第79話 「決断」

放課後になり、柊は真っ先に教室を出て行ってしまった。

俺も帰ろうと立ち上がると、突然七海に手を掴まれて教室を連れ出された。


「え…お、おい…!?」


七海は何も言わずに俺を引っ張って階段を登っていく。

後ろからは春樹が3人分のカバンを持って笑顔で着いてきている。


そして屋上の扉を開けると、七海は俺の手を離し、腕を組んだ。


「作戦会議するよ」


「え…」


「もう少ししたら小鳥もくるから」


七海がそう言った次の瞬間、扉の方から誰かが登ってくる音が聞こえ、勢いよく扉が開いた。


「お待たせしましたー!」


「桃井…」


「さて、春樹からチャットでざっくり聞いたんだけど、詳しく話して」


七海にそう言われ、俺は春樹の方を見る。

春樹は笑顔で頷き、俺は春樹に話した内容と同じ内容を皆に伝えた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…なるほどね。やっぱり親から何か言われたって可能性が高いね」


「自分の娘が無断で男性を家に泊めてたってなると怒るのは当然って感じがしますけど、渚咲先輩のご両親は何をするか分からないんですもんね?」


「そうだね。渚咲が誰にも相談しないって事は、何か圧をかけられてる可能性はあるかも」


「…ちょっと待ってくれ。 さっきも言ったが、これはあくまでも俺の都合の良い考えなんだよ。

柊にかかってきた電話が本当に親からかも分からないし…」


俺が言うと、七海と桃井は同時に首を横に振った。


「…いえ、きっと如月先輩の予想通りだと思いますよ」


「え…」


「春樹が渚咲の悪口を言ったみたいに、私達も渚咲にあんたの悪口を言ったんだよ。

本当に陽太に嫌気がさして家を追い出したんなら私達の悪口に乗ってきてもおかしくないのに、渚咲は怒ったの」


「……」


「涙目になりながら怒ってたので、私達何も言えなくなっちゃいました」


「ね。そして最後に聞いたんだ、『陽太の事嫌い?』って。

そしたらさ、渚咲なんて言ったと思う?」


「……俺は直接『大嫌い』って言われた」


「じゃあそれは嘘だね。渚咲は何も言えなかった。

頑張って"嫌い"って言おうとしてたけど、結局最後まで言えなかったよ」


「…」


俺は何も言えなくなる。

そんな俺の内心を察してくれたのか、春樹は優しく俺の肩に手を置いてくれた。


「良かったね、陽太。まだ希望はあるよ」


「……あぁ」


「ハルの言う通り希望はあるけど、大変なのはここからだよ。

問題はどうやって渚咲から本当の事を聞き出すか。

渚咲が本当の事を話してくれない以上、私達は憶測だけで動くしかないからね」


「そう…なんだよな…」


「渚咲は意外と頑固だからね…言わないって決めたら絶対に言わないだろうし、難しいな…」


「…じゃあ、言わなきゃいけないようにすればいいんじゃないですか?」


桃井の言葉に、俺達は首を傾げた。


「どういう事だい?」


「渚咲先輩は何か圧をかけられていて、そのせいで如月先輩と話せないんですよね?」


「多分だけど、そうだろうね」


「じゃあ、無理矢理如月先輩と会わせちゃえばいいんですよ。

学校以外で、他人の目に入らない場所とかだったら諦めて話してくれるんじゃないですか?」


「他人の目に入らない場所って言ったってな…」


「…なるほど」


七海は顎に手をやり、小さく呟いた。


「ハル、まだあの壁の穴って繋がってたよね?」


「え?穴ってあれかい?塞いでないはずだけど…」


「良かった。じゃあさ、土曜日までにあの穴広げといて」


「おいおい、何の話だ…?」


七海と春樹が何やら訳の分からない話を始めたので質問すると、七海は笑った。


「確実に出来るって決まるまで内緒。でも期待して待ってて」


「おぉ…?」


「さて、もうすぐ16時だし、私達もそろそろ帰ろうか。

小鳥、良い案だしてくれたお礼で帰りに何か奢ってあげる」


「え!良いんですか!?やったぁ!」


目の前で桃井が笑顔で飛び跳ねる。

そして次の瞬間、俺のスマホが鳴った。

画面を見ると、そこには白雲美羽の文字が映っていた。


突然の事だったので俺はびっくりしてスマホを落としてしまった。


「あっ…」


「何やってんのアンタは…画面割れたらどうすん…え」


七海は咄嗟にしゃがんでスマホを拾い上げてくれた。

だが、そうすると当然画面を見られてしまう。


画面に映る白雲美羽の文字を見た七海は一瞬ジト目で俺を見た後、無言で俺にスマホを返してきた。


「はい、早く出てあげな」


「あ、あぁ…ちょっと出てくる」


「何言ってんの。ここで話しな」


「え、でも…」


「いいから」


「はい…」


七海からの圧に耐えられず、俺は皆の前で応答ボタンを押した。

皆は何も言わずに無言で聞いている。


「…もしもし」


『あ、もしもーし! 陽太くんもう学校終わったー?』


「あぁ、終わったぞ」


『私もさっきお仕事終わって今駅に着いたんだー!朝言ってた通り一緒に帰ろっ』


「……」


チラッと七海達の方を見る。スピーカーにしてないとはいえ、こんなに静かだと微かに美羽の声が聞こえるのだろう。


七海は相変わらずジト目、桃井は驚きで何度も瞬きをし、春樹に至ってはニヤニヤしながら見ている。


『陽太くーん?』


「…あ、あぁ。分かった。何処に行けば良いんだ?」


『んー…じゃあ、あの公園で待ち合わせしよっ!私も今から向かうから!』


「了解」


『あとさあとさ、帰りにスーパー寄ってもいいかな?

昨日買い忘れた物があってさ』


「わ、分かった」


『うんっ!じゃあ、また後でね〜!』


美羽はそう言って通話を切った。


「……」


「…ふーん?」


「…えっと…」


七海は腕を組み、ジッと俺を見つめている。


「ねぇ陽太」


「…はい」


「アンタ今、何処に住んでんの?」


「……」


詰んだ。


七海がこの状況でこの質問をすると言う事は、もう確信してるんだろう。


「………白雲の家」


「はぁ…まさか陽太がこんなダメ男だったとはね」


「え、ちょ、ちょっと待って下さい…?美羽先輩と如月先輩ってこの前会ったばかりですよね?」


「にしては仲良いと思ってたんだよねぇ。特に白雲さんは全くと言っていいほど陽太を警戒してなかった」


春樹に核心をつかれ、俺は大人しく両手を上げる。


「…簡単に説明すると、俺と白雲は昔会った事があったんだ。

俺はずっと忘れてたんだが、白雲はずっと俺の事を覚えていたらしい」


「あー、2人は宮城出身だもんね」


「あぁ…今まで黙ってて悪かった。

柊に家を追い出された後に公園で白雲とバッタリ会ってな、そのまま居候する流れになった」


「流れって…えぇ…本当に如月先輩の交友関係ってどうなってるんですか?」


「俺だってびっくりした」


「なるほどね。でもさ、そうなると美羽も無関係って訳にはいかなくなるよね?」


「…だな」


「美羽の仕事の関係上、直接何か手伝ってもらうって事は出来ないけど、事情くらいはちゃんと説明しときなね?

私達に知られた事もちゃんと言う事」


「分かった」


「ん。じゃあアンタは早く行きな」


「あぁ…悪いな」


俺は皆にお礼を言い、屋上の扉を開けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ…」


16時を少し過ぎた頃、1人で足早に教室を出てきた私は、1人で家にいた。

今日は父が私の家に来る日だ。


如月君が住んでいた客室は綺麗に掃除したし、漫画本なども私の部屋に移した。

何も問題はない。


「……なんで呼び捨てだったんだろ」


今日の朝、如月君は白雲さんの事を名前で呼んだ。とても自然に。


私はずっとその事が気になっていた。

確かに白雲さんは如月君によく話しかけていたけど、それにしても距離を縮めるのが早過ぎると思う。

…私だってまだ苗字呼びなのに。


そして、如月君が白雲さんと仲良く話している所を見ると、胸が痛くなってしまった。

如月君への恋心を自覚してしまった今、これが嫉妬なのだと分かる。

…私に嫉妬する資格なんてないのに。


今日、久しぶりに学校で如月君を見て、私は無意識に彼に話しかけようとしてしまった。

最初は如月君の隣の席になれた事が嬉しかったのに、今は辛い。


横を見れば如月君が居て、小さな声でも話しかければ気づいて答えてくれるような距離。

だからこそ、好きなように話せない事が辛い。


この感情も、時間が経てば薄れていくのだろうか。

如月君と過ごした10ヶ月間も、その間にあった嬉しかった事も、悲しかった事も、未来の私は乗り越えているのだろうか。


それとも、奇跡が起きてまた前みたいに如月君と…


「…都合の良い考え」


頭に浮かんだ理想的な考えを消し去るように頭を振る。

そして、私は少しでも気を紛らわせる為に細かい箇所のお掃除を始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

17時頃、インターホンが部屋に鳴り響いた。

私は深呼吸をし、応答した。


「…はい。柊です」


『俺だ』


父の声が聞こえた。


「今鍵を開けます」


マンションの入り口のロックを解除し、父をマンション内に入れた。


私がこのマンションに住んでから、父がこの家を訪れた事は一度しかない。

しかもその一度は契約の時に話を聞く為に来ただけ。


…まさか二度目の訪問がこんな形になるなんて、思ってもみなかった。


そんな事を思っていると、玄関の扉がノックされた。

玄関の扉を開けると、廊下には2人の人物が居た。


「え…」


1人は私の父の柊幸次郎。

髪の色は黒で、スラッとした身体付きに長身の男性だ。


そしてもう1人は…


「久しぶりね、渚咲」


「お、お母…様」


柊茜ひいらぎあかね

私と同じ金髪に青目の女性で、私の母親だ。


「な、なんでお母様まで」


「ちょうど時間が出来たからね。 それより、入ってもいいかしら?」


「は、はい!どうぞ」


私はすぐに2人用のスリッパを出し、2人は部屋の中に入ってきた。


そして父はすぐに客室の扉を開け、中に入って行った。


「あ…」


「渚咲、リビングに行きましょう」


「…はい」


母について行きリビングに行く。


「綺麗にしているのね」


「…お掃除は好きなので」


「いい事ね。 さて…渚咲、こっちを向きなさい」


「はい…?っ…!」


母の方を向いた瞬間、私は母に頬を叩かれた。


「あなた、自分が何をしたか分かってるの?」


「……」


「一歩間違えば、取り返しがつかない事になっていたかもしれないのよ?」


「…はい。申し訳ありません」


言い返したい。

でも、言い返したら前みたいに更に状況が悪くなってしまうかもしれない。


だから、私は唇を噛んで気持ちを抑える。


「客室には何も無かった。 茜、後は頼む」


「分かったわ。 渚咲、ついて来なさい」


「…はい」


また母についていくと、母は私の部屋の扉を開けた。


「え…!?お、お母様!?」


「…ぬいぐるみに、少年漫画。それに…」


母は、私が1番大切にしていた写真を手に取った。

初めてゲームセンターに行き、皆さんと一緒に撮ったプリクラだ。


「っ!返して下さい!」


「…黒髪の男子…この子が如月陽太くんね。

渚咲、こんな子の何処に惹かれたの?

貴女に釣り合うような子には思えないけど」


「関係ないじゃないですか…!」


「…まぁそうね。 でも渚咲、あの子との関係は終わったはずでしょう?

なのに何でこんな写真を大事そうに飾っているの?」


「っ…!」


「この写真は、貴女がまだ彼を諦めきれていない何よりの証明じゃないかしら?」


母はそう言うと、写真立てからプリクラを取り出した。


「私達はあなたの親なの。 親として、子供が道を踏み外すのを見過ごす訳にはいかないのよ。

あなたがこの写真をまだ捨てられないっていうなら、代わりに私が捨てておいてあげるわ。いいわね?」


「………はい」


私が頷くと、母は写真を自分のポケットに入れ、部屋を出ようとする。


「なんで…私はダメなんですか…?」


「…なんですって?」


ダメだ。耐えなきゃ…

耐えなきゃいけないのに…


「お母様達は好きなように恋愛をしたのに、なんで私はダメなんですか…?

なんで私に自由は無いんですか…!?」


「……」


一度言葉を吐き出してしまうと、涙が溢れてきてしまう。


「私、ずっといい子にして来たじゃないですか…!

少しくらい要望を聞いてくれたって…!」


「渚咲。それ以上言うと、お父さんに聞こえるわ」


母に名前を呼ばれ、私は口を止めた。


「別に恋愛がダメと言っている訳じゃないの。 ただ、あなたはまだ子供でしょう?相手もまだ子供。

どうせ恋愛するなら、大人になってからちゃんとした恋をしなさい」


「……」


「あなたの気持ちは痛いほど分かるわ。

でもね、大人と子供では考え方が違うの。

あなたも大人になれば分かるはずよ」


母はそう言うと部屋を出て行った。

私は深呼吸をしてから部屋を出て、リビングへ向かった。


「大声が聞こえたが、何かあったのか?」


「いいえ、何も無かったわよ。 さて、用は済んだし、帰りましょうか」


「…あぁ。そうだな」


「待って下さい。お話があります」


帰ろうとしている2人の前に立ち、私は2人をジッと見る。


「なんだ? 何か不満でもあるのか?」


「いいえ。お願いしたい事があります」


「…言ってみろ」


「私を、女子校に転校させて下さい」


そう言うと、2人は一瞬だけ目を見開いた。


「…お前を女子校に転校させる条件は、お前が如月陽太と関係を切っていなかった場合だったはずだが?」


「はい。 ですが、これ以上学校で彼と顔を合わせていたら、いつかお父様との約束を破ってしまう事になると思います。

…私は、きっと我慢出来ずに彼に話しかけてしまうでしょう」


「……」


「そうなると、彼に迷惑がかかります。

なので、そうなる前に無理矢理環境を変えたいんです」


「…分かった。そういう事ならすぐに準備してやる。

学校も明日から休んで構わない」


「はい。ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」


私は深く頭を下げる。


「渚咲、何故お前はそこまでして如月陽太を守ろうとする?

奴はただの一般人だろう?どんな魅力があると言うんだ」


「…確かに、如月くんは普通の男性です。 …いえ、むしろ普通よりも下なのかもしれません。

野菜は食べないし、サボり癖があるし、面倒くさがりだし、だらしないし…」


「なら尚更だろう。何故如月陽太に拘る?」


「…お父様には、きっと何を言っても伝わらないでしょう?

それに、お父様に私の気持ちを否定されたくないので、これ以上は何も言いません」


私は、今できる精一杯の仕返しとして父を挑発し、父に笑みを向けた。


「…分かった。ならばもう何も聞かん。

渚咲は引っ越しの準備をしておけ。転校の準備が整ったらまた連絡する」


「はい」


そう言うと、両親は家を出て行った。

玄関の鍵を閉めて自室に行くと、私は倒れるようにベッドに寝転がった。


「…これで、良かったんです。

如月君に迷惑をかけない為には、こうするのが1番…」


今日学校で如月くんに会って確信した。

きっと私は耐えられなくなる。


このまま学校で如月くんに話しかけない生活を続けていたら、近いうちに耐えられなくなって絶対に話しかけてしまうだろう。


そうなったらおしまいだ。学校には絶対に父の協力者がいる。

先生の中の誰かか、生徒の中の誰かかは分からないけど、もし見られたらその瞬間に如月くんに迷惑がかかってしまう。


だから、そうならない為には無理矢理環境を変えるしかない。

皆さんと離れて新しい環境に身を置けば、時間が思い出を薄れさせてくれるだろう。


涙が出てくるが気にしない。

辛いのは今だけなんだ。今だけ我慢すれば、あとは時間が解決してくれるから。


私は、誰も居ないのに声を押し殺して泣き続けた。

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