第80話 「黒羽星奈」

「あ、陽太くんだ!おーい!」


「悪い、待たせちまったな」


「んーん!全然大丈夫だよ。学校お疲れ様っ」


「あぁ。お前も仕事お疲れ」


公園に行くと、朝と同じく茶髪のウィッグを被った美羽がベンチに座っていた。


「じゃあ、スーパーに寄ってから帰ろっか」


「あぁ。買い忘れた物ってなんなんだ?」


「えっとね〜、醤油とお砂糖と…後は秘密!」


「秘密…?」


「うん!今度教えてあげる」


「ふーん、まぁ良いけどよ」


そんな会話をしながらスーパーに向かっていると、美羽が突然何かを思い出したように「あっ!」と声を出した。


「どうした?」


「そういえばさ、今日の朝なんか雰囲気悪くなかった…?

何かあったの?」


「うっ…まぁ色々とな…」


「ふーん、色々ねぇ…」


ついはぐらかしてしまったが、七海にはちゃんと説明しとけって言われたしな…

さすがにずっと隠しておくわけにもいかないし、タイミング的には今しかないかもしれない。


「…なぁ美羽」


「ん?」


「家に帰ったら話したい事がある」


「…え…!?」


美羽は何故か驚いたのか、足を止めて動かなくなってしまった。


「どうした?」


「え…えっと…話したい事って…? だ、大事な事…?」


「…まぁ、大事な事だな。 これからの事だし」


「これからの事!? わぁ…」


俺の発見に何故か美羽は顔を真っ赤にしてしまった。


「おい、お前なんか勘違いしてな…」


「そうと決まれば早くお買い物して家に帰ろっ!」


「え、おい…!?」


美羽は顔を赤くしたまま笑顔になり、俺の手を引っ張りスーパーに向かって走り出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「絶対に袋の中見ちゃダメだからね!」


「分かってるって。 もう3回目だぞ」


「だって陽太くんさっきからチラチラ袋の中見ようとしてるじゃん」


「うっ…そりゃ気になるだろ。 思ってた以上に多いし」


美羽はスーパーで俺の想像以上に物を買い、袋がぱんぱんだったのだ。

別に重いということはないのだが、見るなと言われたら見たくなるのが人の性というものだ。


「内緒なんだからダメだよー? もう少しの我慢だから!ね?」


「へいへい」


そんな会話をしながらマンションに入り、エレベーターに乗って美羽の家がある階のボタンを押す。


「…そういえば、今日の夕飯ってなんなんだ?」


「今日はね〜、肉野菜炒めにしようと思ってるよ!」


「…肉野菜炒めか」


「うん! …もしかして嫌いだったり?」


野菜か…柊の料理のおかけで昔ほど苦手意識は無くなったが、それはあくまでも柊の野菜料理の味付けが好きになっただけだ。


だが、もうそんなわがままは言ってられない。


「…いや。嫌いじゃないぞ? 楽しみだ」


「良かったぁ!じゃあ楽しみにしててねっ!」


そんな会話をしているとエレベーターが止まり、俺達はエレベーターを降りて扉の前に行く。

そして美羽が鍵を開け、中に入ると…


中からジュー…と何かを焼いている音が聞こえてきた。


「…美羽、誰か居るぞ」


「あっ…やばいかも」


俺は警戒して美羽を守るように前に立つが、美羽は何かを察したような声を出した。

そして次の瞬間…


「ったく遅いわねぇ。 また寄り道してきたんでしょ? アンタはもうアイドルなんだから真っ直ぐ家に帰…は?」


リビングからエプロンを着けた肩までの黒髪に赤目の美少女が顔を出した。

話した事はもちろんないが、俺はこの美少女に見覚えがあった。


美羽と同じアイドルユニット…Gemini《ジェミニ》の…


「黒羽…星奈…?」


「だ、誰よアンタ!?」


黒羽星奈は俺を見るとすぐに事件だと思ったのか、ポケットからスマホを取り出した。

そして何処かに電話をかけようとする。


「わー!星奈ちゃん待って待って!誤解だから!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なぁーんだ♪ 如月さんって美羽ちゃんのお友達だったんですねっ♪」


あの後、美羽は警察に通報しようとしている黒羽を必死に説得し、なんとか事なきを得た。


…にしても、なんだこの変わりようは…?

なんか既視感があるような…


あ、桃井だ。


「私、てっきり美羽ちゃんが危ない!と思ってパニックになっちゃって〜♪」


「……凄く申し訳ないんだが、今更そのキャラは無理があると思うぞ」


「…ちっ」


「舌打ち!?怖っ…」


それまでニコニコしながら話していた黒羽の顔から一瞬で笑顔が消え、舌打ちをすると足を組んで俺の事を睨んだ。


「バラしたら消すから」


「ぜ、絶対にバラさん」


「ん。 …で?美羽、コイツがアンタが言ってた男?」


黒羽は美羽の方を見て質問する。

すると美羽は顔を赤くし、小さく頷いた。


「ふーん…? どんなイケメンなのかと思ってたけど、なんか普通ね」


「む…! 星奈ちゃん!」


「あーごめんごめん。 そんな事より、なんでいきなり家に連れ込んでんの?」


「え、えっと…それは…」


「…俺が説明する。美羽、いいか?」


俺が言うと美羽は頷き、黒羽は俺の方を見た。


「単刀直入に言うと、俺は今この家に居候させてもらってるんだ」


「……は?」


当然黒羽は目を見開き、俺と美羽を交互に見る。


「え…?もしかしてあんたらってもうそういう関係なの…?」


「ち、違うよ星奈ちゃん!!」


黒羽の言葉に美羽は顔を赤くしながら否定する。


「えぇ…?ならなんで同棲…?」


「…結構ややこしい事情なんだが…美羽も聞いてくれ」


「あ、やっと話してくれるんだね」


俺は今までの事を出来るだけ詳細に話した。

元々アパートで一人暮らしをしていた事、突然そのアパートが全焼して帰る家を失った事。

そして最近まで別のクラスメイトの家に居候させてもらっていたが、先日追い出されて今美羽の家に居候している事を話すと、黒羽は溜息を吐いた。


「家が全焼ってまじなの…?あんたどんだけ運悪いのよ」


「まぁ…」


「…なるほどね。とりあえず事情は分かったわ。 でも、あんた分かってんの?美羽はアイドルなのよ?」


「分かってる。 黒羽とユニットを組んでて今が大事な時期ってのもな。

だから、美羽が何を言おうが黒羽が出て行った方が良いって言うなら俺は今すぐ出ていくつもりだ」


「え!?ちょっと陽太くん…!?」


「やっぱりアイドルと同居してるってのはヤバいだろ。 しかも、もしバレたら黒羽にまで迷惑がかかるかもしれない。

黒羽にバレちまった以上、もう俺達2人だけの問題じゃなくなったんだよ」


「う…」


俺が言うと、美羽は悲しそうに俯いた。

そんな美羽を見て、黒羽はまた溜息を吐いた。


「はぁ…あんな事情聞いて出て行けだなんて言うつもりはないわよ。 ただし、絶対にバレるんじゃないわよ?」


「え、いいの!?」


美羽はバッと顔をあげ、目を輝かせる。


「美羽から散々話は聞いてたしね。 ちゃんと常識はありそうだし、良いんじゃない?」


「やったぁー!ありがとう星奈ちゃん!大好き!」


「ちょっ…!くっつくな!」


美羽は笑顔で黒羽に抱きつき、黒羽は鬱陶しそうに引き剥がそうとする。


「…あれ、そういえば星奈ちゃん。なんで星奈ちゃんがウチにいたの?」


「はぁ!? アンタが先週「星奈ちゃんの手料理食べたいなぁ〜!」って言ったんでしょ!?」


「……あー!そうだった!ごめん星奈ちゃん…!」


「ったくもう…ほら、早く離れなさいよ。 今からあいつの分も追加で作らなきゃなんだから」


「うん!何か手伝おうか?」


「いいわよ別に。 2人で仲良くお話してなさい」


「分かった!楽しみにしてるね!行こっ!陽太くん」


「あ、あぁ…なんか悪いな、黒羽」


「はいはーい」


そう言うと黒羽はヒラヒラと手を振り、美羽は俺の手を引いてリビングのソファに座った。


「…ちょうど良いし、今話しちまうか」


「え!?い、今話すの…?星奈ちゃん居るから後にしない…?」


「…やっぱりお前勘違…」


「ほら!面白そうな番組やってるよ!」


「はぁ…」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あれから時間が経ち、黒羽が3人分のハンバーグを作り終え、3人でハンバーグを食べた。

黒羽の作るハンバーグはレストランで食べるハンバーグよりも美味く、なんで俺の周りにはこんなに料理上手な奴らしかいないのか疑問に思うほどの出来だった。


「洗い物やるから休んでていいぞ」


「いいわよ別に。 食器洗いまでが料理なのよ」


「なんだその帰るまでが遠足ですよみたいな言い方」


「わ、久々に聞いたわねそれ。 んじゃ洗ったお皿拭いてちょうだい。美羽は?」


「風呂掃除してる」


「ふーん」


俺は黒羽の隣に立ち、黒羽が洗った皿を拭く作業を任された。

会ったばかりな事もあり、全く会話は無かったが、耐えきれなくなったのか黒羽が口を開いた。


「…美羽の事、どう思ってんの?」


「は…?」


「あの子可愛いでしょ。 しかも現役アイドル。

そんな子と同棲してるなんて夢みたいじゃない。

付き合いたいなとか思わないの?」


「…思わねぇかな。 恋愛とかよく分からねぇし、それに美羽は今忙しい時期だから恋愛とか考えてないだろ」


「あっそう。 …あの子ね、ずっとアンタの話してたわよ。

「昔とある男の子と話して、その子のおかげで今頑張れてるんだ〜」ってね」


「…そうなのか」


「美羽は本当に真っ白な子なのよ。 私みたいに腹黒で、裏表がある女の子じゃない。

凄く純粋で、天性のアイドルって感じ」


「……」


「あの子はいつも凄く楽しそうなの。

だからあんたと美羽の関係に口を出す気は無いし、美羽が決めた事を否定したりもしない。

けど、もしあんたのせいで美羽が泣いたり傷つく事があったら、絶対に許さないから」


「…あぁ。分かった」


「ん。 …さてと、洗い物も終わったし、私は帰りましょうかね」


「もう帰るのか。 外暗いし近くまで送っていくか?」


「必要ないわよ。 私の家ここの1階上だし」


「え…そんな近くに住んでるのか」


「美羽は東京での暮らしに慣れてないからね。 なら近くに住みましょうって私が提案したのよ」


「なるほどな、近くに黒羽が住んでるんなら美羽も安心だろうな」


そんな会話をしていると、リビングの扉が開き、風呂掃除を終えた美羽が帰ってきた。


「あれ!?お皿洗いしてくれたの!? 後で私がやるつもりだったのに…!」


「別に気にしなくて良いわよ。 じゃあ私帰るから」


「え、星奈ちゃんもう帰るの…?」


美羽は悲しそうな顔で黒羽を見る。

黒羽はそんな美羽に微笑み、優しく頭を撫でた。


「明日も仕事で会えるでしょ。 それに、2人で話す事があるんでしょ」


「うっ…!」


美羽は思い出したのか、また顔を赤くした。

黒羽はそんな美羽を見て笑い、玄関の扉を開けて出て行ってしまった。

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