第77話 「白雲美羽の変装術」
朝、スマホのアラームで俺は目を覚ます。
スマホを見ると時刻は8時だった。
「…あー…そういや俺美羽の家に住む事になったんだっけか」
柊の家とは違う景色に一瞬戸惑ったが、すぐに意識が覚醒した。
俺は身体を起こし、洗面所で顔を洗う。
歯ブラシは帰省する時に買った旅行セットの歯ブラシを使って歯磨きをし、リビングに向かう。
「…はよ。…って、え…?」
リビングの扉を開け、俺は目を見開いた。
リビングのソファに金髪の少女が座っていたのだ。
一瞬柊かと思ったが、そんな訳がないと思考を切り替えた。
「あ、起きた〜?遅くない?アタシ超待ったんだけど」
金髪の少女は振り返ると、俺の事をジトーっと見つめてきた。
金髪の少女は赤目で、服装は肩出しの服にミニスカートという派手な服装だった。
俺はこんな少女は知らない。だが、ある違和感があった。
「……美羽…?」
声が美羽の声だったのだ。
だが美羽はおしとやかな性格で清楚系な見た目だからこの少女とはにでも似つかない。
髪は銀髪だし目の色だって水色だしな…
「…ふふ、せいかーい!」
「…へ?」
だが、目の前の金髪の少女は嬉しそうに笑った。
「どう?私って分からないでしょ?」
「…本当に美羽なのか?」
「うんっ! 変装には自信があるって言ったでしょ?
よくマネージャーさんにも別人みたいって褒められるんだぁ」
「はは…確かに別人みたいだ」
「他にも色々変装のレパートリーはあるんだけど、今日はギャル風にしてみたの!」
ギャルの見た目で美羽の話し方だから違和感が凄いが、俺は素直に感心していた。
確かにこの変装のクオリティならこのマンションに美羽が住んでるとはバレないだろう。
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「陽太くん、そろそろお出かけしない?」
朝食を食べ終えて10時30分を回った頃、美羽がそう言ってきた。
「だな。行くか」
「うんっ!」
俺と美羽は2人でソファから立ち上がり、玄関に向かう。
「…そういえば、外では普通の喋り方でいくのか?」
「あー、どうしよっかなぁ…ギャルっぽく行く事も出来るけど、陽太くんはどっちがいい?」
「じゃあ、いつもの美羽で」
「はーいっ」
美羽はそう言って笑うと玄関の扉をあけた。
「んじゃ、荷物持ちよろ〜」
マンションの廊下に出た瞬間、美羽はギャルのように言った。
「…おい。話と違うぞ」
「は?何の話? てか早く行こうよ時間勿体無いっしょ」
「はぁ…」
エレベーターに乗ると、美羽は突然笑い出した。
「ふふ…あー楽しかったぁ」
「お前な…」
「ごめんごめん、ついイタズラしちゃった」
「…もう知らん」
エレベーターが1階につくと俺は美羽よりも先に降りて前に進んだ。
「ありゃ…拗ねちゃった」
後ろからそんな声が聞こえてくるが無視していると、美羽が突然俺の手を握ってきた。
「っ!お、おい!?」
「んー?」
「いや…手…」
「ふふ…こうしてるとなんかデートみたいだねっ」
「…恥ずかしいから離せ」
「えー、でも手離すと陽太くん先に行っちゃうじゃん」
「行かないから。隣歩くから離してくれ」
「…仕方ないなぁ〜」
美羽は渋々手を離し、そのまま歩き出した。
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「えっと歯ブラシと〜、身体洗うタオルと〜…」
あの後俺達は近くのドラッグストアへやってきた。
ドラッグストアの歯ブラシやバスタオルなどが置いてあるエリアに行き、美羽は慣れた手つきで商品を手に取っていく。
「あとはシャンプーとか買わなきゃだね。 私が使ってるシャンプーは女の子が使うやつだから」
「だな」
「シャンプーって何か拘りとかある?」
「いや、特にない」
「おっけー。じゃあこれでいいかな?
…あ、いやこっちの方が良い匂いだしなぁ…」
美羽は2つのシャンプーを前にして悩んでいる。
俺は別にどっちでも良いんだが、美羽はシャンプーは拘りたいらしい。
「…うん!こっちにしよっと」
「了解」
俺がカゴを前に出すと、美羽はシャンプーをカゴの中に入れた。
「バスタオルも選んだし、歯ブラシもシャンプーも身体洗うタオルも選んだ。
あとは何かあるかな?陽太くんって化粧水とか使う?」
「…逆に俺がそんな物を使ってると思うか?」
「んーと……さて!お会計しよっか!」
露骨に話逸らしたなこいつ。
まぁいいけども。
「もうお昼だね〜、どこかでご飯食べよっか?」
会計をしてドラッグストアを出た後に美羽が言ってきた。
確かに今の時刻は12時。もう昼食の時間か。
「だな。どっかのファミレスでもはいるか?」
「うん!行こ行こ」
俺は近くにあるファミレスを調べ、その場所へ向かった。
「へ〜、本格イタリアンが食べられるレストランだって!」
初めて来るレストランだったが、中には沢山の客が居たので味は問題ないはずだ。
店内に入るとテーブル席に案内され、美羽はメニュー表を見て目を輝かせていた。
「わぁ〜…!パスタも良いけどドリアも良いなぁ〜」
俺もメニュー表を見ると、本格イタリアンというだけはあり確かに全部美味そうだった。
どうやら美羽はパスタにするかドリアにするかで悩んでいるらしい。
「じゃあ俺がドリアにするから美羽はパスタにしたらどうだ?
俺のドリア半分やるよ」
「え、いいの!?」
「あぁ。 どっちも食べたいんだろ?」
「うん!ありがとうっ」
美羽はそう言って笑った後に店員さんを呼び、メニューを注文した。
「そういえばさ、陽太くんはお友達の家に居候してたんだよね? 誰の家に住んでたの?
やっぱり海堂くん?」
「うっ…」
まずい。この質問の答えは考えてなかった。
確かに気になるよな…
どうする…?1番疑われないのは春樹の家に住んでいたと嘘をつく事だが、そうすると美羽の中で俺と春樹は喧嘩している事になってしまう。
なのに学校で春樹と普通に話していたら美羽は怪しむだろう。
「あー…えっとな…」
「うん」
俺が思考を巡らせていると、突然俺のスマホが鳴った。
画面を見ると、七海からの着信だった。
ナイスタイミングだ七海!!
「わ、悪い!ちょっと電話出てくる!」
「あ、はーい!行ってらっしゃい」
美羽に謝って席を立ち上がり、レストランを出て電話に出る。
「もしもし?」
『あ、陽太。おはよう』
「あぁ、おはよう。どうかしたか?」
『…率直に聞くね』
「おう」
『渚咲と何かあったでしょ』
「……」
七海から電話がきた時点で察してはいた。
だがあの状況を脱するにはこの電話に出るしかなかったのだ。
『さっき渚咲と通話したんだけどさ、渚咲明らかに元気なかったよ。
しかもアンタの話題だしたら露骨に歯切れ悪くなったし』
「……」
『何、また喧嘩でもしたの? ったく本当に…アンタらは仲良いんだか悪いんだか…』
「…いや、違うんだ」
『違うって何が? 』
「本当に喧嘩はしてないんだ。 喧嘩っていうよりは、呆れられたが正しい」
『……どういう事?』
七海の声が真面目な声に変わる。
ここだ。ここの回答を間違えちゃいけない。
ここで少しでも間違えたら柊に迷惑がかかってしまう。
「柊の家を出る事にしたんだ」
『…え』
「俺達は今2年生だし、そろそろ受験の事を考える時期だろ?
だからもうこの関係は終わりにした方が良いと思ってな。
柊は俺と違って頭が良いからさぞ良い大学に行くんだろうし、そんな奴の邪魔はしたくないからな」
『…それ、本当?』
「あぁ。元々柊も日頃の俺のだらしなさには呆れてたみたいでな。
その事を最後に指摘されたんだが、俺がそれに対して「うるせぇ」ってキレちまってな…
最後に言い合いになって、そのまま出てきた」
『でも、通話した時の渚咲は辛そうだったよ?』
「…さぁな。 柊は俺と違って優しいから心配してくれてたんじゃねぇかな。
まぁでも俺はもう柊とは話す気ないし、すぐにいつも通りの柊に戻るだろ」
『…は?話す気ないってどういう事?』
「俺と柊の関係は同居から始まった関係だ。 その同居生活が終わった今、俺と柊はただの他人だろ。
元々俺は柊とは考え方も何もかもが違うし、無理して仲良くする必要はない」
『…アンタ、それ本気で言ってんの?』
七海が低い声で言ってくる。
明らかに怒っている時の声色だ。
「…あぁ」
『あっそ。アンタがそんな奴だとは思わなかったよ。
アンタは渚咲の事を友達だとは思ってなかったって訳?』
「そういう事になるな」
『……』
そう言うと、七海は通話を切った。
「…ふぅ…これで良いんだ。これで」
ひとまずこれで七海の中で今回の悪者は俺になったはずだ。
七海と柊の仲が悪くなる事はないだろう。
「ただいま」
「あ、おかえりっ!もうドリアとパスタ来たよ!…って、どうしたの?」
「何がだ?」
「辛そうな顔してるよ…?」
どうやら顔に出ていたらしく、美羽に心配されてしまった。
「…さっきの通話、誰からだったの?」
「何もねぇよ。気にすんな」
「でも…」
「ほら、早く食べるぞ。 せっかくのオフなんだから楽しもうぜ」
「…うん、そうだね!楽しもっか!」
俺の気持ちを察してくれたのか、美羽は笑顔になり、パスタを食べ始めた。
美羽はボロネーゼを食べており、俺はチキンドリアを食べている。
「ん!美味しい!」
パスタを一口食べた美羽は嬉しそうに微笑んでいた。
「…美味そうに食べるな」
「そうかな?食べる事は好きだからね〜」
「いい事だと思うぞ」
そう言いながらドリアを食べると、確かに本格イタリアンと言うだけはありかなり美味かった。
「どう?ドリア美味しい?」
「あぁ、めっちゃ美味い。 スプーンもう一つあるから食っていいぞ」
「やったぁっ!」
美羽は嬉しそうに笑うと、もう一つあるスプーンでドリアを掬い、よく冷ましてから口に入れた。
「本当だ美味しい!」
「だろ。 また次も来たくなるくらいだ」
「ね!また来ようね!」
美羽の言葉に頷くと、美羽はフォークでパスタを巻き、「はいっ!」と俺の方にフォークを向けてきた。
「…何?」
「交換っ!」
「いや、大丈夫だ。 お前が食べていいぞ」
「んーん! 陽太くんにも食べてほしいの!」
「はぁ…分かったよ」
俺はそう言って新しいフォークを取ろうとすると、美羽にフォークが入っている入れ物をずらされた。
「…おい」
「あーんだよ。陽太くん」
「……絶対嫌だ」
このレストランは席と席の間に薄い壁が置かれているから見られる事はないが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「私結構陽太くんに気を遣ってあげてるのになぁ〜。
誰の家に住んでたのか聞かなかったり、誰と通話してたのか聞かなかったり。
あーあ、こんなに気を遣ってあげてるのになぁ〜」
「うっ…分かったよ。食えばいいんだろ食えば」
「ふふっ…はい、あーん」
俺は諦めて口を開ける。
すると美羽は俺の口にパスタを入れた。
…うん。なんの味もしないな。
「…なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「んー?気のせいじゃないかな」
その後もずっと、美羽は笑顔でパスタを食べ続けていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…七海。どうだったんだい?」
私の家に遊びに来ていたハルが、陽太との通話を終えた私に質問してくる。
「陽太が渚咲の家を出たんだって」
「…え」
最初は数学の分からない箇所を質問したくて渚咲に通話をかけたんだけど、我ながら本当にタイミングが良かったと思う。
渚咲は分かりやすいし嘘も下手だから、すぐに声や態度に出る。
だから何かあったんだとすぐに気づいた。
そして、金曜日は普通だった事を考えると、何かあったのは昨日。
ってなると相手は陽太か渚咲の親になる。
渚咲の親が何か言ったっていう事も考えられるけど、私はそれを絞る為に敢えて陽太の名前を出した。
『そういえば、陽太ってまだ寝てるの?』
という、ただの世間話だ。
でも、それに対して渚咲は
『あ…え、えっと…どうでしょ…あっ…!
た、多分まだ寝ているかと…』
明らかに動揺していた。
その時点で私は渚咲と陽太との間に何かがあったんだろうと確信した。
そして次に陽太に通話をかけた。
陽太は最初は普通に話していたけど、私が渚咲の名前を出した瞬間に何も喋らなくなった。
そして何を言い出すかと思えば、家を出たと言ってきたのだ。
「陽太が柊さんの家を出た…ねぇ。
確かに僕達はそろそろ受験の事を考える時期だけど、何かひっかかるよね」
「うん。 しかも陽太が渚咲にキレるとは考えられないし、渚咲も今更陽太の生活態度に嫌気がさすとは思えない」
「柊さんは陽太の好みに合わせて味付けを変えるくらいだしね」
ハルの言葉に私は頷く。
「渚咲は絶対に否定するだろうけどさ、渚咲は陽太の事が好きなんだと思う」
「まぁそうだろうね。
本人がそれに気づいているかは分からないけど、特別な感情を持っている事は確かだね」
「うん。だから、そんな渚咲が出て行こうとしてる陽太を止めないのは違和感があるんだよね」
「でもどうするんだい? 陽太も柊さんも、素直に口を割るとは考えにくいけど」
「あの2人は嘘が下手な割に往生際が悪いからね…」
本当に仲が良いのか悪いのか分からなくなるくらいだ。
でも、ここで私達が何もしなかったらあの2人はこのまま離れ離れになる気がする。
渚咲は陽太と話してる時が1番楽しそうだし、あの2人にはずっと仲良くしていてほしい。
だから…
「ハル。 ちょっと性格が悪い作戦があるんだけど、ハルの考えも聞きたい」
「もちろんさ」
2人を元に戻す為ならなんだってやってやろう。
「私達も喧嘩しよっか」
「……んん?」
ハルが珍しく首を傾げた。
その珍しい姿を写真に納めたくなる衝動をグッと堪え、私は話を続ける。
「正確には喧嘩したふりね。 陽太と渚咲の件で言い合いになった事にしようよ」
「…なるほど。それで僕は陽太側につき、七海は柊さん側につくという事かな?」
「そういう事。 そしてお昼休みは別れよう。
そこで私は渚咲にひたすら陽太の悪口を言うから、ハルは陽太にひたすら渚咲の悪口を言って」
「それは…確かに性格が悪いねぇ」
「でしょ。 本当にあの2人がお互いの事を嫌ってるなら、私達の悪口に乗ってくるはず。
でも、私の予想だと絶対に乗ってこない。
むしろ怒ると思う」
「そうなったら後は聞き出すだけだね」
「そこからが1番難易度高いんだけどね。
まぁでも、いくら時間がかかっても絶対に仲直りさせてあげよう」
「そうだね」
後は小鳥にも事情を話さないと。
美羽は…どうしようかな…
美羽は陽太と渚咲の関係を知らないし、でも何も説明しなかったらいきなり仲が悪くなった私達をおかしく思うだろうし…
美羽は何故か陽太に凄い懐いてるから、事情を話したとして美羽が陽太側につくか渚咲側につくかも分からないしな…
んー困った…美羽の事はゆっくり考えるしかないかな…
「じゃあ七海、これから作戦を練ろうか。
細かく決めておいた方が成功する確率が上がるからね」
「そうだね」
私は気持ちを切り替え、ハルと一緒に作戦を考えた。
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