第9話 エルフと一夜
ベッドに潜った俺は、必死に目を瞑って入眠を試みる。古典的だが、羊を数えてみたりなんかもしてみた。しかし効果を微塵も感じない。だってあれ、
ウィルが寝るスペースを作るために、ベッドの端で横向きで寝転び、ひたすらモゾモゾとする時間が続く。しばらくして、努力は虚しくタイムアップ。準備を済ませたウィルが戻ってきた。俺はもう、寝たふり作戦を敢行することにした。ベッドの端で目瞑っとけばいいんだ。
「リオンさん、先にご就寝されたんですね。……し、失礼しますっ」
はい! なんて返事をしかけた俺を必死に制止する。全然気が抜けないじゃないか。絶対寝れないじゃないか!
掛け布団を半分だけ剥がれて、空いたスペースにウィルが潜り込んできた。ゴソゴソとした後に、ベッドインできたのか動きが止まる。どうやら身同士は接触していないみたいだ。少しはハードルが下がるといったものだ。ほんの少しだが。
とにかく、俺は今から必死に入眠を試みるしかない。やることはそれだけだ。寝るぞ! 寝るぞ! 寝るぞ!
「リオンさん……起きてますか?」
あれ? バレた? ……いやでも、ウィルが帰ってきてから俺は一切動いてない。リズミカルな寝息を立てているのみだ。黙っていればバレないと判断し、ここは無視を決め込む。
しばらく俺の寝息だけがこの空間に流れた。すると、「寝てるみたいですね」とウィルが呟いた。どうやら騙し通せたらしい。やるじゃないか。このままウィルが寝てくれれば、俺もいずれか睡魔に襲われて——
「え、えいっ」
可愛らしい掛け声と同時に、俺の身体に細い腕が回ってきた。背中にも感触が……あれ、息があたってますよ。これ、抱きつかれてね? え? なんで?
「えへへ……やってしまいました。これが、男性の身体、ですか……」
ウィルの腕はさわさわと動き、俺のあらゆる場所を触ろうとする。胸板、腕、お腹……腕のリーチ的にそれより下には届かないみたいだ。嬉しいような、残念なような。
どうやら、エルフの里では物珍しい男の身体というものに興味を持ち、触りたかったみたいだ。よかった、ウィルはエルフだった。
「リオンさんの身体……すごい固いです……さっき見せて頂いた腕の筋肉も素晴らしかった……おぉぉ、こんな、ふ、太くて立派な腕をお持ちの方はこの里にいません……凄いです……背中も大きくて……こうしているとなんだか安心……してきて……すぅ」
満足したのか、ウィルの腕から力が抜けてストンと落ち、寝息を立て始めた。このまま朝まで寝ていただけると助かるので、俺は起こさないように動かまいと決める。
……しかし、ウィルさん。さっきまでのセリフはなんだか、その、エッチ、でしたね。意識してないんだろうけど! 無意識下で出てきた言葉なんだろうけど! やっぱりこの子、エロフの血を引き継いでるよ!
こうして、前世を含めて今までで一番長く感じた夜が始まったのだった。
結局、俺が眠りに落ちたのはそれから4時間後だった。
* * * * *
「リオンさん、朝ですよ。起きてください」
「んあ……?」
優しい声色は寝ているはずの耳にすんなりと入ってきて、俺の意識を覚醒させる。
瞼を開き、ぼんやりした視界がはっきりとしてくると、ベッドの隣にウィルが立っていた。寝起きでぼんやりとした俺の顔と違って、はっきりとした表情から、すでに目覚めて時間が経っていることがわかる。
「おはよう、ウィル……ふわぁ」
「おはようございます、リオンさん。ふふっ。大きなあくびですね。昨晩は早くから寝ていらしたのに」
「あ、あはは。疲れが溜まってたのかな」
寝れたのはずっと後ですよ! と胸の内でツッコミをしながら、体を起こしてベッドから出る。
「朝食ご用意したので、食べてくださいね」
「あぁ、ありがとう。毎度用意してもらって悪いね」
「いえ、リオンさんには我が里のために尽力していただくので、当然のことです」
なんというホスピタリティ精神だ。このウィルホテルには星を3つ与えよう!
なんて冗談を心の中で呟きながら、俺が今日しないといけないことを改めて確認する。
今日は早速、森の調査に行く予定だ。いったい何が必要なのだろう。女王によると、すでに森は攻撃を仕掛けてくるらしいから、対抗する手段は必要だろう。
しかし、俺の手持ちは短刀しかない。これは対人の接近戦なら有用であるが、森なんていう一体多な戦闘の可能性もある未知な敵に対して、こんなリーチでは戦えるはずがない。
俺は用意してもらった果物を齧りながら、ウィルにたずねてみる。
「なあ、ウィル。この里に剣なんてものはある? リーチが長いものがいいんだけど」
すると、ウィルは少しドヤ顔を見せながら答える。
「ご安心ください。必要かと思いましたので、昨晩、話を通しています。お食事後、そちらを見に参りましょう」
「おぉ!」
なんて優秀なんだ! 今思えば、俺の介護も適切だったみたいだし、部屋も綺麗に整理されているし、ご飯も用意してくれるし、女王に俺の世話を頼まれるぐらい信頼されているみたいだし、ウィルってもしかして有能な子……?
「あ、リオンさん。ポットの中のお水がもうありませんね。すぐに入れ直してきます」
「あ、ほんとだ。ありがとう!」
そして気が利くときたもんだ。なんだこの可愛くて仕事もできる完璧エルフは。もしかして、この依頼、難なく終わるんじゃないか?
少し気が楽になり始めた。食べている果物も一層美味しく感じてきた。さて、最後の一口いただきますかね。大きな口を開けて、最後の一切れを食べようとした、その瞬間——
「あっ!」
「へ?」
声の方を振り向くと、新しく水を汲み直し、水で満たされたウィルの手元にあったポットが空中を舞っていた。そしてそのまま中身は飛び出し——
「ぶぇ!?」
「あ、り、リオンさん!!」
見事、俺にぶっかかったのだ。頭から水を被り、全身がびしょ濡れになる。
「ご、ごめんなさい、リオンさん! 躓いちゃいました……」
「いやいや、大丈夫だよ。むしろ目が覚めて丁度よかったかな。あはは」
笑って見せながら、俺は心中穏やかではなかった。
この部屋は整理や掃除が行き届いており、かなり綺麗なのだ。それはもう綺麗で、段差がない床には家具以外何も置かれていないのだ。そして、ウィルが躓いたと思われる場所には家具など置いていない。
そういえば、女王がウィルのことを抜けていると評価していたのを思い出した。
……この依頼、俺は無事やり遂げることができるのだろうか。少し不安になってきたのだった。
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