第76話 「アイドルと同居生活」
「私の事、名前で呼んで?」
「…………え」
「陽太くんは私の事を「白雲」って呼ぶよね?そうじゃなくて、「美羽」って呼んでほしいの」
「……無理」
「拒否権はないでーす」
「うっ…」
名前呼びってマジか…?
かなりハードルが高いんだが…
「七海ちゃんの事は名前呼びしてるじゃん」
「七海はほら、友達だから」
「私はお友達じゃないのー?」
「いや、友達だけど…」
「じゃあ大丈夫じゃん。はいっ!」
白雲は笑顔で俺の言葉を待っている。
…これは…もう逃げられないよなぁ…
「………美羽。 これでいいか?」
「………」
「…おい?」
「…ごめん聞こえなかった。もう一回言って?」
「はぁ…?悪魔かお前」
「まぁまぁ。これからずっと名前で呼ぶんだから良いでしょ?はいっ!」
「はぁ……美羽」
「…ふふっ…うん!」
美羽は今までで1番嬉しそうに笑った。
「…で?もう一つのご褒美って何が欲しいんだよ」
一刻も早くこの恥ずかしい空気を変えたくて言うと、美羽は俺の目を真っ直ぐ見た。
「陽太くんは今帰る場所がないんだよね?」
「あぁ」
「これから当分はホテル暮らしになっちゃうんだよね?」
「そうだけど、それがどうした?」
「住む場所が決まるまで、ここに住んで?」
「……絶対に無理」
「えー?いい案だと思うんだけどなぁ。
ホテル暮らしだとかなりお金かかっちゃうし、食生活とかもバランスが悪くなるから不健康になっちゃうよ?」
「それはそうだが、お前はアイドルだろ。
アイドルが家に男を住まわせてるって普通に大問題だろ」
「マンションから出る時は毎回変装してから出てるし、絶対にバレないよ」
「そういう問題じゃ…」
「それに、陽太くんは私の最初のお友達だから、放っておけないの」
美羽は真剣な顔で言う。
「あと、これは私のご褒美だから陽太くんに拒否権はないよ?」
「…はぁ…本当に強引な奴だな」
そう言うと、美羽は楽しそうに笑った。
「…分かったよ。正直ありがたい。一緒に住む以上、俺もバレないように細心の注意を払う」
「やったぁ!楽しくなりそうだねっ」
「どうだろうな。 お前は失望するかもしれないぞ?俺マジで何も出来ないからな」
「一緒に居られるだけで楽しいから大丈夫〜」
「あっそ」
そう言うと美羽は立ち上がり、キッチンへ向かった。
「遅くなっちゃったけど、ご飯作るね」
「…なんか手伝うか?難しい事は出来ないけど」
「大丈夫! 陽太くんは荷物を整理しておいてー?
ドアに「客室」ってプレートが貼ってあるから」
「分かった、悪いな。 料理楽しみにしてる」
「うんっ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…ここか」
客室と書いてあるプレートが貼られていたドアを開けると、柊の家の客室よりも広い部屋だった。
服などを入れる棚に机と椅子、両親用のダブルベッド、それにふかふかの絨毯と、客室にしては豪華すぎる部屋だった。
俺はキャリーケースから服や教科書などを取り出し、棚や机にしまっていく。
必要最低限の物しか持ってきていなかったから荷物整理はすぐに終わり、俺は部屋着に着替えてスマホの電源を入れた。
「……やっぱりブロックされてるか」
チャットアプリで柊からブロックされていないかを調べてみると、案の定ブロックされていた。
そりゃそうだよな。連絡や電話が来たら嫌だもんな。
「…俺も消しとくか」
いつまでも俺にアカウントを見られるのは嫌だろうと思い、俺も柊の連絡先を削除した。
これで完全に俺と柊の繋がりは消えた。
「ふぅ…」
ベッドに座り、深く息を吐く。
誰かに嫌われるのは慣れているが、あんなに親しかった柊に嫌われた事は自分で思っていた以上にショックだったようだ。
「…それで次は別の女子の家に居候か。
俺って本当にダメ人間だな」
他人に助けて貰わなければ生きていけない自分が嫌になる。
俺はずっと他人の優しさに甘えてきた。
他人の厚意に甘え、常に楽な道を選び続けている。
このまま何も変わらなかったら美羽に嫌われるのも時間の問題だろうな。
「陽太くんー? ご飯出来たよ〜」
扉がノックされ、扉越しに美羽が言ってきた。
俺は思考を切り替え、扉を開けてリビングに向かった。
「あ、陽太くん部屋着に着替えたんだね」
「あぁ。…豚の角煮…?にしては作るの早かったな」
テーブルの上を見ると、かなり美味そうな豚の角煮が置かれていた。
「昨日の夜から寝かせてたからね。 後は温めるだけだったんだ〜。
じゃあ食べよっか」
美羽そう言うと椅子に座り、俺も向かい側の椅子に座った。
そして美羽は俺の前に豚の角煮と白米を置き、美羽は自分の前に野菜炒めを置いた。
「…やっぱりか」
「んー?」
「この角煮は1人用だもんな。 その野菜炒めはさっきお前が食べる用で作ったんだろ?」
「ふふ…正解っ」
「なら交換だ。 この角煮はお前が食え」
俺が言うと、美羽は首を横に振った。
「陽太くんには美味しい物を食べてもらいたいから遠慮しなくて大丈夫だよー?
私野菜炒め好きだし」
「でもな…」
「もー…陽太くんは本当に女の子の事分かってないなぁ…
今何時か見てみて?」
「時間…?21時だけど」
時計を見るととっくに21時を過ぎていた。
「あのね?女の子にとって、21時以降の食事は大罪なの。
しかも角煮はカロリーが高いから、尚更食べられないよ」
「な、なるほど…」
…確かに柊も21時以降は何も食べてなかったな…
21時以降の食事は太りやすいって言うし、女子って本当に大変なんだな。
「だからその角煮は陽太くんが食べて?
その方が私も嬉しいしさ」
「…分かった」
「うんっ!明日はちゃんと一緒の物を食べようね」
「そうだな。 …じゃあ、いただきます」
「いただきます」
そう言って角煮を一口食べる。
その瞬間、俺は目を見開いた。
美味過ぎたのだ。
肉はとても柔らかく、1日寝かせていた事で味がよく染み込んでいるし、一緒に入っている煮卵も半熟でかなり美味い。
「…どうかな?」
美羽が恐る恐る聞いてくる。
「めっちゃ美味い。びっくりだ」
そう言うと、美羽は安心したように笑った。
「白雲は料理上手なんだな。 芸能活動もしてるのにすげぇな」
「……」
何故か美羽は不機嫌そうに頬を膨らませた。
「え、どうした?」
「…今白雲って言った」
「あれ、言ったか?」
美羽は頬を膨らませたまま頷いた。
「わ、悪い。 まだ慣れてなくてな…」
「次また間違えたら罰ゲームだからね」
「こえぇな…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「さて…もう22時だし、そろそろ寝よっか?」
夕飯を食べ終え、皿を洗い終えた俺に美羽が言ってきた。
「そうだな。美羽は明日も仕事なのか?」
「んーん、明日は久しぶりのオフなんだ〜」
「そうなのか。じゃあゆっくり休めよ」
「うん!明日は陽太くんとお出かけしたいし、早く寝て休まなきゃね」
「…え、どっか行くのか?」
「うん!歯ブラシとかバスタオルとか色々、買わなきゃいけない物は沢山あるでしょー?
それに食料の買い出しもしたいし」
「そんなの俺1人で買いに行くぞ?食料もメモくれたら買ってくるし。
久しぶりのオフなら家でゆっくり休んでた方が…」
「私は陽太くんとお出かけしたいの」
「はぁ…?まぁお前がそうしたいなら良いけど、ちゃんと変装しろよ?」
「うんっ!任せて、私変装得意だから」
美羽は自信満々に言う。
変装得意って中々効かないワードだな。
「明日は朝ごはん食べたら出よっか。今日は疲れただろうからゆっくり休んでね」
「あぁ、分かった」
「夜更かししちゃダメだよ?」
「分かってるって」
俺達はそんな会話をしながら部屋の扉の前まで行く。
美羽の部屋は客室の向かい側となっていた。
「じゃあおやすみ。陽太くん」
「あぁ、おやすみ」
美羽は笑顔で手を振り、部屋の中に入っていった。
俺も客室に入り、ダブルベッドに横になる。
「…今日は本当に色々あったな」
家が全焼した日と張るぐらい色々あった日だった。
…そういや月曜日に七海達になんて説明するか考えてなかったな。
美羽の事もあるし、どうすればいいんだろうなぁ…
「…今日はもう疲れたな…明日考えよう」
俺はそう決め、ゆっくり目を閉じた。
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