第72話 「私は貴方の事が」

「…はよ〜…って、あれ…柊?」


朝、いつもと同じ時間に起きてリビングに行くが、リビングに柊は居なかった。

しかもいつもなら用意されているはずの朝ご飯すらない。


喧嘩して口を聞かなくなり、俺が起きる前に柊が家を出ていた時ですら朝ご飯は作ってくれていたのに…こんな事は初めてだ。


寝坊か…?いや、柊が普通の日に寝坊する訳ないよな。

過去に柊が寝坊したのは慣れない事をした時だけだし。


なら、単純に体調不良か?

うん、それが1番あり得るかもな。


「柊、起きてるか? 」


ただの寝坊だった場合の事を考え、とりあえず柊の部屋の扉をノックする。


だが柊からの返事は無かった。

…うん。これは寝てるな。

念の為朝食作った後にポカリとかゼリーとか買いに行ってやるか。


そう決め、俺はリビングに行き自分の分と柊の分の目玉焼きを作った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ…色々寄り道したから疲れたな…」


朝食を食べた後、服を着替えて外に出たのだが、当初は柊が体調不良だった時用のポカリやゼリーを買いに行くだけのつもりだったのに、ケーキ屋でケーキを買ってしまった。


このケーキ屋は俺が柊の家に住み始めた頃に買いに来た事があるケーキ屋で、あの頃と変わらずの人気と行列だった。

おかげで1時間もかかってしまった。


「ただいま〜…っと」


柊がまだ寝ているかもしれないと考えて小声で言い、家の中に入る。


「…あれ?」


手洗いうがいをしてからリビングに行くと、そこには朝作っておいた柊の分の目玉焼きが消えていた。


柊が起きたのか?


「柊ー?起きてるか?」


ケーキを冷蔵庫に入れた後に柊の部屋の扉越しに声をかけるが、返事はない。

仕方ない、ドアノブに袋をかけてチャットしとくか。


ドアノブにかけた後に柊にチャットで


『体調悪いのかと思ってポカリとゼリー買ってきた。

腹減ったら飲んでくれ』


よし、これで大丈夫だろう。


「さて、勉強でもするかな」


自室に帰ろうとすると、突然玄関の扉が開いた。


「え…」


「…あ、如月…くん」


そこには、私服に着替えた柊が立っていた。


「お前体調悪いんじゃないのか?」


「あ…いえ…えっと…すみません。恥ずかしい話なのですが寝坊をしてしまって…」


柊は俯きながら話す。


「なんだよ寝坊だったのか…何も無いんなら良かった」


「ご心配をおかけしてすみません。…ん?この袋はなんですか?」


手を洗った柊が自分の部屋のドアノブにかかっている袋を見つけた。


「お前体調悪いのかと思ってポカリとか買ってきたんだよ。

まぁ無駄だったけどな」


「あ、だから如月くん家に居なかったんですね…!本当にごめんなさい…!」


「良いって、気にすんな。 そういう柊はなんで外出してたんだ? 何も買ってきてないみたいだけど」


柊は小さなバッグは持っていたが、買い物袋は1つも持っていなかった。

俺が質問すると、柊は気まずそうに顔を逸らした。


「柊?」


「…ちょっと銀行に用事がありまして」


「ほー」


銀行って事はお金関係か。あまり聞かない方が良いだろうな。


「…そんな事より如月くん。ゲームしませんか?」


「ゲーム?別に良いけど…」


「ありがとうございますっ!早速やりましょう!」


「お、おぉ…?」


柊は笑顔になり、リビングに行ってしまった。

なんなんだ…?なんかいつもの柊と違う感じがする。

気のせいか…?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あっ…!もう如月くん!!それズルだって言ったじゃないですか!」


「崖の復帰を阻止するのはズルじゃなくて戦法だ」


現在俺と柊は色々な人気キャラが登場して戦う大人気ゲームをやっている。


柊が使っているキャラはいつも通りの電気ネズミで、俺は緑の配管工だ。

柊は最近みるみる上達してきて気を抜くと普通に負けてしまう程に強くなった。


だから大人気ないが汚い手も使わせてもらうぞ。


「ちょっ…何も出来ないんですけど…!!」


「そういうコンボだからなぁ」


電気ネズミに対してコンボを決め、柊に何もさせずにフィールド外へ吹っ飛ばす。

電気ネズミはなす術なく落ちてしまい、俺の勝ちとなった。


「…如月くんズルいです」


柊は拗ねてしまったのか頬を膨らませている。


さっきは柊の態度に違和感を覚えたが、やはり勘違いだったみたいだな。


「悪かったな。柊が思ってた以上に強くてつい本気出しちまった」


「え…私強くなってますか?」


「あぁ、めちゃくちゃ強いぞ。 気抜いたら負けるレベル」


「じゃあ気を抜いて下さい」


「やだよ負けたくねぇし。しかもワザと負けたらお前納得しないだろ」


「それは…そうですけど…」


柊はまた拗ねてしまいそっぽをむいてしまった。

俺はそんな柊の態度につい笑ってしまった。


その後も俺達はゲームを続けた。

12時近くになると、柊が「今日は如月くんの手料理が食べたいです」と言ってきたのでチャーハンを作ってやると、柊は嬉しそうに食べていた。


午後は配管工の2人が協力して姫を助けに行く大人気ゲームをして遊んだ。

最初の頃はジャンプのタイミングすら分からなかった柊だったが、今ではすいすいとステージを進めている。


「ようやくステージ8まで来たな」


毎日やっていた訳ではないのでかなり時間がかかってしまったが、ようやく最終ステージまでくる事ができた。


「はい!確かステージ8が最後のステージなんですよね?」


「あぁ。 最初に姫を攫った奴覚えてるか?」


「えっとー…あ!あのトゲトゲした怖い亀さんですか?」


「そうだ。ステージ8の最後にはアイツと戦うんだ」


「なるほど…絶対にお姫様を助け出しましょう!」


やる気になっている柊を見て笑いながら、俺は時計を見る。

時刻は既に17時を越えていた。


どうやら思っていた以上にゲームに夢中になっていたらしい。

いつもはゲームは2時間までというルールでやっていたのだが、今日は何故か柊が辞めたがらなくてこんなに長時間ゲームをしてしまった。


「んじゃステージ8はまた今度にするか」


「えっ…」


「ほら、もう17時だろ?」


「あ…もうそんな時間…」


時計を見ると柊は悲しそうな顔をした。


「…にしても柊本当にゲーム上手くなったよな」


悲しそうな顔をする柊を元気付ける為に褒めると、柊は無言で首を横に振った。


「この成長スピードなら今年中に俺が負ける事もありえるかもな」


「………」


「今が8月末だから、あと4か月か…って、柊?」


チラッと柊の方を見ると、柊は酷く辛そうな顔をしていた。


「柊?やっぱりお前体調悪いんじゃないのか?」


俺がそう言うと、柊は何度も首を横に振って否定した。


「ち、違うんです」


「じゃあ、なんでそんな顔してんだ?何かあったんなら正直に言ってみろ」


「っ…な、何もないですよ」


柊は笑顔で言った。

だが、その笑顔は作り笑いだとすぐに分かった。


「はぁ…お前な。 嘘が下手すぎなんだよ。

お前今日ずっと変だぞ?」


「…何もないですって」


「無理があるだろ。

何を遠慮してんのか知らねぇけど、今更隠す事なんかあるか?」


「別に…遠慮なんかしてません。

ただ、如月くんには話す必要がないから話していないだけです」


柊の口から出た予想外の言葉に、俺は目を見開いた。


「…なら、なんでそんなに辛そうなんだよ。

お前が今どんな事で悩んでるのかはわからねぇけど、話してみたら楽になるかもしれないじゃねぇか」


俺がそう言うと、柊は下を向いた。


「……最近…如月くんと一緒に居るのが辛いんです」


「…え」


柊が言った言葉に、俺は目を見開いた。


「如月くんと一緒にいると周りの人から夫婦?だとか付き合ってるんじゃないか?と言われるのが嫌なんです」


「………」


「その他にも、嫌な事があります。

朝起きるのが遅いし、夜更かしするし、野菜は食べないし、好き嫌いが多いし、気を抜くとすぐに部屋が汚くなるし、私の負担が多いし…言い出したらキリがありません」


「…それは…悪い。まさかお前がそこまで気にしてるとは思ってなかった」


「でしょうね。ずっと我慢して隠してましたから。

ですがもう我慢の限界です。

如月くんが話せと言ったんですから、全部話します」


柊はそう言うと、俺に鋭い視線を向けた。

その目は、俺が柊と初めて話した日に柊が俺に向けてきた目と同じだった。


もう2度と見る事はないと思っていた、柊の冷たい目と表情。


「学校で貴方と話す度に、どんどん周りからの私の評価が落ちていってるんです。

最初はそれでも良いと思ってました。

ですが最近思うんです。

如月くん1人から良い評価を受けるのと、他の大勢から良い評価を受ける事、どっちが良いんだろうって」


柊は淡々と言葉を続ける。


「そんなの、考えるまでもありませんよね。

大勢から良い評価を受けた方が良いに決まってます。

だから如月くん、もう全てを終わりにしませんか?」


「…終わりっていうのは?」


「私達の関係です。 私達は今2年生ですし、そろそろ受験の事を考えなければいけません。

今よりも大変になるのに、貴方の面倒を見ている暇はありません」


「…確かに、それはそうだな」


「私から期間を伸ばしてもらうようにお願いしたのに、勝手なお願いなのは分かっています。

なので…」


そう言うと、柊は近くに置いていたカバンから封筒を取り出し、俺に手渡してきた。


受け取ると、中にはお金が入っていた。


「先程銀行でお金を下ろしてきました。

当分はホテル暮らしでも十分な金額が入っています」


「……これは受け取れねぇ」


俺は封筒を柊に返そうとした。

だが柊は受け取る気がなかった為、俺は床に封筒を置き、立ち上がった。


「元々、どんな状況でも柊の口から「出ていけ」って言われたら出て行くつもりだったんだ」


「……」


「この関係はお前の善意から始まった関係だ。

いつかは終わりにしなきゃいけない関係だったんだ。 ここら辺が潮時なのかもな」


「…せめて、お金だけは受け取って下さい」


「お前には沢山迷惑をかけたのに受け取れねぇよ。

柊、俺は今すぐにこの家を出て行く」


「っ…」


「ただ、最後に1つだけいいか?」


「…なんですか」


「今まで楽しかった。お前はどうだったか知らねぇけど、これは本音だ。

俺はお前と会えてよかったって思ってる」


「っ…!」


柊は、自分の服をギュッと掴みながら涙を流していた。


「なんなんですか貴方は…っ!

こんなに酷い事を言ってるのに、なんで怒らないんですか!?

怒って下さいよ!私の事を嫌いになって下さいよ!!」


「馬鹿かお前。 嫌いになんかなれる訳ねぇだろ」


そう言って小さく笑うと、柊は目を見開いた。


「私は…!貴方の事が…嫌いです」


「…そうか」


「大嫌いです…!顔も見たくないし…話したくもないです…!!」


「…そりゃあ残念だ」


柊にそう言い、俺は客室へ向かった。


…ゲーム機などは柊が遊ぶだろうから置いて行くとして、学校で使うものや服とかはキャリーケースに入る分を入れていこう。


漫画本や残った服などは手間がかかるが柊に捨ててもらうしかないな。

手間賃として金を置いていけば大丈夫だろう。


「これは…どうするかな」


必要最低限の物をキャリーケースに詰め終えた俺は、最後にある物を入れるか入れないかで悩んでいた。


それは、柊と初めてゲームセンターに行った時に春樹達と4人で撮ったプリクラだ。


柊はこの写真を宝物だと言っていたが、俺にとってもこの写真はお気に入りだった。


「…一応持っていくか」


俺は写真が折れないようにしてキャリーケースに入れ、キャリーケースを閉じた。

念の為忘れ物がないか部屋内を見渡すが、大丈夫だろう。


…去年の10月からここに住み始めて今は8月だから、もう10ヶ月も住んでたのか。


「…アパートよりも長い期間住んでたんだな」


全焼したアパートよりも住んでいる期間が長かった事に気づき、俺は笑ってしまった。


…さて、行くか。


「柊、長い間世話になった。今までありがとう」


キャリーケースを引きながら廊下に出て、まだリビングに居るだろう柊に向かって感謝の気持ちを伝える。


だが柊からは何も返ってこなかった。


俺は廊下から見える景色をしっかり目に焼き付け、玄関の扉を開けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「柊、長い間世話になった。今までありがとう」


如月くんがそう言って玄関の扉を開け、扉が閉まった音が聞こえた瞬間、私の目から涙が溢れてしまった。


「っ…」


如月くんの前では絶対に泣かないと決めていたのに、結局我慢が出来ずに泣いてしまった。


昨日の夜。如月くんにどうやって出ていってもらうかを父との通話が終わった後に沢山考えた。


そして、私は如月くんに嫌いになってもらおうと決めた。

如月くんが私の事を嫌いになれば、学校で如月くんが私に関わる事は無くなる。


だから私は如月くんに嫌われる為に沢山酷い事を言った。


「全部っ…!全部嘘…なのに…!!」


如月くんに嫌われたくない。

酷い事も言いたくなかった。


だけど言わないと如月くんは私の事を心配し続けてしまう。

だから嘘をついた。


如月くんは傷ついたかもしれない。

せっかく過去と向き合い、私達の事を信用してくれるようになったのに、私が裏切ってしまった。


「………」


私はゆっくり客室へ向かう。

如月くんは必要最低限の物だけをキャリーケースに入れたらしく、棚には服が少しだけと、漫画本が残っていた。


そして如月くんがよく勉強に使っていた机を見ると、書き置きと共にお金が置いてあった。

書き置きには


『キャリーケースに入りきらない荷物は置いて行くしかない。

手間がかかっちまうが服とかは処分してもらえると助かる。

最後まで迷惑をかけて悪い』


と書いてあった。


「…迷惑だなんて、一度も思った事ありませんよ」


如月くんが食べれる野菜の味付けを見つけられた時は本当に嬉しかったし、色々味付けを試したり、誰かの為に料理を作るのは楽しかった。


如月くんが部屋を散らかしてしまって2人で役割分担してお掃除するのも楽しかった。


朝が弱くて起こしに行くといつも眠そうに洗面所にトボトボ歩いて行くのを見るのが好きだった。


如月くんと一緒に生活していて、大変だと思った事は一度もない。

全部全部楽しい思い出として私の中に残っている。


でも、もうこの気持ちは誰にも話せない。

私はこれから、周りに嘘をつき続けながら生きなければならない。


如月くんと出会う前までは無意識に嘘の仮面を被って生活出来たし、それを大変だとも思わなかったのに、またあの生活に戻ると考えるだけで怖くなってしまう。


「…楽しかったなぁ…」


如月くんと過ごした10ヶ月。

私が素を出せていたこの10ヶ月は、間違いなく今までで1番楽しい期間だった。


如月くん、七海さん、海堂さん、桃井さん。

この4人は私の大事な人達。


きっと皆さんは私の事を嫌いになるだろうけど、私はずっと皆さんの事を好きなままでいたいと思う。


白雲さんともせっかく仲良くなれそうだったのに…


「…ご飯…作らなきゃ」


正直食欲は全くない。

だけど何か簡単な物でもお腹に入れないとと思い、冷蔵庫を開ける。


「……え」


冷蔵庫の中には、私の知らない箱が入っていた。

昨日はこんな箱は無かった。


今日は…朝食も昼食も如月くんに作ってもらったから私は冷蔵庫を開けていない。


私は冷蔵庫から白い箱を取り出し、中を確認する。


「あ…」


中を確認した瞬間、また涙が出てきてしまった。


白い箱の中には、ケーキが入っていた。

きっと如月くんが朝外出した際に買ってきてくれたんでしょう。


「なんで…っ…!こんなの…っ!」


きっと如月くんは私が喜ぶと思って買ってきてくれたんでしょう。


確かに嬉しいです。でも…


「今は…嬉しいよりも辛いですよ…っ」


私は冷蔵庫の前に座り込む。

涙が止まらない。止まってくれない。


『これから先、お前達は互いを異性として見ないと言い切れるのか?』


私は、昨日の父の言葉を思い出した。


そして次に如月くんとの楽しかった出来事を思い出し、私は確信した。


「…如月くん、どうやら私は貴方の事が好きだったみたいです」


何度も否定しようとした。

この"好き"は友達としての好きなんだと思おうとした。


でも、一度認めてしまえば気持ちが楽になった。

今まで悩んでいた事が馬鹿馬鹿しくなるくらい簡単な事だった。


「……なんで今更気づいてしまったんでしょう」


もうこの家に如月くんは居ない。

学校でも如月くんと話せない。


やっと自分の気持ちに気づけたのに、気づいた時には既に何もかもが手遅れだった。


「もっと早く…自分の気持ちに正直になっていれば良かった…!」


私は、今までの自分の責めながら泣き続けた。

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