第19話 「過去と今」

「じゃあ、入学式の話をしましょうか。 …最初に言うと、私の貴方への第一印象は、"嫌い"でした」


「過去の俺はお前に何をしたんだ…」


本当に何をしたのか気になる。

高校では人に嫌われないようにひっそりと生きて行こうとしてきたんだがな…


「入学式の日の私は、凄く落ち込んでいました。 高校入学と同時にこの家に住んだのですが、両親はついでに入学式に顔を出すと言っていたんです」


「おぉ」


「でも、両親は結局来ませんでした。 期待させるだけ期待させて来なかった事に対して、私は落ち込んでいました。 日頃は無意識にできている笑顔すら出来ないくらいに」


柊は、両親の事が絡むと学校で見せる笑顔が出来なくなるのは知っていた。

公園でも泣いていたしな。


ここでも出てきた柊の親のいい加減さに腹が立つが、ここは抑え、柊の話に集中する。


「その日は、先生から説明を受けて、早めの下校でしたよね?」


俺は頷く。


「帰ろうと校門へ向かっている時に、3年生の先輩の男子2人組に声をかけられたんです。 2人とも怖い見た目でした 」


「入学初日から災難だな本当に…」


「はい…。 落ち込みと、一人暮らしの不安でいっぱいだった私は、イライラしてしまい、その2人に「邪魔です」と言い放ってしまったんです」


普段の柊ならばそんな言葉は絶対に使わない。

よほど不安定だったのだろう。


「気づいた時にはもう遅く、2人は怒り狂い、私に暴言を浴びせてきました。 そしてしまいには、私の手を掴み、何処かへ連れて行かれそうになりました」


前に俺達が止めた事件よりも酷い状況に顔が引き攣る。


「…そんな所に、ある1人の男子生徒が現れました。 その生徒は私と同じく胸に花びらをつけており、入学生だとすぐに分かりました。 その生徒は、私を守るように3年生との間に入ってくれました」


柊は、笑顔でその時の話をする。


「その生徒は、3年生相手にも臆する事なく会話し、やがて3年生は居なくなりました。 この生徒が、如月くん。貴方です」


「あー…なんかあったかも…しれないな」


俺は、過去の事を思い出す。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


入学式、春という出会いの季節に俺は、不安を抱きながら出席した。

新しい土地、新しい学校、それに加えて一人暮らしという事で、不安しかなかった。


クラスに入り、席についたが、周りは中学からの知り合いが多いらしく、既にグループが出来ていた。

俺のような溢れ者は机に突っ伏すか、本を読むかの2択だった。


見れば、隣にいる女子も俺と同じく本を読んでいた。

先程自己紹介したので名前は覚えている。

名前は青葉七海。

顔は…めっちゃ可愛い。


俺は、高校で初めての友達を作るべく、勇気を振り絞り話しかけた。


「…それ、何読んでるんだ?」


「…あんたに関係ある?」


「ないっすね。すみません」


高校での初会話は、七海の冷たい睨みによって強制的に終了した。


先生からの説明が終わると、七海の席にとある男子がやってきた。

こいつは…海堂春樹。イケメンの癖に変わり者の雰囲気がある奴だ。

春樹は七海に話しかけ、2人で帰っていった。


「はぁ…やってけるかなぁ」


俺は、歩きながら1人呟いた。

クラスにいてもやる事がないので早めに下校しようと思い校門へ向かうと…


「調子乗んなよ1年!」


「こっちこい!」


校門の近くで、男子2人…きっと3年だろう2人と、1人の女子生徒が話していた。

いや、話していたというよりは、女子が絡まれていると言った方がいいか。


「入学式からナンパかよ…都会こえぇ…」


小声で呟きながらスルーしようとしたら、


「誰か…!」


と声が聞こえた。

3年生の背中のせいで、女子からは俺が見えているわけではない。

つまり、俺に助けを求めた訳ではなく、女子が無意識に発した声だったのだろう。


同じ学校、同じ学年といえど、結局はただの他人だ。

クラスが変われば関係はリセット、卒業すれば疎遠。

それが現実だ。


卒業してからも仲良い奴らもいるにはいると思うが、そんなのは少数だろう。


つまり、俺がここで助けに入り、先輩からのヘイトを買うメリットはない。


「…嫌がってますよ」


ないのだが、身体が勝手に動いていた。

先輩の前に入り込み、女子の手を掴んでいた先輩の手を掴む。


先輩は、急に入ってきた俺を睨みつける。


「なんだお前1年か」


「はい」


「邪魔なんだけど」


「校門の前でおしゃべりしている貴方達の方が邪魔だと思いますが」


俺が言うと、先輩2人は頭に血が昇ったのか、女子の手を離し、標的を俺に移した。


そして、先輩は俺の胸ぐらを掴んでくる。


「お前調子乗ってんな」


「…別に乗ってませんが、周りをよく見た方が良いかと」


新入生は早めに下校する。

もう他の新入生も帰る時間だ。

周りには、新入生がチラホラおり、こちらを見ていた。


2〜3年生は通常授業のはずなので、この2人はサボってここにいるという事になる。

そして校門にこんなに人が集まれば、何事かと先生が向かってくるはず。


それを察したのか、先輩2人は舌打ちをして去っていった。


「…さて」


振り返り、ナンパされていた女子を見る。

俯いていてよく顔は見えないが、金色の綺麗な髪をしていた。

ナンパされるくらいだからきっと可愛いのだろう。


女子は、顔を上げ、笑顔になる。

その顔は、美少女という言葉がよく似合う顔だった。


「ありがとうございますっ。助かりました!」


100点満点の笑顔で言う彼女を見て、俺は顔を引き攣らせた。

根拠はないが、彼女の笑顔に違和感を感じたのだ。


「…お前のその顔、嫌いだわ」


無意識に、言葉に出てしまっていた。

言った瞬間、やってしまったと思った。


女性に顔が嫌いとか、失礼にも程がある。


実際に目の前の女子も、目をパチクリさせてるし


「…悪い、忘れてくれ。もう喋る事もないだろうしな」


俺はそう言い残し、逃げるように校門を抜けた。

幸い、あの女子は俺のクラスには居なかったし、すぐに忘れてくれるだろう。


忘れてくれる事を願いながら、俺は自宅へと帰った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「本っ当に申し訳ない」


過去の事を完璧に思い出し、俺は目の前の柊に頭を下げた。

柊は、苦笑いをしている。


確かに、初対面の奴から「お前の顔嫌いだわ」なんて言われたらなんだコイツってなるのは当然だろう。


「なんとお詫びしたらいいか」


「いやいや!気にしてないので大丈夫ですよ。 私も忘れてましたし」


「…本当か?」


「…正直結構ショックでした。 初めて言われたので」


罪悪感が凄い。あの時の俺をぶん殴ってやりたいくらいだ。


「でも、嬉しいって気持ちもありました。 たまに如月くんのように助けてくれる男子はいますが、その全てがその後私と仲良くなろうと連絡先を聞いてくるんです」


「よくあるパターンだな」


「はい。でも、如月くんは違いました。 貴方は、100%善意だけで私を助けてくれたでしょう? しかも貴方は、私の顔には興味がなかったみたいですし」


「ごめんて」


付け足された言葉に謝れば、柊は小さく笑う。


「その後はご存知の通り話す事はなく、次はお互いに忘れた状態で、あの雨の日に会いましたよね」


俺は頷く。


「最初は、おかしな人だと思いました。 傘もさしてないのに、なんで私に構うんだろう?早く帰ればいいのにって」


「…全くの正論だな」


「挙げ句の果てにはシャワー貸すからついて来いって、警戒するに決まってるじゃないですか」


「確かに」


「でも、貴方があまりにもしつこいので、なら傘だけでも借りようかなと思ってついていったら、貴方の家は燃えてるし。 もう訳が分かりませんでした」


柊は苦笑いしながら言う。

改めて聞くと本当に色々あった日だったな。


あの日、あの不幸がなかったら今この状況はないんだもんな。


「それで、一緒に生活する事になってから、あの告白があって、そこで私を守るように立つ貴方を見て、思い出したんです」


「…なるほどな」


「驚いたと同時に、嬉しかったんです。 最初は嫌いだと思っていた人と、忘れていたとはいえ同居していた事。

それと、貴方が根っからの優しい人間である事が分かったので」


「…俺は優しくねぇ」


「優しいですよ。 私を2回も助けてくれましたし、私を受け入れてくれました」


柊は、もう一度俺を真っ直ぐ見る。


「これで、私が貴方を信用する理由が分かりましたか?」


「…まぁ」


「では、もう一度言います。もう少しだけ、私と一緒に居てください 」


柊は頭を下げた。

俺は乱暴に頭を掻きむしり、ため息をつく。


「…断る理由ないだろ」


「…という事は…?」


「…もう少しだけ、世話になる」


「…はいっ!」


柊は、満面の笑顔になった。

どうやら、俺と柊の同居生活はまだ続くらしい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「如月くん如月くん」


「なんだ」


クリスマスパーティーが終わり、皿洗いをしていると、柊がトコトコとやってきた。


「同居期間延長という事で、早めに如月くんのご両親に報告をした方が…」


「あー、そういえばそうだな」


俺は皿洗いを終わらせた後、2人でソファに座り、母さんに電話をかける。


『もしもし?どうかしたの?』


「母さん。今大丈夫か?」


『大丈夫よ。今お父さんとクリスマスパーティーのお片付けが終わった所だから』


「そっちもパーティーしてたのかよ」


母さんと父さんは仲がいい。

むしろ、仲が良すぎるくらいだ。

中学生の頃、思春期の息子の前でイチャイチャされるのは中々に苦痛だったのを覚えている。


『そっちも?』


「あっいや…」


自分の失言にやってしまったと後悔する。

すると、明らかに母さんがにやけ声になる。


『仲がいいようでなりよりだわ』


「…ほっとけ」


『それで、何かあったの?』


「あぁ。実は…」


「…私が話していいですか?」


俺の言葉を遮り、柊が言う。


『あら渚咲ちゃん!クリスマスパーティーは楽しかった?』


「はい!とても楽しかったです」


『そう!それは良かったわね! で、何かあったの?』


「はい。 単刀直入に言います。 如月くんを、もう少しの間私の家に住まわせる許可を頂きたいです」


『あぁ。良いわよ?』


「もちろん健康面などはしっかりと…え?」


あっさりと受け入れた母さんに、俺達は目を丸くする。


『むしろ、それが一番理想だわ。 陽太は家事何も出来ないし、危なっかしいから、渚咲ちゃんが見張っててくれると安心出来るわ』


「は、はい」


『それに、陽太から電話をかけてくるって事は、もう2人で話し合った後なんでしょう? なら、当人同士で決めた事に口出しはしないわ』


「あ、ありがとうございます」


柊が状況を読み込めていないらしく、瞬きが多い。

きっとこんなにあっさり認められるのは予想外だったのだろう。


『ただし、条件があるわ』


「は、はい!なんでしょう」


柊は身構える。


『渚咲ちゃんの連絡先、教えてっ』


また、柊は目をパチクリさせた。

言われた通り、柊のチャットアプリの連絡先を母さんに教えると、母さんは通話を切り、柊のスマホにかけてきた。


『渚咲ちゃん、聞こえるー?』


「はい。聞こえます」


『なら良かった。 さっそくだけど、2人だけで話しましょ? 女だけで話したい事とかあるし』


「え、あ、はい」


そう言うと、柊はスマホを持って自室に帰ってしまった。


2人だけの会話…?めっちゃ怖すぎるんだが。

母さんのやつ、何か変な事言わないだろうな…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

柊が部屋に入ってから30分ほど経ったころ、扉が開き、柊が入ってきた。


柊の顔は、真っ赤に染まっていた。

足取りも緊張している時のようにぎこちない。


「…どうした?」


「…な、なにもないです」


「嘘つけ。なんかあったんだろ」


「…なにもないです」


「…母さんに聞くか」


スマホを取り出すと、柊に止められた。

どうやら母さんにも聞かれたくない事らしい。


「…大した事じゃないですよ。 私の顔が見たいと言うので写真を送ったり、如月くんの小さい頃の写真を見せてもらったり」


「おい。全然大した事じゃねぇか。 なんだ昔の写真って」


「笑顔でブランコに乗ってました。 可愛かったです」


「別に感想は求めてねぇよ」


「…あとはまぁ…世間話を少し」


「まぁ、何もないなら良いけども」


母さんは人に悪口を言うタイプではないし、そこは安心出来る。

だが柊が赤面する理由が分からない。


その後も聞いてみたが、頑なに教えてはくれなかった。

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