おしごとは推すこと

赤狸湯たんぽ

1.



推しごとってなんだろう。


自分が好きな人・応援したい人、つまりは推しを応援する行為が推しごとであることはわかっている。

しかし、応援の仕方って人それぞれじゃない?と僕は思う。それぞれ違った経験をしてきて違った価値観で応援しているわけだから、似たスタンスにはなることはあれ、まるっきり同じスタンスでの応援というものはないのではないだろうか。

みんな応援の仕方は違ってよくて、多様なファンがいる界隈が面白いなと個人的には思ってる。


そしてこれからお話しするのは、僕が初めてオフ会に参加した日の話。人を推すことについて考えさせられたとある1日の話である。



6月下旬。

僕の推しの女性声優・永原成美ながはらなるみさん、通称ナナちゃんの誕生日お祝いのオフ会が開催された。


ナナちゃんはファン1人1人を大切にしたいと考えている女性声優さんで、彼女がパーソナリティを務めるナナラジのお悩み解決のコーナーでは1人のお悩みにOA時間の1/2を使ったという逸話があるほど。優しい言葉をかけるだけでなく、その人の為になるなら少し厳しい言葉もかけて相談者の人生を応援する温かいお人柄が多くのファンを魅了している。

演じてる子たちにも愛情をもって接していて、最近では幅広い声色でそれぞれの役に適した声で真摯に向き合い作品に彩りを与え、着実にファン層が広がってるのを日々感じる。


そんなナナちゃんのファンはセブンズファミリアと呼ばれており、今回僕はそんなセブンズファミリア主催のオフ会に初参加した。

セブンズファミリアなんて仰々しいファンネームと今までオフ会に行ったことがないことからこれまでは参加を見送っていたのだが、セブンズファミリアの方はTwitterで絡んでいても優しそうな方ばかりだったので思いきってオフ会に参加してみることにした。


結果としては参加して大正解。

ナナちゃんの誕生日ケーキを囲んでみんなで団らんし、各々が各々のペースでその空間を楽しんでいて居心地の良いものだった。


「トコロデンさん、お疲れ様です!初めてのオフ会ですが楽しめてますか?」


話しかけてくれたのはオータイガーさん。

セブンズファミリアの歴は僕よりも長く、僕とは相互フォローの関係でTwitterでは時折リプで絡ませてもらっている。推しごとに関する世間話からチケットを譲渡してもらうやり取りまで様々な会話をしており、Twitter上で1番絡ませてもらった相手といっても過言ではない方である。


「ありがとうございます!楽しんでますよ!皆さん楽しそうで居心地のいい空間ですね。」


「そう言ってもらえると嬉しいです。やっぱり新規が入りづらいコミュニティにはしたくないと思っているので。それに個人的には、トコロデンさんみたいに初めての参加は不安もあるだろうからより一層楽しんでもらいたいなと!」


そういってにこやかに笑うオータイガーさんを見てTwitterで感じた社交的な印象は間違っていなかったなと感じた。


「そういえばナナラジグッズがどんどん発送されているみたいですが、トコロデンさんのとこには届きましたか?」


ありがとうございますとお礼を言い、次何話せばいいかなと考えていると有難いことにオータイガーさんの方から話題を振ってくれた。


「まだ届いてないです。発送準備中という風に出ていたので、明日か明後日中には発送されると思うんですが。」


「そうなんですね!僕のところ届いたのでどれくらいのセブンズファミリアに届いてるのか気になりまして。」


「たぶん僕が注文したの発売から1週間強経ってからだったのでそういう兼ね合いもあるのかもです。」


「なるほどですね!今回のグッズのちょいデカタンブラー、僕デスクワークなので個人的にすごく有難くて会社で重宝してるんですよ~!」


「550mlの大容量ですもんね!なかなかこの大きさのタンブラーをグッズで出す人いないですもんね。」


「そうなんですよ!それに大きいタンブラーってデザインが残念ってこと多いんですが、デザインもオシャレで相当なお気に入りになりました!」


「それナナラジにメール送ったらナナちゃん喜ぶんじゃないですか?」


「実は僕もそう思ってもうお便り送っております!」


「さすが過ぎます!」


「あ!そうそう、そういえばナナラジのタンブラーでこの前嬉しいことがあって……」


そう言って本当に嬉しそうに話し始めるオータイガーさんに僕は一切の警戒をしていなかった。

いや、ここまで楽しいオフ会で警戒をするなんて無理な話で、むしろこんな些細なことでモヤッとしている僕が間違っているくらいなのかもしれない。


「さっき話したようにナナラジのタンブラーってデカいじゃないですか。だから目に付いたのか職場の後輩がタンブラーに関して話しかけてきて、話してみるとどうやら後輩もナナちゃんを応援してるみたいで!」


「おぉ!職場に同じ推しを応援している方がいるのは嬉しいですね!」


「そうなんですけど、ナナちゃんファンって言ってもどうせ実花ちゃんが好きとか有名どころしか知らないだけなんじゃないかと思ったんですよ。でもメイちゃんみたいなマイナーどころも知ってて!」


実花ちゃんは少年ステップの大ヒット漫画の主人公級のキャラでナナちゃんを世間的に有名にした代表作だ。対してメイちゃんは主人公ではあるけれどもそこまで知名度の高くない作品。

実花ちゃんでナナちゃんを知った僕だが、メイちゃんがナナちゃんの普段見られない魅力を感じさせる役であることは認めているし、メイちゃんを好きなんてわかってると思う気持ちは痛いほどわかる。

しかし、マイナー作品を知っているからすごいというような物言いが自分の中で少し引っかかった。

そしてこの引っかかりを知ってか知らずかオータイガーさんは畳みかけるように質問をしてきた。


「トコロデンさんはどこまで知ってたらナナちゃんファンだと思います?」


僕はどんな作品であれ、ナナちゃんの演じるキャラクター性や声に惹かれてナナちゃんを応援するならファンであると思っている。

そしてそこからナナちゃん自身に興味を持ってナナちゃんの人柄だったりナナちゃんの活動だったりに興味を持って応援してくれたらなお嬉しい。

また、セブンズファミリアを名乗るかどうかに関してはその人が名乗りたいと思ったら名乗ればいいと思っている。ファンネームは名乗ることでファン同士の繋がりだったり仲間意識だったり推しを応援している自覚だったりを感じて幸せを増やすためのものだと思うからである。

自分の生活もあるのだから、推しごとは自分のペースで思い思いに好きにやることがベストだと考えている。


しかしその諸々の僕の考えを "ナナちゃんをどこまで知っていたらファンか" などと問う人に伝えて何になるのだろうか。

それに推しごとの仕方は人それぞれなのだからオータイガーさんの推しごとを否定するのも違うのではないだろうか。

しかし聞かれてしまった以上は変に誤魔化すのは良くはないだろう。相手を慮って伝えればきっと争いにはならないと信じ、僕は口を開いた。


「アニメなんかを見て、このキャラ好きだな、どんな方がお声を当てているんだろうって気になってその結果ナナちゃんに行きついて、そこからナナちゃん自身を応援するようになったならどんな作品からでもナナちゃんのファンなんじゃないかなって僕なんかは思います。」


伝え方としては柔らかくなったが、思いのほか一石を投じるような物言いになってしまった。これはマズいかもしれないと焦っているとオータイガーさんから思いがけない返答が飛んできた。


「まあファンが増えることは嬉しいことですもんね。トコロデンさんは優しいな。僕なんかはほぼ全通でイベントに参加したい派なので、イベント抽選でちゃんとナナちゃんを応援してくれてる人が当選しないとモヤッとした気持ちになっちゃいます。」


「オータイガーさんの言わんとすることはわかります。他の推しがいてナナちゃんが最近気になり始めたような方が当選してイベント参加するも、結局元の推しに戻ってしまうことを懸念しているような、そんな感じでしょうか。」


「そんな感じです!他の推しがいてもいなくてもいいですが、結局ナナちゃんを今後も応援してくれる人にイベントには参加して欲しいなっていう心がやっぱり芽生えてしまいます。」


「すごくわかりますけど、そこら辺は僕たちでどうこうなる話じゃないですし、そこを気にし過ぎて入りづらい界隈になるのは本意じゃないと思うので、そこは参加した方々が楽しんで今後も応援してくれるのを祈るしかない気がします。」


「結局できることとしたらそれくらいなものなんですよね。」


『まあイベントに参加することだけが人生じゃないですし。』

そう言いかけて口を噤んだ。

もしかしたらオータイガーさんはイベントに参加することに人生をかけている可能性はないだろうか。先程イベントは全通をしたいと言っていたのを加味するとあり得ない話ではない。

僕は推しごとを推しの活躍を見て自分も推しに恥ずかしくないようにやりたいこと・やるべきことに向かって頑張らなきゃと思うためにやっている側面が強く、イベントは日々のありがとうの気持ちを直に応援で伝えられる場だと思っているところがある。

しかしオータイガーさんはそれとは違う気がする。これまでの話を聞く限りオータイガーさんはナナちゃんが世間的に幅広く認知されるずっと前から応援しているように感じる。

そうなると話は変わってこないだろうか。

オータイガーさんの中で世間が見つける前から自分はナナちゃんの魅力に気が付いてたという自負が生まれていてもおかしくない。現に僕も世間的にナナちゃんが注目される少し前から応援しているので宝石の原石を見つけていたような誇らしい気持ちになる感覚は分からないでもない。

しかしオータイガーさんは誇らしい気持ちを超えて昔から応援していることがアイデンティティとなっているのではないだろうか。イベント参加が承認欲求を満たす行為となっている可能性は否めない。


「まあどう転んでも推しごとはやめられないですね!」


いろいろ思考を巡らし焦った結果、そんな言葉が口を衝いた。

その言葉にオータイガーさんは意気揚々と言葉を返した。


「そうですね!推しの幸せが僕の幸せって感じです!」


満面の笑みでそう答えるオータイガーさんを見て咄嗟に "気持ち悪い" と感じてしまったことを僕はきっといつまでも忘れることは出来ない。


その後の僕はどうしようもなかった。

推しごとに対して戸惑いを感じ何かを失くしてしまったのだろう。参加者に同調する機能だけを残した僕は、その後のオフ会の詳細な出来事を覚えていない。ただオフ会が楽しかったという漠然とした記憶といつの間にかオフ会がお開きになったという現実の中で僕は帰路に立っていた。


みんなと別れ、一人夜道を歩きながら考える。



推しごとってなんだろう。


この前読んだ本の一節に、人は変化よりも安定を求める生き物であり、人の変化は人によるものであると論じられていた。

そしてその続きには、その変化はその人によって必ずしも良い変化であるとは限らないと付け足されていた。


推しごとは推しから影響を受けて変化するもの。

その変化が良き変化なのか悪しき変化なのかはその人の捉え方次第なのかもしれない。


もし推しごとが自分の人生を豊かに彩ってくれるものであるならば、それは良い変化といえるのかもしれない。

しかし自分の人生は推しのためだけにある推しごとは果たして良いものといえるのだろうか。


「推しの人生じゃなくて自分の人生生きろよ。」


零れ落ちるようにそう呟いて夜空を見上げる。

目視でも分かるくらいに月が欠けているのを見て、そういえば数日前のニュースで今夜は満月だと言っていたのを思い出す。


欠け始めた満月を見つめ、どれだけ欠けてもお前は自然と元に戻れるんだよなと羨ましく思った。




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