第38話 「女の子こわい」

桃井が勝手に追加の注文をし、俺はまだこの場に残る事が確定した。


桃井は、カフェオレと普通のコーヒーを頼んだ。


俺はコーヒーは苦くて飲めないので、桃井が飲むのだろうか?


「…さっきと注文が違うが」


俺が言うと、桃井は口を開いた。


「私甘いのあんまり好きじゃないんですよね〜。 さっきは敢えて如月先輩と同じの頼みましたけど、本当はブラックコーヒーの方が好きです」


「お、おぉ…」


「ていうか、よくそんな甘いの飲めますよね…如月先輩カフェオレに更にミルクと砂糖追加してるじゃないですか」


桃井が引いた目で見てくる。

露骨に態度変わるなぁ本当に。


ここまで露骨だと逆に清々しいぞ。


そんな話をしていると店員さんがコーヒーとカフェオレを運んできた。

桃井は笑顔で受け取り、ブラックコーヒーを飲んだ。


「…で、結局協力はしてくれるんですよね?」


「あぁ。だがさっきも言ったが、力になれるかは分からんぞ」


「そこら辺は大丈夫です。 如月先輩がクラスに馴染めてないのも知ってたので、何かと都合が良いんですよね」


おい…さっき「頼りになりそう」とか言ってただろ。

だが、そうなるといよいよなんで俺に協力を依頼して来たのか分からんぞ…?


「如月先輩はよく八神先輩と2人で話してますよね?」


「あぁ」


「私が如月先輩とお友達になれれば、私も自然とその場にはいれるじゃないですか。 如月先輩は自然に会話を繋げてくれればそれでいいです」


「俺みたいな人間が自然に会話を繋げるなんて高等テクニックが出来ると思うか? 100%出来ないぞ」


「なんでそんな事を自信満々に言えるんですか…」


桃井は苦笑いしながら言う。


「…じゃあわかりました。最初は私から如月先輩に話を振るので、如月先輩は普通に受け答えして下さい」


「普通に桃井が八神と2人っきりで話すのはダメなのか?」


「私と2人きりだと八神先輩は気を使うか逃げようとするじゃないですか。

ただそこに如月先輩が居て、"3人で話す流れ"を作れさえすれば、八神先輩は逃げられないんですよ」


こっわ。コイツどこまで考えてんだよ。

ただの日常会話なのにそんな作戦考えてんのか…


「…大体分かったが、なんでお前はそこまで八神に執着するんだ?」


ずっと思っていた事を聞くと、桃井は何言ってんだコイツと言いたげに首を傾げた。


「なんでって、イケメンだからに決まってるじゃないですか」


「清々しいな」


「イケメンで、勉強できる上に運動もできるなんて最高すぎません?

誰でも好きになりますよ」


「そういうもんか」


「はい。 学生の恋愛なんてそんな物です。 先輩にも分かりやすいように例えるなら…カードゲームみたいな」


「カードゲーム…?」


俺が疑問に思っていると、桃井は口を開いた。


「如月先輩には分からないかもですけど、女子は常に自分の持っているカード…つまり、容姿や学力…人間関係などで、お互いにマウントを取り合ってるんですよ」


「…まじ?」


「マジです。 カースト上位になってくるとそれが顕著に現れてきますね。

「昨日〇〇くんとご飯行ったんだー」とか、「私の彼氏医者目指しててー」とか、さりげなく会話に自慢を入れて、優越感に浸ってるんです」


「こっわ…」


柊や七海はそんな事はないと思いたい。


ない…よな?

裏ではマウントを取り合ってるとか考えたくないぞ。


「そのマウント合戦で1番の力を持つカードが、"彼氏のスペック"です。

彼氏自慢は1番相手に嫉妬されますからね。

彼氏のスペック=自分の地位の証明になるわけです」


「な、なるほど」


「つまり、私は"八神天馬と付き合っている"っていう肩書きが欲しいんですよ。

もちろん、付き合ったら本気で恋愛しますし、尽くしますよ?」


別に他人の恋愛に口を出すつもりはないし、否定するつもりもない。

人それぞれ愛の形は違うしな。


性格から入る恋愛もあれば、顔やスペックから入る恋愛もあるだろう。


桃井も桃井で、カースト上位に居続ける為に必要な事なんだろうしな。


「なるほど、理由は分かった。 次に、なんであんなに柊をライバル視してたんだ?」


桃井は露骨に柊をライバル視していた。

別に八神を好きな奴は他にも沢山いたし、なんなら柊は八神を好きだと言っていない。


「柊先輩が1番厄介だからですね」


「厄介…?」


「ほら、私って可愛いじゃないですかぁ?」


いきなりぶりっ子みたいな口調で言ってきた。


「正直、1年生で私以上に可愛い人は居ないですし、これなら余裕かなって思ってたんですよ」


「おぉ…」


清々しい程に正直に話す桃井に苦笑いしか出てこない。


「でも、2年生に…しかも八神先輩と同じクラスにかなりの美少女がいるって噂を聞いて、見に行ったら…正直焦りました。 しかも、柊先輩レベルの人がもう1人居ましたし…」


柊と七海の事だろう。

確かに、あの2人はかなりの美少女だ。

桃井も十分あの2人に並ぶ美少女だが、桃井が欲しいのは圧倒的な美少女という地位なのだろう。


「もし柊先輩が本気で八神先輩にアピールしだしたら、私は不利すぎます。

柊先輩は同い年だし、同じクラスだし」


「だから厄介って訳か」


「はい。 なので、柊先輩とも、八神先輩とも関わりのある如月先輩の協力が必要ってわけです。

…ていうか、あの2人と関わりを持ってるって如月先輩何者なんですか?とても親しそうでしたけど」


「偶然に偶然が重なってああなった」


本当の事だ。

実際偶然だしな。


柊とは雨の中で偶然出会って、その日に家が全焼した事が始まりだし、八神は陸上部の時の事を覚えていたからだしな。


「まぁ深くは聞きませんけど…あ、連絡先交換しましょう?」


そう言って桃井はスマホを取り出した。

桃井は慣れた手つきでスマホを操作する。


断る理由もないので連絡先を交換する。

桃井のチャットアプリのアイコンは、可愛らしいぬいぐるみの写真だった。


「私の連絡先持ってる男子は少ないんですよー?良かったですねっ」


「はいはい」


「むぅ…如月先輩は女の子に興味ない感じですか?」


「はぁ?」


「だって、全然照れないですし。 普通の男子だったら絶対顔赤くするのに」


だって照れないように頑張ってますからね。

照れてバカにされるのは嫌だしな。


うん。コイツは絶対にバカにしてくる。


「まぁ、その方が変に意識しなくて済むから気が楽ですけどねっ」


そう言って桃井はコーヒーを飲み干した。

そのタイミングでちょうど俺もカフェオレを飲み終えた。


桃井はスマホで時間を見ると、カバンを持った。


「時間も時間ですし、そろそろ行きましょうか」


「だな」


桃井は、テーブルに置いてあった伝票を取り、立ち上がろうとした。


「私が払うので、如月先輩は先に外出てて下さい」


「は?いや、なんで」


「だって私のワガママに付き合わせちゃいましたし、これくらいさせて下さい」


そう言って、桃井は俺の言葉を無視してレジに行ってしまった。

俺はため息を吐き、先に外へ出た。


会計を済ませた桃井がトコトコと店から出てきた。


「如月先輩、お待たせしましたっ」


外だからか、いつものあざといモードの桃井に戻っている。


「…いや…というか、お前財布持ち歩いてるんだな。 ああいうのは全部男に出させる主義かと思ってたぞ」


「私の事なんだと思ってるんですか!!」


ぷんぷん!という効果音がつきそうな動きをする桃井に、つい笑ってしまう。


「まったく…それじゃあ、帰りますね。 改めて、今日はありがとうございました」


「…遅いし、送るぞ」


もう夕方になっており、もう少しで暗くなるという時間帯だ。

そんな時間に女子1人は流石に危ないだろう。


ましてや桃井程の容姿ともなると危険だ。


「おぉ…意外と紳士的ですね如月先輩」


「うるせぇ」


そう言うと、桃井は笑う。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


そう言って、桃井は歩き出した。

どうやら、桃井が住んでる家は柊の家から真逆らしい。


帰り迷わないようにちゃんと覚えておかないとな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「それで、その時告白してきた男子が本当にしつこくて!」


「おー、苦労してんなお前も」


「本当ですよ! しつこい男子は本当にキツいです!」


帰り道、何故か俺は桃井の愚痴を聞かされていた。


最初は無言で歩いていたのだが、桃井が無言の空間に耐えられなくなったのだろう。


「あ、そういえば如月先輩ってどこら辺に住んでるんですか?」


「今向かってる方向と真逆」


「えっ…!じゃあ帰るのかなり遅くなっちゃいません…? ご家族に心配されたり…」


桃井が慌て出す。意外と人の事を考えられる奴らしい。


「家族とは住んでないから大丈夫だ」


「え、1人暮らしって事ですか?」


「……まぁ、そんな所…だな」


「なんでちょっと吃ったんですか」


柊と住んでるなんて言える訳ないだろ。


…あ、そういえば帰り遅れるって柊に連絡してないな。

あとで連絡するか。

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