第8話 炎の中の悪魔

捜査第5課の矢島さんの顔がいつになく緊張しているので,こっちまで胃がきりきりしてくる。

 「じゃあ,その港湾倉庫にかくまわれている可能性が高いんだ。矢島ちゃん。」

 「高いっていうよりは,もう間違いない。こっちの動きをかぎつけでもしない限り,そこにいるだろう。」

 捜査第5課の調べで,この間のバイクの容疑者が特定された。外国人の密売グループの一人として,警視庁本庁の薬物班からマークされていた人間だったようだ。

 「第6埠頭のこの建物が,このカタバ物流の倉庫兼事務所になってる。どうも実体が怪しい会社で,ずっと地域課と薬物班がマークしていたんだ。どうもこの会社は,以前から外国人や,ちょっとチンピラっぽいのを積極的に雇っていたんだが…。」

 「密輸?」補佐がぼそっと言う。

 「前からタレコミはあったんだけどね。その温床になっている様子がある。もう令状は取ったから,後は「おはよう」で踏み込むだけの状態。」

 「向こうの想定されうる武装は?」

 夏美ちゃんが資料を取り出す。

 「港湾の荷物運び作業用として登録されている機体が5体。C級の「フォーキー」3体,B級の「コングⅡ」2体です。」

 「フォーキーって,あのフォークリフト機能のあるやつでしょ?」

 「まぁ,使いようによっちゃあ,武器になるからな。運ばれて海にでも落とされたら大変だぞ。」

 お,さすが小松坂小隊長。その発想はなかった。

 「コングⅡは馬力があるし,俊敏だ。それに,こいつらが今回の薬物を密輸していたなら,全機リミッター解除でおそってくることも考えられる。危険性は高い。それに、薬物に関わるような連中だ。非登録の機体を保有していることも十分予想される。加えて,装甲具用砲弾の保有も疑われる。」

 補佐が腕を組んだまま一息つく。

「並べていくと,かなり厄介な現場だ。」

 補佐の顔がいつになく引き締まっている。向こうの戦力を想像するだけでも,難しい現場になるのは間違いなかった。

 「諸条件を勘案して,第1小隊との共同作戦としたい。」

 「第1小隊としては,松井小隊長と海島を派遣します。四極は緊急時要因として待機。なお,作戦実行時に非常出動が必要であれば,私と四極が出動します。」

 おお,冬美補佐の出動だ。それ,見てみたいなぁ。研修所ではいくつもの重大事件の事例が紹介されていたけど,そのほとんどに冬美補佐が絡んでいた。冬見補佐の取った行動や対処などはどれも語り草になっている。

 本当は現場で,「天才」が生で動くところを,一度で良いから見せて欲しいと思う。

 「冬見補佐。俺は行かせてくれねーんですか。」

 「四極。緊急時にはあなたの力が必要なのよ。当然でしょ?」

 了解,と言って薄い笑みを浮かべて四極さんは黙った。みんなが苦手にしているこの人も,冬見補佐はあっさりと使いこなす。本当に惚れ惚れする。

 「装甲具,5機投入ということだな?」

 ずっと黙って聞いていた課長が口を開いた。

 「そうです。」

 「では本庁決裁案件になる。許可が降りるまで待つように。」

 矢島さんが目を見開く。

 「迅速な突入が必要です。タイミングを外すと,犯人の逃走のおそれが高まります。今晩深夜,遅くとも早朝が決行のリミットです。」

 「だめだ。A級以上装甲具の5機以上の同時投入は,法律上,監督行政官庁の許可が必要だ。作戦計画も私の手元に上がっていない状態で,今晩の突入など認められん。正規の手続きを踏むことに異論があるのか。」

 「しかし,現在は緊急時と思料します。緊急時であれば事後届け出が可能でしょう。」

矢島に対し、課長が完全にガンをつけた。しかし矢島さんは動じず、さらに口を開こうとしたその時、冬見補佐が話し出した。

 「相当な殺傷能力を持つ爆薬や兵器とも言えるような武器を持った容疑者を逮捕するチャンスです。今は形式よりも実効を優先すべき時でしょう。」

 課長は少し驚いたような表情を浮かべた。基本的に冬見さんはまじめな人で,規則や省令の厳格な適用を心がけている。その冬見さんが援護したのは,かなり大きい。会議室の雰囲気が変わったのが肌で分かるほどだった。

 「この状況であれば,上も課長の御判断を歓迎すると思いますよ。武器と薬物と,脂っこいところを一発ですからね。」

 佐藤補佐がとどめのくすぐりを課長に投げた。見ているだけで,課長が陥落寸前なのが分かった。

 「成功すれば,の話だ。失敗は許されない。5機投入で,オーバー8を使用して,取り逃がしや,失敗があれば,課の存続問題につながるぞ。」

 「課長。ご存じのように,あたし達,対装甲具戦での敗北は一度もありません。」

 「西園寺。この間の意識を失った件は,結果として現場を納めたからいいものの,上層部の懸案事項になっているぞ。」

 あ,ミスった。

 思わず小松さんに視線を送ると,小松さんが何かフォローをしようと口を開きかけた。がそれに被せて全然別の方向から声が聞こえてきた。

 「私と小松坂,小隊長2名が同時に現場に出るんです。これ以上の布陣はありません。ご安心を。」

 これはみんなびっくり。

 松井さんが会議で上司に進言するなんて珍しい。

 課長がため息をついた。

 「自信がある,ということだな。」

 小隊長二人がうなづく。

 「矢島,捜査第5課の配置人員も後で書面で報告するように。本庁の薬物課には内議済みなのか?そもそもが薬物課マターなんだろ?情報だけもらって,こっちが全部ホシを上げるようなことをしたら,後々遺恨を残すぞ。根回しして薬物課の係員も現場にかませろ。他課の手柄まで横取りするような形にはするな。両課長補佐官も,早急に書面で作戦計画書を上げろ。確認後に緊急許可を得る。今晩には間に合わない。作戦結構は明日早朝にしろ。それから…。」

 課長が全員を睨みつける。

 「現場の論理だけで動くことは,危険も伴う。形式的な手続きには,それ相応の意味がある。それを軽視する組織は,破綻する。忘れるな。以上だ。」

 課長が席を立ち,会議室を出ていった。

 小松さんが,いぶかしげな顔で松井さんを見ている。

 「明朝がベストなタイミングだと思っただけだ。第2小隊だけに行かせるのは不安だしな。私と海島の足を引っ張らないで欲しいものだな。」

 松井さんがそう言って会議室を出ていった。

 小松さんは何か言いたげだったが,結局何も言わなかった。

 ******

 宿直室で仮眠を取った。出動に向けての体力を蓄えるためだ。風間君は眠れないと言って,医務課から睡眠導入剤をもらってきていたみたいだった。あんなの飲んだら,かえってだるくなると思うんだけど。あたしはどこでもいつでも寝れる性格なので,こういうときは困らない。ただ,起きずに済めばもっと良いのだけど。

 目を覚ました後に,枕元のアラームが鳴った。いつもより少し緊張しているのかも知れない。

 制服に着替えて廊下に出ると,小松さんに遭遇した。

 「早いじゃんか。」

 「大事な現場ですから。」

 「これ,作戦のオペレーションチャート。イザナギにも飛ばしてあるけど,ペーパーも渡しておく。」

 「ありがとうございます。」

 小松さんも気合いが入っている。こういうときは,やっぱり隊長って感じがする。

 「小松坂隊長。」

 「ん?何だ?」あたしの改まった言葉に、少し警戒したような表情でこっちを見る。

 「やってやりましょうね。」

 「なんだそりゃ。」

 小松さんが少し笑う。

 「当然だろ。」

 ******

 一通り書類の確認を終えた。時間が結構かかってしまった。

 発砲と,リミッター解除。この二つは,できれば使いたくないが,必要があれば仕方がない。

 ため息をついたところに,冬見ちゃんが近づいてきた。

 「リミッター解除から2週間経ってるわね。西園寺。」

 「基本的には使いたくないよ。あれはやっぱり,装着者への負担が大きすぎる。毎回怪我するし,記憶が飛んでるのだって変な話だ。いつか取り返しのつかないことになるんじゃないか。」

 「…そうね。」

 冬見ちゃんも何を考えてるのか。

 リミッター解除というのは,考えれば考えるほど不思議な機能だ。もともと人間は,自分の体を自然と守る本能がある。生き物なんだから当然だ。例え機械の力を借りても,自分の限界を超える動きを,脳や神経が許すはずがない。その越えてはいけないラインを越えさせる,そういった,極めて危険なシステムが,イザナギには組み込まれているということだ。

 まるで,酒や薬物でタガが外れた人間のように。

 薬物か。

 毒を持って毒を制すといったところか。

 「そういえば,あれだけ形式にうるさい課長が,リミッター解除に関してはあまり口を挟まないな。」

 冬見ちゃんの表情が一瞬だけ,確かに引きつった。錯覚だったのではないかと思うほどだったが,間違いない。

 「…確かにそうね。」

 何か知ってるのか,それとも何かに気づいているが,口には出せないのか。

 つれないなぁ。

 「何にしても,装着者の負担を考えるなら,使わずに済めば,それに越したことはないわ。」

 「その通りだよ。」

 全くもってその通り。

 そして,それは作戦指揮者である自分の采配にもよる。

 ******

 「少々荒っぽいが,最悪の事態に備えて,早い段階での現場の制圧をはかる。シナリオとして最高なのは,向こうさんが抵抗せず,大人しく取り調べを受けるという展開だが,この可能性は低いだろう。」

 佐藤補佐が突入先の倉庫の図面で,作戦配置の説明を始めた。

 「この裏口から,装着具を着た矢島ちゃんと,小松坂・風間の3人組が最初に先方と接触。令状つきの捜査であることの宣告。抵抗なしならそれでおしまいだ。」

 補佐が図面の別の場所を指す。

 「正面入り口には松井と海島が配置してくれ。連中が抵抗する様子を見せたら,そのタイミングで突入。小松坂と風間に敵の注意が集中してるところを裏から奇襲してくれ。」

 松井隊長と海島さんはそれぞれ静かにうなずいた。

 「西園寺,お前はここ。」

 補佐が図面の二階部分を指す。

 「この階段を上って,ドアの外で待機。状況を見て指示するから,俺から指示があるまで動かないでくれ。」

 「分かりました。でも,状況を見てって言うと?」

 「向こうが抵抗してきたら,小松坂組と松井組で挟み撃ちになる。向こうが慌ててるところで,脇から西園寺が加勢して,一気に叩く。そういうイメージだ。ここから中に入ると,倉庫をぐるっと回る形で設置されてる,二階の通路に出る。倉庫の四方に階段があるから,そこから降りれば,工場の全体を見てから下に加勢できる。後は状況を見て指示する。」

 「了解しました。」

 「今回の作戦は,本庁の捜査5課と,生活安全課の薬物班にも乗ってもらっている。主に倉庫付近の逃走者の監視などを依頼する予定だ。以上。」

 ******

 装着具を着た矢島さんが真ん中に立ち,その両脇を護衛する形で俺と風間が配置し,三人で倉庫の入り口に向かう。今にも雨が降り出しそうな曇天の中,海沿いに立ち並ぶ,くすんだ灰色の倉庫は,廃墟のような不穏な気配をまとっていた。

 矢島さんが,倉庫の入り口シャッター脇の呼び出しブザーを鳴らす。ほどなくして,シャッターが開き,中から作業員らしき男が出てくる。つばの長い紺色のキャップを目深にかぶっていて,表情はうかがい知ることができない。

 「こんな朝早く…あ,警察…ですか?。」

 「増田洋介あてに令状が出ている。ここに居るな?」

 「そんな奴はここには居ませんよ。」

 「あなたは知らないかも知れないが,ここに逃げ込んでいるという情報があるんだ。それに,そいつが薬物の売人だという容疑もある。はい、これ令状。建物の中と,荷物の中身を調べさせてもらうよ。」

 「そりゃ困るよ。建物の中だけならまだしも,荷物は困る。これから出荷する商品がたくさんあるんだ。デリケートなものや,果物とかの生鮮食品もある。ガサ入れなんかされたら,売り物にならないし…。」

 「立ち会って頂いて構わない。全部とは言わないから,いくつか指定するから,中を見せて欲しい。また,建物の中は細かく見せてもらうよ。」

 「それは…。あ,ちょっとすみません。」

 職員の携帯電話が鳴る。職員がそれを取って話し始める。

 「ええそうなんです。」

 職員がちらりとこちらを見る。

「はい。分かりました。」

 職員が携帯を切った。

 「責任者が対応するとのことです。倉庫の中へどうぞ。」

 職員が倉庫の中へと歩きだす。

 罠かも知れない。

 なぜかそう思った。

 「矢島さん,後ろへ。」

 俺と風間が先頭に立ち,職員の後ろに付いて行く。

 倉庫の中は薄暗いが,外から見たよりも縦横に広い空間が広がっていた。二階部分は吹き抜けになっていて,柵の付いた通路建物の壁に沿うようにぐるりと設置されている。その二階部分に届きそうな高さまで積み上げられた麻袋や,金属製のコンテナなどが倉庫の空間を埋めていた。

 前を歩いていた職員が,ふと立ち止まり,こちらを向く。

 ひどく嫌な予感がする。

 「ここで少々お待ち下さい。」

 職員が麻袋の山と山の隙間に向かって駆け出す。

 その直後,倉庫中で破裂音が響き,足下に揺れを感じた。モニターの熱源センサーも真っ赤に染まり,赤く「警告」の文字が浮かぶ。薄暗い工場内を映した映像は煤けた煙で白と黒に埋め尽くされていく。

 「矢島さん,撤退して下さい!補佐!指示を!」

 火の手が上がってやがる。まずい。

 「倉庫全体に熱源反応多数。爆発物を使って火を放ったようだ。証拠隠滅を図る気だろう。火の手が浅い内に,倉庫内を捜索。増田と薬物を探せ。最悪の場合,薬物の一部だけでも良いから回収してくれ。」

 ******

 小松坂の,イザナギ1号機用モニターの画面が白く染まる。

 「映像鮮明化と熱源感知急いで。松井,海島,シャッターを開門して突入。指示は小松坂と同様だ。」

 「了解。」

 松井のモニターも,シャッターをこじ開けた途端,倉庫内から噴出した白黒の煙で埋め尽くされる。視界がこの状態で火の手が上がっていては,頼りになるのは動作物センサーだけだ。

 頭の中で現状における対応の仕方のリストが浮かぶ。

 「消防署にも緊急の出動要請。薬物班と捜査5課の待機職員は,倉庫周辺から逃走を図る者がないように見張ってくれ。」

 かなり派手な手段に出てきた。大きな混乱を起こして,逃走経路を確保する気か。もしくは,現場を焼失させることで,証拠物の隠滅を図る気か。

 しかし,何か違和感がある。何かがおかしい。

 なぜこんなに手際が良い?まるでこちらの動きを全て知っていたかのようだ。

 「補佐!あたしは?突入しますか?」

 「西園寺はまだ待て。状況を確認してからだ。」

 敵の全容の把握も難しい。さて,どうするか。

 ******

 モニターが熱源を関知した。装甲具だ。前方から二機。

 「風間,視界が悪い。左右にも気をつけろよ。」

 「了解です。」

 熱源に向けて銃を構える。

 「止まれ。動くな。直ちに装甲具を脱いで投降しろ。」

 熱源が進行してくる。天井に向けて空砲を一発撃つ。止まる気配はない。

 「装甲具二機と接触。応戦する。」

 銃をホルダーにしまう。この視界不良下では,誤射の可能性があり,使えない。結局白兵戦だ。

 距離が近づいたことで,機影が鮮明になる。キャタピラーで移動するタイプのフォークリフト型の装甲具が二機。情報通りの工事作業用装甲具だ。装甲具というよりは,小型のフォークリフトの進化系と言った方がしっくりくる。下半身は車両のままで,上半身だけが工事作業を柔軟に行えるように装甲具化されている。二足歩行ではないので,立ち回りの融通が利かず,突然の進路変更には対応できない。そもそもそういう用途を想定されてないのだから,当然と言えば当然だが。

 「風間,右の方を頼む。さっさとバッテリーを抜いて黙らせよう。」

 「了解!」

 こちらに向けて,キュルキュルとキャタピラを鳴らしながら近づいてくるフォーキーの脇をすり抜けようとしたその時。

 「小松坂!伏せろ!」

 松井さんの通信ラインから大音量で声が響いた。俺はとっさに,できる限り体を低く屈める。

 熱源が頭上を通り過ぎていった。そして背後から爆風が襲ってくる。俺はイザナギが倒れないようにオートバランスを作動させる。

 動作物接近のアラームが鳴る。目の前にフォークリフトの先端が迫っている。横っ飛びに避けると,俺の背後にあった麻袋に,フォークリフトの先端部分が突き刺さる。

 「!」

 そのまま,麻袋の山にフォーキーがめり込んで行く。くずれ落ちた麻袋がフォーキーを押しつぶしていった。

 一瞬背筋がざわつく。あんな力がフォーキーにあるはずがない。

 リミッター解除か。

 一瞬,背後の状況を確認する。視界は最悪で,火災のせいで熱源反応の確認も困難だ。モニター上でうっすらと,第1小隊のカグラⅡが二機,その前にこっちと同じフォーキー2機が見える。

 砲弾の出所がわからない。

 「篠崎!弾道のデータをくれ!」

 「今計算中です!少し待って…」

 「小松坂!右に跳べ!」

 松井さんの声に頭より体が先に反応した。俺の居た空間を砲弾がすり抜け,俺を襲ってきたフォーキーが居た辺りに着弾した。

 フォークリフトの先端部分が爆風でこっちに飛んでくる。左腕備え付けの格納型警備盾を射出して弾くが,かなりの衝撃に一瞬体がぐらつく。

 風間がもう一体のフォーキーの後ろに回り込み,バッテリーを外しにかかっている。

 「篠崎!」

 「データ送ります!」

 モニターに工場内の配置図と弾道予測が表示される。ARナビで発射地点方向が示される。

 さっきの発射から4秒経過。一発目から二発目までには15秒ちょいあった。

 足場が悪く,ローラーは使えない。ナビに従って全力で走る。煙の中に熱源が表示される。

 横長の巨大なコンテナの上に,対装甲具用砲弾を構える男が一人。砲弾の三発目を装填し,こっちに銃口を向けようとしている。

 俺はそのまま走る速度を上げ,コンテナに右肩から体当たりをした。男は激しく揺れたコンテナの上でバランスを失う。

 そのすきに,コンテナの縁に手をかけて上に飛ぶ。

 コンテナの上で倒れた男は,手元から落ちたロケット砲に飛びついて,拾い上げようとしていた。

 ロケット砲をけり飛ばそうとしたが,一歩早く男が追いつき,ロケット砲を拾い上げる。 

 嫌な予感がした。

 俺がコンテナから飛び降りたのとほとんど同時に,男はトリガーを引いて,乗っていたコンテナに向けて砲弾を発射した。

 空中で爆風を感じ,方向感覚を失う。姿勢制御をオートに入れる。地面に着地できる様に姿勢を立て直した。

 あの至近距離で爆発させたのでは,あの男もただでは済むまい。

 そう思った矢先,視界の端に,運動物センサーへの反応があった。さっきの男が,いつの間にか黒いボストンバッグのようなものをかかえ,コンテナの向こう側にある,倉庫の奥の通用口のようなところへ向かって走っていく。さらに,その通用口の上からシャッターが降り始めている。

 あいつは捕まえなくてはいけない奴だ。おそらくこの判断に間違いはないだろう。風間や松井隊長達の動きも気になるが。

 「補佐!俺はあの砲弾を撃ってきた奴を追う!」

 「火の手の周りが早い。倉庫の中は後15分が限度だ。急げ。」

 「了解。」

 確かに,室温の上昇が早い。CO2の濃度も危険なレベルに達し始めている。

 コンテナを飛び降りて,男を追い始めたそのとき,右脇から突進してくる熱源を感知した。装甲具の反応だ。このままの軌道では,走り抜けられない。やむなく速度を落として,熱源に向き合う。

 「アックスⅡ」。大型コンテナ等をフレキシブルに運ぶことを目的に作られた,光山システム社製のB+級装甲具だ。

 「くっそ!。」

 左腕の盾を射出し,アックスⅡの体当たりを受け止める。右足のモーターがきしむ音がする。

 下手くそ。最悪の受け方だ。倒されでもしたら一気に不利になる。歯を食いしばって押し返そうとした瞬間。

 アックスⅡが激しい音をたてて真横に弾きとばされた。

 助けられちまった。

 目の前にはイザナギ2号機の姿があった。

 工場の二階部分の窓に待機していた英理が,クレーンを使って飛び降り,そのまま蹴りを入れてきたようだ。

 ゲンさんに見られたら,しこたま怒られそうな動き方だ。着地を失敗すれば,足のパーツがどれだけイカれるか分からない。

 「小松さん!大丈夫?」

 「当たり前だ!お前が無茶し過ぎなんだ!」

 嫌な予感がした。

 英理がシャッターの方を見ている。

 ダメだ。馬鹿。行くな。

 「あの男を追います!」

  ****** 

 「西園寺!状況を伝える。今おまえの真下で,小松坂が対装甲具砲を構えていた男を追っている。倉庫内に入って,小松坂に合流しろ。」

 「待ちくたびれましたよ!了解!」

 二階の勝手口のドアを開けて中に入る。倉庫は2階まで吹き抜けの構造になっていて,二階部分は工場全体をぐるっと回る足場と手すり,所々にコンテナや荷物をつり下げるためのクレーンやチェーンが設置されている。

 工場全体の状況が一瞬で目に見えた。倉庫中から火の手が上がっていて,煙が充満している。私から見て左の方では,風間君の3号機がフォーキーのバッテリーを抜き去る所だった。

 右手では,松井さんと海島さんが,3体いたフォーキーのうち2体を鎮圧し,もう一体に二人がかりで対峙している。往生際わるく,ぐるぐる回転しながら抵抗しているが,時間の問題だろう。

 なぜかあたしの真下のあたりだけ,火の手が回っていない。そして,補佐の言うとおり,男が一人,小松さんの1号機から走って逃げている。

 まずい。煙の端に熱源が見える。

 光山のアックスⅡだ。このまま走ると,小松さんが体当たりを食らう。右手に階段があるが,あれを使って降りたんじゃ,どう考えても間に合わない。

 左手にチェーンが見える。

 あれを掴んで飛べば間に合うか。

 荒っぽい動きになる。

 ゲンさんの顔が浮かんけど,悩んでいる暇はない。

 あたしは天井から一階までぶら下がっているチェーンをつかむ。一度,二度引っ張る。イザナギの重量を支えることはできそうだった。

 鈍い音が一階から聞こえてくる。小松さんがアックスⅡの体当たりを受け止めている。突然の脇からの体当たりで,体勢を崩しかけている。

 あたしはチェーンをしっかり掴み,移動する軌道の計算をイザナギにさせ,二階から一気にアックスⅡに向けて飛びかかった。3秒ほどであたしの右足の蹴りはアックスⅡの左肩に到達し,アックスⅡは吹き飛んだ。

 イザナギのオートバランスがあたしをちゃんと着地させてくれる。

 「小松さん!大丈夫?!」

 「当たり前だ!お前が無茶し過ぎなんだ!」 

 助けてあげたのに,無茶し過ぎとはどういうことだ。まったくもう。

 文句の一つも言おうかと思ったが,早速アックスⅡが立ち上がろうとしていた。

 不意をつかれなければ、あんなの小松さんの敵じゃない。

 それより、小松さんはあの男を追っていたはずだ。

 ならやることは一つ。

 「あの男を追います!」

 あたしはすぐに身を反転して,シャッターに向かう。

 「英理!待て!」

 小型の車両なら通れるほどの幅のあるシャッターだったが,もう1メートルほどの高さまで降りてしまっていた。あたしはシャッターに向けてスライディングをして向こう側に滑り込んだ。

 あたしが通り抜けた瞬間にシャッターが全て降りたのが分かった。イザナギの塗装がかなりはがれただろうなと思ったが,これはもうしょうがない。

 右足の裏が壁に当たった。

 真っ暗で何も見えない。立ち上がって,両肩のサーチライトを点ける。思ったより広い空間で,イザナギが3,4体は通れる位の広さがある。のっぺりとしたコンクリートの壁で作られた,細長い通路のようだ。通路の先にライトを向けると,走っていく人影が見える。

 「補佐!追いますよ!」

 返事がない。

 通信が断絶している。電波遮断処理が施されてるようだ。

 …。

 普通の倉庫にそんな処置がしてあるはずがない。

 嫌な予感が膨らむ。

 「小松さん,当たりみたいよ。」

 左壁面の温度がじわじわ上昇している。

 夏美ちゃんが計算した限りでは,この火事の中での活動限界時間は後12分。

 あたしは人影の方に向けて走り出す。

 通路は緩やかな斜面になっていて,少しずつ下っている。あらかじめ入手していたこの工場の図面では,ここは倉庫内の小部屋になっていた。役所に届け出てある図面とは違う。

ローラーを使えば早いが,障害物がある可能性も考えると使いずらい。

 通路の先にほんのりとした光が見える。何らかの危険があるかも知れないが,立ち止まる時間はない。その光のある空間にあたしは飛び込んだ。

 その瞬間,右に熱源と運動を感知する。飛びかかってきた何かを,かわしながら反転し,そいつに目を向ける。

 なんだこりゃ。見たことのないタイプの装甲具だ。真っ黒に塗装されたパーツ,流線型の体のラインにそったような形。

 照合を開始する。

 UNKNOWN。データなし。

 バッテリーの位置も分からない。

 ただどう見ても,いい素材を使ってる。作りも新しい。高級な機体なのは間違いない。

 これはかなり厄介だ。

 通ってきた通路の方から爆発音が聞こえてくる。

 倉庫火災の限界も近づいている。

 男は?どこに行った?

 背後で大きなモーター音が聞こえる。背部モニター画面に映る潜水挺が一隻,水の上に浮かんでいる。目の前の装甲具に注意を割きながら周囲を見ると,どうもこの空間は,海水を引き込んだ水路のようだ。

 エンジンのかかった潜水挺に乗り込もうとする男がモニターに映る。

 あたしは即座に銃を抜いて,潜水挺に向けて構えた。

 「警告だ!今すぐ投降しなさい!」

 あんまり良い判断じゃない。爆発の危険があるから、潜水挺には撃ち込めない。あの男に向けて撃てば射殺のおそれがある。おまけにこの狭い空間で跳弾したら,こっちも危ない。

 だから銃は嫌いなんだ。

 背後の加速度センサーが反応する。黒い奴が一気に間合いを詰めてくる。

 銃の威嚇は間に合わない。ホルダーに銃をしまって,黒い奴に向き合う。

 右腕で殴りかかってきたところを身を引いてかわすと,次の瞬間目の前に黒い奴の左足が迫ってきた。すんでのところで身を屈めてかわす。そのまま喉輪で掴んで地面に倒そうと右手をつきだしたが,かわされる。速い。

 あたしの空いた右わき腹に黒い奴の右足が向かってくる。左腕と左足でガードを作って受け止める。

 「!」

 想定以上の衝撃であたしは3歩ほどの距離,横に弾かれた。

 着用者は何かの武術をやっている。それに加えて,機体性能が相当高い。

 「火の手が予定より速いです!脱出が間に合わなくなる!予定変更です、撤収しましょう!」

 後ろの潜水挺から男が声を張る。

 そうはさせない。

 急いで黒い奴と潜水挺の間を遮る。

 おそらく,こいつを回収しなければ,あの潜水挺は発進できない。もし潜水挺が単体で逃げても,こいつを取り押さえれば連中の足を探ることができる。

 倒すのみ。

 あたしは黒い奴に向かって構え直す。

 お互いに出方をうかがって動けずにいると,倉庫の方から響く大きな爆発音とともに,地面が揺れ,あたしの注意が一瞬,黒いヤツからそれた。

 次の瞬間には目の前に黒い奴がせまっていた。右の回し蹴りが飛んでくる。大きく後ろに飛んでかわし,蹴り終わりを狙って踏み込み,こっちも右の蹴りかぶせるが,黒い奴もかわす。動きが速い。反応が良い。さらに黒い奴が打ち込んできたローキックはかわせず,そのまま受ける。強い衝撃が走り,側部パーツに若干のダメージが残る。 あたしもローキックを返し,さらに身体を回転させて左の後ろ回し蹴りを叩き込むが,黒い奴は左腕で受けきった。おそらく,キックボクシングか何かの経験者だ。それも相当なレベルの。

 黒い奴が間髪入れず右の蹴り,左の後ろ回し蹴りを放ってくる。

 ガードを固めたあたしの目に,一瞬,何か光るものが映った。

 黒い奴の右手が,発光したように見えた。それが目の前に迫ってくる。何かまずいことが起こる。だが,かわすには間に合わない。

 あたしはとっさにその右の拳を左手で掴む。

 画面が真っ白になった。

 モニターの上部に黒い奴がいる。何であたしはこいつを見上げてるんだ?

 目の前にコンクリートの地面が広がっている。

 あたしは今倒れている。まずい。

 黒い奴が足を高くあげる。

 イザナギの反応が鈍い。動けない。

 銃声が響く。1発2発3発。

 黒い奴がいなくなる。

 逃がしちゃう。

 あたしは黒い奴の方に向けて右手から発信機を射出した。

 あたしの足下に小松さんの1号機が駆け寄ってくる。

 「英理!英理!英理!立て!」

 小松さんの叫び声が、あたしの意識をはっきりさせる。

 「分かってる…ぅう」

 少しずつイザナギの機能が回復してきている。何とか立ち上がる。見ると小松さんがきた通路の方からも煙が流れ込み始めている。

 遠くで何かが爆発する音が聞こえた。

 それに重ねて、潜水挺のモーター音と水をかき回す音が聞こえる。

 「逃がしちゃった…。すみません…。」

 「お前が無事なら良い!今は逃げることだけ考えろ!やばいぞ!ローラーは動くか?」

 「何とか…」

 「突っ切るぞ。ついてこい。」

 あたしと小松さんは下ってきた道を一気に駆け上がった。

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