第一章

第6話 エルフの森

倒れているところを拾われて、育ててくれた村を魔物が襲撃した。狙いは勇者であるライクの命。『エルドラクエスト』原作とは異なり、ライクの剣術を鍛えさせたたため、なんとか返り討ちに成功。


しかし、原作では、自分を庇って壊滅した村の姿を見て絶望したライクが勇者の力を覚醒させ、そこから魔王討伐への旅が始まるといったシナリオとなっている。


その覚醒の機会を俺は奪ってしまった。このままではライクは魔王を討伐することができない。そこで俺は、魔物たちに勇者の所在を教えた裏切り者であると称し、ライクの想い人であるミリヤに危害を加えようとした。ライクに、親友が裏切り者であったという絶望を与えるためである。


結果、ライクはうまく騙されてくれたみたいで、俺に斬りかかってくれた。しかしトドメをさすことはできず、その内に俺は逃げ出すことに成功した。賭けではあったが、そうなるのではないかと思っていた。


出会った商人に、勇者ライクは死んだという嘘の情報を流すようにお願いした。原作では、ミリヤがライクに変身し、代わりに殺されることで、魔物たちは勇者は死んだと勘違いするといった展開となっていた。しかし、実際はライクは生きている。そのあたり、少しご都合主義だなとプレイ時は思っていたのだが、それを有効活用させてもらう。おそらくバレないだろうと踏んでいる。


ここまでは大体計画通りだったのだが、ライクから受けたダメージが想定より酷かった。そのため、商人にお願いをした後、俺の命は息絶えようとしていた。そこに、もう一つ想定外なことが起きた。ミリヤがやってきたのだ。そして、俺の体を治癒魔法で回復してくれた。どうもミリヤは、真意まではわかっていないみたいだが、俺の企みに気づいていたみたいで、あんな裏切り行為をした俺を見逃してくれた。


おそらく、村に戻ったミリヤは、俺を追いかけたが見つからなかった、もしくは既に死んでいたと誤魔化してくれているのだろう。そうであって欲しいなと思いながら、動くようになった体で歩み始めた。


それから3日ほどの時が過ぎた。


村の近くの町に行くことは危険であると判断し、更に遠くの町を目指すために、森の中を彷徨っていた。


村から逃げてきた身のため、所持品は乏しく、ミリヤを脅す際に使った短刀しかない。そのため、食料が圧倒的に不足していた。森の中の植物を食べようかと考えてが、俺はこの世界の植物の知識を持っていない。それにファンタジーな世界だ。どんな毒物があるのかわかったものではない。


時折見つかる泉や、ツタを切って手に入る水で水分を確保してきたが、腹は満たされない。最近では、腹が空いているのかどうかすら分からなくなってきた。


「ミリヤのご飯……食べたいな……」

 

昨日まで食べていたミリヤの料理を思い出す。彼女は非常に料理上手で、俺はいつも舌鼓を打っていた。毎食時、「美味しいよ」と感謝の言葉を述べていた。最初は「別に嬉しくない」「お父さんとあたしの分のついで」とか言っていたのだが、最近では「そう」とだけ短く返されていた。流石にしつこく言い過ぎたのだろうか。でも、本当に美味しかったのだ。


そんな美味しかった料理を頭に浮かべていると、強い空腹感が襲ってきた。しまった。こんな時に思い出すべきじゃなかった。そんな後悔をしてももう遅い。


眩暈がした。次第に視界がぼやけてくる。脚から力が抜けていき、俺は為す術もなくその場に倒れ込んでしまう。


せっかくミリヤが傷を癒してくれたのに、空腹で倒れるなんて情けなさすぎる。しかし、体はもう言う事をきかなかった。


体全体から力が抜けていくのを感じ、重たい瞼が閉じられ視界が真っ暗になっていった——




* * * * *




徐々に意識が覚醒してきた俺は、さっきまで重たかった瞼をゆっくりと開いた。今さっきまで草木に囲まれていたはずが、目の前には木製の天井が見えた。


「あ、お目覚めですか?」


目の前に美少女の顔が現れた。肌は色白。銀に近い白髪を肩まで伸ばし、薄い紅色の大きな瞳がこちらを心配そうに覗いている。そして何より、尖った耳が特徴的だ。


「……エルフ?」


思わず疑問を声に出してしまい、咄嗟に口を手で覆う。その様子を見て、彼女はクスクスと笑う。


「大丈夫ですよ。私たちが人族にとって珍しい存在なのは、承知していますから。はい。私はエルフ族で、ウィルと申します」


本当にエルフだった。ウィルと名乗る少女は、手に瓶のようなものを持っている。


俺の視線に気づいたウィルが笑みを浮かべて説明してくれる。


「これは、この森で採れた果物から作った飲み物です。お腹にも溜まるんですよ。お腹が空いていたみたいだったので、ご用意させていただきました。だって、ふふっ。びっくりしました。森の中で倒れている人がいたと思ったら、お腹の虫さんがぐーって。ふふっ」


クスクスと子供のように笑うウィル。その様子から、俺の痴態がいかにウィルのツボに入ったのかがわかる。俺は恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じる。


ただ、実際、ウィルの体型は小柄だ。ミリヤより身長は小さく、胸も……まあ、全体的にスレンダーな体型だ。


でも俺は知っている。彼女は俺の年齢より上で、立派な成人女性である。ただ、エルフ族は寿命が長いため、年齢の割に見た目は若いのだ。


さて、なぜ俺は彼女を知っているか。それはもちろん、『エルドラクエスト』の作中に出てくるからだ。ストーリーの序盤、村を出た勇者が初めて訪れた場所、それが——


「ここはエルフの森です。病み上がりのところ申し訳ありませんが、女王様がお呼びです。お食事後、ご同行お願いできますでしょうか」


そして、初めてのクエストに挑むシナリオとなっている。


……あれ? 俺勇者じゃないんだけど! このままじゃ、またシナリオ改変しちゃうのでは!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る