第10話 カーム ビフォア ザ ストーム
どう考えても、おかしい。
明らかに、迎え撃たれた。ねらい打ちだった。
矢島ちゃんと一緒に、先日の倉庫事案の報告書を読み返していた。
ふと矢島ちゃんと目が合う。
おそらく同じことを考えているのだろう。
「キヨさん。考えたくないが…。」
「そうだな。俺もそう思うよ。」
「でも、そう考えた方が、説明が付く。連中の手際の良さや、対応の早さ。」
「まあ、いろいろ考えられるが、少なくとも、情報が漏れているおそれがある。」
矢島ちゃんの眉間のしわが深くなる。
お互い口には出さない。
内通者が居る。
そう考えれば、全てしっくりくる。
しかし、目的が分からない。
矢島ちゃんが缶コーヒーを一口すする。
「厄介だな。」
「少し、調べてみる。一応、危なそうな奴はリストアップして、素行調査してあるんだ。」
「じゃあ、俺なんか真っ先に疑われちゃうじゃん。」
「勤務時間外にキャバクラで遊んでるくらいなら、誰も文句言わないですよ。小遣い5万の範囲でしょ?借金作ってたらマークしますけどね。」
「それ、本気で言ってるの?」
矢島ちゃんの口の端が一瞬上がった。
捜査五課も、本当に要注意だな…。
おちおち夜遊びもできやしない。
「危なそうな奴、うちに居るの?」
「そんなの、たくさんいるじゃない。」
矢島ちゃんの目を覗き込んだが,細くて何も読み取れない。
「おっと,口が滑りました。」
******
「何でこんなものが日本にあるんだ?」
オペレーションルームには佐藤補佐,夏美ちゃん,ゲンさんが集まっていた。あたしのイザナギのモニターに録画された映像で,先日の状況の確認を行っていた。
「検索した結果,ドイツの格闘用装甲具「ルシフェル」だということが分かりました。」
「格闘用?」
日本にはその類型はない。海外の一部の国では,装甲具同士を戦わせて賭をすることが認められているが,そうした国々にのみ存在する特殊な装甲具が,格闘用装甲具だ。格闘用っていうのは文字通り装甲具同士の格闘のために作られており,装甲具を倒すことに特化したものと言える。
どうりで強かった訳だ。
「データを取り寄せました。格闘用は一般装甲具ではなく,規格が違うので,日本の機体と直接的な比較はしにくいですけど…。おそらく総合的な機体性能評価はA+くらいになると思います。」
うわ,スペック高い。
「うちの姫さんがやられたのは,こいつの右手に装着されてる,スタンガンみたいなやつだな。右手の甲のあたりに装着されてて,殴りつける動作とともに電気ショックをくらってイザナギが一瞬ショートしたんだ。まあすぐ復旧したけどな。いや,これは貴重なデータだよ。こんだけの電圧を食らって,一瞬ダウンしただけで済んだ。想定外の事態でもしっかりリカバリするもんだ。」
ゲンさんは少しうれしそうだった。
「とにかく,じゃあ次はあの右手に気をつければ良いってことね。」
「そうですね。接近戦はあまり良くないと思います。映像をみる限りだと,左肩の辺りに小松坂さんの撃った銃弾が一発当たっているように見えます。それが効いていればいいのですが…。」
夏美ちゃんがため息をつく。
「それから,怖いのは,この装甲具がリミッターを解除した時だと思います。格闘用装甲具がリミッター解除をした場合,どのようになるのか,またそれとの戦闘がどれほどのリスクがあるのか,全くデータがないので…。」
確かに。素の状態であれだ。リミッターを外したら…。
でもその時は。
「その時は、ガチでやるしかないでしょ。ね,補佐。」
「…なるべく避けたいがな。今回の件ではお前心身ともにかなりダメージ受けてるだろ。それに、二週間以内のリミッター解除は、絶対にだめだ。お前に何か後遺症でも残ったら、と思うと、ぞっとするよ。」
「あれ,優しいじゃないですか。」
「当たり前だろ。うちの大事な娘なんだから。」
補佐がにやっと笑う。
あー怖い怖い。
「そう言えば,あの倉庫について気になることが…。」
矢島さんが何か資料を取り出す。
「あそこの倉庫,カタバ物流って名前の会社が使っていたみたいだが,どうも,その上があって,実質的にはその上の会社の倉庫だったみたいなんだな。そんで,その上の会社ってのが…。」
「?どこですか。」
「お前らが最初に行ったとこだよ。最初にB級機体とやりあったとこ。太陽工業だ。」
おっと,これは怪しい。
「それと、これも見て欲しい。」
「なんだこりゃ…。」
矢島さんのもってきたデータを見て、小松坂さんが目を見張った。
「太陽工業は、いろんな名義の下請け会社を持っているんだ。ただ、ここ1年位の動きが妙なんだ。随分な数の装甲具を購入しているんだよな…。」
「全部で…45…47機?」
「あちこち分散してるから目立たなかったんだろうが…。下請けの会社を全部合わせると、そのぐらいの数の装甲具を保有していることになる。」
「そんなにたくさん、いくら現場をたくさん持ってても…これは…。」
「緊急で、立ち入り査察の準備を進めている。一つの会社が敷地面積上保有できる規制個数を越えているからな。ただ、証拠を揃えるのに2、3日掛かりそうだが…。」
******
「もう一戦交えるということですか?」
頭の中が真っ白になった。
「あの警察の連中を潰すんだそうだ。」
「ばかげてる。そんなことが出来るはずがない。そもそも,どうしてそんな話になるんです?薬物は持ち出して,港の倉庫も焼き払って証拠もなくなった。後はもう潜水艇を使って逃走して、潜伏したら良いじゃないですか。警察の発信器を利用して、どこか別のところに警察を誘導して逃げれば良い。このまま、あのクスリを海外で横流しすれば、逃走資金には困らない。社長,これ以上やる意味はありません。もう逃げましょう。」
「どこにだ?」
社長は、棚の中から、長年開けずにしまっておいたウイスキーを取り出し、ストレートで飲み始めていた。
「逃げたら、殺されるぞ。俺たちは、もう知りすぎちまった。」
「もう、自首しましょう。捕まれば良い…。」
ふと見ると、社長の左手に、リストバンドが付けられていた。
「逃げなくても、死ぬ。こんなもの付けられちまった。外そうとすると、注入されちまう。こいつは、すごい薬だな。リミッター解除だけじゃない。人格もなくなって、ただただ敵に突っ込んでいくロボットになっちまう。中東で、ものすごい値段で売り出すらしい。高性能人間魚雷製造機ってやつだ。おまけに、使用後は廃人になっちまう。後腐れもなくて最高だな。」
社長が、机の上にリストバンドを一つ置いた。
「一緒に来てくれるだろう?他の社員も、みんな付けられちまった。」
「そんな…。」
「約束してもらったんだ。警察の連中をつぶしたら、外してくれるってよ。このクスリを使っても、解毒剤があるそうだ。警察を倒したら、解毒してくれて、億単位の金もくれるってよ。ドバイあたりで豪遊して暮らそうぜ。」
「今更、そんな話誰が信じるんです!社長、組の連中と掛け合いましょう。金で済むなら何とかして作って、リストバンドも外してもらって…。」
後頭部に鈍い衝撃が走った。
******
21110821
クラスB 光山工業製装甲具 リキラクⅡ
18分32秒
21110828
クラスC 武田重工製装甲具 ロードレーバーⅡ
4分8秒
21110828
クラスA 光山工業製装甲具 サイクロン
26分37秒
被検体番号003 西園寺英理 リミッター解除により制圧
21110906
クラスC 武田重工製装甲具 フォーキー
6体
クラスB 光山工業製装甲具 アックスⅡ
クラスA ヴィル社(独)製格闘用装甲具
ルシフェル
57分25秒 被検体番号003 西園寺英理 通常状態にてルシフェルの攻撃により機能停止:
「これで予備実験は終了か。」
「ええ。」
私は、この男の油っぽい顔があまり好きじゃない。
「先日は、あんな芝居まで打って頂き、お疲れ様でした。すぐに五機投入を認めて頂いても構いませんでしたが。」
「皮肉か?あのぐらい焚きつけておけば、後々効いてくるさ。データは揃ったのか。」
「データは全て揃いました。後は、アマテラスの予測通り実行するのみです。」
「やや買い被り過ぎではないか?これだけの装甲具が必要かね?」
「第1・第2小隊は、強いですよ。アマテラスの計算上、現時点でも海外の軍隊に引けを取らないレベルです。」
「風間も含めての計算なら、そうなるか。まぁ、実験計画は任せるが。後は、予定通りのデーターが取れるよう、よろしく頼む。」
実験計画に狂いはない。予定通りにことは運ぶ。
「小松坂は、予定通り、殺せ。それが、西園寺のリミッター「2段階解除」のトリガーになるだろう。小松坂クラスなら、替えはまだ何人かいるからな。」
「西園寺さんとの関係を考えたら、まだ利用できるかも知れませんが、構いませんか。」
「なにより、今回の実験の確実な成功が重要だ。殺せ。風間にも伝えておけ。」
雑ね。
まぁ、いいわ。
私達には関係ない。
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