第18話 「柊渚咲が望むもの」

「「オススメのクリスマスプレゼント?」」


仲良くハモる春樹と七海に対し、俺は頷く。


「なに?彼女でも出来たの? なら報告してよ水臭いな」


「本当だよ陽太。 僕たちは友達じゃないか。 隠し事は無しだろう?」


「彼女じゃねぇよ」


この2人に相談すれば必ず勘ぐられるとは思ったのだが、やはり相談しない方が良かったかもしれない。


クリスマスまであと少しという事もあり、ケーキやチキンの予約は済ませてあるのだが、肝心のプレゼントをどうするか決まっていないのだ。


柊はクリスマスを楽しみにしているし、何かクリスマスっぽい事をしたいのだが、生憎と俺には女子が欲しい物は分からない。


「…まぁ、深い事は聞かないでおいてあげるよ」


七海が含みを持った言い方をする。

七海はかなり鋭い。

だからボロは出さないようにしなければいけない。


「…で、クリスマスプレゼントだっけ? 相手は女の子だよね?」


「あぁ」


「年齢は?」


「…同い年」


「仲良いの?」


「まぁ…それなりには」


七海の質問責めをくらう。

すると、七海はふむ…と考えるポーズを取る。


七海は一部の生徒からは毒舌姫と呼ばれており、その毒舌と蔑むような目つきに心を奪われた男子は多いのだが、七海は人見知りなだけで、近しい間柄の人間には親身になってくれる。


それにしても毒舌姫というネーミングはどうかと思うけどな。


「…彼女じゃないんなら、ネックレスとかアクセサリー系はやめといた方がいいかもね 」


「ほうほう」


「日頃の感謝も込めてって意味で、消耗品を送るとかは良さそう。 この時期だとハンドクリームとかかな」


「ハンドクリームか。 盲点だった」


「それだけじゃ味気ないって時は、手のひらサイズの小さなぬいぐるみとかも付けると喜ぶんじゃないかな」


「なるほどな…」


実用性のある消耗品を送れば、要らないという事はないだろうし、日頃の感謝にはピッタリだ。


前に柊もハンドクリームを使ってるって言ってたしな。


「僕だったらクリスマスには沢山の花束を送…」


「「黙ってろ変人」」


「傷つくねぇ」


花束なんて送る勇気はないし、俺は花束って柄じゃない。

精々似合わなすぎて笑われるのがオチだろう。


想像すらしたくない。


「何なら、今日の放課後プレゼント選び手伝おうか? 多分陽太ハンドクリームの違い分からないでしょ」


「…助かる」


「ん」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

放課後になり、俺と七海は、近くのデパートの化粧品売り場に来た。

周りには男子には縁がないような物ばかり置いてあり、場違い感が凄い。


七海は迷わずに進んでいき、ハンドクリームのコーナーについた。

ハンドクリームというだけでかなりの数がある。


「ハンドクリームって言っても色々種類があるんだ。 保湿性に優れてたり、肌荒れに効く物だったり、香りが違ったり」


「おぉ…」


「その子がどんなハンドクリーム使ってるとか分からない?」


「何も分からん」


柊は化粧品類は全て自室に置いてあり、全て自室で終わらせてから出てくるから分からないのだ。


「なるほど…じゃあ自分に合う物は自分が1番分かってるだろうし…これなんかどうかな」


七海が手にしたのは、就寝前などの時間に塗るタイプのハンドクリームで、香りによってリラックスやリフレッシュ効果を期待出来る物と書いてあった。


「寝る前に塗るタイプは保湿性に優れてる物が多いし、良い香りが多いから喜ばれると思うんだ」


「なるほど、分かった。 んじゃこれにしよう」


俺は、人気No1!と書いてあった商品の、金木犀の香りの物を手に取った。

金木犀の優しい香りと書いてあり、柊のイメージと重なったからだ。


「金木犀か、いいと思うよ。 じゃあ、ついでに私も買っちゃお」


七海も同じものを手に取ろうとしたが、俺が割り込み、もう一つも取る。

七海は訳が分からないと言った表情で固まる。


「俺に買わせてくれ」


「いや、いいよ別に。それ結構高いし」


「今日のお礼と早めのクリスマスプレゼントにしといてくれ」


「…じゃあ、お言葉に甘えて」


俺は、サービスカウンターで1つのハンドクリームはプレゼント用に包装してもらい、もう1つは普通に袋に入れてもらった。

俺はその袋を七海に渡し、その日は解散した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


時間はあっという間に流れ、今日は12月25日。クリスマスだ。

24日はイブだったので、楽しみは明日に取っておこうという事で、今日がパーティーの日になったのだ。


学校は冬休みに入り、外には雪が降っている。

ホワイトクリスマスというやつだ。


「柊、ソワソワしすぎ」


柊は先程から椅子に座ってずっとソワソワしている。

もうケーキとチキンは揃っているので、あとはお皿をテーブルに置いたらパーティー開始だ。


俺はテーブルに皿を置く。


「柊、ちょっと待てよ?」


「はい?」


柊は首を傾げる。

俺は内心笑いながら、柊に内緒で買っていたクラッカーを足元に置いていた袋から取り出し、空中に打った。


「きゃっ…!?」


柊は突然の爆発音にビクッとなり耳を塞ぐ。

数秒後に自分の頭に降り注いだカラフルな紙によって、状況を理解したらしい。


「び、びっくりしました」


「だろうな。 ほら、あともう一個あるけど、やってみるか?」


柊にクラッカーを見せると、柊は何度も頷いた。

柊にクラッカーを渡し、打ち方を細かく教えた。


打ち方を間違えて怪我でもしたら大変だしな。


「い、いきます…!」


柊は思い切り紐を引っ張ると、爆発音と共にカラフルな装飾がソファの方に飛んでいった。

柊はそれを見て目を輝かせている。


「どうだ?人生初クラッカーは」


「楽しいです! これはハマりそうです!」


「クラッカーにハマるって中々聞かないな」


そう言って笑うと、テーブルの上に散らかった紙たちをゴミ箱に捨て、チキンをテーブルに置く。

その後に冷蔵庫に閉まっていたケーキを取り出し、テーブルの真ん中に置き、中からケーキを出す。


「わぁ…」


柊はケーキに乗ったサンタクロースを見て声を漏らす。

このケーキに乗っているサンタクロースは食べられるタイプではないので、柊からしたら良かったのかもしれないな。


「んじゃまぁ、2人だから質素だが、食べるか」


「はいっ!」


柊は、満面の笑みを浮かべ、チキンを食べ始めた。

流石柊。 チキンを食べる動作すらも綺麗だ。

まぁ、柊がチキンにかぶりつく姿も想像は出来ないがな。


「クリスマスっていいものですね! なんだかいつもより特別感があります」


「そうだな。 飯も豪華だしな」


「経験できてよかったです」


「それはよかった」


お互いにチキンを食べ終え、俺はケーキを2人分切り分ける。

ケーキを待ってる間も柊はワクワクしており、なんだか子供みたいだなと笑いそうになった。


お互いケーキを一口食べる。

生クリーム特有の甘みが口に広がる。


「美味しいです!」


「美味いな」


「如月くんも甘いもの好きですもんね」


「あぁ。 逆に苦いのとかは無理だな」


「私も一緒です」


春樹も七海もコーヒーが好きなのだが、本当に理解が出来ない。

人間の身体に苦味は必要なのだろうか? 糖分はストレス軽減に良いとされるが、苦味は聞いた事がない。


そんな会話をしていると、ケーキを食べ終えてしまった。


「…終わっちゃいました」


チキンも食べ、ケーキも食べ終え、パーティーが終わったと思い悲しそうな顔をする柊の前に、俺は足元の袋から包装された箱を2つ取り出し、柊に渡す。


「何ですか…?」


「あー…あれだ、クリスマスプレゼントと、誕生日プレゼントだ」


柊の誕生日は12月25日。クリスマスと被っている。

だから、当初七海に言われた通りプレゼントを二つ用意する事にした。


「え…」


「誕生日祝うって約束してただろ?」


「あ…」


どうやら、自分の誕生日を忘れていたらしい。


「あ、開けても良いですか…?」


「あぁ。大したものじゃないけどな」


柊は、まず1つの包装を開ける。

中には、七海と一緒に選んだハンドクリームが入っていた。


「ハンドクリーム…?」


「寝る前に塗るとリラックス効果があるらしいぞ」


「金木犀の香り…良い匂いです」


どうやら、匂いも気に入ってくれたらしい。

そして、もう一つの箱も開ける。


もう一つに関しては、誰に選んでもらったわけでもなく、俺が一人で選んだ。


箱の中には、手のひらサイズの小さなくまのキーホルダーが入っていた。

柊は、前に俺がゲーセンで取ってきたくまのぬいぐるみをずっと大事にしてくれている。


だから動物はくまにしたのだ。


「可愛い…!」


「それは良かった」


内心めっちゃ安心している。

微妙な反応をされたらどうしようかと思ったが、本当に良かった。


柊は、2つのプレゼントを大事そうに抱え、笑顔で


「ありがとうございます…! 本当に嬉しいです…!」


と言ってきた。

だが、その後に悲しそうな顔をした。


「でも…私如月くんに貰ってばかりです…」


「いやいや、毎日美味い料理食べさせてくれてるだろ」


「でも…」


「良いんだよ気にしなくて。 むしろもっとワガママとか言ってもらいたいくらいだ」


初めて柊から家庭事情を聞いた日から、徐々に柊の遠慮は減ってはきたが、まだ完全に消えてはいない。

どこか気を遣っている雰囲気があるのだ。


「…じゃあ…」


と、柊は口籠る。


「…ワガママ、言っていいですか」


「どうぞ。 今日は誕生日だしな」


「このハンドクリームとくまさんのキーホルダーを、クリスマスプレゼントにして下さい」


「…んん…?」


「これ、1つがクリスマスプレゼントで、1つが誕生日プレゼントですよね?」


俺は頷く。


「そうじゃなくて、2つ合わせてクリスマスプレゼントにして下さい」


「…それはつまり、誕生日プレゼントはまた別で欲しいと?」


柊は頷いた。

驚いた。柊がまさかこんなに強欲だったとは。

まぁ、柊の事だし、無理難題は要求してこないだろう。


「誕生日プレゼントは、私のお願いを聞いて欲しいです」


「…なんだ?」


柊は、深く深呼吸をする。


「…ずっと、いつ言おうか迷っていた事があります。 でも、言っていいのかなって、思ってました」


柊は、膝の上で握った手をさらにギュッと握った。


「…如月くんは、年が明けたら新しい物件を探すんですよね」


「あぁ。そのつもりだ」


新年になれば引っ越す人も増えるし、物件を探すならそのタイミングがベストなのだ。

だから、名残惜しいが、この家での生活はもう少しで終わってしまう。


「…それ、嫌です」


柊は、言葉を絞り出した。


「最初は、本当に物件が見つかるまでは1ヶ月程度泊まらせてあげよう程度に思ってました」


「……」


「私に傘を貸してくれようとしたお礼、そして火事になってしまった事に同情しての行動でした」


柊は、懐かしむように言う。


「でも、一緒にご飯を食べて、一緒に話して、一緒にゲームして、一緒の部屋で漫画を読んで、こうして一緒にクリスマスパーティーをして…そんな日々が、楽しく感じてきたんです」


柊は、俺の目を真っ直ぐ見る。


「誰かに過去の事を話したのも、私の素を受け入れてくれたのも、如月くんが初めてなんです。 こんなに一緒に居て安心出来るのは如月くんだけなんです」


柊は、頭を下げてきた。


「ワガママなのは分かってます。 でも、如月くんがここでの生活を少しでも気に入ってくれているなら、まだもう少しだけ、私と一緒にいて下さい」


正直、こんなお願いをされるとは思わなかった。

ちょくちょく母さんからメールで、「もうそこに住んじゃえばいいのに」と言われるのだが、柊が迷惑だろうと切り捨ててきたんだ。


だが、今目の前で柊がまだ一緒に居たいと言ってくれている。


「…俺達は、あの雨の日にたまたま初めて会っただけの縁だぞ。 流石に信用しすぎじゃないか?

お前は俺の事を疑ったりしないのか?裏があるとか、思わないのか?」


そう言うと、柊は小さく笑う。


「やっぱり、覚えてませんか?」


「何がだ?」


「…前に、告白してくれた男子から助けてくれた事ありましたよね?」


「あぁ」


春樹と七海と共に助けた時か。

今思い出すだけでも腹立たしい。


「その時、私を守るように立つ如月君を見て、思い出したんです」


「…思い出した…?」


「はい。 私達、実は入学式の時に会話してたんですよ?」


「えっ」


入学式の時に柊と会話を…?全く覚えてないぞ。

大体、こんなキラキラしたオーラを放ってるやつは忘れないと思うが…


「じゃあ、入学式の話をしましょうか。 …最初に言うと、私の貴方への第一印象は、"嫌い"でした」

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