第78話 「助けてくれ」

「陽太くーん?早く行こうよ〜」


「あぁ」


月曜日の朝、朝食を食べて皿洗いを済ませた俺と美羽は玄関の扉を開け、外に出た。


…今日から学校か。

学校に行ったら柊と会うんだよな…


「…そういえば、お前それどうするんだ?」


エレベーターに乗ってから美羽の髪を指差した。

美羽はそのまま被るタイプの茶髪のウィッグを被っていた。


「学校に行く時はいつもこの茶髪のウィッグを被ってるんだ〜。

途中に公園があるんだけど、その公園のトイレでいつもウィッグを外してるの」


「おぉ…本当に大変だな…」


「家がバレる方が大変だからね〜」


「…なんかして欲しい事とかあったら遠慮なく言ってくれ。

買い出しとかもリスクがあるだろうしな」


そう言うと、美羽は嬉しそうに笑った。


「ふふ…陽太くんは本当に優しいね〜。

でも買い出しは一緒に行きたいかなっ」


「効率悪いだろ。 買い出しなんて別に1人で良い」


「分かってないなぁ〜。 お話ししながらお買い物するのが楽しいんじゃん」


「あっそう…」


そんな会話をしていると一階につき、俺と美羽は2人でマンションを出て学校へ向かって歩き出した。


「そういえば、今日は仕事ないのか?」


「んーん!午後からモデルの撮影があるから、お昼休み前に早退するんだ」


「相変わらずハードスケジュールだなぁ」


「お仕事だからね〜。 16時までには終わる予定だから、一緒に帰れそうだったら何処かで待ち合わせして帰ろ?」


「疲れてるだろうし、撮影が終わったらすぐに帰った方が良いんじゃねぇか?」


「はぁ…本当に分かってないなぁ」


「なにがだよ」


「なんでもないで〜す。 じゃ、先に学校行ってて!後でね〜」


あの雨の日に美羽と会った公園につき、美羽はウィッグを外す為にトイレに入って行った。


流石に銀髪の美羽と歩く訳にはいかないので、俺はそのまま1人で学校へ向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…はよ」


教室に入り、自分の席につく。

春樹、七海、柊の3人は既に登校しており、七海と柊はいつも通り話していた。


「……」


「……」


だが俺が席についた瞬間、七海と柊は話すのをやめてしまった。


「やぁ陽太、おはよう」


「…あ、あぁ」


春樹はいつも通り笑顔で挨拶してくれたが、七海と柊はなにも言わない。

これは…想像以上にキツイな。


「あ、あの…七海さん?」


「ん?どうしたの?」


「えっと…な、何かあったんですか?」


自分はともかく、七海が俺の事を避けている事に疑問を持ったのか、柊は七海に質問していた。


「別に何もないけど」


「え、でも…」


「そういう渚咲はどうなの?アイツと何かあったんじゃないの?」


七海が俺達にも聞こえるくらいの小声で言うと、柊はビクッと身体を震わせた。


「い、いえ…私は…何も」


「友達に向かって"アイツ"って言い方は無いんじゃないかな?」


七海の言い方に腹を立てたのか、春樹が笑顔で言った。

七海はそんな春樹を睨んだ。


「別に良くない? 何イラついてんの」


「イライラしてるのはどっちだろうね?」


「は?」


ずっとニコニコしている春樹を、七海は睨み続ける。


おいおい…なんだこれ…?


「は、春樹…?七海も、どうしたんだよ…?」


なんでこの2人の雰囲気が悪くなってんだ…?

七海が俺を避ける理由はまぁ分かるが、春樹と七海の仲が悪くなる理由は分からんぞ…


「おはよ〜!…って、どうしたの?」


そのタイミングで美羽がやって来てしまい、美羽は雰囲気を察して首を傾げた。


「あ、渚咲ちゃん渚咲ちゃん! テレビ見た時の感想くれてありがとね!凄く嬉しかった!」


美羽なりに雰囲気を変えようとしてくれたのか、柊に向かって笑顔で話しかける。

すると柊も安心したのか、笑顔になった。


「いえ!衣装も似合ってましたし、歌も素敵でした!

録画でしか見られなかったので、次はちゃんとリアルタイムで見ますね!」


「渚咲ちゃんも忙しいだろうし無理しなくて大丈夫だよ〜!」


柊と美羽が普段通りに話しているからか、場の雰囲気は少しだけ穏やかになった。


「…ん?おい美羽。お前教科書間違ってるぞ。1時間目は数学じゃなくて現代文だ」


「あれ、そうだっけ?危なかったぁ〜」


美羽はそう言うと急いで席に戻り、鞄から現代文の教科書を出して机に置いた。


「「「美羽…?」」」


「ん?…あ」


美羽以外の3人が呟いた言葉に、俺はハッとしてしまった。

やばいつい名前で呼んじまった…!!


「し、白雲!白雲は学校生活慣れたのか?」


無理矢理白雲と呼ぶと、今度は美羽が不機嫌そうに頬を膨らませた。


「もー、また白雲って言った。 美羽って呼んでって言ってるのに」


「…へー、随分仲良くなったんだね」


「……」


俺と美羽のやり取りを聞いて七海は言い、柊は無言で目を逸らした。


やらかした…また地獄の雰囲気だ…


「あ、あれ…?…あ!さ、さっきの冗談! ね、陽太くん!

いや〜、陽太くんも冗談言うんだね〜。急に名前で呼ばれてびっくりしちゃった」


自分の発言でまた空気が悪くなった事に気づいた美羽は頑張って軌道修正しようとする。

だが…もう手遅れみたいだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あれからは本当に地獄だった。

七海は柊と美羽としか話さず、春樹は俺としか話そうとしない。


しかも春樹と七海はお互い頑なに目を合わせようとしないし…

確実に俺との通話の後に何かがあったんだろう。

もう昼休みになるし、何とか話をしないとな…


「あ、じゃあ私はお仕事があるから早退するね!皆ばいばいっ!」


美羽はそう言って昼休みになると教室を出て行ってしまった。


「…七海。ちょっといいか?」


「渚咲、食堂行こ。今日は小鳥と3人で食べよっか」


「え…でも…」


「いいからいいから」


七海は俺の事を無視し、柊を連れて食堂に行ってしまった。


「さて、陽太。僕達も行こうか。

今日はいい天気だし、屋上にでも行かないかい?」


「…あぁ」


まさかこんな露骨に無視されるとは…

仕方ない。まずは春樹に話を聞くしかないな。


俺と春樹は教室を出た後に購買に行き、パンと飲み物を買って屋上へ向かった。


「…昼に来たの初めてだけど、人居ないんだな」


屋上で昼食を食べている人間は多いと思ったのだが、屋上には俺達以外誰も居なかった。


「この学校の食堂は美味しいからね、皆食堂で食べたがるんだろうね」


「なるほどな。 まぁ、人が居ない方が好都合か」


「好都合?」


「あぁ。 …お前、何があった?なんか今日変だぞ?」


春樹はずっとニコニコしながら聞いている。


「七海から話は聞かせてもらったよ。 柊さんと喧嘩したんだってね」


「……あぁ」


やっぱり話を聞いてたか。

まぁそりゃそうだよな。


「全く、柊さんも自分勝手な人だよね。 言いたい事があるなら溜め込まずに言えば良かったのに」


「…いや…柊は悪くないんだ。

悪いのは規則正しい生活をしてなかった俺で…」


「だとしてもだよ。 陽太は柊さんの家に住むから新しい家を探さなかったんだろう?

なのに急に追い出すなんて、無責任すぎるよ。

追い出した後の事は考えてなかったのかな?」


「それは俺が…」


「柊さんの事は友達だと思ってたんだけど、陽太を追い出した柊さんとこれからも仲良く出来るとは思えなくてね」


「……」


「でも七海は柊さん側につくらしくて、それが原因で言い合いになってしまったんだ。

今頃向こうでは僕達の悪口大会が始まっている頃だろうね」


まずいな…まさかこんな事態になっていたとは…

七海と春樹なら上手いこと解釈してくれるだろうと考えていたが、こんな事になるとは…


「は、春樹…!柊は本当に悪くないんだ。 むしろ俺は感謝してるくらいで…」


「感謝?君は本当に優しいね。

この際だ、正直に言ってごらんよ」


「正直に…?」


「あぁ。 柊さんとの生活は本当に楽しかったかい?

本当は窮屈だったんじゃないのかい?

付き合ってない男女が同じ屋根の下で同居生活なんてさ。

しかも柊さんは何かと陽太を頼りがちだからね、君も疲れるだろう」


「…春樹、やめろ」


「柊さんは真面目過ぎるからね、君と価値観や考え方が合わないという事は多かったはずだ。

君は感謝しているって言うけど、本当は不満だったんじゃないのかい?

ここには僕しか居ないし、全てを吐き出してみなよ」


「…いい加減にしろ春樹」


俺は、春樹の事を睨みつけた。


「それ以上柊の事を悪く言ったら、俺はお前の事を友達だと思えなくなる」


春樹は、ふふっと笑った。


「なんでそこまでして柊さんを庇うんだい?

突然家を追い出されて、色々言われたんだろう?

何で彼女の事を嫌いにならないんだい?」


「…嫌いになんてなれるわけねぇだろ」


俺の言葉に春樹は目を見開き、俺はそんな春樹の視線から外れるように腰を下ろした。


「…少なくとも俺は、あの家での生活を楽しいと思ってたんだ。

柊やお前達のおかげで、俺はまた前を向けるようになったんだよ。

そんなきっかけをくれた奴の事を、嫌いになれるかよ」


「……」


「殆ど俺のせいだし、こんな事言う資格は無いんだが…頼むから皆仲良くしてくれ」


「……柊さんの事、悪く言ってごめんね」


「…あぁ」


「じゃあ、そろそろ本当の事を教えてもらおうかな」


「は…?本当の事?」


「あぁ。全く、本当に七海の言う通りだとはね」


春樹はそう言うと嬉しそうに笑った。


「…ま、待て。七海の言う通りってなんだ…?

お前ら喧嘩してたんじゃ…」


「僕達が喧嘩なんてするわけないだろう?何年一緒に居ると思ってるのさ。

君と柊さんじゃないんだし」


「俺達も喧嘩って訳じゃ…」


「七海はこう言ってたよ。

『陽太は絶対に嘘を吐いてる。 渚咲は本当の事は言わないと思うから、陽太から何が何でも本当の事を聞き出して』

ってね」


「…本当の事も何も、俺は事実しか話してないぞ。

実際俺は柊から家を追い出されたし、俺の生活習慣に対して色々言われたのも本当だ」


「それに対して、君はどう思ってるんだい?」


「どうって…?」


「七海は、『こんなの渚咲らしくない』って言ってたけど、君はどう思ってるのかな?

君は1番柊さんと距離が近い人間だ。

その君から見て、あの日の柊さんはどう映った?」


「………」


七海や春樹の言いたい事は分かる。

俺だってあの日の柊は柊らしくないと思った。


だが、それはあくまでも俺の都合のいい解釈でしかないんだ。

柊が心の中でどう思っていたかなんて…


「……泣いてた」


「…!」


「…泣いてたんだ。

そして、『なんで嫌いにならないんですか』って、まるで俺に嫌ってほしいみたいに言ってた」


「なるほど…」


「……ここからは俺の都合の良い解釈だ。

思ってもすぐに考えないようにしてた事なんだが、話してもいいか?」


「ふふ…もちろんさ。 それを聞く為に僕達は心を痛めて友達の悪口を言ったんだからね」


「…柊は、もしかしたらまだ俺と一緒に居たかったんじゃねぇかなって…

キモい考えだけど、俺には柊が毎日楽しんでるように見えてたんだ。

でも…"何か"が起きて、俺を追い出さざるをえなくなったんじゃ…ねぇかな」


「その言い分だと、その"何か"の見当はついてるのかな?」


俺はゆっくりと頷いた。

柊がおかしくなった日は土曜日。

金曜日の柊は普通だった。

そして金曜日の夜、俺と柊は一緒にテレビを見ていた。


柊のスマホが鳴るまでは。


「柊のスマホに電話が来たんだ」


「電話?」


「あぁ。柊はその後電話に出る為に部屋に戻ったんだが、結局その日は帰って来なかったんだ。

そして次の日、俺は柊に家を追い出された」


「…その電話、もしかすると…」


「俺は、柊の親からなんじゃねぇかと思ってる」


「そこまで予想しているのに、何故僕達に相談しなかったんだい?」


「…出来る訳ないだろ。 七海は柊にとって初めて出来た同性の友達なんだぞ。

俺が全てを話したら、柊は俺達から距離を取ろうとするだろ。

だから…」


「はぁ…陽太」


俺は突然春樹に胸ぐらを掴まれ、フェンスに押しつけられた。


「っ…!何すん…!」


「あまり僕を舐めるなよ、陽太。

また1人で抱え込むつもりかい?」


「え…」


「君にとって、僕は何なんだい?」


「……友達」


「そう。親友だ」


「いや、そこまでは言っ…」


「だから、本来君が僕に言うべき言葉は嘘や言い訳ではなく、もっと別の言葉なはずだよ」


「……」


「"助けてくれ"。

この一言で良いんだ、陽太。 この一言さえあれば、僕は君の為に全力を尽くすと誓おう」


「……」


春樹は、優しく手を離した。


…良いんだろうか?

これはあくまでも俺にとって都合の良い考えで、柊は本当に俺の事が嫌いなのかもしれない。


だがもしも…もしも俺の予想が当たっていて、今柊は無理をしているなら…

春樹達の力を借りればまた柊と話せるようになる可能性があるなら…俺は…


「…助けてくれ」


俺は、また柊と話したい。


「かなり迷惑をかけると思う。 この選択が正解かどうかも分からない。

でも…俺はもう一度ちゃんと柊と話したい。

だから、力を貸してほしい」


俺は深く頭を下げる。

だが、春樹は何も言わない。


ゆっくり顔をあげると、そこには笑顔の春樹が立っていた。


「あぁ、もちろんだとも。 じゃあ時間を作って作戦会議をしないとね」


「…助かる」


「大変なのはこれからだよ? さて、とりあえず…『任務完了』っと」


春樹はスマホを操作し、誰かにチャットを送った。

きっと七海に送ったんだろう。

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