第20話 「新年、あけまして」

「あけましておめでとうございます」


「…おう。あけおめ」


1月1日の0時、新しい年の幕開けだ。

目の前には、柊特製の年越し蕎麦が入っていたお椀がある。

麺は流石に市販だが、スープは柊が出汁を取り、手間をかけて作った特製スープだった。


「年明けですね」


「あぁ。 なんか独特の雰囲気があるよな」


柊は小さく頷く。


「まさか誰かと一緒に年越しが出来るなんて思いませんでした」


「俺も家族以外と年越しするのは初めてだな」


こんなに一緒に住んでいれば流石に慣れるだろうとは思うが、柊が家にいる生活には未だに慣れない。


朝起きたら美少女が居るし、料理を作る姿は新妻のようだし、家でのみ見せる素の笑顔は可愛いし、風呂上がりは色っぽいし。


こんなの、いくら女慣れしている男でもたじろぐだろう。


「如月くんは初詣行くんですか?」


「んー迷い中」


「あの2人には誘われてないのですか?」


「春樹と七海か?」


柊は頷く。


「七海が人混み嫌いだから行かないらしい。初詣って気分が乗らないんだよな。 俺も人混み嫌いだし」


「そ、そうですか…」


柊が悲しそうな顔をする。


「…行きたいのか?」


柊は、小さく頷く。

俺はため息をつく。


「今日はかなり混むし、明日ならいいぞ」


「本当ですか!?」


「あぁ。 …でも、大丈夫か? 他の奴らに見つかったりしたら厄介だろ」


俺達の関係は秘密という事になっているし、もし他の生徒に見られたら大変な事になる。


柊はただでさえ目立つしな…


「うっ…でも…」


柊は、どうしても初詣に行きたいらしい。


「…まぁ、沢山人はいるし、目立つ行動しなきゃ大丈夫か」


「はいっ!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

次の日、俺と柊は近くの神社に来ていた。

昨日よりは少ないと思っていたのだが、思ってた以上に人がおり、顔が引き攣る。


俺と柊は、袴を着るわけでもなく、普通の私服で着ている。

水色のフリルが付いたワンピースは、清楚系の柊の魅力を存分に引き出している。


流石は柊、歩いているだけで周りがザワついている。


「あの子可愛くね…?」

「ほんとだ。めっちゃ可愛い」

「隣にいる奴誰だ?」


そんな声が何処かから聞こえてくる。

やはり2人で来たのは失敗だったかもしれない。


「わぁ…!如月くん如月くん! 屋台がいっぱいです!」


俺を見て笑顔になる柊を見て、俺も自然と笑顔になる。

…まぁ、余計な事は考えずに今は楽しむか。


「私、こういう所来るの初めてです」


「1人では来る機会ないもんな」


「はい。 だから憧れてたんですよね」


神社内を歩きながら、柊と会話をする。


「せっかくだし、なんか買ってみるか?」


「はい!じゃあ…あれ食べたいです」


柊は、クレープの屋台を指さした。

柊と共に屋台の前まで行く。


「何味がいい?」


「チョコで!」


「すみません。 チョコクレープ2つ下さい」


そう言うと、屋台のおじさんがクレープを作り、手渡してきた。

代金を支払い、柊にクレープを渡す。


「ありがとうございます! 今お金を…」


バッグから財布を取り出そうとする柊を、手で静止する。


「いいよこれくらい」


「でも…」


「ほら、邪魔になるから行くぞ」


柊の言葉を無視し、歩き出す。

柊は慌てて横に来て、クレープを食べ始めた。


「本当に人多いですねぇ」


「だな。 こういう機会じゃないとなかなか神社に来る機会ないしな」


「これも日本の良き文化ですよね」


「だな。 コタツでみかん食べて漫画読んでゲームする。 最高だ。 毎日正月がいいな」


「お正月を怠ける日だと思ってませんか…?」


「寝正月って言葉があるくらいだし、俺は間違ってない」


「私がいる限り、怠ける事は出来ませんよ。 残念でしたね」


そう言って柊は笑った。

最近はこうやってイタズラっぽく笑う事が増えた。


「お正月の内に断捨離もしたいですし、初売りも気になりますし、やる事は多いのです」


「考え方が主婦なんだよなもう」


「同居人がだらしない分、私がしっかりしないといけませんからねぇ。 前も放っておいたら部屋でポテチの袋を開けたまま寝てましたし」


「…うっ…あれは本当に申し訳ございませんでした」


「お菓子を食べるのはいいですが、食べ過ぎは禁物なんですよ? 」


「はい。 …そういう柊はお菓子あんまり食べないよな」


家で柊がお菓子を買ってきたのを見た事がない。

大体は俺が買ってきたポテチやポッキーを食べている。


「お菓子は自分で作りたいって思っちゃうんですよね」


「うわ出た女子力発言」


「何ですかそれ。 ならもう如月くんにクッキー焼きません」


柊は休日にたまにクッキーやパンケーキを焼いており、それがまた中々に美味なのだ。

甘さは俺好みだし、焼きたてという事もありなんなら市販のより美味い。


それが食べられなくなるのは俺としては絶望だ。


「なんか奢るから許してくれ」


「物で釣るとか最低だと思いませんか…?」


「そういう柊だって、「クッキー作るので頑張って野菜食べましょうね」って言ってくるじゃねぇか」


柊も柊で、お菓子をダシに俺を動かそうとしている節がある。

まぁ…クッキー食べたいから野菜食うんだけども。


「うっ…まぁ、今回は引き分けにしてあげます」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


…やはり来たかこの展開が。


俺はトイレに行っており、柊が待つ場所に帰ると、柊が見知らぬ男にナンパされていた。


「いいじゃん行こうよ」


「いえ、人を待ってますので…」


柊は笑顔で断るが、男は引く気はないらしい。


「じゃあその子も一緒にさ」


「柊、行くぞ」


男との間に割って入り、柊の手を掴む。

そして、後ろで何か言っている男を無視して人混みの方に歩き出した。


流石に人混みに紛れれば追ってはこないだろう。


「…お前は本当に苦労するな」


「…ご迷惑をおかけしてすみません」


「いや別に良いけどさ。 危なかったら逃げろよ?」


「はい!」


出かけた先々でナンパされるんじゃ流石に心配だ。

柊はよく1人で買い物に行くらしいし、何かあってからじゃ遅い。


「…とっととお参りして帰るか」


「そうですね。 屋台もいろいろ見られましたし」


もうかれこれ2時間近く神社内にいるから、中々に疲れた。

この神社はかなり広いので、その分屋台も人も多いのだ。


「あ、あの…如月くん…手…」


「ん?あぁ、すまん嫌だったよな」


逃げる際に手を掴んでいたのだが、離すのを忘れていたらしく、柊の顔が真っ赤に染まっていた。

手を離すと、柊は眉間に皺をよせる。

どうやら不機嫌になったらしい。


「…なんで嫌だと思われるんですか」


「え、そりゃ俺みたいな奴に触られるのは嫌だろ」


「如月くんは自己評価が低すぎです」


そう言って、柊は俺の手を握った。

先程まで俺は柊の手を一方的に掴んでいたが、今柊は俺の手を握っている。

周りから見れば、手を繋いでいると思われるだろう。


「お、おい柊」


「沢山人がいますし、離れないようにこうしましょう?」


「いや、でも…」


「私みたいな人と手を繋ぐのは嫌ですか?」


柊が首を傾げると、俺は首を横に振る。

すると柊は笑顔になり、先に進もうと歩き出した。


「じゃあ問題ないですね。お参りに行きましょう?」


「…あぁ」


「「あれ、陽太?」」


お参りをする場所に行こうと歩き出すと、後ろから声をかけられ、俺と柊は固まった。

その声が、よく聞いた事がある声だったからだ。


ゆっくりと振り返ると、俺の高校での数少ない友達、春樹と七海がクレープを片手にこちらを見ていた。

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