第75話 「如月陽太と白雲美羽」

私、白雲美羽は小さな頃からテレビを見るのが好きだった。

アニメだったり、バラエティー番組だったり、お笑い番組だったり。


幼い頃の私は、テレビに出演している人は何処か別の世界に居るんだと思ってた。


「まま!わたしてれびのなかにいきたい!」


「テレビの中…?」


「うんっ!!」


幼稚園児の時の記憶だけど、よーく覚えてる。

だってこの日は、私が初めて芸能人になりたいと思った日だから。


「そっかぁ。美羽は可愛いから、アイドルとか向いてるかもね〜」


私の夢を聞いたお母さんは、そう言って笑顔で私の頭を撫でてくれた。


「あいどる…?」


「皆の前で歌って踊って、皆を笑顔にする人の事!」


「うた!うたならすき!」


「美羽はお歌上手だもんね〜」


「うん!じゃあ、わたしあいどるになる!」


この日、私の夢が決まった。

でも、現実はそう甘くはなかった。


幼稚園の年長さんの時かな?

この頃から、私の身体に異変が起きた。


私は元々外で遊ぶのが大好きで体力があったのに、年長さんになった頃から急に体力が落ち始め、身体の免疫力も急激に低下し、よく体調を崩すようになった。


私の両親はすぐに私の異変に気づき、病院に連れて行った。

最初はただの風邪だと診断されたけど、そんなはずは無いと思ったお父さんは私を大きな病院へと連れて行った。


どうやら私は体内の白血球が少なくなり、免疫力が著しく低下する病気にかかっていたらしい。

私のお父さんは海外出身で、よく海外にあるお父さんの実家に遊びに行ってたんだけど、海外に行った際にこの病気の菌を貰ってしまったんだろうと先生は言っていた。


当時はまだその病気に関する情報が少なく、経過観察という事になった。

その日からは地獄のような日々が始まった。


悪い菌を貰ってきたらいけないという事であまり外には出られず、体力が低下していたから家の中にいても何も出来ないという毎日が続いた。


「まま…おそとでたい…」


「ごめんね…もう少しだけ我慢しようね」


「もうすこしっていつまで…?」


この質問をすると両親が困ると分かっていたのに、この頃の私は聞かずにはいられなかった。


でもある日、私がどうしてもお散歩に行きたいとお願いしたらお母さんが外に連れ出してくれた。


マスクと消毒液を常備した状態だったけどね。

それでも、久しぶりに外に出るのは楽しかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「まま!まま!こうえんいきたい!」


「公園…?んー…でももし転んだりしたら…」


「ころばないから!おねがい!」


お散歩の途中に公園を見つけ、お母さんにお願いすると渋々だが頷いてくれた。

私が入った公園はブランコと水飲み場しかない小さな公園だった。


そして、1人の男の子がブランコを漕いでいた。


「いってくるね!」


「あっ!走らないの!!」


「はーい!」


私は久しぶりの公園でテンションが上がってしまい、早歩きでブランコへ向かった。


「こんにちは!」


私はブランコに乗っていた男の子に元気よく挨拶をする。

すると男の子は私の方を見て笑顔になった。


「こんにちは!ブランコのるのか?」


「うん!となりにすわってもいーい?」


「もちろん!」


これが、私と陽太くんの初めての出会いだった。


「ねーねー、なんでひとりでブランコのってたのー?」


私は怪我をしないようにゆっくりブランコを漕ぎながら陽太くんに質問した。


「それがさー、かずがかぜひいちゃったんだよ」


「かず…?」


「おれのともだち!」


陽太くんはそう言って笑うとブランコから勢いよく飛び降り、遠くの方で着地した。


「よっしゃあ!しんきろくだ!」


陽太くんはどうやら飛距離を測っていたらしく、足で地面に一本線を書いていた。


今思うとかなり危ない遊びだけど、当時の私には陽太くんがまるで超人に見えた。


「すごいすごい!とおくまでとんだ!」


「だろー?やってみるか?」


陽太くんはそう言ってくれたけど、怪我をしたらまずい私は首を横に振った。


「…わたしね、けがしたらだめなんだ」


「え、なんでだ?いたいから?」


「んーん、びょうき?なんだって」


「びょーき…?」


当時の陽太くんには難しい言葉だったらしく、陽太くんは首を傾げた。


「けがをしたらびょうきがわるくなっちゃうから、けがしたらだめなんだって。

わたしはもっと…おそとであそびたいのに…」


自分の気持ちを話したからか、私の目からは涙が出てきてしまった。


「あいどるになりたいのに…!このままじゃてれびのせかいにいけない…っ!」


陽太くんが必死に慰めてくれるが、私はただ俯く事しか出来なかった。


「おまえ、てれびのせかいにいきたいのか?」


私は泣きながら何度も頷いた。


「んー…おまえはてれびのせかいにはいけないとおもうぞ」


「え…」


突然の陽太くんの言葉に、私は顔を上げた。


「だって、てれびのなかにはないてるひとはいないもん」


テレビの中には泣いてる人は居ない。


その言葉は、当時の私の心に深く突き刺さった。


「…たしかに」


「だから、なきむしのおまえにはむりだとおもう」


「でも…わたしはあいどるになりたいんだもん」


私はぎゅっと手を握った。

すると、陽太くんはしゃがんで私と目線を合わせ、笑顔で私の涙を拭ってくれた。


「じゃあさ、なくのやめろよ! せっかくかわいいのに、ないてたらかわいくないぞ」


陽太くんはそう言って私の頭を撫でてくれた。


「…わたし、かわいい?」


「うん!なきむしじゃなくなれば、ぜったいにてれびのせかいにいける!」


「ほんとう…?」


「ほんとう! でもいいな〜…てれびのせかいにいったらさ? かめんらいだーとかにもあえるんだろ?」


「うん!あえちゃう!」


「ずるいなぁ〜!もしあえたらさ?おれにもしょうかいしてくれよ!」


「うんっ!やくそく!」


「やったー!」


目の前で喜ぶ陽太くんを見ていると、自然と涙は引いていた。


「陽太ー?そろそろ帰ろー?」


「あ、ままだ!」


公園の外から買い物袋を持った女性が言うと、陽太くんは女性の方へ走って行った。


「あ!まって!」


「んー?」


私は、無意識に陽太くんの事を呼び止めていた。


「どうしたー?」


「えっと…なまえ!なまえおしえて?」


「なまえー? きさらぎよーた!」


「きさらぎ…よーた?」


「そう!じゃあな!」


陽太くんは頷くと、私の名前も聞かずに走って行ってしまった。


「…まま!」


「美羽、あの子とお友達になれたのー?仲良く話してたけど」


「うん!なれた!」


「ふふ…良かったねぇ。 じゃあ、帰ろっか?」


「うん!」


私はお母さんと手を繋ぎ、帰り道を歩く。


「まま!わたしね?」


「んー?」


「もうなかない!いいこにする!」


「え…」


「だって、てれびのなかにはないてるひとはいないもん!」


そう言うと、お母さんは一瞬目を見開いた後、優しく頭を撫でてくれた。


当時の私は、病気のせいでアイドルにはなれないと思い込んでいた。

でも、陽太くんのおかげで私はまたアイドルを目指そうと思えたんだ。


テレビの中には泣いてる人は居ない。


この言葉は、アイドルになった今でも私の心の中に刻まれている。


アイドルは皆を笑顔にする人。

だからこそ、アイドルはどんな時でも笑顔じゃなきゃいけないんだ。


たとえこれからどんな困難が待ち受けていようと、絶対にアイドルになってみせると、当時の私はそう思っていた。


…でも、やはり人生はそう甘くないらしい。

幼稚園を卒園し、小学校に入学した直後、私の病気が悪化した。


私はすぐに入院し、小学校と中学校には一度も行けずに14歳の誕生日を迎えた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…もう5月か〜」


すっかり散った桜の木を病室から眺めながら、私は呟いた。


ベッドに備え付けられているテーブルの上には、教科書とノートが置いてある。

入院生活になってから私はずっとベッドの上で勉強していた。

勉強を教えてくれる先生はいないから教科書を見ながら分からない場所は両親に聞くという勉強スタイルで頑張っている。


「…髪も全部無くなっちゃったなぁ」


飲んでいる薬の影響で髪がどんどん抜けてしまい、大好きだった銀色の髪は全てなくなってしまった。


「……こんなんじゃ、アイドルは無理かなぁ」


入院生活になってから、私はずっと弱音を吐かずに生活してきた。

両親にすら弱音は吐かず、いつでも誰にでも笑顔を見せていた。


でも、流石に中学2年生まで入院生活が続き、髪も全て無くなってしまうと元気ではいられなくなってしまう。


だけど、もうすぐお母さん達がお見舞いにくる時間だから無理矢理にでも笑顔を作り、テンションを上げる為に今流行りの曲を歌った。


音楽は流せないからアカペラだったけど、私は気分が乗ってしまい楽しく歌っていた。

そして歌い終えた時に病室の扉が開いている事に気がついた。


そこには、私と同年代くらいの男の子が立っていた。

その子も私と同じように入院しているらしく、パジャマを着ていた。


右腕に包帯を巻いていて、顔や身体の至る所に絆創膏などが貼られていてかなり痛々しい見た目だったのを覚えてる。


「…あ、悪い!勝手に聴いてた」


男の子は私と目が合うと慌てて頭を下げてきた。


「んーん!私も周りの事とか気にせず歌っちゃってたし…

ごめんね?うるさかったよね」


「いや、綺麗だなって思った」


「え…」


同年代の男の子と話す機会がなかった私は、その言葉に動揺してしまった。


「上手く言葉に出来ないんだけどさ、歌声めっちゃ綺麗だし、ずっと聴いてたいなって!」


「…あ、あり…がとう」


私は顔が赤くなってしまい、下を向いてしまった。


男の子はその後病室の中に入ってきて、ベッドの近くの椅子に座った。


「少しだけ話さないか?16時に友達がお見舞いに来てくれるんだけど、それまで暇でさ」


時計を見ると、今は15時20分だった。

本当に話せる時間は少ないなと思ったのを覚えてる。


「うん!いいよ〜。…でも、いいなぁ…お友達か」


「……もしかしてなんかまずい事言ったか?」


「んーん!違うの!

ただ、私病気のせいで学校に行けなくてさ、だから同年代のお友達が居ないんだ」


「なるほどなぁ…そうだ!お前って今何歳?」


「私?14歳だけど…」


「おー!同い年だ!じゃあさ、俺と友達になろうぜ」


「え…」


私は男の子の言葉に目を見開いた。

男の子はそんな私の右手を掴み、無理矢理握手した。


「嫌か?」


「っ…んーん!!嫌じゃない!」


必死に否定すると、男の子は優しく笑った。


「じゃあ、初めての同年代の友達だな! そうだ、もっとお前の事教えてくれよ」


「うん!」


それから、私達は互いの事を話し合った。

男の子は中学校で陸上部に入っていて、今回の怪我は階段で転んでしまったらしい。


階段で転んだくらいでこんな大怪我するかな?と後から思ったけど、当時の私は同年代の子と話すのが楽しすぎて気にならなかった。


そして次に、私の話をした。

病気の事、アイドルになりたい事、アイドルになりたいけど病気のせいで難しい事。

気づいたら全てを話していた。


「なるほどなぁ…病気って怖いな…。

学校にも行けずにずっとベッドの上か…辛いよな」


「うん…」


「…なんか困ってる事とかないか?

俺今週の日曜日には退院しちまうし、勉強は苦手だけどさ、何か手伝える事があるなら…」


「んーん!何も心配いらないよ!

確かに辛いけど、頑張るって決めたから!」


私は布団をぎゅっと握り、笑顔で言った。

でも、男の子は真面目な顔で私の事を見ていた。


「私は普通の女の子じゃないから、普通の子よりも沢山頑張らなきゃいけないの。

そうしないと、アイドルなんて…」


「…別に、そんなに頑張りすぎる必要は無いと思うけどな」


「え…でも…頑張らないと皆を笑顔には出来ないよ…」


「別に今のお前はアイドルじゃないだろ?

ただの普通の女の子じゃねぇか」


「っ…」


普通の女の子。


その言葉が、当時の私にはとても嬉しかった。


「アイドルになる為の努力は病気が治ってからすればいいし、アイドルとしての心構えはアイドルになってから持てばいいだろ。

今のお前は一般人なんだから、辛い時は素直に辛いって言えばいい」


「……」


私は、無意識に涙を流していた。

お母さんやお父さんは、私の夢を応援してくれているから、いつも笑顔でいる私を否定したりはしなかった。

アイドルになろうとしてる私を止めなかった。


でも、この男の子は初めて私を止めてくれた。


きっとこの時この言葉を言われなかったら、私は自分を偽って頑張り続けて何処かでダメになっていたと思う。


「……怖いの」


私は、ゆっくり口を開いた。


「再来週にね…?大きな手術をするんだ」


「手術…」


「うん。 成功する確率は6割くらいらしくて、失敗したら今よりも状態が悪くなっちゃうかもしれないんだって」


「…成功したら?」


「成功したら、私は普通の女の子みたいにお外を歩けるようになるし、好きなように生きられる」


私は下を向きながら呟いた。

私の手は、恐怖で震えていた。


「でも、お母さん達は手術をしない選択肢もあるよって言ってた。

…私も、しない方が良いのかなって思うんだ。

もしも今よりも状態が悪くなったら、私きっと耐えられないから…」


「……」


「ごめんね…?急にこんな重い話しちゃって…全部忘れてもらって大丈夫だから」


私は下を向いてしまった男の子に向かって笑顔で言った。

次に男の子は顔を上げると、私の目を真っ直ぐ見てきた。


「お前は本気でアイドルになりたいんだよな?」


「…うん」


「でも、手術を受けなかったら病気は治らないんだろ?」


「…うん、そうだけど…成功する確率は6割で…4割は失敗しちゃうんだよ?

もし失敗したらって考えると…」


「なんで失敗する可能性ばかり考えてんだよ」


男の子の言葉に、私はハッとした。


「成功する可能性の方が高いんだろ? 失敗した時の事を考えるより、成功した時の事を考えてみろよ」


「成功…した時の事…」


「こんな何もない病室を出て、お前は元気に外を歩けるんだ。

そして、お前はやっとアイドルを目指せるじゃねぇか」


「……」


「何を怖がってんだよ。せっかくのチャンスだろ」


「…私、アイドルになれるかな?」


「なれるんじゃねぇか? 歌声はめっちゃ綺麗だったし、よく見ると顔も可愛いし」


「……」


サラッと言われた言葉に、私は顔を赤くしてしまった。

そして、私の中から不安な気持ちは全て消えていた。


「…分かった。私、手術するよ」


「あぁ、それが良いと思うぞ」


「手術して病気を治して、私は絶対にアイドルになる!」


決意を口にすると、男の子は笑顔で頷いた。


「ねぇ、あなたの名前教えて?」


「名前?あー、そういや言ってなかったな。

如月陽太だ」


「え…」


如月陽太。

聞き覚えのある名前に、私は目を見開いた。


記憶の中のあの少年と目の前の男の子を照らし合わせると、確かに雰囲気や顔が似ていた。


「…ふふっ…あはははっ!」


「どうした!?急に笑って…」


男の子…陽太くんは急に笑い出した私を見て驚いている。


どうやら私は2回も陽太くんに背中を押されていたらしい。

そんな偶然に、私はつい笑ってしまったんだ。


「ごめんごめん、なんか面白くてさ」


「…俺の名前ってそんなに面白いか…?」


「いやいや!そうじゃなくて…」


「…まぁ良いけどさ。 んじゃ、お前の名前も教えてくれよ」


「うん!私はね、しらく…あー…」


名前を言おうとして、私は思いとどまった。


「どうした?」


「私の名前さ、今はまだ言わなくてもいい?」


「え、なんでだ?」


「陽太くんが私の名前を知る時は、私がアイドルになってからが良いんだ」


私はそう言って笑う。


「私が有名になったら、テレビとか雑誌とかに乗ると思うから、陽太くんは頑張って私を見つけてほしい」


「見つけるって言ってもな…有名人なんて沢山いるし…」


「じゃあ、今ここで私の顔を覚えて?」


私はそう言って陽太くんの事をジーッと見つめる。

陽太くんは最初は見つめ返してくれてたけど、次第に恥ずかしくなったのか顔を逸らしてしまった。


「あとさ、陽太くん。 陽太くんはもうこの病室には来ない事!」


「え…」


「次会う時は数年後。元気になった私と会おうよ」


「…お前がそうしたいならそれでも良いけどよ、じゃあ連絡先交換しとくか?」


そう言ってスマホを出そうとする陽太くんを、私は手で静止した。


「連絡先も要らないかな」


「…じゃあどうやって会うんだ?」


「心配しなくても、私達は絶対にまた会えるよ」


「はぁ…?何を根拠に…」


だって私達は、既に会うの2回目なんだもん。

陽太くんは覚えてないみたいだけどね。


「ふふ…なんでそう思ったかは、次に会えた時に教えてあげる」


私はそう言った後、テーブルの上からスマホを手に取る。


「陽太くん!最後に写真撮らない?」


「写真…?」


「うんっ! 陽太くんは私の初めてのお友達だから、その記念!」


「…まぁ良いけど」


そう言うと、陽太くんは私の横に来てくれた。

私はスマホのカメラを自撮りモードにし、私と陽太くんのツーショットを撮った。


「…うん!よく撮れてるね。これで手術頑張れるよ!」


「そうか。じゃあ、手術頑張れよ? 応援してるからな」


時計を見ると、もう16時になろうとしていた。

陽太くんは16時には病室に帰らないといけないから、もう話せる時間は少ない。


「うん!陽太くん、本当にありがとう!陽太くんのおかげで頑張れる」


「別に俺は何もしてねぇよ。 最終的に決断したのはお前だろ」


「ふふ…あ!ねぇ陽太くん。もう1つだけいいかな?」


「なんだ?」


「次に会う時は私は元気になってると思うんだけど、その時に私がアイドルになれてたら、ご褒美が欲しいんだ」


「ご褒美…?言っとくけど俺金ないぞ…?」


「お金はかからないお願いだから大丈夫だよ!」


「…ならいいか。 分かった。 お前がアイドルになれてたらなんでも聞いてやるよ」


「やったぁっ!私頑張るね!」


「あぁ。…じゃあ、またな」


陽太くんはそう言うと、病室を出ていった。


「ふぅ…」


陽太くんが病室を出て行った後、私は息を吐いた。

気を抜いた瞬間、私の顔が真っ赤に染まった。


「あー…私何やってるんだろ…あんなワガママ、誰にも言ったことないのに…」


私は誰もいない病室で顔面を押さえた。


「でも…"またな"かぁ…」


陽太くんの最後の言葉を思い出し、私はつい笑ってしまった。


「よーし!本気出しちゃおうかなぁ〜」


手術をして病気が治った後、私は全力でアイドルを目指そう。

私が諦めなければ、いつか絶対にまた陽太くんに出会えるはずだ。


私はそう信じ、手術の日を迎えた。


結果は無事成功。

私はその後リハビリをして、定期的に通院する事を条件にようやく退院する事が出来た。


退院してから私がまずやった事は、体力をつける事。

毎日ランニングや筋トレをして体力をつけた。

アイドルは歌って踊れなきゃいけないから、体力は大事だからね。


その後はオシャレのお勉強。

ずっと病院で生活していた私には今の流行りが分からず、ファッション雑誌を読む習慣をつけた。


高校生になる頃には髪も伸び、私が好きだった銀髪が復活した。

そして街を歩いていたらスカウトされて、信頼出来る会社の人だったから私はモデルを始めた。


モデル業はすごくハードで大変だったけど、体力は十分つけたし、何より雑誌を読んでくれた人達の反応を見るのが楽しかった。


そして高校2年生になり、モデルとしての知名度が上がってきた頃、遂にアイドルのお誘いが来た。


私は本格的に活動する為に住居を東京に移した。

東京に引っ越しちゃうと陽太くんと会えなくなるかもしれないと思ってたけど、いつかは出会えるはずだと信じていた。


そしてある日、私は転入先の高校に向かっている途中にとある男子とぶつかった。


「わ、悪い避けられなかった。大丈夫か…っ!?」


聞き覚えのある声、見覚えのある顔。


私はすぐにこの子が陽太くんだと気づいた。


でもまさか東京で再会できるとは思っていなくて、つい足を閉じるのを忘れて陽太くんの顔を見つめてしまっていた。


かなり恥ずかしい思いをしたけど、その後に改めて名前を聞くと、やっぱり如月陽太と名乗っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「これが私の昔話。どう?全部思い出してくれた?」


目の前で白雲が首を傾げる。


「…あぁ。全部思い出した」


まさかあの時の病室の少女が白雲だったとは…

流石に幼稚園児の時の記憶はないが、病室での話は全て思い出した。


中2の時は色々ありすぎて、自分の事で精一杯になってしまって忘れてしまったんだろう。

白雲には本当に申し訳ない事をしてしまった。


「良かったぁ〜。 でも私本当にショックだったんだからね?

見つけてねって言ったのに…」


「うっ…悪い」


「ふふ…今思い出してくれたから許してあげる」


白雲はそう言って嬉しそうに笑う。


「…でも、本当に病気治ってよかったな。

よく頑張ったな」


「うんっ!頑張ったよ」


白雲はアイドルになるという夢を叶えていた。

俺はそんな白雲を素直に凄いなと思ってしまった。


「ふふ…ねぇ陽太くん。 やっぱり私の言った通りだったでしょ?」


「あー、また絶対に会える。ってやつか?」


「うん!あとさあとさ?あの時に言ったもう一つの事、覚えてる?」


「………」


「陽太くん?」


「……覚えてねぇ」


「嘘だぁ。絶対に覚えてる間だったよ?」


「うっ…」


「…あーあ、酷いなぁ陽太くんは。

私頑張ってアイドルになったのに、陽太くんは約束を覚えてないのかぁ…」


白雲は悲しそうな顔をする。

それが演技だという事は分かっている。

分かってはいるが…


「はぁ…卑怯だろそれは。 …で?ご褒美って何が欲しいんだよ?」


「ふふ…やっぱり覚えてた」


「うるせぇ」


「でも陽太くんのせいで傷ついちゃったからなぁ〜。

ご褒美は2つもらっちゃおうかなっ」


「強欲なやつだな…」


「だって私頑張ったもーん」


白雲はそう言って楽しそうに笑う。

白雲の笑顔を見ると俺も自然と笑顔になっていた。


自信がついたからか、白雲は昔よりも笑顔が増えた。

しかも全てが自然体な笑顔で、気を抜くと顔が赤くなってしまいそうだった。


「…んじゃはやく言ってくれ。昔も言ったが、あんまり高価な物は無理だからな」


「お金はかからないって言ったでしょー?

じゃあ、まずは1つめ!

陽太くんと病室で会って名前を聞いてから、ずっとお願いしたかった事があるんだ〜」


「なんだ?」


「私の事、名前で呼んで?」


「…………え」

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