第9話 小松坂の場合

「小松坂のミスだ。」

 松井さんが静かにそう言った。

 「隊長が,先陣を切って追いかけた。あそこで補佐に連絡して,西園寺を即座に動かしていれば,奴の退路は断てた。現場のマップが頭に入っていれば,あんな判断ミスはしない。おまけに、西園寺を単機で危険な場所に突入させた。」

 「松井,俺の指示ミスでもある。責任はこっちだ。」

 「いえ,補佐。現場レベルで,砲撃手を見つけて,こいつは真っ先に飛び込んだ。現場のリーダーの動きとしては失格だ。部下への指示のタイミングもミスった。リアルタイムの判断で,こいつは間違った。」

 「松井さん,あたしが悪いんです、勝手な判断で飛び込んで…」

 「英理,良い。補佐も。申し訳ありませんでした。」

 小松さんが頭を下げる。

 違う、嫌だ。そうじゃないと思う。

 「小松さんが謝ることないですよ!あたしが勝手に飛び込んだから…。」

 「違う。」

 松井さんが大きな声をだす。

 「小松坂のミスだ。」

 会議室が静まりかえる。

 悔しい。悔しくてしょうがないけど,何を言っていいのか分からない。おまけに自分の目に涙が浮かびそうでそれがさらに悔しい。

 「まだ事件は進行中だ。我々は挽回しなくてはいけない。そして,その方法はまだ残っている。今はそれに力を注ぎたい。責任は俺が被る。異存はあるか?」

 佐藤補佐官の問いかけに対する無言は,おそらくは肯定だと思われた。

 「西園寺の投げた発信機がまだ生きている。これをたどって連中を追う。」

 佐藤補佐官が静かに,しっかりとした口調で言った。

 「倉庫の火災はニュースになる。ある程度の事情は公になるだろう。連中を逮捕し、事態を完全に収束させられなければ,警察の威信と組織の存続に関わる。すでに本件は薬物課と本省を巻き込んでいる。下手をすれば他省庁マターにまで発展する。」

 課長が,会議室の机に肘をついたまま,低い姿勢から全員をじろっと睨みつける。

 「それだけではない。犯罪者達に対して,この特別装甲機動課が敗北することはあってはならない。圧倒的な権威として,このマークは存在しなくてはいけない。」

 特別装甲機動課のシンボル,限りなく黒に近い青と,白の,ストライプを課長は睨みつけた。

 課長が一度口を閉じ,そして言い放った。

 「首をかけるつもりで望んでもらう。」

  ******

  解散後,会議室を出た小松さんをあたしは追いかけた。小松さんは自販機の前でコーヒーを選んでいた。

 「…何か用か?俺はコーヒーを飲んで仮眠とるぞ。待機はしばらく続くだろうし、お前も次の指示に備えて休め。感電して疲れたろうし,調子悪いだろ。」

 こっちに目を向けないまま小松さんはそう言った。

 「小松さん。あれはあたしのミスです。小松さんに指示を仰いでから動くべきところだったのに…勝手なことをして…。」

 小松さんは,足を止めてあたしの顔を見て,そしてため息をついた。

 「別にそんなに気を遣わなくても良い。慣れないことすると、頭おかしくなるぞ。」

 「は?何それ?あたしは心底反省して…。」

 小松さんが自販機のボタンを2回押した。コーヒーをあたしに一本放り投げると、自販機脇のイスに座った。

 「松井さんの言葉で、俺がショックを受けてるとでも思ったか?」

 「ちょっときつい言い方だったし…。何で小松さんばっかり責めるのか…。」

 「座れよ。疲れるぞ。」

 小松さんは缶コーヒーを開けて一口飲んだ。

 「あれは、松井さんが、気を遣ってくれたんだ。」

 「あれが?」

 「わざときつめに言ったんだ。俺が、自分を責めすぎないように。人にがつんと言われりゃ、それで落ち着くこともある。自分が失敗したのを分かってて、慰められるなんて、最低だからな。」

 小松さんの口調は、前に鎌倉で話をした時の松井さんに少し似ていた。

 「小松さん、松井さんと、昔何かあった?」

 「あのおっさん、何か言ったか?」

 「ん~、詳しくは何も。」

 おしゃべりクソ親父、と小松さんはつぶやいた。

 小松さんが、もう一口、コーヒーを飲んだ。

 「俺は、昔、部下を1人ダメにした。」

 ダメ?

 「どういうことですか?」

 「死なせた。俺のミスだ。」

  ******

 小松さんは、ここに配属される前、神奈川県警の特別装甲機動課にいたらしい。

 装甲機動課に配属されて、2年で分隊長に抜擢された。異例のことだったらしい。

 小松さんには部下が一人付いた。研修を終えて機動課に配属された、若手の男の子だったそうだ。

 素直で、でも努力家で、小松さんの指導を聞き入れて、ぐんぐん成長していった。そんな部下を小松さんもすごく大事にした。自分の持っているものを全て伝えようとしたし、そのために成長しようとも思った。

 事実、その部下は、いくつかの現場でめざましい活躍をして、警察署長表彰も受けた。

 「楽しかった。」小松さんはそう言った。「それが、油断と慢心だと気づけるほど,俺には経験が無かった。」そう言葉を続けた。

 年の瀬の迫った頃だった。装甲具を着用した人間が、宝石店強盗に入り、逃走に失敗して、そのまま立てこもりをした。人質も居るということだった。

 「これが終わったら、年越し蕎麦を食いに行こう。」そう言って、二人で現場に向かったそうだ。俺は中華そばにしようかな、などとはなしながら。

 行きつけの店に予約も入れて。

 店舗の正面で、警察の機動隊が犯人の注意を引く中、裏手から小松さんとその部下が突入した。

 不意を突かれた2機の装甲具を制圧し、人質を救出した。現場としてはそれでもう十分立った。

 すぐに異変に気づいた。建物の中から煙が上がっていた。

 逃げきれないと思った犯人の一人が、火を放った。

 小松さんの部下は、真っ先に建物の奥に飛び込んだ。奥に居るのは、装甲具1機だけだった。

 「現場の完全制圧をしようとしたんだ。それができると。慢心だ。俺は部下を止めなかった。あいつなら大丈夫,二人でやれば大丈夫だと、安易に考えた。想像力の欠如だ。」

 部下がドアを開けた瞬間、爆発が起きた。

 バックドラフトという現象だったらしい。

 吹き飛ばされた部下を救護しようと駆け出そうとしたところで、小松さんは、足を捕まれた。

 犯人の一人が小松さんを掴んでいた。

 その装甲具を行動停止に追い込むのに、時間がかかった。

 その間、現場を火の手が包み込んだ。

 小松さんの部下は、現場鎮圧後、すぐに救急車で搬送された。

 でも、意識が戻ることは無かった。

 「そいつ、新婚だったんだぜ。おまけに、3月には子どもが産まれるって状態さ。」

 小松さんが息を吐き出した。

 「それで、俺はさ、隊長職を降りたんだ。降格願いを出して。」

 少しだけ、小松さんの唇が震えていたように見えた。

 その後、小松さんはしばらく装甲具を着ないで、地域課の事務処理業務をしていたそうだ。

 「そんな俺をもう一度引っ張り込んだのが、あのおっさんだ。」

 小松さんは、コーヒーを飲み干した。

 「あのおっさんも、俺と同じだ。現場で部下を亡くしたことがある。」

 「松井さんも?」

 「部下だけじゃない。あの人は、自分の嫁さんまで亡くしてる。」

 え?

 「嫁さんて…。それじゃ、松井さんは…。」

 前に、「今は独り身」って言ってたのは、そういうことだったんだ。

 「松井さんに,呼び戻されたの?」

 「やばい事件があってさ。こっちの装甲具の部隊がやられちまって,自衛隊に応援要請して。でも、もう間に合わないって時にさ,あのおっさんが装甲具着て乗り込んできやがった。」

 …やりそう…。

 「そもそも,俺は着たくて着てたわけじゃないんだぜ?成り行きだ,成り行き。ロボットのプラモデル作りが趣味の,手先の器用なオタクだ。ちょっと人より神経接続数値が良いからってさ,ロボットの中に入れられるとは思ってなかった。」

 小松さんは少し笑った。

 「それ,松井さんに…?」

 「言った。そんで,他を当たってくれって言った。」

 これ,聞いて良いのかな?

 「そしたらさ,怒鳴らてさ。戦える奴が逃げるな。おまえを信じた部下を置いて逃げるな、ってさ。」

 小松さんが視線を上に向けた。

 「そう言われた。お前を信じていたから、お前の部下は振り向きもせず飛び込んだんだ、とさ。」

 確かに、そうだろうな。

 あたしも、同じだ。

 小松さんがため息をついた。

 「別に、吹っ切れた訳じゃない。今でも引きずってる。これからもずっとそうだろう。」

 小松さんが、あたしの方を向いた。

 「だが。、何があっても、お前等のことは俺が守る。俺はお前等の隊長だからな。」

 小松さんが立ち上がって、空き缶をゴミ箱に入れた。

 「喋りすぎた。お前も疲れたただろ。」

 そう言って、小松さんは仮眠室に向かって歩いていった。

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