第40話 「起きると思っていたハプニング」
柊と夜遅くまでゲームした次の日の朝、俺は自室で固まっていた。
「…どうしろってんだよこれ…」
俺は着替える為に衣装棚を開けた。
そして今日着る服を取り出した。
ここまではいつも通りだ。
そう。いつも通りのはずだったんだ。
…俺の服に紛れていた白いブラジャーを発見するまでは。
「…触るわけにはいかないし、あんまり見るのもまずいよな」
俺はその物体から目を逸らし、1人呟く。
正直冷や汗が止まらない。
あのブラジャーは確実に柊のものだ。
というかそれ以外ありえない。
きっと柊が何かのミスで間違えて俺の棚に入れてしまったのだろう。
何日前から入っていたのかは分からないが…
俺は柊に、「洗濯物が干してあるベランダには絶対に入らない事」と言われていた。
そりゃそうだ。
だって柊の下着も干されてるのだから。
だが、柊が見られたくないと思っている下着が、今俺の目の前にある。
男女の2人暮らし生活だ、いつかはこういうハプニングが起きるとは思っていたが、まさか急に来るとは思わなかった。
正直に話したとして、疑われる事はないし、怒られる事もまずないだろう。
信頼はされてるはずだからな。
だが、柊は絶対に恥ずかしがって気まずい雰囲気になるのは確定だ。
つまり、俺がやるべき事は、柊にバレずにこのブラジャーを元の位置に戻す事だ。
「如月くん朝ですよー…って、どうしたんですか? 衣装棚に抱きついて…」
あぶねぇ…
いつまで経ってもリビングに来ない俺を不審に思った柊が部屋に入ってきた。
咄嗟に引き出しを締めたが、間に合って良かった。
「…凄い汗ですね。 もしかして風邪ですか?」
「い、いや…!なんでもないんだ」
「…怪しい」
「本当になんでもないぞ。 は、早く飯食おうぜ」
俺は強引に話を切り、リビングへ向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
朝食を食べ終え、2人でソファに座り、俺達はテレビを見ていた。
まぁ、ニュース番組だからあんまり面白くないけどな。
「…柊」
「なんですか?」
「…なんか最近無くなった物とかないか?」
「はい…?」
柊が首を傾げる。
「…急になんですか?」
「ただの世間話だ」
「どこら辺が「世間」なんですか」
「細かい事はいいだろ。 …で、どうなんだ?」
俺がもう一度聞くと、柊は目を閉じて考える。
「んー…特に無い…ですかね」
だよなぁ…
言うわけないよな…「下着が無くなりました」なんて。
くそ…どうすりゃ良いんだ…
洗濯カゴに紛れ込ませる事も考えたが、その日着けてないはずの下着が入っていたら必ず不審がるだろうしなぁ…
「本当か?」
「は、はい」
「そ、そうか」
「…如月くん。 何か今日変ですよ? やっぱり風邪なんじゃ…」
「いや…!本当に大丈夫だから」
くそ…こうなったら…!
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「助けてくれナナえもん」
七海に頼ろう。
俺は自室に帰り、リビングにいる柊に聞こえないくらいの声量で七海に電話をかけた。
今俺が相談できる相手は七海しかいないのだ。
春樹と八神は男だし、八神に至っては連絡先知らないしな。
母さんと桃井は論外だし…
俺は正直に七海に全てを話した。
すると、七海はため息をついた。
『…いや、普通に言えばいいじゃん』
「でもな、絶対気まずい空気にならないか?」
『まぁ渚咲ならそうなるのは確実だけどさ』
「だろ?」
『…でも、もしこのまま黙ってて、渚咲がその下着を見つけたらどうなると思う?』
俺は想像する。
俺が毎日開けている衣装棚の奥に柊の下着が入っていて、それを柊が見つける。
『…隠してたって思われない?』
「…まずいな」
確かに、もう下着の存在に気づいているからな…
それを言わずに隠していたのなら言い訳は出来ないし、信用も失うだろう。
「…分かった。 正直に話そう」
『うん。 その方が良いよ。 もし渚咲が恥ずかしがって引きこもったら教えて、私がなんとかするから』
「ありがとうナナえもん」
『ナナえもん言うな』
そう言って、七海は通話を切った。
俺は深呼吸をし、覚悟を決めた。
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リビングに行くと、柊がソファに座ってスマホを見ていた。
「何してんだ?」
「今日の夕飯何にしようかなって調べてたんです」
「そうか。 …柊、ちょっといいか?」
「はい…?」
俺は柊の隣に座る。
柊は俺の真面目な雰囲気を感じ取ったのか、姿勢を正して向かい合う。
「…先に言っておくと、俺は良く見てないし、触ってない」
「はい…?」
柊が首を傾げる。
今は意味が分からないだろうが、大事な事なのだ。
「ちょっと来てくれ」
俺は立ち上がり、自室に向かう。
柊も俺の後ろをついてくる。
「あの…どうしたんですか? 如月くん朝から何か変ですよ?」
「まぁ…すぐに分かる」
俺は、衣装棚を指さした。
「その棚の1番下の引き出しを開けて、中を見てくれ。 俺は後ろ向いてるから」
「はい…? 分かりました」
柊は疑問の声を出した後、渋々棚の前に移動した。
俺は咄嗟に後ろを向き、目を瞑る。
「ここに一体何が…えっ…!?」
柊の声で察する。 どうやら見つけたんだろう。
「き、如月くん…」
「今朝たまたま見つけたんだ。 触ってないし、すぐに目は逸らした」
「え、えっと…」
柊の声色が明らかに動揺している時の声色だ。
「へ、部屋に戻してきます…!!」
柊は、俺の隣を通過して行った。
目を瞑っていたから分からないが、走っていた事だけは分かる。
俺ははぁ…と胸を撫で下ろし、リビングへ向かった。
リビングのソファに座っていると、リビングの扉が開いた。
見ると、顔を真っ赤にした柊が立っていた。
うむ…予想通りの反応だ。
「え、えっと…如月くん、ごめんなさい…!」
「い、いや、俺も少しは見ちゃったから、すまん」
「い、いえ…不可抗力…ですから」
「まぁそうだが…」
「次からは気をつけます…」
「あぁ…頼む」
「はい…」
きっまずい。
気まずいよなんだよこの空気。
リビングって落ち着く場所なはずだろ。
なんでリビングなのに落ち着かないんだよ。
まだ押入れの中の方が落ち着くぞ。
柊は、ゆっくりと近づいてきて俺の隣に座った。
こんな空気の中で隣に座られたら俺部屋に帰れないじゃん…
「……」
「……」
なんか喋れよぉ……いや、俺が話題提供すれば良いだけなんだけどさ…
しかもテレビ付いてないからすっごい静かだし…
「あ、あの…」
「な、なんだ?」
気まずい空気の中、柊が口を開いた。
なんだ?何を聞いてくるんだ?
無難に今日の夕飯の話か?勉強の話か?
「ど…どのくらい見ました…?」
なんだよその質問は…!!?
この状況で良くその質問できたな…!
恥ずかしくないのか…!?
柊の方を見ると先程よりも顔を真っ赤にしていた。
どうやら恥ずかしいらしい。
俺だって恥ずかしい。 だが、ここは正直に言うしかないだろう。
俺の信用に関わる問題だからな。
「…色と…フリルが付いてた事くらい」
「そ、そうですか…」
「あ、あぁ…」
「…ずっとあれだけ無くなってたので、風に飛ばされたんだと思い込んでました」
「まぁ…だろうな」
「…でも、やっぱり如月くんは信頼出来るなぁって思いました」
柊の方を見ると、まだ顔は赤かったが、柊は笑顔になっていた。
「正直に話してくれましたし、紳士的な対応をしてくれましたし」
「いや、当然の事だろ。 見られたくない物だろうし」
「でもそれが嬉しかったんです」
そう言って笑うと、柊は立ち上がった。
「さて、ご飯の準備しますね! 今日は肉じゃがにします!」
「なんだ、てっきり部屋に籠るかと思ってた」
俺が言うと、柊は「うっ…」と言葉を漏らした。
「…正直、今すぐにでも逃げ出したいくらい恥ずかしいです」
「そ、そうか。 じゃあ俺は部屋に…」
「いえ、リビングに居て下さい。 じゃないとずっと気まずい空気感のままになっちゃうので…」
「分かった」
それから俺は、肉じゃがが出来るまでずっと柊と雑談をしていた。
一時はどうなる事かと思ったが、何事も無く終わって良かった。
ただ、柊にはもう少し危機感を持って欲しいなというのが、正直な俺の感想だ。
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