初めての戦友 

 あのこの世のものとは思えない着物の女性が、本当にこの世のものではない、という結論を出すのに、二週間のときを要した。透けているのに気づくだけの作業なのに、私は自分の世界観「霊なんてどうせいない!」を保つために最大限頑張っていたわけだ・・・二週間で洗い流される世界観って若いですか?ツイッターで聞いて、承認欲を満たすか、パフェとか食いたい。ダイエット、あきてきたー。


 

 今、私は母におやすみを言ってひとっ風呂浴び、布団にくるまると、ドキドキを懸命に鎮めようとしているところだ。ドキドキ、ドキドキ。ドキッドキッ。こんな不整脈は初恋以来。ドクドクドク。長く息を吐いて呼吸すれば落ち着くらしい。ドクドクドクドクドクドクッ!死ななそうだし、もうちょっと不整脈を愉しみたい気持ちが勝った。若さゆえの過ちは高校時代にあらかたやらかしておくものだ、と整形のおじいちゃんが言っていた。かもしんない。やべ、獄中記は読むもん、書いちゃダメ!!!そんな風に禁止するから、やりたくなるんだ。やってから虚脱する。それじゃ遅い、意外と判断能力が残ってる不整脈の私。ガクッ。


 明日に迫った「誰かと一緒に通学」イベントはかなり久しぶり。今日ばかりはあの鬼母に何を言われようと馬耳東風。同級生の友達が齢15にして生まれた初めてできたのはもちろん嬉しいし、その友達が心霊対処について自分より知識も経験もあることも嬉しい。嬉しすぎて、いくらなんでも、ウソくさい。こんなにとんとん拍子で都合が良い展開が続くのは、陰謀論のひとつも疑いたくなる。(ここQanon)


 そもそも齢15のオナゴが高校で初めてできた友達と最初にやることが幽霊見物ってどうなん?世間と比較してみたが、高校で友達がいる人とは違う宇宙に暮らしているので、何もわからなかった。


 こんな不思議なことが起きても、そこに至る過程を言語化すれば、だいたい不思議さはなくなってゆく。ムー的現象は高校教育課程の枠内では見逃しやすい。私が不思議に思うようなことは、だいたい言葉で説明がつくのだ。あー、ソロカラオケ無性にしたくなってきた。なんでだろ?


 三日前のことを思い出した。三日前に私は初めての友人であり、これから行う作業を踏まえて考えると、戦友とも呼べる女の子と知り合った。それが神田さん。


 三日前は、新入部員歓迎の派手な儀式が繰り広げられるあの日だった。筋肥大させながらちょっとしつこく勧誘してくるラグビー部の困った男子達をすり抜け、校舎の廊下を歩いていたら、カチューシャを嵌めた茶髪の女の子と向かい合い、スッと目があった。それが神田さん。彼女はしばらく場を温め、切り出した。先日、道端で何かの勧誘してきたおじさんより、自然な切り出し方だった。

「私も、じつは勧誘目的なんだけど」

「何部?」

「うーん…ちょっと、マイナー系」

 神田さんは困った顔で、眉を下げた。眉だったら私も下げられる。でも、神田さんの下げ方は、私の眉を忘れさせるに十分だった。ひとめぼれ。過去に一度男の子と付き合って、それなりに法令違反していた充足を思い出し、踏みとどまった。

「じゃ、当ててみる」

「おっ、いいね」

「手芸部!」

「うーん、手先の器用さは、たまに必要」

「料理部!」

「ブー、外れ!私、じつは生まれてこの方、大根以外握ったことないの。大根だけでこの世の料理が完結したらいいのに」(ここ文春?)

「変な話だけど、私も、たまにそんな気分ある。人類の主婦限定悩みかも」(ここ鬼配慮)

「そうなの?」

 神田さんが驚く。こんなに驚く女の子、はじめて見た。そこで、私は彼女の部活がなんとなくピンときた。

「わかった!カルト信仰部でしょ!!」

「惜しい!だいたい許可降りないじゃん(私達はケラケラと笑い、後ろで廊下を歩いていた先生がこちらに振り向いた)せいかいは、オカルト部でした~」

 せいかいは、えちごせいか。そんなイントネーションだったので、私は笑い、越後製菓のCMを見たことがないかもしれない神田さんも笑った。私は、神田さんより3つほど多くの野菜を握ったことがあり、切り方はそれぞれ4種類ほど試したことがある。掛け算すると、量的比較で神田さんが私より遥かに多くの大根調理を発明していてもおかしくないことを自覚する。それにしても、同じ穴の貉に出くわした喜びの深さよ!!気体麻薬なんてわざわざ買わなくても、私達の脳は麻薬が生み出すものを生み出す。わざわざ買う人は、私よりおじいちゃんに頼ったら、あんがい治るかもしれない。でも、おじいちゃんはユーチューブをやってない。求めよ、さらば与えられん。ホンマかいな。  ふたりちゃんは合法薬物以外を口にしたことはありません(ここき〇ん)




「ねえ、三枝さん。今度…ううん、次の日の朝、駅、一緒に行かない?」

「いいけど、なんで?」

 次の日の放課後、男子たちとの談笑を終えた後、部室のクそせま・・予算の間違った使い方でできたかもしれない会議室で神田さんは言った。

「・・・なんとなく」

 私はわざとらしいほど不安げな表情を作ると、神田さんはバツが悪そうに微笑んだ。

「ごめん、嘘。私、実は常人じゃなくて、観える人なの。相手が幽霊に引っ張られているか、いないかが観える。うーん・・・ごめん!いくらなんでも、嘘っぽくて厨二だよね・・・えっと、今証拠見せるから・・・ちょい待ち。あれ、あれ、どこやったっけー」

「いいよ。そういうこと、やらなくていい」

 神田さんは机の上に置いた鞄から何かを取り出そうとするのをやめ、こちらに顔を向け、その瞳孔が拡大し、頬の筋肉がぷにりと弛緩した。

「信じて・・くれるの?」

「いや、信じるも、信じないも、明日の朝決まるよ。無駄な工数は削減」

 神田さんはじとーという擬音が見える顔をした。

「三枝さん、ドライだよね、良くも悪くも。IT志望?」

「ま、そんなとこ」

 神田さんはうなだれ、溜め息を長く吐く。

「か~っ、せっかくの見せ場がなくなり癪だが、ドライはオカルト部にけっこう必要な資質だ!!」そう言って、私の背中を叩き、私に向けて込める視線の力を高めた。

「でも、驚く力もそれ以上にムチャクチャ大事だかんね!若返るし」

「明日の朝」

「LINEで起こす」

「起きれるかな・・・」

「そういうこと聞く相手は、私じゃないよ」

「神田さんも、ドライじゃん」

「私は、オカルト部だから」

 優雅に髪をひと撫でし、神田さんは、ひと撫でを後悔したように、静電気による現象を睨んだ。

 

 明日、はたして、私は神田さんのために起きれるのだろうか。回想を打ち切り、三日前の私から今の自分に戻り、あらためて自分の心に尋ねた。起きれますように。祈った。どこに私の言葉が飛んで行ったのかわからないが、それは返ってきた。翌朝、私は神田さんのLINEで目を覚ましていた。




 翌朝、駅の前で、彼女は階段の前で本を読みながら待っていた。左足の踵を浮かせた姿勢でカバーをかけた文庫本に集中している。女性のバイオリズムの安定期のためか、心なしか鬼成分が薄くなっている母の目玉焼きを食べた私は機嫌が良かったので、彼女より先に挨拶すると、左の前髪にエメラルド色の髪留めをつけたショートヘアーのニンジャマスクをつけた女子がこちらを向き、その全体が微笑んだ。()

「おいっすー!」

「え?」そのネタ、私の世代は知らんやろ!とツッコむのは四ヶ月分くらい親しくなってからでいいか。計算しちゃう。どうしても。オイオイ、同じ穴の貉だぞ?仲良くしようや!と私の中の下品なオヤジが囁くので惨殺した。(ここ、ちょっとはじめてで、じかんかかっちゃった♪ごめんね~)

「アハハ、おはよう三枝さん」

「う、うん、おはよ」

 階段を登りながら私が彼女にさっきまで何を読んでいたのか尋ねると、神田さんは私が知らない名前を出した。私も知っているミステリーチャンネルの関係者で、しばらく赤道近くの遠い国の石ころの話題で盛り上がった。タモリってやばくない?タモリ?あの、サングラスかけてる人。ああ、知ってるかも、うーん、やばい・・・かも!




 ホームに立つと、神田さんはポケットに手を突っ込み、骨盤に手を当て羨ましいほど滑らかに左右運動をした。新聞部だから柔道とかつよそう。口に出ていたらしい。彼女は始めたてと言った。あー、幼少期から運動神経蓄積してる系か。体育で張り合わなくていい相手が増えると、ほんわかするのうフォッフォッフォ。

「そんなことより、三枝さん…今、見えてる?」

 私は女性の霊を見て、神田さんに頷いた。

「えーと、私は霊感があるから、貴方よりたくさんの数の霊が観えるの。これから、貴方が見ているものが、私が三枝さんが見ていると仮定している相手と一致することを確認する作業に移る。ここまでは、いい?」

「だいじょぶ!なんとか!!」

 私の目、絶対丸くなってる。

「もし、何か不安になったら、どんな些細なでもできる限り共有してほしい。脅かすようで申し訳ないけど、多分、三枝さんが想像する以上に、私達はわりにガチでオカルト活動をやらかしているの」

「そこに、惹かれてないと言えば嘘になる」

 神田さんは、同じ穴の貉を慰撫と哀れみを込めた表情で見る目つきになった。イカン・・・私はノンケ!(トシがばれますよ)

「・・・そんな気がしていた。ムー、とか好きでしょ?(コクリ)だからこそ、この部活に入る貴方には、この活動が及ぼすリスクと危険性についてはかっちり認識してほしい。ホラー映画みたいな事態は数字の上では滅多に起こらないけど、運が常に味方してくれるわけじゃない」

「ひとつ、質問」

「はい」

「逃げ帰っても、いいのかな?」

「無理。貴方はあの踊る女性を発見し、わずかでも魅力的に感じた時点で、もう一般の社会体系から生み出される解決策だけでは完全解決が難しいところに踏み入んでしまっている」

「・・そんな気・・・してた」

 私、多分、また丸目になってる。なんとか、呼吸して、言った。

「ガガッと踏み込んでも、さーと駆け去って、逃げ続けるというのはどうでしょう?」

「イット・フォローズ」

 神田さんの出した映画を私は見ていた。追いつかれたときの対処法がないまま逃げるだけでは、追いつかれたときに絶対絶命にしかならない。そういうことを素晴らしいカメラワークで描いた作品だった。(ほんわか)

「逃げるだけで、解決するなら、良かった」

「私もオカルト部に入ったことを後悔する日はあるけど、ただ(髪ファサッ、静電気なし)、そうじゃない日もわりにあるよ」

 それが神田さん。私は彼女と一緒にこの事態を解決するまでは頑張ることを決断した。



 私の意識は現在(布団に包まれ、自分の部屋で尿意や突然の母からの呼び出し以上の脅威をあまり感じない場所)に戻った。もし、彼女と一緒じゃなかったら、私は今頃、イット・フォローズに出てくる若者のように、逃げて、逃げて、親の車を勝手に運転して豚箱で軽犯罪者たちや巡査達と仲良く一生を終えていたかもしれない。傍迷惑な死に様を回避できる手段があるなら、頼りたい。そういう欲は濃厚に感じ、神田さんにとって、そういう濃厚な欲は、せいぜい3キロのダンベルなのだろう。だから私は彼女に依存した。そういう風に、ロマンチックに今だけ考えておこう!おやすみ!!・・・その前に、最後まで記憶を再生しておかなければ。あの踊る女性を、神田さんが撮影し終えるまで。


「それじゃ、作業に入ります」

「ゴクリ」

「緊張してる?呼吸して、4秒ですってー、4秒でとめてー、4秒ではーく」

「ブハッ、マシになった」

「16秒息止めてなかった?」

「ゼエハア・・・うん」

 神田さんと私はしばらくキャンキャン笑い、横で電車を待っているサラリーマンの左肩がビクッと動き、子どもが私のスカートの下から黒パンを履き忘れたお尻を適切に激写し、母親が叱りつけた。

「ハハッ・・・はあー、息を止めると、嫌でも呼吸したくなるから、それだって落ち着く方法だよ」

「それと笑いも」

「エンドルフィン出したし、じゃあ、始めるよ。三枝さん、踊る女性に、視線を向けてくれる?」

 私が首を回そうとすると、温かい手が手の甲に触れ、神田さんは穏やかながら力強い目で私を制止した。

「首は動かさない。視線だけ。あと、顔を合わすのもNGだから」

「すっ、すでになっ、何回も合わせちゃったんですが」

「うん、二週間も見ていたら、どんな幽霊だって気づくね(素敵な笑顔)。でも、少なくとも私は無事だし(ひとでなし!)、これは儀式の手順として必要な手順だから、ひとまずあの踊る女性との記憶はいったんおいといて(神田さんは何かを置くような手振りをした)、はい、やってみよう!3,2,1。すたーと」

 すたーとはできなかったが、ひとまず、私は現在に集中が戻せた。思った以上に、この状況におじけづいていて、ガタガタという音が聞こえてきそうだ。冷水風呂を一時間浴びたみたいな状況。

「目を合わすのは、マズい?」

「うん、それだけで彼らには強い『干渉』になりうるから」まつ毛がセットされた真剣な瞳に思わず小さく頷くと、彼女の眉が柔らかく下がり、神田さんは私の手を包み込んだ。あったけえ。

「手、冷たいね。大丈夫?」

 菩薩。神田さんの表情。違う、菩薩の皮を被った阿修羅だ。ゆめゆめお忘れなきように。

「だっだいじょぶ。けど、私、いつも普通にガン見しまくってたんだけど、あの幽霊が気にしている様子・・・一度もなかった・・・と思うよ?ひょっとして、気にしてないかも?」

「確か・・・LINEで三枝さん言ってたけど、HSPテストの数値低かったんだよね」

「うん、50点もいかなかった」

 神田さんによると、一般的には、感受性が高いほど幽霊の状態も把握しやすいらしい。感受性が高い人ほど武装が必要なんて、なんとも大変だが、論理で考えるとそうなる。私は、過剰武装か?いやいや、女子高生が過剰武装になる日なんて永遠に来ぬわ!彼氏ができた経験を持つと、そういうことが余裕をもって吠えられる。かわいらしく無残な子犬。私は浮かれた女子高生。

 神田さんは私を見て、口を開いた。

「三枝さん、個人で二週間観察した実感として、どう思う?」

「え、・・・うーん、身勝手かもだけど、そういうことを言うのは神田さんの

役割だと思ってたよ」

「実録ドキュメンタリーで台本みっちり暗記が通用すると思ってるのかね?三枝さんや。時代はいつだって即興じゃよ」

 神田さんの表情、また菩薩。いや、罰当たりな比喩かもだが、菩薩の皮を被った阿修羅だ。あっ、二回目だわ。アマゾンプライムで観たアニメ映画の記憶に逃避することを、神田さんの顔は許してくれそうにない。

「いつでも現在への準備が足りてるなんて、ありえないね」

「すき」

「は?」

 私は聞こえた言葉を忘れると(恐怖が生み出した空耳の可能性もけっこうあった)、首や体幹の筋肉を巻き込まず、左目だけを動かして(発達障害向けビジョントレーニングのオンラインサロンにて取得済)、彼女を探し……いた。踊っている。いつも見ているのに、いつも発見がある踊り。ほれぼれする。

 いる、と呟くと、神田さんは肩にかけた通学鞄から小振りな白い箱のような機械を取り出した。箱の側面にボタンのようなものがついている。彼女はそれを親指で何度か押し、最後に長めに押し続けると、鞄にしまった。自然で、駅にそぐう動きだった。

「今のってひょっとしてカメラ的な?」

「正解」

「すごい!ジョージ・クルーニーみたいだった!!」

「誰?」

「えっ、ジョージ・クルーニー知らないの?」

「うーん、外国の人?」

「じゃあ、トム・クルーズみたいだった!」

「誰?」

「えっ、よもやトム・クルーズ知らないの。ミッション・インポッシブルって知ってる?」

「・・・うーん、わかんない。ごめんね、にしても、三枝さん、外国の人、けっこう知ってるんだねえ」

 それから、年齢をどれだけ犯罪的に若くしても、一件もヒットせず、私のストライクゾーンの犯罪的な広さと変態性癖が露呈されただけだった。しかし、踊る死者の彼女の写真が撮れたのだから、小さな犠牲(と思わなければ死!)。初めての戦友と心霊写真を撮る。そんなスパイ映画みたいな出来事が登校前の朝のうちに終わるなんて、不思議なこともあるものですねえ。


 記憶の再生が完了した。動画編集の余地はなかったので、そのまま寝た。ねた。

 








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