第85話 「如月陽太と柊渚咲」

「…如月くん。お久しぶりです」


春樹と七海が作った秘密基地で待っていた俺の前に、美羽の制服を着た柊渚咲が立つ。


久しぶりに会う柊は、気まずそうに俺から目をそらしており、俺と目を合わせようとはしなかった。

だが、追い出された日とは違って会話が出来そうな雰囲気だ。


きっと七海達が上手くやってくれたんだろう。

本当にあいつらには感謝だな、次は俺が頑張る番だ。


「…おう」


…もっと気の利いた事言えよ俺。

なんだよ「…おう」って。もっとなんかあるだろ…「久しぶりだな!」とか「元気だったか!」とか。

うん…俺っぽくはないな。


にしてもこんなに緊張するとはな…いつも柊から話を振ってくれることが多かったから俺から話しかける事はあんまりなかったもんなあ…


「…元気でしたか?」


「それ、本来は俺が言うべき言葉なんだけどな。まぁ、見ての通り元気だ。

…隣座るか?」


「…はい」


気を遣った柊が話を振ってくれた。


「…悪いな、びっくりしたろ」


「はい…まんまと騙されてしまいました」


「まぁ、そのおかげでまたお前と話せた訳だしな」


「…如月くんはそんなに私とお話したかったんですか?」


「当たり前だろ。つい先日まで普通だった奴が急に豹変したんだぞ?

あやうく人間不信になるところだったわ」


「…ごめんなさい」


柊は申し訳なさそうな顔をする。


「…で、どこまでが本当なんだ?」


「はい…?」


「ほら…お前言ってたろ。俺と一緒に居るのが辛いって。

自分がだらしないのは自分が1番分かってるし、そこに関しては本当に悪かったなと思ってるんだ。

今日のこの時間は、俺がわがままを言って作ってもらった時間で、柊はそれに付き合ってくれてるだけだ。

だから、俺の立てた予想が全部間違いで、柊があの日言った事が全て本当だって言うんなら…」


「10ヶ月…」


「え?」


「私が如月くんと一緒に暮らしていた期間です。 最初は貴方のだらしなさにイライラしたり、落ち着かない事もありました。

ですが…覚えていますか?私が初めてあなたに家庭の事を話した日の事」


「あぁ、懐かしいな」


「他人に家庭事情を話した事なんかなかったんです。

ずっと取り繕って生きてきましたし、そんなに踏み込んだ話が出来る人なんかいなかったので…」


柊は昔の事を懐かしむように笑いながら言う。


「ですが、あなたに話せと言われて勇気を出して全てを話しました。

正直不安でした。

ですが、あなたは全てを聞いた上で私の事を肯定してくれました。

「良い子じゃなくていい」「素のお前を見せてくれ」って…そんな事を言われたのは生まれて初めてで、私本当に嬉しかったんです」


「……」


「その日から私の人生は大きく変わりました。

七海さん、海堂さん、桃井さん、白雲さん、風香さん、一之瀬さん、如月くんのご両親…あなたのおかげで、こんなにも私の交友関係は広がったんです」


柊は、涙を流しながら拳をぎゅっと握った。


「なのに…嫌になるわけないじゃないですか…っ!

ずっと…ずっと一緒に居られるって思ってたのに…!」


柊は何度も涙を拭うが、一度溢れてしまった涙は止まる事はなかった。


「…なら、全部話せよ。 あの日何があったんだ」


俺が言うと、柊は泣きながら首を横に振った。


「言えません…」


「柊」


「言えません…!これ以上あなたに迷惑をかけ…」


「迷惑をかけろって言ってんだ!友達だろ」


「っ…」


気づいたら俺は柊の両肩を掴んでいた。

俺は柊の目を真っ直ぐ見る。


「お前に言われた事で、1番嬉しかった事があるんだ。

神崎との事で俺とお前がプチ喧嘩した時、「貴方が傷つかなくなるのなら、全校生徒に嫌われてもいいです」って言ってくれたよな。

そんな事を言ってくれたお前のおかげで、俺は変われた。

素直に友達を頼れるようになったんだよ」


「……」


「お前言ったよな?"友達を頼れ"って。

俺とお前の関係はなんだ?ただの他人か?どうでもいいクラスメイトか?」


柊は涙を流しながら何度も首を横に振って否定する。


「お友達…です」


「なら頼れよ。 1人では解決出来なくても、誰かと一緒なら解決出来るかもだろ」


「……あなたの予想通り、あの日父から電話がありました」


柊はゆっくり話し始め、俺は肩から手を離した。


「要件は、私が無断で異性を家に住まわせている事についてでした。

何も知らないのに如月くんの悪口を言われて…追い出せって言われて…追い出さずに関係を続けるようなら学校に如月くんの居場所は無くなるって…っ」


「…なるほどな」


「…父は本気でそういう事をする人です…学校にお金を渡せば本当に父の言った通り学校に如月くんの居場所は無くなります…だから私は…っ」


「ありがとな、柊」


俺は泣いている柊を抱きしめ、頭を撫でていた。


「俺の為にずっと我慢してくれてたんだな」


「っ…!」


柊はぎゅっと俺の服を掴み、泣き続けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…ごめんなさい、私泣いてばかりですね」


あれから数分後、すっかり泣き止んだ柊は恥ずかしそうに顔を逸らしていた。


「気にすんな。本当の事が聞けてよかったよ」


「…だからあなたに会いたくなかったんです。 話したら絶対に気持ちが揺らいでしまうから…」


「なら尚更無理矢理話して正解だったな」


そう言って笑うと、柊はぷいっと顔を背けた。


「なぁ柊、お前はどうしたい?このまま転校したいか?」


「…如月くんはいじわるです」


「気持ちは直接聞かないとだろ?」


「…転校なんか嫌に決まってるじゃないですか…!今まで通り如月くんと一緒に暮らして、学校で七海さん達と仲良く話して、皆さんと一緒に卒業したいです!!」


柊の正直な気持ちを聞き、俺はまた笑う。


「…よし!柊、スマホ貸してくれるか?」


「え?いいですけど、何を…?」


「まぁまぁ」


柊からスマホを受け取り、電話帳を開いてとある人物に通話をかける。


『…もしもし。なんだ渚咲。急にかけてくるな』


電話越しに聞こえた声に柊は目を見開いた。

電話帳に乗っていた名前は、『柊幸次郎』。


柊の父親の名前だった。


「はじめまして。如月陽太です」


『…なに?』


「聞こえませんでした?如月陽太です」


『何故お前が渚咲のスマホを持っている?』


「横にいる柊に借りてます」


『横だと…?今渚咲は女友達と歩いていると…』


どうやら白雲の変装は上手く行っているらしい。


「まずは、勝手に娘さんの家に居候してしまってすみません。

ついご厚意に甘えてしまいました」


電話越しだが、俺は深く頭を下げる。


『…要件はなんだ』


「今週の土曜日、時間作れますか?」


『なに…?』


「直接話しましょう」


「なっ…!如月くん!?」


『…その提案を俺が受けるメリットは?』


「もし、土曜日に直接話しても納得してもらえなかった場合、俺は宮城に帰ります。

そして金輪際柊や、今の学校の友達とも関わらないと約束します」


「え…」


『ほう…?』


「柊は今の学校に馴染んでいますし、楽しく学園生活を送れています。

父親としては、娘がのびのび学園生活を送れる方がいいでしょう?

転校は色々手続きが面倒でしょうし」


柊は俺の手をぎゅっと握り、何度も首を横に振っている。


『…いいだろう。ならば土曜日に渚咲と共に俺の家に来い。

お前を話を聞かせてもらおうじゃないか』


「ありがとうございます」


『それから…渚咲』


柊は名前を呼ばれ、ビクッと身体を震わせる。


『今回は特別に見逃してやるが、土曜日までは引き続き如月陽太と接触する事は禁止だ。

他の友達ともな。 また何かくだらない事を考えられたら面倒だからな』


「…はい」


柊の返事を聞いた柊の父親は通話を切った。

俺はふぅ…と息を吐く。


「な…な…何をしてるんですか!!?」


「いや…だってメリットは?とか聞かれると思わなくて…」


「だからって宮城に帰るって…!私の転校がなくなっても、あなたが居ないと…!」


「そうならない為の話し合いの場だろ?

大丈夫だ、俺が全部元通りにしてやる」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…って訳なんだが、助けてくれナナえもん」


あれから俺と柊は秘密基地から七海の部屋に戻り、桃井と美羽が帰ってきたタイミングで皆に全てを話した。


「はぁ…?何やってんのあんたは…渚咲が戻ってきてもあんたが居なくなっちゃ意味ないでしょ…」


あれから柊はずっと落ち込んでしまっており、常に下を向いていた。


「渚咲は何も悪くないから心配しなくていいからね」


「ですが…」


「大丈夫大丈夫。 むしろ渚咲のお父さんと直接話せるなんてチャンスじゃん? あとは陽太が上手くやってくれるよ。ね?」


柊を慰めている七海が俺を睨みながら言ってくる。


「お、おう…任せろ」


「ほら、陽太もこう言ってるし何も心配いらないでしょ?」


「…はい」


「じゃあ、そろそろお開きにしよっか。もう18時になっちゃうし」


「え…」


確かに、外はもう暗くなりかけていた。

七海が言うと、柊は悲しそうな顔をした。


「あ、あの…」


「渚咲、気持ちは分かるけど土曜日までは我慢だよ。

ここで我慢しないと、今までの事が無駄になっちゃうから」


「…はい」


柊は悲しそうに頷いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「では!私は渚咲先輩を送ってきますね!」


「あぁ、頼んだ。桃井も気をつけて帰れよ」


柊の事は桃井が送ってくれるらしい。

さすがに今俺が送るわけにはいかないしな。


「あ、あの…!如月くん…!」


「なんだ?」


柊は自分のスマホを握ったまま俺に何かを伝えようとしていたが、上手く言えずに口を塞いでしまった。


「…どうした?」


「…い、いえ!なんでもありません…土曜日は13時に駅に集合でお願いします」


「おう、分かった」


柊はそれだけ伝えると桃井と共に帰っていった。


「俺たちも帰るか、美羽」


「陽太くんは本当に鈍いなぁ」


「え、なんだよ急に」


美羽が溜め息を吐きながら言ってきた。


「まぁさっきのは勇気出せなかった渚咲ちゃんも悪いかな」


「はぁ…?どういう事だ?」


「教えなーいっ」


美羽はそう言うとニコニコしながら俺の手を握り、急に歩き出した。


「…なんかテンション高いな」


「あ、分かる〜? 渚咲ちゃんと前より仲良くなれたのが嬉しくてさ!」


「ほー、そりゃ良かったな」


「うん!ライバルになっちゃった!」


「ライバル?なんか競い合ってんのか?あ、成績なら辞めとけよ?あいつめっちゃ頭良いから」


その後また美羽は溜め息を吐き、そのまま手を握りながら家向かって歩き続けた。

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