第67話 「またな」

「如月くん、ちゃんと荷物確認しましたか?」


「したよ。お前らが何回も言うから3回もな」


「あんたがリビングにモバイルバッテリー置いたままにしてたからでしょ」


「うっ…」


七海に言われ、俺は何も言えなくなる。

今日は俺達が東京に帰る日で、現在の時刻は午前10時になったばかりだ。


新幹線の時間は12時30分だから、もう家を出なければならない。

俺達はキャリーケースを持って玄関の扉を開け、外に出る。


「…じゃあ母さん。またな」


振り返って母さんに言うと、母さんは笑顔で頷いた。

父さんはもう仕事に行ったが、仕事に行く前に俺達でちゃんと挨拶をした。


「皆遠い所まで来てくれてありがとね!

この5日間ずっと楽しかったわ!」


「私もです!このカメラもありがとうございます!」


「いいえ〜!それじゃあ渚咲ちゃん、春樹くん、七海ちゃん、小鳥ちゃん。

ダメダメな息子だけど、これからもよろしくね」


「「「「はい!」」」」


「ダメダメってなんだよ」


「まぁまぁ。ほら行った行った!新幹線の時間間に合わなくなるわよ!」


母さんに言われ、俺達は家の敷地を出て駅へ向かって歩き出した。


「あーあ…もう帰らなきゃなんですね…」


桃井が残念そうに呟く。


「でもまだ夏休みは始まったばかりだよ。 東京に帰ってからもまだ出来る事はあるさ」


「確かにそうですね!プールに遊園地に…あとは〜」


「「プールと遊園地かぁ…」」


楽しそうに行きたい場所を語る桃井に、俺と七海はため息を吐いた。


「如月くんと七海さんは本当に人混みが苦手ですよねぇ」


「昨日のお祭りでは普通だったじゃないですか!」


「違うんだよ、東京はどこも人が多すぎるんだよ。

もし動物園なんか行ったらどっちが檻の中に入ってるのか分からなくなるくらい多いだろ」


「あ!動物園も良いですね〜!あと水族館とか!」


「あ、やべ…」


「何してんの馬鹿」


桃井に情報を与えてしまい、七海に睨まれてしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「そういえば、和馬さんと風香さんは来ないんですか?」


あの後、俺達は電車に乗って新幹線乗り場がある駅に来た。

そこで柊が聞いてきた。


「あの2人は新幹線乗り場の前で待ってるってよ」


「なるほど!」


「だからそろそろ見えるはず…あ、居た」


新幹線乗り場へ向かう為の改札に行くと、改札の前に和馬と風香が立っていた。

和馬達は俺達に気づくと手を振って近づいてきた。


「ヨータ!皆も、俺のせいで迷惑かけちゃって本当にごめんな…!」


和馬は改めて俺達に頭を下げてきた。


「良いって、もう気にすんなよ。 それより、風香の親とは話せたのか?」


俺が聞くと、和馬は悲しそうに頷いた。


「めっちゃ怒鳴られたよ。

「2度と風香に近づくな」って言われちまった。当たり前だよな…」


昨日、和馬は母さんと父さんにもちゃんと謝罪をしていた。


だが母さんと父さんは元々「陽太が許したなら許す」という考えだったらしく、また仲良くしてやってくれと言ってくれた。


だが、風香の両親はそう甘くなかったみたいだ。

まぁ、娘が殴られたんだから当然か…


「でも、風香が一生懸命説得してくれてさ。

なんとか許してもらえたよ」


「そうか…良かったじゃねぇか。風香も、よく頑張ったな」


「んーん。結構性格悪い事しちゃったし…」


「性格悪い事?」


「うん。私が何度言ってもヨー君の事を信じてくれなかったでしょ?

その話題を出して強引に説得したから…」


「おぉ…」


「お母さん達ね、ヨー君にちゃんと謝りたいって言ってたよ。

だからさ、次来た時は3人で私の家で遊びたいな」


「そうだな、風香のお母さんが焼くクッキー美味いしまた食べたい」


「む!クッキーなら私も焼けるようになったよ!」


「本当かぁ…?お前料理苦手だっただろ」


「練習したの!!!」


「へぇ…じゃあいつか食わせてくれ」


「うんっ」


そんな会話をしていると、新幹線が来る10分前になった。


「…んじゃ、そろそろ行くな」


2人に言うと、2人は悲しそうに頷いた。


「ヨータ…!!次会う時はいっぱい遊ぼうな!」


「…あぁ」


「いっぱいゲームしたり、思い出の場所巡りしたり、色々…!やりたい事あるんだよ!」


カズは一生懸命言いたい事を伝えてくれていた。


「あぁ。約束だ」


俺が言うと、カズは何度も頷いた。


「…ねぇヨー君」


風香は俺の前に来ると、急に俺に抱きついてきた。


「っ!お、おい…!?」


「えへへ…我慢できなくなっちゃった」


風香は俺から離れると、照れくさそうに笑った。


「ヨー君。私ね、あの頃と何も変わってないよ」


「ん…?」


「ヨー君の事が好きなままって事」


「え…」


風香は顔を赤くして笑顔で言った。


「ヨー君は大人っぽくなったけどさ、優しい所は何も変わってなかった。

私が好きなヨー君のままだった」


「風香、お前…」


「はい!新幹線行っちゃうよ!早く行かなきゃ」


俺は風香に背中を押され、無理矢理改札を通らされる。


「ヨー君!私達はもう大丈夫だからね!何も心配要らないから!」


「…あぁ」


「たまにで良いから連絡頂戴ね!あと、通話とかもしようね!」


「あぁ。分かったよ」


俺が言うと、風香と和馬は満足そうに笑った。

俺はキャリーケースを引いて新幹線乗り場に向かおうとした。


だが、どうしても言いたい事を思い出し、後ろを振り返った。


「風香!カズ!」


2人は首を傾げていた。


「またな」


俺は2人にそう告げた。

すると2人は嬉しそうに頷いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「せんぱーい?いい加減顔を上げたらどうですか〜?」


「いや、無理」


新幹線に乗り、席に座ってから俺はずっと下を向いていた。

先程の風香の行動を思い出し、顔が熱くなってしまったのだ。


こんな顔を見せたら絶対にからかわれる。


「陽太はモテモテだねぇ」


「やめろマジで」


「本当は嬉しいんでしょ」


春樹と七海にからかわれた。

どうやら俺は顔を上げなくてもからかわれるらしい。


そして、次にパシャッという音が聞こえた。


「…おい柊。お前今撮っただろ」


「すみません。なんか珍しいなと思って」


「はぁ…」


よし、もう顔は熱くないな。


「あ、先輩顔あげた!」


「うるせぇぞ桃井。 柊、知恵の輪くれ」


「はーい」


柊が射的で落とした知恵の輪は俺にくれたのだが、俺が持っていると無くすかもしれないということで柊が持っていてくれたのだ。


全く、こいつらは俺をなんだと思ってるんだ。


柊から知恵の輪の受け取り、暇つぶしに解こうと金属を動かす。


「如月くん、楽しかったですか?」


「ん?…あぁ、楽しかった」


知恵の輪を解いていると柊に質問されたので答えると、柊は嬉しそうに笑った。


「勇気出して良かったですね」


「…そうだな。お前達が背中を押してくれたおかげだ」


帰省する前は正直不安だらけだった。

俺にとってあの場所は良い思い出が沢山詰まってる場所であると同時、同じくらい思い出したくない場所だったからだ。


だが、風香もカズも勇気を出して俺に気持ちを伝えてくれた。

だから俺達は元に戻れたんだ。


時間の都合上話せる時間が少なく、完全に元通りとまでいかなかったが、止まっていた関係は動き出した。

あとは時間が解決してくれるだろう。


「やっぱり、君の友達運は高かったみたいだね。和馬君も卯月さんも良い子達だったし」


春樹が言う。

そう言えば正月に神社で会った時にそんな事を言ってたな。


その時は「自分で言うなよ」って返したんだったか。


「…そうだな。お前のいう通りかもな。

俺は全然不幸じゃなかったよ」


素直に認めると、春樹は珍しく目を丸くしていた。

そんな春樹を見て俺達は笑い、珍しい表情だという事で柊がカメラを構えていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふぅ…静かになっちゃったわねぇ」


陽太達が帰った後、如月家のリビングで私、如月美穂は1人呟いた。


陽太が1人で東京に行くと言い出した時、不安だったけど行かせてよかった。

アパートが全焼するという予想外すぎるハプニングはあったけど、そのハプニングのおかげで陽太は渚咲ちゃんと仲良くなったというんだから、人生って本当に面白いなぁと思う。


久しぶりに帰って来た陽太は、凄く大人っぽくなっていた。

1年生の時は帰って来てくれなかったから、余計にそう思ったのかもしれない。


考え方も何もかも、私が知る陽太とは違っていた。

陽太は中学生の時に普通じゃない経験を沢山してしまった。

本当は私達大人が助けてあげるべきだったのに、私達が全てを知った時は既に手遅れの時だった。

それまで陽太は私達に嘘をつき、心配をかけないようにしていたらしい。


陽太は優しいから、他人の事を第一に考えてしまう。

だからこそ、同じ目線に立って背中を押してくれる友達が出来たことがとても嬉しかった。


陽太は和馬君と風香ちゃんともちゃんと話し、無事に仲直りをした。

ずっと子供だと思っていたけど、陽太にはもう頼れるお友達がいる。


地元には和馬君と風香ちゃんがいるし、もう何も心配は要らないと思う。


「…良かったわね、陽太」


私は、よく昔陽太が身長を刻んでいた壁を見る。


壁には、新たに


如月陽太、175cm。

柊渚咲、160cm。

海堂春樹、178cm。

青葉七海、158cm。

桃井小鳥、155cm。

卯月風香、159cm。

一之瀬和馬、177cm。


と書かれていた。


「あ、いけないいけない!アルバムに写真入れないと」


私は陽太のアルバムを出し、中学2年生から空白だったスペースに昨日庭で花火をした後に撮った7人の集合写真と、陽太、和馬君、風香ちゃんの3人だけが映った写真の2枚を入れた。


アルバムに写真を入れた後、私のスマホが鳴った。

チャットの相手は、渚咲ちゃんだった。


「ふふ…」


私の夢はこの2枚の写真を撮った所で終わり。

私の夢の続きは渚咲ちゃんが記録してくれる。


「良い写真じゃないの」


渚咲ちゃんが送って来たチャットには、

『5日間お世話になりました!初めての経験ばかりでとても楽しかったです!』

という文章と共に、1枚の写真が添付されていた。


その写真には、座りながら気持ちよさそうに寝ている陽太と、笑顔でピースしている渚咲ちゃん、春樹くん、七海ちゃん、小鳥ちゃんが写っていた。


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第三章

夏休み編

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