第45話 「八神という男」

柊が眠れないと言い、手を握ってやった次の日、柊は何度も何度も頭を下げて来た。

俺としては別に気にしてなかったが、柊は迷惑をかけた事を気にしていたらしい。

そして時間は進み月曜日、俺は登校してすぐに、八神に呼び出された。


「どうした?」


「…如月、今日の放課後空いてるかな」


「放課後?まぁ空いてるけど」


「良かった。なら、放課後屋上に来てくれないか? 相談したい事があるんだ」


「分かった。放課後だな」


陸上関係なら、八神はこんな回りくどい事はせず、すぐに相談してくる。


十中八九、桃井の事だと言うのは察しがついた。

さて、俺はどっちの味方になれば良いんだかな。


教室に戻ると皆が俺の机の周りに集まっていた。


「あ、陽太おかえり。今日の体育持久走らしいよ」


帰って早々、七海にそう言われた。


「マジかよ…しかも今日の体育って昼終わりだろ? 絶対眠くなるな…」


「陽太は意外に体力あるから良いじゃないか…僕と七海は地獄さ…」


「七海はともかく、春樹お前はもう少し体力付けた方がいいと思うぞ」


「走るのは苦手でね…」


春樹が苦笑いをする。


「確かに、如月さんって普通に運動出来ますよね。 中学時代に何かやってたんですか?」


まさかの質問に、俺は一瞬だけ反応してしまった。

そして、それを七海に見られた。


「…いや別に、何もやってねぇな。 両親が運動好きだったから、遺伝したんじゃねぇかな」


「なるほど! 遺伝って本当に不思議ですよね〜」


「確か柊の髪も遺伝なんだもんな」


柊だけはなんとか誤魔化せたが、七海だけはずっと疑いの目を俺に向けていた。

春樹も、絶対に今疑問に思っただろう。


本当に、この2人は怖い。


ーーーーーーーーーーーーーーー

だが、あれからは特に何も言われる事はなく、体育の時間になった。


「はぁ…!はぁ…!もう…だめだ…!」


「がんばれ春樹、あともう少しだぞ」


俺は現在、春樹のペースに合わせて走っていた。

春樹は今にもぶっ倒れそうだ。


春樹は気力で走りきると、そのまま地面に倒れた。


「おつかれさん」


「はぁ…はぁ…持久走は…本当に必要なんだろうか…」


「さぁな」


俺は笑いながら答える。


「やぁ如月、海堂も。おつかれ」


「おう八神。おつかれさん」


八神が近づいて来た。

流石は八神、汗ひとつかいていない。


「海堂…きつそうだね…保健室行くか?」


「いや…少し休めば…大丈夫さ…」


海堂がそう言うと、八神は苦笑いした。


「陸上部からしたら慣れっこだけど、走りなれてない人からしたらただの拷問だよな」


八神が言うと、俺も頷く。


「まぁ、人には得意不得意があるからなぁ」


「だね、如月はあまり疲れてなさそ…」


「「「うおおおおお!!!!」」」


八神の言葉を、男達の声がかき消した。


何事かと思って見ると、すぐに納得した。


今は女子が走る番だ。

つまり、柊と七海が走ると言う事。

男子からしたら学年1、2の美少女の走り姿は輝いて見えるのだろう。


「相変わらず凄い人気だね」


「何言ってんだ八神。お前も似たようなもんだろ」


俺が言うと、八神は苦笑いをしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーー

放課後になり、春樹達に事情を告げてから、屋上へ向かう。


「悪い、待たせたね」


「いや別に気にしてねぇよ」


屋上で待っていると、八神が扉を開けた。


「で?話ってなんだよ」


「その前に、1つ聞いていいかな?」


「なんだ?」


「…如月ってさ、学生の恋愛について、どう考えてる?」


八神の問いに、俺は俺なりに真面目に考える。


そして、俺の答えは


「友達の延長」


これだった。


そう言うと、八神は笑った。


「はは…やっぱり如月に相談しようとして正解だったね。 俺と君は考え方は真逆だけど、恋愛についての考えだけは、俺も君と全く一緒の考えなんだ」


「…意外だな。 お前がこんな捻くれた考え方するなんて」


「過去にちょっとね」


「…まぁ、聞かないでおいてやるよ」


「助かる」


「で?本題は何なんだよ? こんな質問をするって事は、恋愛の話だろ」


「あぁ。 …小鳥が俺に好意を持ってくれてる事は話したよな」


俺は頷く。

絶賛その桃井の手伝いをされてるからな。


「どうしたら、小鳥が傷付かずに俺から離れてくれるかな…?」


「傷付かずに…?」


「あぁ。 今のままいけば、あの子はいずれ俺に告白をしてくるだろう。

もちろんそれはありがたいよ? でも、俺は今誰とも付き合う気はないんだ。

だから、あの子が傷つく前に、俺を諦めてもらいたい」


八神天馬という男は、どこまでも優しく、正に王子様のような存在だ。


「…別に、桃井以外にもお前に告白してくる奴は居ただろ?」


「いや、居ないよ。 告白されないように常に距離感を測ってるからね」


「マジかよ」


あんなにチヤホヤされてるんだ。てっきり告白の一つや二つされてるもんだと思っていた。


なるほど、つまり八神は今誰とも付き合う気がないから、告白されたら振るしか無く、相手が傷ついてしまうから、相手に自分を諦めてもらいたいってわけか。


「……神崎は? あいつはお前と距離近いだろ」


距離感を測っていると言う割には、明らかに神崎だけ距離が近い。

てっきり付き合ってると思っていたが、今の八神の言動からして付き合ってはいないんだろうし。


「加奈は中学からの同級生だからね。 俺の考え方を理解してくれてるんだ」


なるほど。だから神崎とは距離感が近いのか。


「…んー…傷つかずにってのは、やっぱり難しいんじゃないか?」


「…そうか…」


「唯一ある方法は、桃井がお前に興味が無くなるような事が起きるくらいだが、そんな事はないだろうしな」


八神は完璧だから、絶対に残念な場所は見せないだろうしな。


しかし驚いた。まさか八神がこんな考えを持っていたとは。

ここまでくると、桃井がいくら頑張っても無駄なだけだ。


…だが、桃井が必死に頑張る姿を見て、俺はいつの間にか、無意識に応援したいと考えるようになってしまっていたらしい。


「1つ言っておくと、桃井は本気でお前の事好きだぞ」


俺の言葉に、八神は不思議な顔をする。


「今まで黙ってて悪い。 実は俺、桃井の相談を受けてたんだよ。 お前と付き合うにはどうすればいいかってな」


「…そ、そうだったのか…俺のせいで迷惑をかけてすまない…」


「まぁ、最初は正直迷惑だった。 だけどな、しつこいくらいお前にアピールして、その度に撃沈してんのに、諦めないアイツを見て、俺は応援したいと思ってた」


「……」


「好きな奴の為にそこまで頑張れる奴を、俺は純粋にすげぇなって思った。 もう一度言うが八神、桃井は本気でお前の事が好きだぞ」


俺は何を言ってるんだろうな。

さっき自分で学生の恋愛は友達の延長って言っておきながら。


だが、頑張ってる奴は報われてほしいと言うのが、俺の本音だ。


「…うん。 君の話を聞いて、小鳥は他の子達とは違うんだなって思ったよ」


八神は俺の目を真っ直ぐ見る。


「だけど、やっぱり俺は小鳥の気持ちには答えられない。

特別扱いをするつもりはないよ」


「…そうか」


「…やっぱり、君はいい奴だね。 如月、俺は君とこの学校で会えて良かったよ」


俺は笑う。 八神は…八神天馬という男は、どこまでも優しい王子様で、王子様らしく、皆に平等に優しい。


平等に優しいからこそ、誰か1人だけを特別扱いすれば、特別扱いされた相手が他の人からどう思われるかを知っている。


だからこそ、八神天馬は恋愛をしない。


「じゃあ、俺は先に帰る。 如月は?」


「俺はもうちょっとだけここに残る」


「分かった」


後ろで八神が扉を閉める音が聞こえ、その後俺はため息をつく。


「はぁ…桃井にどう説明すっかなぁ…」


桃井は本気で八神の事が好きだ。

俺が今日の事を正直に話せば、必ず桃井は傷つく、だが話さなければ、いつか桃井は八神に告白して振られ、結局傷つく事になる。


何かないか…桃井が傷付かずに八神から離れられる方法…


数分考えたが、いい考えは思い浮かばなかった。

出来るだけ頼りたくはなかったが、柊の意見も聞いてみるか。


そう決め、教室に戻ろうとすると、屋上の扉が開いた。


扉の奥に居たのは…


「…桃井」


桃井小鳥だった。

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