第39話 「女神様こわい」
「先輩って家事とかできるんですかー?」
1人暮らしの話を出してから、桃井が質問してきた。
「自慢だが出来ないぞ」
今は柊のおかげで多少はマシになったが、また1人暮らしになったら怠ける自信しかない。
「それ自慢じゃないです…まぁ確かに想像は出来ないですね。 部屋とか散らかってそう」
「そんな事は…あるな。 気を抜くとすぐに散らかる」
「うわぁ…」
桃井が引いた目で見てくる。
「料理とかどうしてるんですか?」
「コンビニ弁当かカップ麺」
実際柊に出会う前はそうだったからな。
嘘は言ってない。
「…太りません?」
「太りにくい体質だから大丈夫だ」
「うわ! それ他の女子に言ったら消されますよ!」
「言う女子居ないから大丈夫」
「確かに」
そう言って桃井は笑った。
「…そう言うお前は家事出来んのか?」
俺が聞くと、桃井は胸を張って言った。
「私は完璧な美少女を目指してますからね。 家事は完璧にこなせますっ! 料理とかも勉強してますから!」
「おー」
「将来旦那様には精一杯尽くしてあげたいので、今のうちから修行してるんですっ」
「それはその旦那は喜ぶだろうな」
「でしょうね! 疲れて帰ってきた夫を暖かいご飯と共に笑顔で迎える美人妻! 最強です」
「…その本性は腹黒で計算高い女…と」
「何か言いましたぁ?」
桃井は低い声で言ってきた。
怖今の声。 なんでセリフは柔らかいのに声色あんなに低くできるんだよ。
「なんでもないです」
「よろしい。 …あ、もうそろそろ家です!」
「はいよ。 じゃあ、ここまででいいか」
流石に家の前まで行く気はないので引き返そうとすると、桃井に止められた。
「ちょっと待ってください!」
「なんだ?」
「渡したい物があるので、持ってきます!」
そう言うと、桃井は家の方へ走っていった。
言われた通りに待っていると、数分後に桃井が走ってきた。
「お待たせしました!」
「いや別に。 で、渡したい物ってなんだ?」
そう言うと、桃井はとあるぬいぐるみを渡してきた。
掌サイズの可愛らしいピンクの兎のぬいぐるみだ。
「…これは?」
「如月先輩1人暮らしだから、寂しいだろうなと思って!」
だからぬいぐるみか。
「ぬいぐるみがあれば部屋が鮮やかになるかなと思って…いらなかったですか?」
桃井は不安そうに聞いてくる。
この桃井は素なんだろうが、正直あざといモードより今の素の方が俺は親しみやすいと感じる。
「いや、貰っとく。 ありがとな」
「はいっ!」
俺が言うと、桃井は笑顔になった。
桃井と別れ、俺は来た道を引き返す。
時刻はもう17時を超えており、家に帰る頃にはもう18時になっているだろう。
柊はいつも18時頃に夕飯を食べていたので、明らかに間に合わない。
俺はポケットからスマホを取り出し、チャットアプリを開く。
そして柊に、
『すまん連絡が遅くなった。 今から帰る。 夕飯は先に食べててくれ』
と送った。
いつも通りすぐに既読はついた。
だが、それから何分経っても柊から返事が返ってくる事は無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
やはり想像通り18時を超えた。
マンションにつき、合鍵を使って扉を開け、中に入る。
「ただいま」
言うが、返事がない。
嫌な予感を感じながら恐る恐るリビングに入る。
すると、柊がソファに座っていた。
チラッと見ると、夕飯はすでにテーブルに用意されていた。
今日の夕飯は豚の生姜焼きらしい。
だが、豚の生姜焼きは2人分テーブルに置いてあった。
つまり、柊はまだ食べていないのだ。
「ひ、柊…ただいま」
恐る恐る柊に話しかけると、柊はゆっくり振り向いた。
「…如月くん」
「は、はい」
「正座」
柊はカーペットを指差して言った。
嫌な予感は的中していた。
既読無視の段階から不安ではあったんだ。
どうやら柊は怒っているらしい。
この状態の柊には反抗出来ない。
俺は素直に正座し、チラッと柊を見る。
柊は、真顔で俺を見ていた。
「…なんで私が今怒ってるか、分かりますか?」
「い、いえ、見当もつきません」
敬語で言うと、柊は冷たい目で見てきた。
「そうですか。分からないですか」
「えっと…」
「まず一つ目、連絡が遅過ぎです」
「はい…」
「連絡がないと、何かあったのかなって不安になるじゃないですか」
柊は、「邪魔になると思ってこっちから連絡はしませんでしたけど…」と付け足して言ってきた。
「心配になるので、遅くなると分かった時点で連絡下さい」
「はい…分かりました…」
「次に二つ目。 『夕飯は先に食べててくれ』って言われたの、ちょっとイラッときました」
柊は、拗ねたように言った。
何か変な事を言っただろうか?
「私は出来る限り夕飯は2人で食べたいんです。 1人で食べても楽しくないです」
「お、おぉ…」
「如月くんは私に気を使いすぎです。 別に夕飯の時間なんてズラせるので、「待っててくれ」で良いんですよ」
柊は頬を膨らませて言った。
俺は「分かった」と言って頷くと、柊は「なら良いです」と笑顔になった。
お互いに立ち上がると…
「あと、如月くん。初めて遊ぶ女の子といきなりカフェに行くなんて凄いですね〜。 しかもこんな時間まで」
柊は笑いながら言ってきた。
だが、その笑顔は良く知る怖い笑顔だった。
「えっ、なんで分かっ…」
「ほんのりコーヒーの匂いがします。 如月君はコーヒーが苦手ですし、コーヒーの匂いがつくとなると、カフェしかありえません」
探偵かよ…とツッコみたくなるが、なんとか抑えた。
「えっとだな…あれは桃井に連れられて…」
「それは知ってます。 ただ、こんなに長い時間話すって事は、随分仲良くなったんだなぁって」
確かに、仲良くはなった気がするな。
帰りなんかは桃井から話しかけてきたし。
「あと、可愛いぬいぐるみも貰ってますし」
柊は、俺が握っている兎のぬいぐるみを指差してきた。
まずいカバンに入れるの忘れてた。
なんか浮気がバレた夫みたいな感じになっているが、今はそんな軽口を叩けないくらい何故か冷や汗をかいていた。
「え、えっと…いるか?」
ぬいぐるみを柊に差し出すと、柊は首を振った。
「それは如月くんが貰ったものでしょう? 人にあげちゃダメですよ」
「はい…」
俺が言うと、柊は「ふふっ」と微笑んだ。
「ごめんなさい。 ちょっとからかい過ぎましたね。 怒ってないから大丈夫ですよ」
そう言って、柊は生姜焼きが置いてあるテーブルの前の椅子に座り、「食べましょう?」と言ってきた。
俺はホッと息を吐き、柊と共に夕飯を食べ始めた。
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夕飯を食べ終え、更に風呂にも入った俺達は、現在リビングで2人でゲームをしていた。
やっているゲームはお馴染みのレースゲームだ。
柊はこのレースゲームが気に入ったらしく、偶に1人でも練習している。
「お前上手くなったよな」
「本当ですか? でも未だに如月くんには勝てませんけどね」
「いやアイテム運次第じゃ分からんくらいには怖いぞ」
柊は毎回2〜4位に入ってきている。
成長速度が早すぎて怖いぞ。
「…そういえば、話は変わりますけど、桃井さんとどんな話をしたんですか?」
ゲームをしながら柊が聞いてきた。
…まぁ、隠す事でもないか。
「簡単に言うと、協力関係を申し込まれた」
「協力関係…?」
柊が首を傾げる。
うん。やはり同じ仕草でも柊と桃井じゃ可愛さのレベルが違うな。
「あぁ。 桃井が八神と付き合えるように手伝ってほしいらしい」
「…それ、受けたんですか?」
「あぁ。受けた」
「メリットなんてないでしょうに…」
「いや、メリットはあるぞ」
「え?」
「桃井に協力すれば、もう桃井はお前の事をライバル視はしないらしい。 良かったな、もうこれでめんどくさい事はなくなったぞ」
俺が言うと、柊がため息をついたあと、俺を睨んできた。
「何も良くないです。それじゃあ私は良くても如月くんが疲れるじゃないですか」
「俺はほら、暇だし」
柊には家事などやる事が多すぎるが、俺は暇だからな。
柊には極力めんどくさい事は考えさせないようにしたい。
「全く…でもどうするんですか? 八神さん、桃井さんから逃げてましたけど、まさか無理矢理…」
「いや、八神には個別で説明するつもりだ。 「逃げてくれ」ってな」
「如月くんも八神さんも大変ですね…」
柊は苦笑いする。
八神には本当に悪いが、何回も陸上の相談に乗ってやったので許して欲しい。
「…まぁ、事情は分かりました。 一つ約束して下さい」
「なんだ?」
「何か困った事があったら、必ず私に相談する事。 元々私の為に受けた協力でしょう?
なら私にも協力させて下さい」
「…分かった」
「約束ですからね」
念を押してくる柊に笑いながら、俺達はゲームを再開した。
明日は土曜日で学校が休みだからな。
今日はもう少し柊のゲームに付き合ってやるか。
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