第44話 「眠れない女神様」

「……眠れなくなりました」


「…は?」


クマのぬいぐるみを大事そうに抱えながら、柊は言った。


「…あれから、頑張って目を閉じたんです。 でも、頭を空っぽにしても無意識にあの映画の内容を思い出してしまって…」


柊は声を震わせながら言う。


「今目を開けたら、目の前に何かがいるんじゃないか…とか、外の風の音でもビクビクしてしまって…」


「お、おぉ…」


「だから…如月くん起きてないかなぁ…って…」


「…俺はどうすれば良いんだ?」


柊の気持ちは痛いほど分かる。

かく言う俺も当時はトイレにも行けなくなった程だ。


だが、現在柊と俺は高校生、出来る事には限りがある。


ずっと話してるわけにもいかないし、一緒に寝るのは論外だしなぁ…


「じ、じゅっぷん…い、いえ、5分だけお話して下さい」


「いいぞ」


そう言うと、柊は律儀にスマホで5分のタイマーをセットし、話し始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なるほど、如月くんの地元はそんな雰囲気なんですね」


話題に困った俺達は、とりあえず俺の地元の話をしていた。


俺の地元は宮城県で、東京よりは住みやすい所だった。

宮城は栄えてる所は栄え、田舎の場所は田舎だ。


俺の家の周りは田んぼや畑だらけだった事を柊に話した。


「じゃあ夏場は虫とか多そうですね」


「めっちゃ多いぞ。 蚊取り線香も3個あっても足りないくらいだ」


「えぇっ…聞いただけで痒くなっちゃいます」


そこまで話すと、柊のスマホが鳴った。

柊が自分でセットしたタイマーなのだが、その音に柊自身が1番びっくりしていた。


「も、もう5分経ってしまいましたか…」


「寝れそうか? まだ無理そうならもう少し付き合うが」


さっきまでは楽しそうに話していたのに、今の柊は露骨にテンションが低い。


「い、いえ! これ以上迷惑はかけられません。 頑張ってみます」


「了解」


そう言うと、柊はクマのぬいぐるみを抱えながら、ゆっくりと部屋に帰っていった。


俺はその後電気を消し、ベッドに入った。


今日はすぐに寝れそうだ。


俺は、ゆっくり目を閉じた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


コンコン…


と、扉がノックされる音で、俺は目を覚ました。


寝てからそんなに時間は立っていないはずだ。

俺は溜め息を吐きながら、扉を開けた。


そこには、申し訳なさそうに立っている柊がいた。


「…す、すみません」


「やっぱり無理だったか?」


俺が聞くと、柊は頷いた。

俺は、そんな柊の横を通り過ぎ、リビングへ向かった。


「こっち来い」


そう言うと、柊はトコトコとついてきた。

リビングの電気は付けずに、そのまま窓際へ向かう。


「如月くん?」


「俺が昔眠れない時によくやってた事を教えてやるよ」


俺はベランダへ続く窓を開け、ベランダへ出た。


「…やっぱり夜は寒いな」


柊も俺に続いてベランダに出る。


「ほら、上見てみろ」


「上…? わぁ…」


そこには、綺麗な星空が広がっていた。


「柊はいつも早く寝るからな、夜中の星空とか見た事ないだろ」


「はい…! こんなに綺麗なんですね」


「まぁ、田舎の方だともっと綺麗だけどな」


「あぁ、排気ガスなどが原因ってよく言いますよね」


「そうだな。 だけど十分綺麗だろ。 夜中だと車の音や雑音もない。 だから星空だけに集中できる」


「ですね」


柊は星空を見つめ、目を輝かせていた。


「なんか、ベランダに椅子置きたくなっちゃいますね」


「ハマったのか?」


「はい! あぁでも、夜更かししないと見れないんですよね…んー…」


「まぁ、夜更かししちゃった時だけの特別感程度に思っとけ」


それから数分程夜空を見ていたが、流石に寒くなってきたので中に入った。


時刻は夜中の2時になろうとしていた。


「明日が学校じゃなくて良かったな」


「ですね…眠いのに眠れないのは中々辛いです」


「まぁ気持ちは分かる」


「…如月くんは怖くないんですか?」


「俺は慣れたからな。 今は大丈夫だ」


「今は…? という事は、昔は違かったんですか?」


まずい失言をしてしまった。


だがもう言葉をとり消す事は出来ない。


「…まぁ…俺も昔は眠れなかったな」


そう言うと、柊は何故か嬉しそうに笑った。


「当時はどうやって寝てたんですか?」


「教えねぇ」


「え、なんでですか」


「言いたくないから」


だが、柊はしつこく聞いてくる。

若干深夜テンションになっているのか、いつもよりも柊はテンションが高い。


「如月くんが教えてくれるまで私寝ませんから」


「教えなくても寝れないだろ」


そう言うと、柊はムッとした顔をする。


「はぁ…誰にも言うなよ? 特に春樹と七海には」


「はいっ約束します!」


柊は嬉しそうに言う。


「…親に手繋いでもらってた」


「わぁ」


俺の顔が熱くなる。 当時は小学生だったとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。


そして、柊は考える素振りをしている。


「なるほど…確かにそれなら安心できそうですね…」


「…何の話だ?」


「…如月くん。 お願いがあります」


柊は、ほんのり顔を赤らめながら言う。


「わ、私が眠れるまで、手を繋いでてほしいです」


「絶対無理」


俺は即答した。


「えっ…」


「お前の寝顔なんか見たら、今度は俺が眠れなくなるわ」


初めて見た時でさえめっちゃ緊張したのに。


「で、電気を消せば…」


「そもそも、お前どこで寝る気だ?」


「もちろん自分の部屋…あっ…」


そこで柊は気づいたらしく、顔を真っ赤にした。


「つまり、俺はお前の部屋に入るって事になるんだぞ?」


ここで生活する条件の一つに、絶対に柊の部屋には入らない事。

というのがある。


つまり、ダメな事なのだ。

俺はリビングを出て、自分の部屋へと歩き出す。


「分かったら頑張って寝るんだな。 羊を100匹くらい数えてれば自然と眠…」


言い切る前に、柊に服の袖を掴まれた。


「は、入っても大丈夫なので、お願いします…」


柊に上目遣いで頼まれ、俺はため息を吐く。


どうやら俺は上目遣いに弱いらしい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


柊は、ゆっくり自分の部屋の扉を開けた。

先に柊が中に入り、その後に俺も中に入った。


「…おぉ…」


柊の部屋は、女の子らしかった。


白を基調とした家具に、モコモコの白い絨毯。

ゲーセンで取ったぬいぐるみが所々に置かれている。


そして何より、匂いだ。


柊はいつもすれ違う度に良い匂いがするのだが、部屋の中はどこにいても良い匂いがする。


本当に俺の部屋と同じ家内なのかと錯覚するほどだ。


「…如月くん…? なんで固まってるんですか?」


直立不動の俺に疑問を持ったのか、ベッドに座っている柊が首を傾げた。


「…あぁそうか、寝るまで手繋ぐんだったな」


「はい、お願いします…! 私が寝たら部屋に戻ってもらって大丈夫なので…」


「了解」


「じ、じゃあ…お願いします」


柊はベッドに入り、布団の隙間から手を出す。

俺はその手を握る。


「わ…なんか安心します…」


「そうか?」


「はい…如月くんの手…暖かく…て…」


そこまで言った所で、柊の寝息が聞こえてきた。

嘘だろもう寝たのかよ。


早すぎるだろ。

まぁとにかく、寝れたんなら俺がこの部屋に留まる必要はないな。


「柊、もう寝たか?」


念の為聞くが、返事はない。

よし、大丈夫だな。部屋に戻るか。


柊から手を離し、立ち上がる。

すると、棚の上に置いてある写真立てが目に入った。


写真立てには、俺、柊、春樹、七海の4人で撮ったプリクラが飾られていた。

宝物と言っていたが、ちゃんと大事にしてくれていたらしい。


「おやすみ」


俺はそう言って、柊の部屋を出た。

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