第13話 デッドリィ・ストライプ
課長室は他の部屋と違い,木目の綺麗な本棚や応接用のテーブルが置かれ,日当りもよく,どこぞの企業の社長の部屋のようだ。
俺は課長室に,今回の件の顛末の決裁書をあげに来ていた。
課長は「読ませてもらう。ご苦労だった。」とだけ言って受け取った。
「整備課の上高木は残念だった。技術のある若手だったのにな。」
「結局、全部で800万の借金を抱えてました。闇金に手を出してしまったようです。それが高島組につながっていた…。捜査第5課の調べた限りでは、そういうことのようです。」
「高島組の方は、組織暴力対策課が捜査に入った。逮捕者も、それなりに出るだろう。」
「公表は、どのようにされるんですか?警察内部に、暴力団とつながっていた者がいた、となれば、組織上の大問題に発展しますよ。」
「本人が退職し、職を失うんだ。社会的制裁は十分じゃないかね。それ以上広がる話か?」
もみ消しか。まぁ、スジの悪い話だからな。
その件は、それでいい。
ただ、このまま帰る訳にはいかない。今回の件では,腑に落ちないことがいくつもある。それをこの男に聞く必要がある。
「課長,あなた,何故今回に限って代理決定権のロックを緩めていたんです?」
「どういう意味だ?」
「リミッター解除コードの使用は,代理決定権行使の場合,1ミッションにつき1回しか許可されていないでしょう。着用者の安全が保証できないから。」だから,俺が代理決定権を行使した後は,ロックがかかるはずだった。しかし…。
「しかし,今回,英理のリミッター解除時間が限界終結した後も,解除コードがロックされず,そのまま,再度のリミッター解除状態に突入した。」
こんなことはあり得ない。篠崎夏美も、プログラムが制御不能に陥っていたと言っている。
英理がいくらリミッター解除を望んでも,解除コードが物理的にロックされていれば,機械が動くはずがない。
「大きな問題だと思っている。システムに何らかの欠陥があったんだろう。場合によっては,装着者の精神,あるいは生命に関わる事態だった。中央総合研究所に調査依頼済みだ。」
システムの欠陥。
「システム上の誤作動,ということでしょうか?ロックがかかるべきところが,かからなかった,と。」
「原因は分からんさ。システムの問題か,あるいは…。装着者の「意志の力」が強すぎた,それがロックするシステムを破壊した,そういう可能性もあるんじゃないか?」
課長は椅子を回転させて,窓の方に体を向けた。「ま、科学的じゃないがね。」と俺に背中を向けたまま言った。
「いずれにせよ,今回の件は上に投げて,調査結果を待つ。日本警察の,装甲具犯罪対策の要である装甲機動課の一個小隊がここまでやられたのだ。ことは日本の治安を揺るがす大問題だよ。装備の増強をはじめ,いろいろと検討が必要だ。」
課長が立ち上がった。窓の外を向いて,何かを見ているのか,それとも目を閉じているのか。
「それから,西恩寺英理のリミッター解除については,しばらくの間禁止。緊急時は第1小隊の四極を使うことにする。第2小隊担当の補佐官として何か異存はあるか?君が訴えたいのは,部下の安全確保の必要性,だろう?何か他にあるのか?」
これ以上つつくな,ということか。
今は,しょうがない。
「そうです。部下の安全を守れる状態がなければ,危険な任務に向かわせることはできません。調査結果等は随時お伝え頂ければと思います。」
だが,さらに重要なことがある。
「課長,もう1つ。今回の件について,お話をしてもよろしいですか?」
課長は無言のまま俺を睨みつけた。
「今回の件、本当に上高木が元凶でしょうか。」
「上高木が情報を流していたのは間違いない。」
「ええ,そうですね。しかし、その結果までは、上高木が意図したものではないでしょう。今回の件、誰かが、意図的に、特別装甲部、特に第2小隊を狙ったもの、とは考えられませんか。」
「それは,お前の推察,勘だな?」
「ええ,そうです。」
「推察は、真実にたどり着くこともあれば、樹海に迷い込むきっかけにもなる。ろくな根拠もなければ、遭難するだけだ。」
課長が椅子を回して俺に背を向ける。
「その話,まだ続けるつもりか?何か、意味があるのか?」
「いえ,想定される様々な可能性の一部をお話しただけです。」
俺は,課長が小さくうなずいたのを確認し,その背中に礼をして,課長室を後にした。
胸ポケットからマイセンを取り出す。
喫煙所はついに地下3階まで追いやられてしまった。たばこを再開した罪悪感を和らげるために,エレベーターを使わないようにしている自分が滑稽だ。そこまでして吸うほどのものではないとも思う自分がいるが,さりとて止める気もないというのが本音のところだった。
俺の目には,課長が振り向く瞬間に、その口元に、何かを皮肉ったような、うっすらとした笑みのようなものがこびりついていたように見えた。
敵か味方か,悪人か。
ふとそんな言葉が頭に浮かんだ。
何となく気が変わり,俺は足を止め,マイセンをポケットにしまって、もと来た道を引き返した。
目を上げると、矢島ちゃんが立っていた。
「徳さん。浮かない顔だね。」
「そりゃ、お互い様じゃない。」
矢島ちゃんが、缶コーヒーを手渡してきた。
「途中で行き詰まった。捜査打ち切り。今回の件は、これでおしまいだ。高島組から薬物密輸を請け負っていた太陽工業が、証拠隠滅を指示され、それがこじれた。最後は、逃げきれないと思った太陽工業の連中が、薬物を使って暴走した。こんな荒い筋書きを書かされちゃったよ。7年目の中堅気取りかっての。笑うしかないね。40人以上の、それまで普通に働いていた労働者が、こんな大規模な暴動を?一糸乱れず?そこまでするなら、海外に飛ぶなりなんなり、方法はあったろうにさ。」
「捜査打ち切りは、捜査第5課長の指示?」
「ちらっと本省が出てきたから、その上だね。」
「でかいね。話が。」
「こっそり、勝手に調べてるんだけどさ。まぁそれも危なくなってきたから、もう止めるけど。…あの薬、どうも中東に流れてるみたいなんだ。」
「…戦争用?」
「戦争の現場じゃ、重宝するだろうね。恐怖を持たない、殺戮マシンが作れるんだから。現場に売り込む前に、テストしたのかもよ。イザナギとカグラは、強いからさ。いや、それにしたって、わざわざ、こんなところでそんなことするかね?他に考えられる線は、あの格闘用装甲具のコマーシャルとかね。あれの製造元はドイツにあって、最近軍事用の装甲具の開発に乗り出してるらしいからさ。でも、それならこんな大きな事件を起こさなくても、一度けしかければいいだけだろうしな。だから、どれも、多分違うんじゃないかな。」
矢島ちゃんはそこまで話すと、俺とすれ違い、軽く右手を挙げて、去っていった。
俺は、缶コーヒーが苦手なんだよな。
矢島ちゃんは、悪人でも,味方であって欲しいが。
******
「優秀な部下,というのは,時として,組織にはマイナスに働くことがある。特に、大きな意図を持って動いている組織の中ではな。分かるか?」
目の前の部下に,独り言のように語り掛ける。
「そうした組織においては、時には,何も考えず,ただ忠実に,上の指示に盲目的に従う,そうした姿勢が好ましいこともある。余計なことを考えずに,だ。」
笑顔を崩さない,目の前の女性。
「大局的な判断は,それをすべき立場の者がしているのだから。」
この言葉は何も,佐藤に限ったことではない。
篠崎,お前にも言っていることなんだ。
「ご指示のあった,2号機のデータ,整いましたのでお渡ししますね。」
「こっちの上も喜ぶが,研究所も喜ぶだろうな。また一歩、研究計画が進むわけだ。お前さんの目的にも,近づくんだろう。」
篠崎の表情は変わらない。
「まぁいいさ。今後も,今回のような機会が作れれば,渡してあるリミッター解除キーは使用して構わないとのことだ。ただし,くれぐれも,連中に余計な疑念を抱かせないように。」
「もちろんです課長。細心の注意を払いますので。」
この女にも気をつけなければいけないな。
「小松坂は誤算だったな。まさか、ルシフェルに勝つとは。あっちのルシフェルは特注品だっただろう。装着者も元プロの格闘家だ。数値的にはS級を超えた性能だったはずだが。最後は何が起きた?」
篠崎は、分析中です、とだけ言って、後は笑顔に戻った。
「あのまま、サイクロンを放っておけば、予定通り、小松坂は死んだだろう。なぜ、リミッター解除を急いだ?」
「信じ難いことですが、ルシフェルがやられた時点で、アマテラスの予測がずれてしまいました。下手をすると、サイクロンも、小松坂さんに倒されるおそれがありましたから。結果としては正解だったと思いますが。」
下手をすると?なんだそりゃ。
まぁ、いいだろう。結果として,な。
「火の後始末はちゃんとしておけ。煙を嗅ぎつけている奴がちらほらいるぞ。上高木の件はこっちで処理しておく。組と太陽工業の方の処理は進んでいるのか。」
「然るべく。」
******
1号機の最後の動き。
あれは,リミッター解除とも、異質な動き。
アマテラスでも予測できなかった。
人間が、アマテラスを越えた。
機能停止に陥ったはずの装甲具を、人間の側が無理矢理再起動させた。
人間の意志の力が。
あれは何?何の力?
小松坂修司。
しばらく生かしておく必要がありそうね。
******
僕は地下の自販機の脇に立っていた。
篠崎夏美は、ゆっくりと廊下を歩いてきた。
「…。ありがとう。」
「何?」
「小松坂さんを助けてくれた。」
「まだ利用価値がある検体だと、気づいただけよ。私、まだアマテラスのハッキング、あきらめてないから。アマテラスの予測がずれたことなんて、今まで一度もなかった。アマテラスの裏をかく、ヒントが見つかるかも知れない。そうすれば、連中の計画を手伝う必要もなくなるわ。」
ナッちゃんは、僕の隣で立ち止まった。
「僕を殺す気だった?」
「殺してやりたいと思った。」
ナッちゃんは、うつむいたままそう言った。
「他の装甲具にも、全部、ウイルスを入れといたわ。あなたが殺されそうになったら、起動するように。」
ナッちゃんが僕の左手の袖をつかんだ。
「もう一度、約束して。一人にしないって。」
「…。分かってる。ごめん。」
******
「俺の1号機はどうですか。」
整備場の天窓から差し込む光が、整備デッキに安置された2号機に降り注ぎ、複雑な光りと影に彩られたその機体は,まるで神様か何かのようだった。
「人間で言えば,全身複雑骨折。内臓破裂。電気系統含めて総取り替え。派手にやってくれたもんだ。」
ゲンさんが少し元気がないのは、1号機の損傷がひどいせいじゃない。
「だから、ギャンブルは止めろって言ったんだ。酒と女と博打は、はまっちゃいけねぇ。」
無理もない。目をかけていた新人だったんだ。
いや、だからこそ、引っかかる。ゲンさんが目をかけるほど真面目な新人だった。
そんなあっさりと、ギャンブルで身を崩すものか?
いや、真面目だからこそ、か?
「まぁ安心しろ。一人抜けても、整備の質は落ちねぇよ。予算もバンバン計上してやったしな。」
「会計課、ぶち切れじゃないっすか?」
ゲンさんが、ふん、と鼻をならす。
「見積書、一発決裁だったよ。いつもあんだけうるせぇのにな。」
奇妙な話だった。電球一つ、電池一個、鉛筆一つまで口を突っ込んでくる会計課が、見積もりの詳細な尋問もせずにOKを出すなんて。
今回の件で,第二小隊の機体は大なり小なり修理が必要な損傷を負っていた。それに乗じてあれこれとオプションを申請させてもらったので,まず間違いなくつき返されると思っていたが。
上の方で口利きがあったのは間違いないだろう。予算削減がどんどん進む中,うちらだけが青天井というのはおかしな話だ。
奇妙なことは他にもたくさんある。俺たちが出動したのと同時に第1小隊が向かった件だ。工事用装甲具が暴れているという通報だった。今回の件との関連性が疑われたが、結局行ってみたら、酔っぱらいが装甲具を使って喧嘩していただけだったらしい。通報の内容や現場の状況など,地域の警察官がきちんと確認した上でこっちに話が来るのが通例だが、ある種の誤報だった。そうと分かっていれば、第1小隊が出払うということはなかったはず。
今回の件、まるで,わざと最初に、第2小隊だけが現場に行くように仕組まれたような,そんな風に見える。
考えればきりが無い。
この2号機も。
「なぁ、小松っちゃん。」
2号機を見上げるゲンさんの目は、いつになく険しかった。
「こいつは良い機体だ。ほれぼれする。でも、何か…底が知れないところがある。何か、何つうか…、越えちゃいけない線をまたいじまうような。」
ゲンさんの視線を追った。天窓から差し込む光は、さらに強くなって、2号機の輝きと、それに応じて作り出された影がさらに濃くなり、人を落ち着かない気持ちにさせた。
イザナギ。
日本神話の神の名。
どうしてこんな名前なのか。
その神話は,血塗られたものだったな。
「ゲンさん,知ってますか?この機体,誰が設計したものか分からないらしいですよ。表向きは有名な北島教授が指揮をとったことになってますが。」
「知ってるよ。」
「…謎の機体ってわけですか。」
「そうだな。」
二人でイザナギを見つめる。
「小松っちゃん。」
「はい。」
「うちの姫さんを守ってやってくれよ。」
ゲンさんがぽつりと,しかしはっきりとした声で言った。
******
入院なんてしたのは,中学生以来だった。さすがに疲れてたので,一日中眠り続けられるのは良かったが,何度も繰り返し,同じ夢を見てしまった。
私は装甲具を着ていて,最初はすごくしっくりきていて,気持ちよく身体が動かせる。そのうち,どんどん調子が上がってきて,体に羽が生えたみたいに軽くなっていく。どんどん動くスピードも上がっていて,止められなくなって,すごく怖くなって,それでももう止められない。
そんなあたしを止めようとして,小松さんの2号機が目の前に立って,でもおかしくなっているあたしが,2号機に突っ込んでいく。
ぶつかる寸前で,目が覚める。汗びっしょりで,心臓も張り裂けそうなくらい強い鼓動を打っている。
今朝もその夢を見てしまった。
シャワーを浴びて,汗を流した後,少し気分転換しようと,病院の屋上に向かった。
小高い丘の上に立つ病院の屋上からは,立ち並ぶビルの群れと,その先の海までが見渡せた。
「調子,どうなんだ。」
「うわ!びっくりした!」
振り返ると,そこにはさっぱりとした白いシャツにジーンズを履いた、私服の小松さんが立っていた。
「びっくりするな。単なる面会だ。」
「面会来るならあらかじめ言って下さい。こっちだって準備があるんだから…。」
「は?入院中に,何の準備があるんだ?」
何だ,まったくこの男は。だからそれは,考えをまとめたりとか,服とか化粧とか…。
いや,何で小松さんに会うのに服とか化粧なんて気にする必要があるのか。
何か頭にくるな,全く。
服とか化粧は違うな。違う違う。
「何だ,やっぱり調子悪いのか?」
小松さんが珍しく心配そうな顔をしている。
「別に…。悪くないですよ。検査も異常ないし,すぐにでも現場に戻りたい気分です。それより,良いんですか?隊長がこんなとこに来てて。」
「補佐の命令だ。部下の回復具合を見るのも仕事のうちだからな。」
「あ,そうですか。命令で…。」
何を言ってるんだ。めんどくさい系の女子か?
いかん。何でショックを受けているのか。あたしらしくない。
やっぱり,リミッター解除のし過ぎで少しおかしくなったのか。
なんだか段々感情がぐちゃぐちゃになってきて,わけも分からず泣きそうになったので,あたしは小松さんに背を向けて海の方を向いた。
台風が通過した後の空は雲一つ無く晴れ渡っていた。
少し強い風が吹いて,こんなに遠くまで,ほのかに潮の匂いがしたような気がした。
つかつかとこっちに小松さんが歩いてくる音がした。
「これは命令外だ。」
あたしの顔の脇に,ひょいとビニール袋を差し出す。中に「ビックリプリン」が入っているのが透けて見える。
一粒涙が落ちたら,後はもう止まらなくなってしまい,久しぶりに大泣きしてしまった。
「ちょっと待て,どうした,お前大丈夫か?医者呼んでくるか?」
「…すみませんでした。」
ぽつりと言葉が出た。
「やっぱり,記憶,無いんです。途中からどうなっちゃったのか。自分でも分からないし,そんな状態で装甲具を使うなんて…。いつもそうなんです。あの機能が必要なことは分かってます。あれが無かったら,あたしはここに配属されてない。でも,あれを使うと,自分が制御できない…。」
小松さんを見ることができなかった。
「ほんとは気づいてるんです。自分の中に、ドス黒い復讐心があるって。あたしは、装甲具を着て、それを吐き出してるだけ。…あたしは…自分のために、装甲具を利用しているだけ。あたしは…。」
あたしはこの部隊にいちゃいけない。ここにいちゃいけない。
辞めよう。
小松さんの部下として,ふさわしくない。
誰かを守るために,それだけのために,装甲具を着ている人に。
また少し強く風が吹いた。
小松さんがあたしの横に立った。
「お前、最後の最後、自分が何を言ったか覚えているか?」
「…最後?」
いつのこと?
「俺が、サイクロンに殺されそうになっている時、お前は、俺の名前を呼んだ。「殺す」でも、「許さない」でもない。俺の名前を呼んで、立ち上がったんだ。殺されそうな誰かを見て、お前はもう一度立ち上がったんだ。」
小松さんは海の方を見ていた。
「俺は知ってる。お前の奥底の気持ちは、復讐心なんかじゃない。自分の本当の気持ちを見失うな。」
太陽の光りや,視界が涙でにじんでるせいもあって,その横顔の表情はよく見えなかった。
「さっさと帰ってこい。待ってるから。」
******
退院許可が降りたのは,三週間が過ぎた日曜日だった。あれこれ検査され,散々脳画像検査をされたけど,何の異常も見られなかった。ただ、右肩には多少の炎症があり、理学療法士から簡単なリハビリを受けつつ,自宅では湿布の張替えを続けることになった。
月曜日の朝7時。宿直表には小松さんの名札が下がっていた。更衣室に駆け込み,ロッカーを開けて制服を取り出す。久々に制服を着ると,寝ぼけていた体と頭がすっきりした。
駆け足で宿直室へ向かい,勢いよくドアを開けた。
「西恩寺英理,ただいま帰庁いたしました!」
「うわっ…!」。
小松さんがカップラーメンをこぼした。
「ノックをしろ!ノックを!くそっ…。」
「何よ,「お帰り!」とかないんすか?」
「俺の朝飯…」
こんな小さい男には構ってられない。あたしが整備室に向けて駆け出そうとすると,整備課のゲンさんが奥の仮眠室から出てきた。
「おー、姫様のお帰りか!」
「ゲンさん!ただいま!」
ゲンさんはにやっと笑う。
「ピカピカにしてあっからな。待ってたぜ。」
さすが職人。かっこいい。どっかの小さいラーメン男とは違う。
「ま,一番待ってたのはそこの隊長さんだろーけどな。寂しそうにしてたぜ。」
今度はラーメン男が口に含んだラーメンを吹き出した。
本当に汚い。
「あれ、小松さん,寂しかったの?」
「一瞬たりとも寂しいなどと思ったことはない。風間と二人で楽しくやっていた。人手が足りなくて,第1小隊に協力依頼をするのが面倒だっただけだ。今日からこき使ってやるからな。」
「風間と二人で毎日暗い顔して仕事してたぞ。まったく、整備しがいのない連中だったぜ。」
「一言、寂しいって連絡くれれば良かったのに。」
「あー、本当にうるさい!大体お前は…」
「いや、やっぱり声の張りが違うな,小松っちゃん。」
「…ゲンさん…」
まぁ,なんて言うか、やっぱりここが居場所だなと、あたしは思った。そろそろ風間君や佐藤補佐官も出勤してくる。挨拶しなきゃな、と思った矢先だった。
聞きなれた非常ベルの音が鳴り響く。一瞬で全身の細胞が活性化したのが分かる。
「南区より出動要請です!当直職員は直ちに出動態勢を整えて下さい。日勤職員には順次非常連絡を発令中です。」
夏美ちゃんのアナウンスが響く。今日は夏美ちゃんが非常連絡当番だったようだ。
「1号機から3号機まで,装甲具のロックを通常解除しました。英理さん、お帰りなさい。」
ありがとう。
こういう細かい気配りがもてる秘訣なんだろうな。
「ほら、行くぞ!」
いつの間にか,ラーメンを片づけた小松さんが、整備場に向けて駆け出していた。
「了解!」
あたしは,全力で小松さんの後を追った。
デッドリィストライプ 水岡修二 @tt07039999
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