第5話 魔王軍討伐
村は既に多くの魔物で包囲されていた。
途中で家から自分の剣を持ってきた俺は、一つ深呼吸をして、状況を整理する。
奴らの狙いは勇者であるライクただ一人だ。もちろん邪魔する奴らは殺すだろうが、基本的にライクしか狙わない。そのため、視線はライクのいる村の中心に集まっている。
俺は息を殺し、微かに薄くなっている層に近づき——魔物を斬りつけた。そして息もつかぬ間に、2匹目、3匹目、4匹目……と続けていく。そして、一つの集団を壊滅させた。
魔物のやられた際の声を聞いて、周りの魔物たちが異変を感じる。俺は気づかれる前に再び姿を隠し、また息を潜めて移動する。
転がっている死体を見て、魔物たちが騒ぎ始める。俺はその騒いでいる連中の背後を取り、また剣の乱舞を始める。
俺は非力だ。圧倒的な力も魔法もない。だから、ライクみたいな正面突破では無理だ。こんな汚い手しか使えない。でも、俺は生き延びせてみせる。みんなのためにも。
このようなランアンドアウェイを繰り返していく。たまに反撃を食らったが、ほとんど傷を負うことなく、辺りの魔物を一掃することができた。
「自主練の効果かね……」
剣についた魔物の血を振り払いながら誰かに言うわけでもなく、一人呟く。
だいぶ魔物の数が減ってきている。俺が倒した数もそこそこいたが、ほとんどが村の中心へ移動したみたいだ。中心が見える位置まで少し移動する。そこには、多数の魔物に対して優勢に戦う勇者の姿があった。
「やっぱりお前は最強だよ、ライク」
親友の力に感心しつつ、俺は移動を始める。そろそろ今回襲ってきた全ての魔物たちの討伐が完了する。このまま無事に終わるだろう。……しかし、それではダメなんだ。
村長の家に着いた俺は、裏庭の隠し扉を開けた。すると、階段上で涙を流して丸くなっているミリヤがいた。俺の顔を見て、一瞬パッと顔を輝かせたが、俺が扉を閉めて行ったことを思い出したのか、すぐに目つきをキツくする。
「なによ、あんた無事じゃない」
「宣言通り、大丈夫だったろ」
「ふんっ。それで、全部倒したの?」
「あぁ。そろそろアイツがやってくれるさ」
「アイツ……ライク兄ちゃんね。ふーん、流石ライク兄ちゃんよね〜。やっぱり勇者様なのよ。あんたとライク兄ちゃんのライバル同士みたいだけど、あんたのこと可哀想に思えてくるわ〜。勇者様は最強なんだから!」
そう。ライクは最強だ。アイツと同時期に鍛錬を始めた俺が一番身をもって知っている。……だが、このままではその成長が止まってしまう。止まってしまうんだ。このままでは魔王を討伐なんてできない。だから——
俺は鍛冶屋から持ってきたもう一つの武器、短剣の剣先をミリヤに突き出す。
「えっ……あんた、どういうつもりよ」
目を丸くして驚くミリヤに、俺は言い放つ。
「お前を人質にする。俺のいうことを聞け。さもないと……殺す」
* * * * *
しばらくして、村の中心から歓声が聞こえた。どうやら全ての魔物を討伐したらしい。
「流石だな」
俺のそんな呟きに「何言ってんのよ」と悪態つくミリヤは、俺の片腕に後ろから抱きつかれて拘束され、もう片手で持つ短剣を首元に押し付けられている。
「あんた、こんなことして何になるのよ。許してあげるから、悪ふざけはよしたら?」
「うるさい。黙ってろ」
短剣を持つ手にぐっと力を入れる。剣先がミリヤの首に少し刺さり、血が滲み出てくる。
俺が本気だと思ったのか、ミリヤは素直に黙り込み始めた。
その状態でしばらく待っていると、ライクが一人、こちらにやってきた。やはり疲れているのだろう、肩で息をしながら、下を向いて歩いている。
「おーい、リオンー、ミリヤー! 敵は全てやっつけた……ぞ……」
近くまで来て顔を上げたライクは、目の前に広がる光景を信じられないといった表情を浮かべる。それもそのはず。親友が想い人に対して剣先を向けているのだから。
「やっと来たな、ライク。お疲れ様」
「……どういうことだよ、リオン! なんで! なんでリオンが、ミリヤにそんなことしてるんだよ!」
激昂するライクに対して、俺はその質問には答えず、逆に質問を投げかける。
「なあ、ライク。どうして魔物たちは、勇者であるお前の居場所がわかったんだろうなあ?」
それを聞いて、何を言っているのか分からないと行った表情を浮かべるライク。しかし、次の瞬間、その表情は怒りに満ちたものに変わっていく。
「君が! 君がこの村のことを魔物に教えたのか! リオン!」
それに対し、俺はニヤリと笑って返す。
俺の笑みを見て確信したのだろう。ライクの表情は更に険しくなる。
「どうして! どうして君がそんなことをしたんだ! 僕たちは……親友じゃなかったのかい!?」
そうだ。俺たちは親友だ。今も昔も、これからもそう思っている。でも——
「親友? お前が勝手に言ってるだけだろ?」
今だけは、嘘をつかせてくれ。
「リオンァァァァァ!!!!!」
「おっと、いいのか? 下手に動くと、ミリヤの首にこれが刺さっちゃうかもなあ」
「っ!?」
脅してやると、ライクはピタッと動きを止めて、ただただこちらを睨み続ける。
やっぱりお前にとってミリヤはそんなに大事か。それなら、お前に託しても大丈夫だろう。俺の妹を。
「ライク兄ちゃん。いいよ。あたしのことは気にせず、こんな奴早くやっつてけてよ!」
ミリヤもライクのことを信頼している。大丈夫だ。お前たち二人がいれば、この先どんな困難があっても乗り越えられるはずだ。
「どうした、ライク。勇者なんて大したことないんだなあ。大事な人ひとり守れないなんて」
そして最後の煽り《後押し》を加える。
「ミリヤ……リオン……ウワアアアアアアアアアアアア!!!」
ライクは咆哮と共に俺に斬りかかってきた。俺はそれを見て、ミリヤの体を軽く突き放し——ライクの攻撃を体に受けた。
「ッアァ!!」
胸に激しい痛みが走る。痛い。熱い。意識が朦朧としてきた。
「ア……ア……アァァァ」
俺を斬りつけたライクはその場で膝をつき、壊れたように声を漏らす。主人に手放された剣が金属音を立ててその場に転がる。
ミリヤがそんな様子のライクを心配し駆け寄る。しかし、何も言葉は出ず、ただただそばにいる。
騒動を聞きつけて、村のみんながこちらにやってくる音がする。このままでは俺は拘束されるだろう。
俺は最後の力を振り絞ってこの場を去るために走り出した。「待て!!」というライクの声が聞こえたが、無視して走るスピードを緩めない。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
斬られたところが燃えるように痛い。全身がだるい。もしかして俺はまた死ぬのだろうか。前回は病死だったため、こんな死に方は初めてだ。
村を出て、舗装された道なりに進んでいく。ただただ前へ走っていく。ただ、そのスピードは段々と緩やかになっていく。
「死にたく……ないな……」
一度見たことがある光景が頭の中に浮かんでくる。あぁ、これは死ぬ前の兆候だ。俺は経験者なんだ。わかる。
あぁ、馬鹿なことをやったな。でも、こうするしかなかったんだ。作中の勇者は村のみんなの死という絶望をきっかけに覚醒する。しかし、俺はそれを妨害した。だから、代わりの
目の前に馬車に乗った商人らしき人物を見つけた。俺は最後の力を振り絞って声を掛ける。
「そこのお方、俺の話を聞いてください」
「どうしたんです……えっ!? あんた、大丈夫かい!? どうしてそんな傷を……」
「自分のことはいいので、話を聞いてください」
俺の姿を見て取り乱した商人だったが、俺の圧を感じて黙り込む。
「この近くの村が魔物に襲われました。なんとか全ての魔物を討伐することはできましたが、ライクという男との相討ちに終わってしまった。そう、話を広めてください」
「じ、じゃあ君も魔物に襲われたのかね!? わ、わかった。その話を広めるから、早く馬車に乗りなさい。私が診療所まで——」
「いいえ、私は乗りません。その分、街までの時間が長くなる。早く、街に行って広めてください。お願いします」
必死に懇願する俺に、しばらく逡巡させた後、「恨まないでくれよ」とだけ言って、馬車を走らせる。俺は小さくなっていく馬車を見ながら「恨むわけないじゃないですか」と呟く。
馬車が見えなくなった瞬間、体がこと尽きる感覚に襲われた。あぁ、もうダメだ。そんな考えに頭が支配され、体を横にした瞬間、聞き馴染みのある声が聞こえた。
「なにくたばってんのよ」
それは刺々しい言い方だった。しかし、どこか安らぎのある声だった。
いや、実際に体が安らいでいくのを感じる。瞑ってしまっていた目を開けると、目の前にはミリヤがいた。しかも、俺に治癒魔法をかけている。
「ミ、リヤ。どうしてここに……」
俺の問いにミリヤは鼻で笑い、呆れたような声で言う。
「どうしてって、あんたのひどい演技を見抜けないとでも? 大根役者もいいところよ。それでこんな大怪我しちゃって。あんた本当にバカなんじゃないの?」
そう言いながら、治癒魔法を続けてくれる。だんだん、体の感覚が戻ってきた。
「まあ、あんたがこんなことしたのにも、何か理由があるんでしょ。……あたしはね、あんたと違ってバカじゃないの。だから、言われなくてもわかるのよ、あんたのことくらい!」
ミリヤはそう言って、イーッと歯を見せる。俺はその顔を、ただひたすら眺める。
「でもあんたはもう村に戻れないわね。あんなことしちゃったんだもの。……ふう、こんなもんかしらね」
ミリヤの治癒魔法が終わった。体から痛みが完全に消えていた。ミリヤは本当に魔法の勉強を頑張っていたみたいだ。才能はないはずなのに、ここまで治せるなんて。そこには並々ならない努力があったのだろう。
「ありがとう。ミリヤ。魔法……頑張ったな」
「ふんっ」
ミリヤは立ち上がり、「それじゃああたし、村に戻るから」と言い、言葉を続ける。
「あんたのことは村のみんなには黙っとく。だから——あんたも生きなさい。あたしが拾ってあげたその命、絶対に大事にしなさいよ。……お兄ちゃん」
言葉を言い切ったミリヤは、すごい勢いで振り向き、そして村に向かって歩き始めた。
俺はまだ重たい体をなんとか起こし、ミリヤに向かって叫ぶ。
「ありがとう、ミリヤ! 俺、お前の兄になれてよかったよ! 何かあったら頼ってくれ! 俺はお前の兄だからな、絶対に力になってやる!」
瞬間、向かい風が吹いた。その風に乗って、ミリヤの小さな声が聞こえたような気がした。
「ばーか」
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