ。他のは錆びていて切れ味がないに等しそうだし。道具があれば研ぐこともできるが、生憎今は持っていないので、現状一番いいものを選んだ。


「ところで、ウィルは何か武器を持たないのか? ここら辺はあまり出ないとはいえ、魔物と戦う可能性があるかもしれないし」


もしかしたら、村を襲った魔物たちの残党がいる可能性も捨てきれない。警戒するに越したことはないだろう。


「そう、ですね……私は剣や弓矢の扱いに慣れていませんので、持っていても意味がないかと思われます」

「それもそうだな……あ、それじゃあ、これをあげるよ。ちょっと待ってね」


俺は物品の集まりから紐を探し当てる。それを持ってきた短刀の鞘に結び付け、余らせた部分で程よい長さの輪っかを作る。


完成したそれを、ウィルの片方の肩にかけてやる。すると、腰あたりに短刀がぶら下がるような形になった。


「まあ、ないよりはマシだろ。そういった戦闘は俺が担うところだけど、最終手段として持っといてよ」

「あ、ありがとうございます! は、初めて男性から物をいただいてしまいました……」


ウィルは嬉しそうに、自分の身体の横にぶら下がっているモノを見つめる。俺はそれを見て、余計なことをと言われなくてよかったと安堵する。


「それじゃあ、早速調査に行こうか」

「はいっ!」


俺たちは倉庫を出て、森の中を目指す。


果たして、現状この森はどうなっているのか。俺の力で太刀打ちできるのだろうか。そんな不安に駆られるが、鼻歌を口ずさむウィルが歩くたびに揺れる短刀を見て、少し和むのであった。

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