第12話 夜の海の戦い

倉庫の件から一週間が過ぎた。

 テレビでは20時のニュースが流れていた。

 大型の台風が接近しているせいで、天気は今晩から、明日にかけて大きく崩れるらしい。一番あれるのは明日の日中のようだけど、今日の夜中頃から雨は降り始めるようだった。

 雨は嫌だな、と思って窓の外を見た時だった。

 緊急警報が鳴り響き,所内の静寂を切り裂いた。

 「北区で工事用装甲具が暴れているとの通報,出動要請です!」

 「南区でも同様の事案が発生とのこと!」

 「こんな時に…!。警備課の方の装甲具も回して!当番班の第一小隊,準備して!」

 冬見補佐がてきぱきと指示を出し始める。その時だった。

 「信号受信しました!」

 会議室のモニターに全員の視線が集まる。

 「佐藤さん、ここは…。」

 矢島さんの顔が強ばる。

 「ま、予想通りだろ。潜水艦で接岸しようとしてるな。燃料補給か,何かの運搬か…。」佐藤補佐がモニターを睨む。

 「佐藤さん、ここは例の太陽工業の敷地だ。あからさま過ぎる。倉庫の件に続いてこれだ。罠かも知れない。下手に飛び込んだら、とんでもないことになる。」

 佐藤補佐官が、矢島さんに視線を送った。

 「行け。また潜られたら、もう逮捕の機会はない。」

 いつの間にか、会議室に八代課長が姿を現していた。

 会議室の空気が、強く張りつめた。

 佐藤補佐が冬見補佐へ視線を送る。

 「うちの隊で片をつけてくる。」

 「…任せるわ。」

 冬見補佐は一言だけ,しかしはっきりとそう言った。

 「第2小隊,出動準備。目標の接岸予測地点へ急行。」

 「了解。」

 小松さんが立ち上がる。

 松井さんが小松さんに近づく。

 「気をつけろ。ちゃんと帰って来い。」

 松井さんは,一言だけ,小松さんに声を掛けた。

 「あんたに言われなくても。大丈夫さ。」

 小松さんが松井さんに背を向ける。

 「このストライプにかけて。」

 小松さんが,整備課に向けて駆け出す。あたしと風間君はその後を追った。

 ******

 あたし達は、今回の件で一番最初に出動した先。「しんせいき」地区の港湾にある会社,太陽工業の敷地に向かっていた。

 「目標の到達予想時間まで後1502秒。誤差プラスマイナス5です。」

 夏美ちゃんからの通信の直後、佐藤補佐官とラインがつながった。

 あれ、直通回線?何で?

 「3人とも、よく聞いてくれ。」

 佐藤補佐官の声には、いつもと違う緊張感があった。

 「矢島ちゃんと話していて、二人の間だけで考えたことがある。」

 「何ですか、補佐。」

 小松坂さんの声も、少し固い。

 「今回の一連の件に関して、外部にこちらの情報が漏れているおそれがある。内通者がいるかも知れない。」

 え?それって…。

 「警察に、裏切っている人がいるってことですか?」

 「どんな形で情報が漏れているか分からないが、それが一番確実だろう。うちの端末は「アマテラス」につながってて,外部からハッキングするのは、不可能だしなぁ。」

 「目星、付いてるんすか?」

 「矢島ちゃんが、追いつめているとこだった。まぁ、それはもう、後々の話だから良い。問題は目の前のことだ。こないだ見たとおり、太陽工業は大量の装甲

具を保持している。目的は、不明だが、この件、何かの罠じゃないかと思っている。」

 「罠…。」

 「矢島ちゃんの集めたデータからの推測だが、数十機の装甲具を相手にしなければいけないおそれがある。危険と判断すれば,課長の指示に噛みついて,撤退させるかも知んないから。」

 撤退…。

 重い響きだ。

 「負ける気はありませんが,部下の命を最優先にしますよ。」

 「殉職なんて,つまんないからね。」

 そう言って,補佐は専用回線を切った。

指令車から,佐藤補佐が地図データを転送してくる。そして,手早く配置を決めていく。接岸予定の岸辺には,工場倉庫のような建物が二つ並んでおり,その間には貨物を運ぶ金属製のコンベアーが設置されていた。海辺に設置されているせいで,若干さびているようだが,現在も使用されている様子だ。普段,船などを使って運んできた部品などを,このコンベアで工場敷地内に運んでいるのだろう。

 また、元々浅瀬の土地を無理矢理埋め立てて拡張した場所なので、あちこちに古びた簡易型の橋が掛かっている。

 「作戦の目的は、潜水艦の拿捕及び、黒い装甲具の確保、薬物の押収だ。港湾沿いはコンクリートで固めてあるから、ローラー走行で進め。潜水艦に一気に接近し、捕縛縄を打ち込んで押さえ込む。そこから、抵抗がなければ潜水艇内を制圧して、終了だ。」

 捕縛縄は、銃の形をしていて、先端に強力な接着部位があり,対象に張り付くと、特殊な工具ど液剤を使わないとまずはがせない。無理にはがせば、接着部分ごと破損する。

 「ただ、何らかの、それも大規模な抵抗が予想される。海を背にして、運河を挟んで倉庫が二つ。橋を渡ってくれば海岸まで、装甲具で走って20秒ほどの距離だ。おそらく、この工場様の建物2つの中に、装甲具が潜んでいるおそれがある。」

 「まずは、潜水艇を確実に逃げられないようにすること、何らかの抵抗があれば制圧すること、これで良いですね?」

 小松坂さんが自分に言い聞かせるように言った。

 背中が、ひりひりとしてくる。深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 佐藤補佐官から通信が入る。あれ、また専用直通回線。

あ,今度はあたしだけ?

 「西園寺。おまえ自身が分かってると思うが…。」

 ああ、そのことか。

 分かってます。

 「分かっています。まだ、一週間しか経ってません。」

 「原則、使わない。本来、二週間は現場にでることも控えた方が良い。」

 「補佐官、もしものときは躊躇しないで下さい。あたしは、いつでも準備できてます。」

 本当は怖いんだ。二週間以内に使うのは。

 「逃げ道を作る必要が生じた時の,最後の手段にしよう。」

 佐藤補佐官も私も、心のどこかで同じことを思っている。

 使う可能性が高いんじゃないかって。

 「まもなく、現場に到着します。」

 夏美ちゃんの声が響く。

 「倉庫裏手にて、イザナギ1号機から3号機まで、降車。サイレンサーと暗視カメラを機動して無音行動。接岸予定箇所で待機。」

 「「「「了解」」」。

 ******

 あたしたちは,イザナギを装着し,サイレンサーを発動させた状態で指示された場所に向かっていた。

海に接した工場敷地へは,10メールほどの古びた橋が一本かかっている。

夜の海は,何もかもを吸い込みそうなほど,暗くて深い。

サイレンサーは、イザナギのモーターの動きを最小にし、着地重量のサスペンションによる吸収も最大にするため、行動に伴う音がほとんど発生しない。その分動きはかなり重くなる。

 サイレンサー起動時のまとわりつくような自重が、作戦の緊張感を高めていく。

 捕縛銃は風間君が担当になった。

 射撃の精度は間違いなく一番だからだ。

 「潜水艇、浮上します。」

 「風間、接岸した直後を狙え。」

 「了解です。」

  風間君が潜水艇の接岸地点に向けて照準を合わせる。

 台風の接近が近づいているのか、少し風が強くなってきた。真っ黒な海面からも強いうねりを感じる。

 「潜水艇、接岸!」

 夏美ちゃんの声が響くと同時に、風間君が捕縛銃を発射する。一発目の着弾後、すぐさま二発目を装填し、発射する。特殊な鉄鋼繊維を編み込んで作られたロープが潜水艇の両脇に固着し、動きを止める。ロープの末端を風間君がドリル付きの固定器具で地面に固定する。

 「制圧するぞ。」

 小松坂さんがサイレンサーを切り、一気に潜水艇に向かう。あたしと風間君もその後ろを追った。

 突然背後から強い光に照らされた。

 急遽暗視モードから夜間ライトモードに移行したため、目の順応が追いついてこない。

 「うちの潜水艇にずいぶんなことしてくれるじゃないか。」

 どこかで聞いたことのある声。

 「「うちの潜水艇」って言ったか?社長さん。」

 小松さんが光源の方に向き直る。

 「ああ、それはうちの潜水艇だ。警察さん。」

 橋の向こうの二つの倉庫の上部に設置された大型のライトが埋め立て地全体に広がるほどの強い光を発していた。

 逆光でシルエットだけが浮かび上がっているような状態だが、おそらく、あたし達の前に立っている装甲具は…サイクロンだ。

 遠くで雷の音が聞こえた。

「悪いが、この潜水艇には、薬物の密輸に関わってる容疑がかかってんだ。」

 「初耳だ。そんなはずねぇよ。帰ってくれないか?」

 「そうはいかねーな。持ち主があんたなら、事情を聞かないといけない。ちょっと署まで来てくれないか?」

 「仕事休めないんでね。うちみたいな零細企業は。任意同行ならお断りするよ。」

 「悪いが、任意じゃないんだ。あんたに容疑が掛かってる。」

 「逮捕…か。」

 何?これ?

 サイクロンの通信ラインに、虫の羽音のようなノイズが混じり始める。それが次第に強くなっていく。

 「逮捕したけりゃ…。力尽くでやってみろよ!」

 ノイズが弾けるように大きくなった。

 この音は、これまでリミッターを外して暴れていた装甲具から聞こえていた音だ。

 「小松さん!あいつ…。」

 「ああ、クスリを使いやがったな。来るぞ!」

 サイクロンのモーター音が一気に上昇する。

 「倉庫内から多数の装甲具反応!14体…15…16体!」

 夏美ちゃんの声が響く。

 「潜水艇から装甲具反応!3体!」

 合計19体!

 橋の向こうの倉庫のシャッターが一気に開く。あたしの正面側の倉庫から8体,風間君側から8体。

 20対3。

 「C級フォーキー8体,B級リキラク4体,コングⅠ4体、アックスⅡ3体、A級サイクロン1体です!」

 「課長!敵が多すぎる!一度撤退し,第一小隊と警備課の増援をまっ」

 補佐の声が響いた瞬間。

 あたしたちの背後から激しい光と轟音が響いた。

 うそでしょ。。。

 あたしたちが渡ってきた橋が,吹き飛んで崩れ落ちた。

*********

 読み違えた。

 信じられない。

 まさか,こいつらの狙いは。。。

 いや,それは後だ。

後で矢島ちゃんが調べ上げることだ。

 「運輸班!装甲具護送用ヘリの用意を!第一小隊を回収!」

 頼む。急いでくれ。

 「小松坂!第二小隊が来るまで持ちこたえろ!」  

*********

「サイクロンとアックスは俺が抑える!二人は橋を渡ってくる奴らをくい止めてくれ!」

 「「了解!!」」。

 この地形と状況じゃ,銃は使えない。

 複数の装甲具に囲まれて、バッテリーをやられたらおしまいだ。背中を狙われないためには,小松さんが目の前のサイクロンを抑え,あたしたちはそれぞれの倉庫から出てきた8体を,白兵戦で相手にする他ない。

 問題は8体も、そしておそらくリミッターが外れた装甲具を相手にできるのか。

 橋をぶっ飛ばすとか,イカれてる。

 ていうか,意味不明だ。なんでわざわざ逃げ道を、、、

 ?

 あれ?

 いや,今はそんなこと考えてる場合じゃない

 やるしかない。

 頭数を減らして動きやすくしなきゃ。

 ローラーを一気にトップに上げて、橋を飛ぶように渡る。

 あたしは目の前に迫る3体の一番左端にいる,C級のフォーキーに向けて飛び込む。フォーキーの目前で左に飛んでそのまま一気に背後に回り込む。フォーキーは下半身がキャタピラタイプなので,素早い方向転換はできず,こちらの動きについてこれない。

 リキラクとコングⅠがそれを黙って見ているわけはなく,あたしの背後と左側面からあたしを取り押さえようと迫ってくる。

 あたしは急いでフォーキーの背部バッテリーハッチに手を掛け,力任せにこじ開けてバッテリーを引きずり出した。

 その勢いでバッテリーを持ったまま右に飛び,迫って来る二体をかわして正対した。これで2対1。

 ちらっとモニターに映された他の二人のメインモニター映像で,二人の状況をうかがう。風間君はあたしと同じでフォーキーのバッテリーを引き抜いたところ。残り7体。

 小松さんはアックスⅡに囲まれないよう間合いを取りながら、サイクロンの背中を狙っている。

「くそっ!補佐!こいつら全員リミッターが外れてる!」

 小松さんの声が響く。

 小松さんの相手はB級3体にA級1体。早く加勢しないとまずい。あたしは目の前のC級7体に集中し直す。

 コングⅠが踏み込んで来る。速い。右に体をさばいてかわす。そのかわした先にコングⅠが体当たりを仕掛けてくる。

 嫌な記憶がよみがえる。サイクロンに体当たりされたときのことを思い出す。あたしはコングⅠから視線を外さず,突撃に耐えられる体勢を保ちながら移動する。

 案の定,急激な踏み込みでコングⅠは進行方向を変えてあたしに突っ込んできた。

 こいつらも全員リミッター解除状態だ。

 激突されるのは予想通りだったけど,かわせない。そのまま両手で受け止める。加速した鉄球にぶつかられたような衝撃が走る。でも今度はそれを受けきる。何だかんだで,コングⅠはC級機体。サイクロンほどの力は無い。リミッター解除状態でも,こっちに分がある。あたしは足に力を入れて,コングⅠを押し返し,左足をコングⅠの右足にかけて、小外刈りの形でコングⅠを地面に倒す。

 あたしの右手からリキラクが飛び込んでくるのが,モニターに映る。あたしはできるだけ引き付けて,後ろにステップを踏んでかわす。目標を見失ってよろけたリキラクの背中を蹴り倒す。そのまま背中のバッテリー開閉部に拳を下ろし,ハッチを破壊してバッテリーを引き抜く。その勢いで,立ち上がろうとしていたコングⅠの背中に右足でかかとを落とす。再び倒れたコングⅠの背中のハッチを,両手でこじ開けてバッテリーを引き抜く。

「後5体!!」

 ******

 状況は悪い。

 西園寺のリミッターを解除すべきか否か。サイクロン一体の時でさえ,至極と西園寺二人のリミッターを解除したところだ。今回はそれに加えて敵が多い。

「篠崎。準備だけはしておいてくれ。」

「了解しました。」

 こういう時の篠崎は落ち着いている。いや,落ち着いているというよりは,リミッター解除への抵抗感が無い様に思う。

 小松坂が、ローラーを駆使してアックスⅡの背後を取り、一体目のバッテリーを引き抜いた。

 これで3対1。

 B級3体とA級1体を相手に立ち回っている。 

さすが隊長格。松井に迫る動きだ。

「第一小隊,南区の現場の制圧を終了。装甲具輸送ヘリ,河川敷で第一小隊を回収します。」

「頼んだ,急いでくれ。」

 ?

「モニターを潜水艇の方に!」

 何かが動いた。

「装甲具反応です!」

 黒い装甲具。

 ルシフェル。

 タイミングが悪い。

 「小松坂!もう一体海の方から来るぞ!」

 アックスⅡが片づいてからにして欲しかった。

 どう考えても分が悪い。

 橋、橋、橋。

 地形の数値。

 分析数値。

 こいつは古い。

 「西園寺、風間、お前たちが渡った橋,もう一度渡って最初の位置に戻れ。」 

 ******

 「了解!」

 何でか分からないけど、急いで橋に戻る。

 後ろからワラワラと装甲具5体がついてくる。

 古びた鉄製の橋は、装甲具の重みでぎしぎし揺れる。

 「西園寺、急いで渡りきって橋を見ろ。データを転送するから、その画像データに表示された橋のポイントを、出力最大にして、思い切りぶん殴れ。」

 「了解でーす!」

 よく分からないけど、話はシンプル。こういうときは従うのみ。

 結構なスピードで5体の装甲具ががちゃがちゃと後ろに迫ってくる。あたしはもう一段ギアを上げて、一気に橋を渡りきる。

 「西園寺!今だ!急げ!」

 あたしは橋を渡りきった足の勢いで一気に反転し、橋の方を向く。腕一本分の距離まで、先頭の装甲具が迫っていた。あたしをぶん殴ろうとする装甲具の腕が伸びてくる。

 その映像に重なって、赤い三角のポインターが橋の上に点滅する。

 「ぉおおおおぁ!!」

 あたしが右の拳を振り下ろした瞬間、目前に迫っていたC級装甲具の腕が、轟音とともに消え去った。崩落していく橋とともに、水路に流れ込む海水の中に5体の装甲具が飲み込まれていく。

 こんなに老朽化してたんだ。

 「西園寺、風間のフォローに回ってくれ。」

 「あっちの橋は落とさないんですか?」

 「あっちはまだ新しい。多分無理。」

 5体乗せて、一撃で壊せるのがあたしの方だったのか。

 モニターを切り替えると、風間君が橋を渡りきり、追ってきたコングⅡの拳を左手の防護盾で弾いたところだった。少し風間君の体勢がぐらついている。C級の力じゃない。

 風間君が一歩下がって間合いを取る。追い打ちをかけてきたコングⅡのわき腹に、あたしは跳び蹴りを放って飛び込んだ。

 ******

 サイクロンが振り下ろした腕をかわす。勢い余って地面に直撃した打撃によって、地震のような振動が起きる。

 あんなもん食らったら潰されちまう。

 背後から迫ってきたアックスⅡの腕をかわしざま、体を反転させて、アックスⅡの後ろを取る。バッテリーハッチに手をかけようとしたその時。

 ずっと視界に入れていた、あの黒い奴が消えた。

 背中に悪寒が走る。

 装甲具反応。

 確認する間もなく、横っ飛びでその場を離れる。

 アックスⅡが、黒い奴の回し蹴りで弾け飛んだ。

 敵も味方もない。理性ごとぶっ飛んでる。

 スピードも、イザナギの自動追尾モニターを、一瞬振り切るレベルだ。

 黒い奴を再度ロックオンし直す。

 まずい。

 アックスⅡ2体とサイクロンが壁になる。

 こちらを向いていた黒い奴が背を向けた。

 「風間!英理!黒い奴だ!」

 ******

 瞬間移動じゃあるまいし。

 一瞬、イザナギのレーダーから消えた。

 信じられない、さっきまで小松さんの方にいた黒い奴が、風間君の背後に迫っていた。

 「風間君!」

 黒い奴が腕を振り回す。とっさのところで反応した風間君がガードを固めるが,あっさりと吹き飛ばされ,工場の壁に叩きつけられる。あたしは風間君の方に向かおうとしたコングⅡの背中に蹴りを入れて地面に倒す。そこに黒い奴が突進してくる。あたしは大きく距離をとって黒い奴をかわす。今度は橋を渡りきったリキラクが風間君に近づいていく。

 邪魔だ邪魔だ。

 やばい,焦る。

 「風間君!動いて!」

 「っ…。すみませ…!。」

 風間君の顔を黒い奴が踏みつぶそうとする。すんでのところで、風間君は左に転がり、その勢いで立ち直る。

 殴りかかってきたリキラクの右腕を両手で挟み、そのまま間接を決めて投げ飛ばし、地面にうつ伏せにする。流れるような動きで、風間君がバッテリーを引き抜く。

 すごい!やるじゃん!

 てか、風間君、そんなんできたの?

 感動してる間に、あたしに黒い奴が飛びかかってくる。風間君には、残りの6体の装甲具が群がっていく。

 …きつい。

 黒い奴の右手が発光した。

 「何回もそんなの食らわないし!」

 後ろに飛んで、ローラーでさらに距離をとる。でもこれじゃ、風間君と小松さんからどんどん離れちゃう。早く加勢しないと…。

 黒い奴が飛び込んで来る。でも、何故かこないだほどの迫力がない。2回目だから、あたしが慣れたのか?

 何にせよ、これなら何とかなりそう。

 「倒す!」

  ******

  強い風とともに、大粒の雨が降り出した。

 「風間!右脇のケーブルを見ろ!」

 敵が多すぎる。

 風間は想像以上の動きを見せている。

しかし、6体のリミッター解除状態の装甲具を1体で相手し続けることなど、、不可能だ。

 「風間!ケーブルを引き抜いて、密集しているところに投げ込め。」

  ******

 黒い奴の蹴りをかわし、がら空きの胸元を張り飛ばす。バランスを崩しながら、黒い奴は何とか倒れずに持ちこたえる。

 すっごい高性能なオートバランス機能。

 でも、これなら何とかなる。

 風間君の状況を映したモニターが一瞬発光する。風間君の前にいた3体の装甲具が地面に倒れる。何かを使って感電させたんだ。

 小松さんの状況を映したモニターからは、小松さんが2体目のアックスⅡのバッテリーを引き抜く様子が見えた。

 これで小松さんも2対1。

 勝機が見えてきた。

 これならいける。

 そう思った、その時だった。

 「何だこいつ…!」

 小松さんの声が入る。やな予感が膨れ上がる。

 「小松坂!もう一体海の方から来るぞ!」

 補佐の声が響く。

 一瞬,モニターを小松さんの方に切り替える。

 状況が飲み込めなかった。

 あの黒い装甲具が,小松さんに迫っていた。

 何で?黒い奴はこの一体だけじゃなかったの?

 「装甲具反応!4体、5体…6体!B級リキラク3体、C級ロードレーバー3体!」

 倉庫から橋を渡って、新たに6体の装甲具が風間君に迫る。

 一瞬モニターに気を取られたあたしの目の前に、黒い奴の右回し蹴りが迫る。かわしきれず、あたしは両腕でガードする。鈍い衝撃とともに、モニターに赤字で「左腕損傷率20%」の文字が浮かぶ。

 9体の装甲具が風間君に迫る。モニターでとらえられないほどの動きで、風間君が一体のリキラクのバッテリーを引き抜いた。でも、その後ろから、リキラクの拳が、ロッドレーバーの蹴りが、風間君の頭や腰にめり込む。

 小松さんが、黒い奴の蹴りを受け止めた。

黒い奴の動きがやけに速い。

あっちだ。こないだの奴。

着てる人が違う。

動きが全然違う。

サイクロンが小松さんに体当たりを仕掛ける。小松さんは吹き飛ばされながら、何とか転倒せずにこらえる。

 口の中が乾く。


 あれ…。


…駄目だ。まずい。


 こんな感じ今までなかった。

 戦力で押されてる。


 このままじゃ,3人とも殺される。


 早く、加勢しなきゃ。

 こいつ、邪魔。

 黒い奴の脇をすり抜けようとする。

 雨で濡れた地面がぬかるんで、あたしの足の運びを鈍らせる。あたしの左腕を黒い奴が掴む。あたしの放った後ろ蹴りを黒い奴がかわし、さらにあたしを引っ張り倒そうとする。大きく左腕を振って、掴まれた手を振り放す。

 「邪魔しないで!」

 あたしの右の蹴りをガードし、そのあたしの右足を掴んで来る。あたしはとっさに右足を後ろに引き、左の回し蹴りを放つ。頭部を狙った蹴りを、黒い奴はガードして、あたしの左肩のあたりを突き飛ばしてきた。

 あたしは、なんとか衝撃を流して、体勢を立て直し、間合いを取る。

 ふと見ると,風間君が凄まじい動きで、9体の装甲具をいなしている。

 …何あれ…信じられない。

 ******

 何て数だ。

 夏美…。

 僕を信用していないな。

 万が一にも、小松坂隊長の助けに入らせないつもりだ。

 リミッター解除状態の装甲具9機。

 油断すれば、僕まで殺されかねない。

 「くそっ!」

 前から迫ってきた2機をかわしざま、バッテリーを連続で抜き去る。

 あと7機。

 僕は何をしてるんだ。

 どうしたいんだ、僕は…。

 ナッちゃん。

 僕は…。

 拳に力を込めた。

 僕は一体なにをしているんだ。

 1機、2機、3機。

 殴り飛ばし、蹴り飛ばし、バッテリーを引きちぎる。

 あの人は、家族だって言ってくれた。

 4機、5機、6機。

 投げ飛ばし、かわし、押し倒す。バッテリーパックを叩き壊し、引き抜く。

 (私を一人にする気?)

 僕は…。

 最後の1機に向かおうとした時だった。

 身体が一気に重くなった。

 「…ナッちゃん…。」

 ウイルス。

 夏美の作った、装甲具装着者を無力化するための試作品だ。

 後頭部に鈍い衝撃が走る。

 リキラクの頭突きで、吹き飛ばされる。

 全身が鉛の様に重くなる。神経伝達率が低下していく。

 せめて、こいつだけでも。

 体当たりをしてきたリキラクを、全力で受け止める。身体全体がきしむ。

 抱きついたような状態から、リキラクの背部に手をのばす。

 リキラクは力任せに、鯖折りをしかけてくる。 イザナギの胴体が悲鳴を上げる。

 バッテリーパックのハッチに手が届く。開閉口を開ける。

 「おおおおおぉぉぉぉ!」

 残ったわずかな力で、バッテリーを引き抜く。

 ウイルスに犯された視界は、ヌメヌメとしたピンク色に包まれていった。

 薄れていく意識の中で、鉛の臭いがした。 

 ****** 

 あたしが黒い奴に手こずっている、ほんの数分間の出来事だった。

 9機の装甲具を、風間君が一掃したのは。

 信じられない光景だった。

 最後の一機のバッテリーを引き抜いてすぐ、風間君は倒れこんだ。

 どうして?

 立ち上がらない…。

 「風間君!」

 通信が繋がらない。

 「うぁあぁぁぁぁ!」

 小松さんの頭を、2機目の黒い奴が両手で掴んでいる。

 「こっの…くそ…。」

 稲光が宙に浮いた小松さんの身体を照らす。

 「小松さん!」

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ。 

 まただ。

 またあたしは、目の前の奴を倒せない。

 子供みたいに、無力。

 雨と風が一層強くなる。

 力が欲しい。

 「止めろ!英理!使うな!」

 嫌だ。

 小松さん。

 死なせたくない。

 あたしは昔のあたしじゃない。

 力が欲しい。力が欲しい。あたしに力を…。

 「…補佐!」

 「…西園寺。頼む。」

 ******

 信じられない動きだった。

 あれが風間の本来の力なのか。

 しかし、その風間が応答しない。

 感電した?いや,そんなデータじゃない。

状況が全く分からない。

 いずれにせよ、あの状態で襲われればひとたまりもない。

 小松坂のダメージも深刻だ。

加勢しなければ。

 下手をすれば,3機ともやられかねない。

 第一小隊の到着まで,あと10分。

 他に選択肢はない。

「課長代決権行使!西園寺のリミッターを解除!」

「了解です。」

 待ち構えていたように篠崎が動き出す。

「2号機のリミッターを解除します。」

 気のせいだろうか。

 ほんの一瞬だったが,モニターの光りに照らされた篠崎の目に,喜びのような輝きが宿ったように見えた。

 「リミッター解除。解除限界時間1分30秒です。」

 ******

 世界の動きが遅くなる。

 雨粒がゆっくりと落ちていく。

 遅くなった世界の中で,あたしだけが自由になる。


 雷光みたいに。


 黒い奴の蹴りが止まって見える。

 蹴りをすり抜けて,駆け抜けざまに,黒い奴のバッテリーを力づくで引き抜く。

 倒れた風間君に襲い掛かろうとしていたリキラクのバッテリー部分を蹴り飛ばし,バッテリーごとバックパックを破壊する。

 解除限時1分20秒。

 風間君に向かおうとしていた6体の装甲具があたしに群がってくる。殴りかかってきたアックスⅡをカウンターの張り手で弾き飛ばし、ロッドレーバー3体のバッテリーを次々に引き抜いていく。

 地面に落ちているケーブルが放電して火花を放っている。あたしはケーブルの根本を掴んで、残りのアックスⅡに投げ込む。感電して倒れる装甲具。

 小松さんを掴んでいる黒い奴に向かう。

 サイクロンがあたしの進路に飛び込んでくる。あたしがかわした先に急激に方向転換して踏み込んでくる。それもかわす。サイクロンの後ろに回りこむ。


 コワシテヤル。


 力任せに,バッテリーの入ったハッチを殴りつける。サイクロンの装甲がひしゃげるが,バッテリーまでは破壊できず,サイクロンがよろけながらもこっちに向き直る。

 残時間1分10秒。

 サイクロンの頭部に右足で上段蹴りを入れ,よろめいたところに,あたしはコマのように回転して左足で回し蹴りを重ねる。サイクロンが吹き飛ぶ。

 それでもすぐにこっちを向き,立ち上がろうとする。


 じゃましないで。


 残時間1分。

 サイクロンに飛び掛り,地面に押し倒す。馬乗りになって,頭部に打撃を重ねる。

 補佐の声が聞こえた気がした。

 もう良いとか、そんな言葉。

 良いわけないじゃない。


 こいつら、小松さんを殺そうとした。

 残時間45秒。

 あたしはサイクロンから離れた。

 小松さん小松さん。

 小松さんを助けなきゃ。

 黒い奴の両手が、小松さんの頭部にめり込んでいくように見える。

 その後ろからアックスⅡが小松さんに迫る。

 あたしはさらにその後ろからアックスⅡに接近し,一気にハッチを破壊してバッテリーを引き抜く。

 「残時間30秒。」

 「小松さんを離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 黒い奴の脇に回り、薙払うように左の蹴りを放つ。黒い奴は小松さんを掴んだ手を離して蹴りをかわす。

 黒い奴が間合いを詰めてくる。

 黒い奴の右手が放電しているのがよく見える。 右手の打撃をかわす。

 自由になった小松さんが横から黒い奴に蹴りを入れ,黒い奴がよろめく。あたしはそこに畳み掛けてさらにとび蹴りを入れる。黒い奴は両手でガードしたが,そのまま吹き飛んで地面に倒れる。

 「残時間15秒。」

 警報が大きくなる。

 頭が痛い。


 うるさいうるさいうるさい。                       うるさい。



 はやくこわす。

 黒い奴の上に馬乗りになる。またさっきみたいに拳を振り下ろす。

 腕でガードされる。しつこい。


 じゃまだ


じ  ゃまだ。

 「ざん 時間 8 びょう。」

 あったま    いたい…。

 ガードの すきまに右腕を振り下ろ  す。黒い奴の  両腕 が左右に  はじけ  る。

 続け  てもう一発    左 腕を   振り下ろ       す。



 「ざんじ間3びょう。」


あた               ころす

         まが

 いたい。

 

 ころす


 み      ろす。

 

  た     す


 「ざん じか         ん0。」


   ころ  す


 し   こrす      そ

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 ******

「解除限界時間到達。リミッター回復します!。」

 まるで獣だ。指示もほとんど聞こえてなかったようだ。たった一分半の間に,11体の装甲具を活動停止にした。先日のサイクロン制圧の際よりはるかに動きが激しくなっている。

 いつの間にか握り締めていた右拳にはじっとりと汗をかいていた。

「2号機の脳波,αです…。」

 西園寺は昏睡状態。リミッターが回復した瞬間,黒い奴にまたがったまま,糸の切れた人形のように,両手がだらんと下に降りた。

 モニターの心拍や体温などに異常はない。

ただ,脳や体に度の程度の負担がかかったのは間違いない。

 「2号機を生命保全モードに。西園寺の脳波心拍等の異常について,感度を上げてくれ。」

 モニターで何かが動くのが見えた。

 背筋が粟立った。黒い奴が両手を地面について立ち上がろうとし始めている。

 「小松坂!来るぞ!」

 ******

 目の前で黒い奴が,馬乗りになったまま沈黙した2号機を,両手で突き飛ばした。突き飛ばされた2号機は、少し宙に浮いて、うつ伏せに倒れこんだ。

 黒い奴は一気に立ち上がり,2号機に襲い掛かろうとする。俺は横から黒い奴に殴りかかる。俺の打撃を左腕で受け止めながら,1メートルほど突き飛ばされ,黒い奴は俺に向き直る。

 稲光が黒い奴の横顔を照らす。

 ルシフェル。西洋の悪魔そのものだ。

 背後で爆発音が聞こえた。

 熱源反応。

 嵐の中、何か可燃性のオイルに着火したようだ。火の手がじわじわと広がっていく。

 その先には、2号機が倒れたまま、動かない。

「英理!おい!聞こえるか!起きろ!」

スピーカー出力を最大にして叫ぶ。反応はない。

 「風間!!起きろ風間!英理を…。」

 だめだ。二人とも反応がない。

 「!」

 モニターに熱源反応が増える。少し離れた倉庫からさらに6体…7体…10体の装甲具の反応が現れる。

 「補佐!そっちに装甲具が向かってるぞ!くそっ…。」

 英理と風間を守らなければ。

 だが、指令車も、装甲具に襲われればひとたまりもない。

 さらに熱源が三つ増える。

 ?

 これは…。

 「苦戦してるな,小松坂。」

 「何だ!早く来れば良かったぜ!暴れ放題だな!」

 「遅くなりました!支援に入ります!」

 松井さんと至極,海島だ。

第1小隊を乗せたヘリが到着した。

 「おせぇよ…。そっちの方は任せたぜ。」

 ******

 「冬美補佐官は?」

 佐藤補佐官の声に若干の安堵の気配があった。

 「予備の旧式カグラを使って、現場を取り押さえています。こちらの状況を聞きつけ、至急支援に回れとの指示です。」

 信じられない状況だ。

 史上最悪、と言う言葉が相応しい。

 数十機の装甲具、しかもリミッター解除状態と思われる、異常な出力を発揮しているものばかり。

 第2小隊は、よくここまで持ちこたえた。すでに二十体以上を三機で活動停止に追い込んだ。

 「一掃して、小松坂の支援に向かうぞ!」

 ******

 火の手の周りが早い。

 さらに爆発が起きるおそれもある。

 急がなくては。

 全部の神経を目の前の黒い奴に注いだそのとき。

「小松坂!後ろだ!」

 補佐の声が響く。

 トラックにでも突っ込まれたような衝撃を背中に受けて前のめりに倒れ込む。

 頭の中に警報が鳴り響く。無我夢中で体を回転させてその場を離れる。今までいた場所に黒い奴の足が振り下ろされたのが見える。回転した勢いでどうにか体を地面から起す。

 サイクロンだ。

 あれだけ英理に殴られて,まだ動く。

 これもドラッグの影響か。

バッテリーを抜かない限り,終わらない。

 望むところだ。2対1。ここが踏ん張り所だな。

 胴体損傷率32%。左腕損傷25%。頭部損傷28%。

 まだ全然いける。

 2体に構え直し,大きく息を吸い込み,腹に力を込める。

「ぶっ潰す。」

 装甲具との戦いは,力だけじゃない。

 いかに後ろを取るか,冷静に相手の動きを見れるかで決まる。

 俺は百選練磨の「解体屋」だ。

 サイクロンの再度の突進をかわす。そこに重ねてきた黒い奴の蹴りをしゃがんでかわし,するりと黒い奴の背中に回りこむ。バッテリーハッチに手を掛けた瞬間,黒い奴は独楽のように回転し,俺の胴体をなぎ倒すような蹴りを入れてくる。俺は左腕で受けながら後ろに飛んで衝撃を吸収する。サイクロンがまた突進してくるが,英理にやられたダメージか,スピードも遅く,動きも単調だ。

 かわしざまに,サイクロンの足に蹴りを入れると,そのまま地面に倒れ込んだ。急いでバッテリーハッチに手を掛けるが,黒い奴がそこに蹴りかかってくる。ハッチに手が引っかかり,何とか開くことは出来たが,バッテリーを引き抜く時間がない。後ろに飛びのいて距離をとる。

 黒い奴は間髪要れず間合いを詰めてくる。その右手が一瞬光ったように見えた。さらに後ろに飛びのいて大きくかわす。かわした先にけりが飛んでくる。かわしきれない。左腕で受け止める。重い衝撃とともに,左腕がやや重くなる。神経伝達回路がまた何%かもってかれた。

 あいつの右手を気にしすぎだ。かわす間合いを取り間違えている。

自分にむかつきながら両足を踏ん張り,その勢いで黒い奴の脇をすり抜け,起き上がろうとするサイクロンの肩を掴んでで抑えつける。

 急いでバッテリーに手を掛ける。黒い奴が再び飛び込んでくる。蹴りが迫る。

 左腕一本くれてやる。

 両足に力を入れて襲ってくる衝撃に備える。

 蹴りを防いだ左腕に電流が走ったような衝撃が響く。

 体ごと吹き飛ばされそうな力に,両足で踏ん張って耐えながら右手の先をバッテリーハッチに差込む。

 「うぉぉぉぉ!!」

 蹴りを受けてよろける力も利用して,そのままバッテリーを後ろに引っこ抜く。サイクロンが地面に崩れ落ちる。

 左腕が上がらなくなった。神経接続率が50%を切っている。それだけ残っただけでもありがたい。

これ以下になると,左腕のパーツの重さに引きずられて,動けなくなる。

 右手と両足で何とかするしかない。

 黒い奴が間合いを詰めてくる。左腕が動かない分,体勢が整えにくい。黒い奴の右手を何とかかわすが反応が遅い。かわした流れで体を回転させ,無理やり放った左の後ろ回し蹴りも空を切る。体勢を崩したところに黒い奴の右の蹴りが迫る。とっさに左腕で受けようとしてしまう。左のわき腹付近にけりが直撃し,身体にめり込む。さらに独楽のように回転して放たれた裏拳が頭部を直撃し,吹き飛ばされてひざをつく。

 モニターの赤文字の警告が増える。胴体部分の神経伝達レベルまで40%代に落ちてきてる。最悪だ。

 一瞬黒い奴を見失う。

 左側面に加速度反応。警報。

 とっさに上げようとした左腕が動かない。

 黒い奴の右回し蹴りが、顔面に直撃する。

 地面に倒れ込んだ俺の首に、黒い奴の両手が食い込んでくる。

 頸部の装甲の薄い部分が強く圧迫されていく。

 装甲具相手の戦い方じゃない。

 俺を殺す気だ。

 頸部損傷率が見る間に上がっていく。

 ******

 「何なんだ!この現場、異常だぞ!」

 どこから湧いてくるのか、倒しても倒しても、装甲具が出現する。

 モニターに小松坂の状況が映る。

 「ルシフェル」に頸部を圧迫されている。

 殺される。

 「松井隊長!左です!」

 アックスⅡの突進をかわし、背中に蹴りを入れる。

 「小松坂!バカ野郎!動け!」 

 ******

 ぼんやりした頭に,松井さんの怒鳴り声が響いた。

 「うるせーな…くそ…。」

二言目にはバカバカと…。

こいつ,強えーんだよ。あんたより強いかも。

英理にも助けられちまったし。

命のやり取りとか,そういう柄じゃねーんだ。もともと。

配役ミスだぜ。

喘息持ちの,プラモオタクなんだよ。

向いてねーんだよ,こういうの。

でも,このままじゃ,有言不実行。

 黒い奴の両腕を掴み、出力を最大まで上げる。徐々に黒い奴の締め付けが緩む。

 「ぅおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 黒い奴の両手を頸部から外し、がら空きになった胸部を突き飛ばす。黒い奴が体勢を崩した隙に立ち上がる。

 ちゃんと帰るさ。

 俺は俺の部下をみんな連れて,ちゃんと帰る。

 「殺されるわけにはいかねーんだよ。」

 俺が守らなければ。

 俺の部隊だ。

 俺が守って,連れて帰る。

 ちゃんと帰るんだ。

 よく見ろ。

 逃げるな。

 黒い奴が雷のような速度で踏み込んでくる。

 右足の蹴りをかわす。体を回転させて放った左の回し蹴りは空を切る。

 黒い奴の右腕が光る。

 恐れるな。引き付けろ。

 やるんだ。逃げるな。

 目じゃない,覚悟だ。

 そうだったな,松井さん。

 目の前のモニターを右腕の光りがかすめる。

 恐れるな,覚悟しろ。

 俺はその光りに重ねて右拳を叩き込む。

 「!」

 雨で濡れた地面が俺の足を取る。

 鈍い衝撃が走る。

 全身に電流が流れる。

 ******

 「小松坂!立て!起きろ!」

 松井小隊長の声が響きわたる。

 佐藤補佐官の目が大きく開く。

 実験計画通り、死んでもらう。

 あの損害状況でルシフェルの電撃。

 心拍数も下がっている。

 もう再起動はできない。

 後は、ルシフェルに…。


 ?

 え?

 ******

 …ざけんな…

 …けるもんか…

 …負けるわけにはいかない。

 そうだろう、英理,風間。

 俺たちは、最強の負けない部隊だ。

 だから…

 「力を貸せよ!イザナギ!」

 ******

 小松坂の絶叫が、響きわたった。

 その後は、スローモーションの動画を見ているようだった。

 きしむようなモーター音が、小松坂の着用する1号機から放出された。

 ゆらりと立ち上がった1号機に、黒い奴が飛びかかった。

 黒い奴の右拳が、小松坂の1号機にめり込んだように見えた。

 その瞬間。

 クロスカウンターの形で、小松坂の右拳が黒い奴の顔面にめり込み,黒い奴はその場に崩れ落ちた。

 小松坂は、地面に倒れ込んだ黒い奴の背中のハッチに手をかけ,バッテリーを一気に引き,宙に投げ抜いた。

 ******

 黒い奴の全身から力が抜け,右拳の光りも消えた。

 崩れ落ちる黒い奴の脇をすり抜け、2号機に向かう。炎の中を全力で駆け抜ける。

 放り投げた黒い奴のバッテリーが地面に落下し,乾いた金属音が響き渡った。

 2号機の横に座り、どうにか右手で2号機の上体を起こし、右肩にもたれかけさせるように起こす。

 「もうちょい…。」

 ほとんどの機能が停止したイザナギは、巨大な金属の固まりだ。

 火の勢いが増している。

 死なせない。

 俺はあの時の俺じゃない。

 2号機の右腕を掴んで背中に背負う。

 ローラーの回転数を一気に上げる。

 火の海の中を駆け抜ける。

 爆炎を突き抜け、火の手から離れた敷地に転がり込む。

 周囲の安全を確認し、2号機を地面に降ろす。

 切り抜けた。

 生命反応は…。

 ある。

 英理は生きている。

 後は早く救護班に治療してもらおう。

 横で倒れている風間も,生命反応は正常だ。

 ふと見ると、俺のイザナギの神経伝達率は、まともに動ける限界値を割っていた。

 終わったか。

 全身が、鉛のように重くなった。

 その瞬間。

 俺は目の前に迫ってきたサイクロンに体当たりされ,倉庫の壁に押し付けられた。

 サイクロンは,バッテリーのショートを念頭に置いた,最新型の予備電源タイプ。

 前に佐藤補佐官が言ってたじゃないか…。

 最低のミスだ。

 予備電源が生きていた。

 壁に押し付けられ,身動きが取れない。

 体を押し付けたまま,サイクロンが右拳で俺の腹の辺りに打撃を加える。

 下肢の神経伝達率が30%を切る。

 警報が鳴り響く。

 分かってんだけどさ。

 どうすんだよ。ちくしょう。

 サイクロンの右拳がもう一度俺の腹の辺りにめり込む。

 胴体の神経伝達率が10%を切る。

 「ちっくしょう…。」

 サイクロンが、俺の頭を鷲掴みにした。

 万力のような力で、ぎりぎりと圧迫されていく。

 ******

 小松坂さん。

 助けなきゃ。

 小松坂さんを守らなきゃ。

 「小松坂さん・・・!!。」

 ******

 「篠崎,後を頼む。第1小隊も距離的に間に合わん。俺が予備の装着具で出る。」

 部隊を守る。そのためには,もう他に手がない。

 「補佐!自殺行為です!サイクロンは、装着具の出力で太刀打ちできる相手ではありません!。」

 「上手くすりゃ,予備電源のコードくらい切れるさ…。」

 一発食らったら即死だけどな。ま,俺はこんなとこで死なないけど。

 司令室を飛び出そうとした、その時だった。

 「2号機,リミッター解除!」

 なんだこれは。

 「どうなってる篠崎…。」

 西園寺の脳波,心拍,神経伝達率,いずれもモニターができない。

 「分かりません…。生命保持モードも強制解除されています。プログラムが制御不能です…。リミッターがロックされていません!。」

 リミッター解除の許可は降りてない。

 なにより、システム上,リミッターが解除されるはずがない。

 短時間でのリミッター解除の影響なのか,脳波や神経伝達率がモニター不能の値になってる。


 脳神経が壊れるぞ。


 「補佐権限で強制コード発出指示。バッテリーの強制停止コードを打て!」

 「バッテリー停止コード発出。停止まで10秒!」

 ******

 ゆらりと立ち上がった2号機は,次の瞬間,俺を抑えつけていたサイクロンを後ろから抱き上げて投げ飛ばした。

 2号機の回線から,チューニングのずれたラジオのような激しいノイズが流れ込んでくる。

 しかしそのノイズは,不快なものではなかった。信じられないが,眠気を誘うような,心地よさがある。

 まるで,子守唄のような。

 俺を包み込むような。

 こんな時なのに、温かさで涙が出てくるような。

 数メートルも吹き飛んだサイクロンに向けて,2号機が突進していく。

 2号機は,サイクロンの背中にある予備電源用のバッグパックをつかみ,力づくではがし,回線ごと引きちぎった。

サイクロンから激しく火花が散る。

 2号機はさらに右腕を振り上げた。

 俺は最後の力で2号機に飛び掛り,抱きしめるようにして、地面に押し倒した。

 その瞬間、2号機は,ぐったりと地面にうつ伏せになって,動かなくなった。

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