第73話 「風邪ひくよ?」
「…どうすっかなぁ」
柊の家を出て来た俺は、キャリーケースを引きながら公園にやって来た。
この公園は俺と柊が初めて出会った公園で、現在俺はブランコに座っている。
「母さんに連絡…はまだしたくねぇしなぁ」
母さんは柊の事を気に入っている。
だから今の状況を話したら絶対にびっくりさせてしまうだろう。
だから話すのは俺の生活が安定してからの方がいい。
…そんな事より、今は柊の事だ。
柊の言い分は確かに正しい。大勢から良い評価を受けたいと思うのは何もおかしい事じゃない。
でも、俺が知っている柊はそんな事を思うような奴だったか?
柊は他人からの評価よりも友達からの評価を大事にする奴だと思う。
だが、さっきはその違和感を指摘出来る雰囲気じゃなかった。
柊は他にも俺に対しての不満も言ってきた。
これは俺の甘えやだらしなさから言われた事だから何も言い返せず、ただ受け入れるしか無かった。
俺は結局、柊の優しさに甘えていただけだったんだ。
もっとちゃんと規則正しい生活をするようにして、柊に迷惑をかけないようにしていれば今でも俺はあの家に居られたかもしれない。
「…何考えてんだ俺は」
どこまでも都合の良い考え方しか出来ない自分が嫌になる。
自分の家に好きでもない異性が住んでいる。
そんなの、誰でも気を使うだろう。
しかも、その同居人は好き嫌いが多くだらしないダメ人間。
きっと柊はストレスが溜まって仕方がなかったはずだ。
そのストレスが今回爆発してしまったんだろう。
それ以前に、俺と柊の関係は異常すぎた。
付き合ってもいない男女が同居してるなんておかし過ぎる。
柊の言った通り、俺達はそろそろ受験の事を考えなければいけない。
だから、今終わりにしておくのがお互いの為なんだ。
「…まじかよ。雨降って来やがった」
ポツ…ポツ…と空から雫が落ち、やがてそれは雨になった。
そんなに強い雨ではないが、俺は傘を持っておらず、このままここに居たら風邪を引いてしまうだろう。
だが、俺には立ち上がる元気がなかった。
「……あの時とは逆だな」
初めて柊と話した日も、こんな雨の日だった。
あの日柊も今の俺みたいに傘もささずにブランコに乗ってたんだよな。
「春樹に連絡…は迷惑だしな…やっぱりホテルに泊まるしかねぇか」
果たして今の時間から泊まれるホテルはあるだろうか。
もし部屋が空いてなかったら今日はネカフェとかに泊まるしかないな。
月曜日からは…どうするかな。
柊は隣の席だし、柊は絶対に俺と話そうとしないだろう。
そんな俺達を見たら七海達は絶対に怪しむし、やっぱり明日七海達に相談してみるしかないか。
…いや、ダメだな。相談したら七海達と柊の間に溝が出来てしまうかもしれない。
今回の件、悪いのは柊の優しさに甘えていた俺なんだ。
柊にとって七海は初めてできた同性の友達だし、そんな七海に拒絶されたら柊は悲しむだろう。
柊は学校に行くのが楽しくなったと言っていたのに、それは出来ない。
だから七海達に何か聞かれたら嘘をつかせてもらおう。
俺がやらかして家を追い出された事にすれば、柊が責められる事はないはずだ。
問題はどんな嘘をつくかだ。
柊の機嫌をこれ以上損ねずに七海達を納得させる嘘をつく事が出来るだろうか。
俺と柊が喧嘩して、家を追い出された事にするのは簡単だ。
だがその場合、七海達は絶対に俺達を仲直りさせようとするだろう。
それはダメなんだ。柊はもう俺と話す気がないみたいだし、その話自体がストレスになってしまう。
じゃあお互いの受験の為に同居生活を終わらせた事にすると納得はするだろうが、学校で俺と柊が話していない事の説明が出来ない。
だから円満に関係を終わらせたという事にするのも難しい。
嘘をつく相手は七海と春樹だ。
あの2人にはどんな小さな違和感も抱かせちゃいけないのに、どうすればいいか分からない。
「風邪ひくよ…?」
突然雨に打たれなくなり、俺は顔を上げた。
そして目の前に立っている人物を見て、俺は目を見開いた。
「……白雲」
「やっぱり陽太くんだった。何してるの?」
目の前に立っていたのは、白雲美羽だった。
「…別に何も。ただ散歩してただけだ」
「キャリーケースを持って?」
「……」
そうだったキャリーケース持ってたんだった。
どこにキャリーケースを引いて散歩する高校生がいるんだよ。
「何か辛い事あった?」
「…何もねぇよ」
「嘘だぁ。 だって凄く辛そうな顔してるよ?」
「……何もねぇ」
「んー…困ったなぁ」
目の前で白雲が悩んでいる。
「俺の事は気にせず帰っていいぞ。 傘をさしてるとはいえ、風邪引いたら大変だろ」
「陽太くんが話してくれたら帰ろうかなぁ〜」
「……」
白雲は笑いながら言った。
「…友達の家に居候してたんだけどよ」
「うんうん」
「ついさっき喧嘩しちまってな。家を追い出されたんだ」
「あー…なるほど…」
柊の名前は出さずに言うと、白雲は納得してくれたようだ。
「…ほら、ちゃんと話したぞ。 早く帰れ」
俺がそう言うと、白雲は突然俺の右手を掴んだ。
「…なんだよ」
「シャワー貸してあげる」
「はぁ…?お前な…分かってんのか?お前はアイドルなんだろ。
アイドルが男を家に連れ込んでいいのか?」
「ちゃんと変装道具は持ってるし、ウチはオートロックマンションだから大丈夫だよ」
「……いや、ダメだろ。リスクが高過ぎる」
柊と初めて会話した時とは立場が逆だな。
あの時は俺がシャワーを貸すから家に来いと言った側だったな。
言われる側はこんな気持ちだったのか。
「でも、放っておけないよ」
「余計なお世話だ。 もっと警戒心を持てよ。俺達はただのクラスメイトで、この前会ったばかりだろ」
「はぁ…陽太くんは心配症だなぁ…。
じゃあ、はいっ」
白雲は溜め息を吐くと、突然傘を閉じた。
「は…!?」
白雲が傘を閉じた事により俺はまた雨に濡れる。
いや、そんな事より…
「何やってんだ馬鹿! 風邪ひくぞ!?」
白雲も雨に濡れてしまっている。
「このまま此処に居たら2人とも風邪引いちゃうね〜」
「そんな事言ってないで早く傘させ!」
「陽太くんが素直にシャワーを浴びに来るなら傘さそうかな」
「な…」
白雲はそう言って笑った。
「…お前、本当に分かってんのか…? アイドルなんだろ?バレたらどうなるか…とか考えないのか?」
「考えるよ?でも、それは困ってるお友達を放っておく理由にはならないでしょ?」
白雲は本当に善意だけで俺を助けようとしてくれている。
風邪を引いたら大変なはずなのに…
「くしゅんっ…!うぅ…寒い…」
「っ…!分かった、分かったから傘さしてくれ!」
諦めて立ち上がると、白雲は笑って傘をさした。
「ちょっと傘持っててくれる?」
「…あぁ」
白雲から傘を受け取ると、白雲はバッグから茶髪のウィッグと眼鏡を取り出した。
「どう?別人みたいでしょ」
目立つ銀髪の上からウィッグを被り、伊達メガネをかけた白雲は確かに別人のようだった。
「こんな夜だと他人の髪なんてじっくり見ないし、変装にはぴったりなんだ〜」
よく見ると白雲の銀髪が見えているが、確かにこんな夜なら他人の髪なんかみないか。
ましてや白雲美羽だとは思わないだろう。
「じゃあ、行こっか!」
「…あぁ、悪いな」
「んーん、気にしないで」
そう言うと俺達は公園を出て白雲の案内で白雲の家へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます