第46話 「失恋」
「あれ、如月先輩じゃないですか! こんな所で何してるんですか〜?」
「…別に、ただ考え事」
「屋上で考え事なんて、先輩意外とオシャレな事しますね…あ!まさかかっこつけ…!?」
いつになくハイテンションな桃井とは逆で、俺は真面目に桃井の顔を見る。
「…お前聞いてただろ」
そう言うと、桃井は一瞬目を見開いた後、すぐ笑顔になる。
「何の話ですか〜? あ!そんな事より先輩! いい機会ですし今からここで八神先輩と付き合おう作戦の会議を…」
「目が赤い。 あと、タイミングが良すぎる」
「……」
桃井は笑顔を辞め、俺の横で屋上の手すりを掴み、校庭を見下ろす。
「…そういうのは、分かってても黙ってるのが出来る男って奴なんですよ?」
「俺が出来る男に見えるか?」
「いいえ全く」
軽口を叩いた後、桃井が口を開く。
「八神先輩が屋上に上がって行くのが見えて、こっそり後をつけました。 そしたら、扉越しに如月先輩と話してるのが聞こえて…」
…つまり、桃井は最初から全てを聞いてたって事か。
「話が終わって八神先輩が近づいて来たから、急いで下に降りて、涙を拭ってからここに来ました」
「…そうか」
そこまで言うと、桃井は突然笑顔になる。
「それにしても、先輩ってば私の事応援してくれてたんですね! それならそうと素直に言ってくれれば良かったのに!
でも私は大丈夫ですよっ! 別に傷ついたりしてないので!」
「……」
「それに、最初に言ったじゃないですか!私は八神天馬と付き合ってるって言う肩書きが欲しいだけだって!
だから別に本気で好きだった訳じゃないし、付き合えたらラッキー程度に思ってたんです!」
「……」
「まぁ、告白して恥かくよりはよっぽど良かったです! これで潔く諦めが…」
「…桃井、ここには他に誰も居ねぇぞ。 なんで取り繕ってんだ」
俺がそう言うと、桃井はポロポロと涙を流した。
「…っ…だって…っこう言うしか…!ないじゃないですか…!」
「…正直、八神が恋愛にあんな考えを持ってるのは予想外だったな」
「本当ですよ…っ!あんなの…どう頑張っても…無理じゃないですか…っ」
「…そうだな」
俺は、桃井が泣き止むまで、ただただずっと隣にいた。
数分後、涙を拭いた桃井は、何かを決心したのか、桃井は振り返り、扉の方へ歩き出した。
「桃井…?」
「八神先輩に告白してきます」
「…は? いやお前…」
「分かってます。 無駄な事だって。 だからこそ告白するんです。 ちゃんと八神先輩を諦められるように」
「…そうか。 じゃあ、行ってこい」
「はい、行ってきます!」
どうなるか、結果は見えてる。 その先が奈落だと分かっていても、桃井は自ら進む。
俺は、そんな桃井の背中を見送った。
桃井が扉を閉めると、俺はスマホを取り出し、柊に通話をかける。
『はい?どうしました?』
「急に悪い、そこに春樹と七海はいるか?」
『はい、居ますけど…』
「なら、悪いんだけど、今日は先に帰っててもらっていいか?」
『え?でも、さっき八神さんは教室に…』
「八神との話は終わったんだ。 でもちょっとやらなきゃいけない事が出来てな」
『…分かりました。 では、先に帰りますね。 遅くなるようならまた連絡を下さい』
「おう。ありがとな」
柊との通話を切り、俺は桃井を待つ。
八神は今日は部活の為、先に帰ってるという事はありえない。
桃井は、きっと上手い事八神を呼び出して告白をするだろう。
別に告白をした後屋上に帰ってくるなんて一言も約束してないが、俺は桃井がまた屋上に戻ってくると確信していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「…あ、先輩。 まだ居たんですね」
あれから20分ほど経ち、屋上の扉が開き、桃井がやってきた。
「よう。おつかれさん」
「こんな時間まで残ってるなんて、随分と暇なんですねぇ」
「まぁな」
桃井は笑いながら俺の隣に来る。
「…ちゃんと言えたか?」
「はい。 私の気持ちを正直に全部話しました」
「そうか」
「まぁ、振られちゃいましたけどね。 まさかこの私が振られる事になるなんて思ってませんでしたよ」
そんな桃井の言葉に、俺は笑う。
「全く!八神先輩は惜しい事をしましたね! この私を振るなんて! 絶対に将来後悔しますよ!」
「だな」
「私ほど可愛くて家事が出来て優しくて相手の事を思いやれて可愛くて可愛い女の子はいないのに!」
「そうだな」
「…っ分かってたけど…やっぱり辛いですね」
頑張って強がっていたが、耐えられなかったのだろう。
桃井は涙を流した。
「桃井は強いな」
「…強くなんか…!ないです…!」
桃井は何度も何度も涙を拭い、その後急に頭を下げてきた。
「先輩、私の為に色々相談に乗ってくれてありがとうございます。 こんなに素で話せる人は居なかったので、とても楽しかったです。
あと、八神先輩に言ってくれた言葉、嬉しかったです」
「な、なんだよ急に」
「ちゃんとお礼をと思って! 」
「別に例なんかいらねぇよ」
そう言って、俺は扉の方へ歩き出す。
「何やってんだ、早く行くぞ」
「へ?行くって…?」
「カフェ。 今日は奢ってやる」
俺が言うと、桃井は目を見開いた後、笑顔になり俺の後ろをついてくる。
「先輩ってもしかしてツンデレですか?」
「何言ってんのお前…?」
そんな軽口を言い合いながら、俺達はカフェへ向かった。
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カフェに着き、俺はカフェオレを頼むと、桃井もカフェオレを頼んだ。
2人分のカフェオレが来てから、俺は口を開く。
「…お前ブラックが好きなんじゃなかったっけか」
「好きですよ? でも今はブラックって気分じゃなくて。 ていうか、いつも思ってたんですけど、砂糖とミルク入れすぎじゃないですか…? ほぼ牛乳じゃないですかそれ」
「何言ってんだ。ミルクと糖分は人間には必要な成分なんだぞ? 糖分はエネルギーになるし、ミルクはカルシウムだし、何より…」
「あーはいはい。 もうその辺にしましょうね。 でもちょっと気になって来ました。 私も砂糖とミルク入れてみよっと」
そう言って桃井は俺と同じようにミルクと砂糖を入れ、カフェオレを飲む。
その瞬間、顔をしかめた。
「あっま…!? え、先輩こんなに甘いの飲んでるんですか…!?」
「何でそんな化け物を見る目で見るんだよ。美味いだろこれ」
「えぇ…」
桃井は頑張ってカフェオレを飲みきり、すぐにブラックコーヒーを注文していた。
「…先輩って普段何飲んでるんですか?」
「雪印コーヒー」
「うわぁやっぱり…」
桃井は引いた目で見てくる。
なんだよ雪印コーヒー美味いだろ。
実家にいた時と1人暮らし時代は1週間に3本以上は飲むくらいなんだぞ。
まぁ、家で雪印コーヒーばかり飲んでいたら柊に禁止令を出されたから今は1週間に1本になったけどな。
「よく太りませんね…あぁそういえば太りにくいんでしたね…」
桃井は苦笑いしながら言った。
「桃井はよくブラック飲めるよな」
「実は私、元々ブラック飲めなかったんですよ。 まぁ甘いのは嫌いでしたけど、だから微糖とか飲んでました」
「あ、そうなのか」
「はい。でも八神先輩がブラック好きって聞いて、頑張って飲めるようになったんですよね。 ほら、好きな人とは同じものを好きになりたいじゃないですか」
「なるほどなぁ」
「まぁもう必要ないですけどね。 また微糖飲み始めようかな」
そう言って笑う桃井の顔には、もう未練は残っていないように見えた。
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暗くなって来たのでカフェを出て、俺達は桃井の家の方へ歩き出す。
「先輩、今日は奢ってくれてありがとうございました」
「気にすんな」
「…あ、そういえば、私達ってこれからどうしましょうね」
「どうするって?」
「ほら、私達の関係って、あくまで八神先輩と付き合う為の協力関係だったじゃないですか?」
「そうだな」
「でも、もう目的である八神先輩には振られちゃいましたし、だったら私達の関係って…」
「まぁ、普通に考えたら解散じゃないか? 八神っていう話題があったから話してただけで、別に俺個人とお前個人で話す事ってないしな」
「そ、そう…ですよね」
俺が言うと、桃井は下を向き、あまり喋らなくなる。
俺は間違った事は言ってないはずだ。
桃井が言った通り、俺達はただの協力関係。
目的がなくなれば当然解散。それでいいはずだ。
桃井には桃井の人生があるし、俺と関わる必要はない。
「…先輩!!」
考え事をしながら歩いていると、隣で桃井が大きめの声で俺を呼んだ。
「うるさっ…なんだよ急に」
「私と友達になって下さい」
「…はぁ?」
俺は、桃井が言った事を理解出来なかった。
「協力関係が終わったからハイ終わり…って、なんか嫌だなって思って…
先輩は私が唯一素で話せる人だし…」
「あのな、別に断る理由はないが、別に俺なんかよりも他の…」
「先輩が良いんです」
桃井はジッと俺の目を見てくる。
「…はぁ…分かったよ。 さっきも言ったけど、別に断る理由はねぇ」
そう言うと、桃井は目を輝かせる。
「でも、自慢だが俺と友達になっても楽しい事なんかないからな」
「大丈夫でーす!」
「あっそう…」
それから自宅に帰るまで、桃井はずっと笑顔だった。
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