第83話 「柊からの電話」

「…一応スピーカーにして出るから、皆は静かに聞いてて。特に陽太。

アンタが近くに居るってバレたら渚咲は絶対に電話切るから」


「わ、分かった。絶対に喋んねぇ」


「ん。 …じゃあ、出るよ」


七海は深呼吸をしてスマホの応答ボタンを押した。


「もしもし、渚咲?」


『…もしもし、急に電話してしまってごめんなさい』


電話越しに聞こえた声は、確かに柊の声だった。


「んーん、大丈夫だよ。それで、どうしたの?

今日急に学校休んじゃったし…やっぱり昨日の事気にしてる?」


七海が申し訳なさそうに言うと、こちらにまで七海の緊張が伝わってきた。


『…その事に関しては何も怒ってません。

ただ、詳しい事は言えませんが、今回の件で悪いのは全部私なんです。

如月くんは本当に何も悪くないので、皆さんの仲が悪くなる事だけは辛いです』


「詳しい事は言えないって…私にも言えない事なの?

渚咲は大事な友達だし、相談ならいくらでも…」


『ありがとうございます。ですが、何も話すつもりはありません。

…今回七海さんに電話をかけたのは、お別れを言う為なんです』


「っ!?」


遂声が出そうになったが、横に居た春樹が咄嗟に俺の口を手で塞いだ事で何とかバレずにすんだ。

だが、俺以外の皆も目を見開いていた。


「…え?お別れって…なに?」


『私、転校する事にしたんです。将来の事を考えての決断です』


「う…嘘でしょ…?」


『嘘なんて吐きませんよ。 今週中には学校に連絡して、転校の準備を進めるつもりです。

忙しくて皆さんに会えなくなるので、せめて七海さんには伝えておこうと…』


「っ…私なんかより他に言う相手がいるでしょ!?

渚咲、あんた本当に良いの…!?陽太に会えなくなるんだよ!?」


七海の珍しい大声に、俺は何も言えなくなってしまった。


『…言う資格なんかありませんよ』


柊は、悲しそうな声で呟いた。


『如月くんは優しいので、もしかしたらまだ私の事を心配してくれてるかもしれません。

だから離れるしかないんです。近くに居たら、きっとまた彼の優しさに甘えてしまうから』


「渚咲…」


『だからお願いです。 これまで通り皆さんは仲良く過ごして下さい。

私のせいなのは十分分かっていますが、最後まで如月くんに迷惑をかけたくないんです』


電話越しだが、声だけで柊が頭を下げているのが分かった。


七海はふぅ…と息を吐き、何かを決心したような顔になった。


「嫌だ。って言ったらどうする?」


『え…』


「だってそうでしょ。 渚咲が何も話してくれないから私何も分からないんだもん。

話す気がないっていうのは分かったけど、そんな人のお願いを聞く義理はないよね」


『っ…で、でも…』


「だから、一つだけ条件がある。 それを飲んでくれるんなら、これまで通り陽太と仲良くするよ」


『条件…?な、なんですか?』


「簡単だよ。 明日の放課後、私の家に来て。時間が無いなら無理矢理作って。

この条件が飲めないんなら、この話はここで終わり」


『え…』


柊は驚いていたが、俺たちだってびっくりだ。

焦るのは分かるがまさか七海がこんな強引な手段に出るとは…


「渚咲との最後が喧嘩別れなんて絶対嫌だから、最後にちゃんと話そうよ。

そっちのお願いを聞くんだから、こっちのお願いも聞くのが筋ってもんじゃない?」


『……分かりました。明日お話しましょう。 時間は放課後の時間帯ですよね?』


「うん、ありがとう。 渚咲は私の家分からないと思うから、帰りに私が迎えに行くよ。

待ち合わせ場所はまた後で送るね」


『分かりました』


その後、2人は少しだけ雑談をして通話を切った。


「…はあああああああ…っ」


通話終了ボタンを押した後、七海は力無く両腕をおろし、溜め息を吐いた。


「めっちゃ緊張した…」


「七海、お前…」


「…強引にだけど、渚咲と話す機会は作った。

だから陽太、明日は頼んだよ」


七海は俺の目を真っ直ぐ見て言ってくる。

七海は俺と一緒で、人と話すのがあまり得意じゃない。

そんな七海は、決して他人に無茶なお願いをしない。


だが、七海は無理矢理にだが柊と明日会う約束をしてくれた。

正真正銘、明日がラストチャンスだ。


「…あぁ、絶対になんとかする。七海、ありがとな」


「ん。お礼は全部終わってからで良いよ。ハンバーガーでも奢って」


「何個でも奢ってやるよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あの後、俺達は明日の段取りを細かく話し合った。

放課後になったら俺は春樹と共にすぐ教室を出て下校し、春樹の家に行って先に俺だけ秘密基地で待機しておくらしい。


そしてその間に七海、桃井、美羽の3人は柊との待ち合わせ場所の公園へ向かい、軽い雑談をして時間を稼ぎながら七海の家へと向かう。


七海の家の中に入ったらもう誰にも会話を聞かれる事はない為、後は俺次第という事になる。


「大変な事になっちゃったね〜…早速明日かあ」


「…あぁ」


俺は美羽と共に家に帰ってきた。

家に入ると美羽は俺の手を優しく握ってきた。


「美羽…?」


「大丈夫、きっと上手くいくよ」


「…ありがとな。そういや、考えがあるって言ってたけど、あれなんなんだ?」


明日柊と会うにあたり、七海は1つの可能性を疑っていた。

その可能性とは、柊に監視がついている事。


柊が本当に両親から圧力をかけられていた場合、それは柊の両親に俺の存在がバレたという事だ。


そうなると、柊が隠れて俺と接触するのを懸念して監視をつけている可能性が高い。というのが七海の意見だ。


だが、もしそうだったとしても俺達にそれをどうにかする手立てはない。

だから最初は出来るだけ早く話を終わらせようという話だったのだが…


『私に任せてくれないかな?1つ考えがあるんだ』


と美羽が言っていたのだ。


「んー…まだ完璧に行ける!って確信はないんだけど…まぁ陽太くんになら見せても大丈夫かな。

ちょっとだけリビングで待ってて!」


「え?あ、おう…」


あれから言われた通りリビングのソファで待っているのだが、10分経っても美羽が部屋から出てこない。


「明日…か」


柊と話さなくなってからまだ数日だというのに、俺はずっと物足りなさを感じていた。


もちろん学校生活は楽しいし、以前の俺からしたら毎日充実した日々を送れているのは間違いない。

だが、思っていたよりも俺の中で柊渚咲という存在は大きくなっていたらしい。


以前までは来る者拒まず去る者追わずの考えだったのに、今ではこうして友達の力を借りてまで必死にもがいている。


…そういや、友達の力を借りようとしなかった事で柊とプチ喧嘩した事もあったっけな。


「…お待たせ!」


突然後ろから美羽の声が聞こえ、俺は気持ちを切り替えて後ろを見た。


「え…」


後ろを見て俺は驚いた。

俺の目には、柊渚咲が映っていたのだ。


「どう?渚咲ちゃんっぽいかな?」


「…美羽?」


「うん!ウィッグ被ってカラコン入れて、ちょっとだけメイクしてみたんだ!」


柊のような綺麗な金髪に宝石のような青い瞳、白い肌に整った顔立ち。

更に見慣れた制服によって、柊渚咲と瓜二つだったのだ。


「…どうかな?私と渚咲ちゃんは身長も体型も似てるし、髪色とかで雰囲気を似せれたらなぁって思ったんだけど」


確かによーく見れば本人じゃない事は分かるが、遠くから見るだけならば十分騙す事は出来るだろう。


「…あぁ、すげぇな…一瞬マジで柊が居るのかと思っちまった」


「ほんと!?やったぁ!じゃあ明日はこれで渚咲ちゃんの監視を騙して時間稼いでみるね!」


「え…考えってそういう事だったのか」


「うん!せっかく話す機会作れたのに、少ししか話せないなんて嫌でしょ?」


「…ありがとう」


「いいえ〜!ただ、貸し1だから今度は私のお願い聞いてね!」


「あぁ、なんだって聞いてやるよ」


皆のおかげで準備は整った。

あとは俺次第だ。

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