第84話 「柊渚咲と白雲美羽」

放課後になり、私…青葉七海は桃井小鳥と白雲美羽と共に渚咲との待ち合わせ場所である公園へ向かっていた。


「はー…緊張しますね」


「だね…美羽、ずっと聞きたかったんだけど、渚咲の変装するって本当なの?」


「うん!昨日陽太くんに見せたら好評だったから行けると思うんだ!

それで監視を誤魔化せれば時間稼げるでしょ?」


「なるほど…でも、その前にまずは渚咲とちゃんと話さないとね。

いくら私達が準備しても、渚咲が陽太と話す気にならないと意味がないから」


私が言うと、2人は頷いた。

そんな話をしながら歩いていると、渚咲との待ち合わせ場所である公園についた。


その公園に、柊渚咲は居た。


相変わらず目を引く整った容姿に、綺麗な金髪。

渚咲は、制服ではなく白いワンピースを着てブランコに乗っていた。


「渚咲せんぱーい!!」


先に小鳥が明るく走って行き、渚咲に抱きついた。

こういう時、本当に小鳥の明るさは助かる。


「わっ…桃井さん、お久しぶりぶりです。

七海さん、白雲さんも」


「うん、久しぶり!渚咲ちゃん!」


「…久しぶり。元気そう…ではないね」


久しぶりに会う渚咲は、お世辞にも元気そうには見えなかった。

確かに渚咲は笑っている。

だが、私の目には無理して笑っているように見えたのだ。


「…引越しの作業に思ったより手間取っていまして」


「なるほど、まぁ渚咲の家は広いもんね。

親とかは手伝ってくれないの?」


さりげなく"親"というワードを出すと、渚咲は一瞬だけ顔を引き攣らせた。

…本当に素直な子だなぁ。


「…両親は忙しいので」


「ふーん…でも、渚咲が転校か。寂しくなるね」


「本当ですよ!急すぎますって!」


「せっかく渚咲ちゃんと仲良くなれそうって思ってたのになぁ」


私達が言うと、渚咲は悲しそうな顔で笑い、頭を下げた。


「本当にごめんなさい。もっと早く伝えておくべきでした」


渚咲が頭を下げている時間に、美羽は私にアイコンタクトを送ってくる。

もう十分時間は稼げただろう。


「もう謝らなくていいよ渚咲、あとは私の家で思いっきり楽しも」


「最後に思い出をいっぱい作りましょう!」


私と小鳥が言うと、渚咲はゆっくり顔を上げた。


「はい…!ありがとうございます!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お邪魔します。わぁ…七海さんらしいお部屋ですね」


「昨日小鳥も言ってたなそれ。そんなに私っぽいかな」


無事に渚咲を私の部屋まで連れてくる事には成功した。

そして先程春樹からのチャットで、陽太は既に秘密基地で待っていると伝えられた。


あとは渚咲を説得するだけだ。


「…さて、渚咲」


「はい?」


座って寛いでいる渚咲は首を傾げる。


「この家には今、親は居ないから正真正銘私達しか居ないよ」


「…はい?」


「両親と、何かあったんでしょ?」


私が言うと、渚咲はビクッと身体を震わせた。


「ごめんね渚咲、私渚咲に嘘ついた。

本当は陽太と喧嘩なんかしてないんだよ。

あの日渚咲に言った陽太の悪口も全部嘘」


「え…」


「陽太がね、「助けてくれ」って頭を下げて頼んできたんだ。信じられないでしょ?

でも、それだけ渚咲との関係を切りたくなかったんだろうね」


「如月くんが…?」


「うん。

そして、渚咲との関係を切りたくないのは私達も同じ。だから陽太から詳しく話を聞いて、いっぱい考えたんだ。

土曜日に誰かから電話が来てから急に様子がおかしくなった事、それからの渚咲の態度、そして前に渚咲から聞いた家庭事情。

それを含めて考えると、土曜日に渚咲に電話をかけてきたのは渚咲の家族で、その時に陽太の事がバレて何か言われたんじゃないかって思うんだけど、違う?」


「………」


渚咲は、ずっと固まっていた。

そして、すぐに否定しないで何かを言おうと必死に考えている事は、全て合っているのだと言っているような物だった。


「そ、そんな事ありません!わ、私が如月くんと生活するのが嫌になって如月くんを追い出したんです…!」


「いや、そんな訳ないでしょ」


「っ…!どうして断言出来るんですか」


「だって渚咲、陽太の事好きでしょ」


笑いながら言うと、渚咲は面白いほど顔を真っ赤にした。


「な…な…!」


「陽太の為に味付け変えたり、野菜を食べれるように工夫して、半年以上一緒に生活してた渚咲が、今更陽太との生活が嫌になるわけないじゃん」


「……」


「まだまだ言いたい事はあるけど…私の役目はここで終わり。

渚咲には言ってなかったけど、今日陽太もここに来てるんだ」


「え…!?」


渚咲はまだ顔を赤くしたまま目を見開いた。

そしてすぐに鞄を持って立ちあがろうとした。


だが、そんな渚咲の手を美羽が掴んだ。


「離してください…!私もう帰ります…!」


「離さないよ。 渚咲ちゃん、ちょっとだけ2人で話そう?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


七海ちゃんと小鳥ちゃんにはリビングに行ってもらい、私…白雲美羽は渚咲ちゃんを床に座らせたまま七海ちゃんの化粧台を借りてメイクをしていた。


「あの…一体何を…?」


「んー?見ての通りメイクだよ。 すぐに終わらせるから安心して」


「…話しというのは…?」


「陽太くんの事」


私が言うと、渚咲ちゃんは何も言わなくなった。

さっきのあの反応、渚咲ちゃんは本当に陽太くんの事が好きなんだろうなぁ。


「陽太くんね、今は私の家に住んでるの」


「え…」


「実は私と陽太くんは中学生の時に宮城の病院で会ったことがあるんだ。びっくりだよね。

東京で偶然再会出来たんだ。まぁ、最初は陽太くんは私の事覚えてなかったけど」


「……」


「昔の私は今ほど元気じゃなくてさ、身体も弱かったからアイドルになる夢を諦めようとしてたんだ。

でもその時陽太くんに背中を押されて、今の私がいるの」


メイクを終わらせ、振り返って渚咲ちゃんの目を真っ直ぐ見る。


「私、陽太君の事が好きなんだ」


「っ…」


「渚咲ちゃんはどうなの? さっきの七海ちゃんの質問には答えてなかったけど」


渚咲ちゃんは下を向いたまま喋らなくなってしまった。


「七海ちゃん達は渚咲ちゃんに協力的だけど、私はずっと曖昧なままの渚咲ちゃんに協力する気はないよ。

もう自分の気持ちには気づいてるんでしょ?

私は自分の気持ちを言ったから、渚咲ちゃんの正直な気持ちを教えてほしいな」


「……」


まだ渚咲ちゃんは何も言わない。

…これは、ちょっとだけ意地悪するしかないかもなぁ。


「…まぁ、渚咲ちゃんが陽太君の事を好きでも関係ないけどね。

絶対に私の方が陽太君の事好きだし」


「っ…!」


あ、ちょっと反応した。


「偶然東京で再会するのって運命的だし、私達はお互い名前で呼び合ってるし、何より"今"一緒に住んでるのは私だし」


渚咲ちゃんは両手をぎゅっと握り、身体を震わせる。

あともう一押しかな。


「渚咲ちゃんが手を引くんなら、私本気で陽太くんにアピールしちゃうけど、良いかな?」


「……わ、私…」


「ん?」


「私の方が好きです…っ!!!」


「わっ…」


驚いた。

渚咲ちゃんは顔をあげ、顔を真っ赤にしたまま大声で言った。


「私は如月くんの好き嫌いは全部把握してますし、如月くんの栄養を考えてお料理を作ってました!

あなたよりも如月くんの事を思っているのは私です!たった数日一緒に暮らしたくらいで勝った気にならないで下さい!」


「へ、へぇ…? でも私は陽太くんに名前で呼ばれてるけどね!」


「私は如月くんの実家にお泊まりしました!」


「うっ…! 私は陽太くんと地元の話で盛り上がれるもん!

ほら、やっぱり地元の方が落ち着くって言うし?いつかは地元デートとかもいいなぁ〜」


「うっ…」


気づいた頃には2人とも必死で言い合いをしていた。

私は渚咲ちゃんの本音を聞けた事が嬉しくてつい笑ってしまった。


「あー、渚咲ちゃんの本音が聞けてよかった」


私はそう言いながら持ってきた紙袋から金髪のウィッグと青のカラコンを取り出し、身につける。


「渚咲ちゃん、服交換しよっか」


「へ…?」


「監視されてるんでしょ?」


「え!?な、なんでそれを…」


「やっぱりされてるんだ…七海ちゃん本当に凄いな。

まぁいいや、私が変装して渚咲ちゃんのフリして小鳥ちゃんと家を出るから、その隙に渚咲ちゃんは陽太くんとゆっくり話してきなよ」


「な、なんでそこまで…?白雲さんからすれば、ライバルの私なんか居ない方がいいでしょう…?」


「そんな勝ち方なんか嫌だよ。 やるなら正々堂々勝負して勝ちたい。

そして、胸を張って陽太くんと付き合いたいんだ」


「…分かりました。如月くんともう一度ちゃんと話してきます。

ですが、きっと何も変わりませんよ。

今回の件は、私の気持ちだけでどうにかなる問題じゃないんです…」


「そこら辺も含めてあとは陽太くんに託してあるから。

全部終わったら一緒にお買い物でも行こうよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「美羽は小鳥と一緒に外に行ったよ。 渚咲はこの穴を潜って山を登って。

真っ直ぐ行けば秘密基地につくから」


「は、はい」


白雲さんと衣服を交換し、久しぶりに制服を着た私は七海さんの案内で庭に出て塀に開いた穴の前に来ていた。


「無事に説得出来たみたいで良かったよ」


「海堂さん…お久しぶりです」


穴の前では、七海さんの隣の家に住んでいる海堂さんが待っていた。


「うん、久しぶりだね柊さん。

さ、陽太と話しておいで。陽太、凄く不安そうだったよ」


「は、はい!」


私は2人に見送られながら穴を潜り、山道を登っていく。

少し登ると、木で出来た小さな建物が見えてきた。


人が2人入れるくらいの小さな建物の中に置いてあるベンチに、如月くんが座っていた。


私は一度深呼吸をし、如月くんの元へ歩く。


「…如月くん。お久しぶりです」

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