第5話 アンダーザ・サン

太陽工業に入社したのは,何年前だったか。始めは,社長と自分を合わせて4人だけの,本当に小さな会社だった。会社という言葉自体あてはまるのかどうか,というような。

 キックボクシングのプロで食っていくつもりだった。社長が格闘技好きで,自分の試合もよく見に来てくれていた。しかし、試合中にのアクシデントで膝を痛め,長期休養でスポンサーも離れていった。行き場を失っていた自分を拾ってもらってから,社長と一緒にがむしゃらに働いてきた。気付けば,副社長という肩書きが付くようになっていた。

 どんな仕事でも,とにかく受注して,こなしてきた。徐々に社員も増えていき,装甲具の数も増え,業績も順調に伸びていた。

 しかし,大手の建設会社が近隣にやってきて,根こそぎ仕事を受注するようになった,10年ほど前から,太陽工業の仕事は激減した。悪いことに,ちょうど装甲具を増やしたところだったため,そのローン繰りも厳しくなり,従業員の給料の支払いも滞るようになった。

 そんな頃,近づいてきたのが,高島組だった。

 組と近づくのだけは止めた方が良いと,社長に対してずっと言い続けた。しかし,組が申し出た支援金額は,当時の太陽工業の財政難をほぼ解消できるくらいのものだった。さらに,組の口利きで,様々な工事現場の受注もできるようになるという話だった。

 社長は,飛びついた。

 その見返りが,薬物の密輸の片棒を担ぐことだった。海沿いに位置する太陽工業の敷地は,密輸してきた薬物の受け渡しに最適の立地だった。

 あの時,無理やりにでも社長を止めておけば良かったと思っている。

 確かに,一時的に,会社の業績は持ち直した。何とかローンの支払いも出来て,工事の受注も継続してできるようになった。

 しかしそこからが地獄だった。組からの薬物の仕事を引き受けなければ,仕事が受注できなくなった。他のルートから仕事を受注したら,薬物の密輸に手を染めていることをばらすと,脅されるようになった。そして,仕事は定期的に入ってきたが,現状をぎりぎり維持できる程度の収入しか得られなかった。その収入も,組が斡旋してくる装甲具の購入で削られることが多かった。

 飼い殺しだった。そんな状態を何年も続けてきた。

 そして今,自分の手には,工事用の道具ではなく,物騒な兵器が握られている。噂では聞いたことがある。対装甲具用砲弾。戦争映画や,海外のニュースで見たことがある,そんな,非現実的な武器だ。

 ずいぶん,遠くに来てしまったな。

 何となく,そう思った。

 ドヤ街が近づいてきた。バイクのブレーキを踏む。

 この砲弾で,全部吹き飛ばせ。

 そういうシンプルな指示だった。

 ******

 「小判町?ドヤ街じゃない。」

 「どうやらそこに,最近労働者の間で出回ってる脱法ドラッグの売人がいるみたいなんだと。刑事部の捜査第五課が生活安全部の薬物対策課とも協力してずっと追っていたらしい。」

 小松さんの連絡で,あたしと風間君はミーティングルームに呼び出された。部屋には小松さんのほかに,刑事部捜査第五課の矢島さんと佐藤補佐が座っていた。

 「あそこかぁ…。」

 日雇いの労働者が多数集まるドヤ街,小判町。昼間から道ばたで缶ビールを飲みながらたむろしてるおじさんや、車いすに乗ったおじいさん、やくざ系の人など、素性不明な色とりどりの人々が独特の空気を作り出している。それらの人々が,格安の簡易宿泊所を流れ流れて生活していて、街の実体をつかむことは不可能に近い。足がつきにくいという特性は、もちろん様々な犯罪の温床になりがちだった。

 最近の小判町で流行っていたのが、日雇い労働者向けのドラッグだった。今年に入ってからも何度となく、違法ドラッグ所持で逮捕者は出ているものの、誰も彼もが「路上で買った。」と言った程度の証言しかせず、売人の特定には至っていなかった。労働者が装着具使用の際に使うことが多いので,基本的には捜査第五課が主導で捜査しているけど,生活安全部の薬物対策課も別口で動いているらしい。

 「あそこ、道が狭いからイザナギ持っていきずらいじゃんね。」

 「装甲具を使うような事態になるでしょうか?ドヤに装甲具を持っている人間がいるとは思えませんが。」

 確かに。風間君のおっしゃる通り。装甲具を個人所有する金があったら,ドヤなんかにいない。

 「いや,なにがあるか分からない。最近の小判町は,薬物の流れが活発で,表向きは簡易宿泊所だが,実際は違法組織の事務所になっているビルもある。さすがにB級以上の装甲具はないだろうが,装着具,C級装甲具程度なら出てきてもおかしくない。」

 矢島さんは真ん中分けでサイドを軽く刈った髪に,一重まぶたののぺっとした顔で,黒縁のめがねがトレードマーク。メガネを外すと,特徴という特徴がない。街中では周囲にとけ込んで本当に目立たない。どこにいっても、存在感を消せる人。うっかりすると、署内でも気づかずにすれ違ってしまう。

 「捜査第五課の調べで,いくつか分かったことがある。まず,最近の事件の3人はいずれも小判町のドヤにいたことがある。高速道路で暴れていた山中大介が今年の3月頃まで,サイクロンに乗っていた木島義男が5月まで,そして,こないだ第2小隊が取り押さえた,B級のリキラクⅡを装着していた高森茂美は、事件の時まで,約半年ほどドヤに住みながら生活していた。」

 矢島さんが資料に目を落としながら話す。

 「全員そこで売人と知り合ったってこと?」

 「可能性はある。どうも、三人とも同じ簡易宿泊所にいた時期があるらしい。とりあえず,高森のすんでいた部屋が関係機関からの情報で分かったから,ガサ入れしてみようってわけ。三人とも薬物反応はばっちり陽性だし,器物損壊,公務執行妨害もついてるから令状はあっさり取れた。」

 さすが矢島さん。仕事が早い。

 「あんまり手薄にできないから,これの護衛は西恩寺と風間の二人で行ってくれ。小松坂は待機。」

 「えっ?隊長が待機ですか?」

 「護衛だからな。何か起きれば小松坂と第1小隊の力も借りるが,とりあえず二人で行って。ちょっと今は装甲具をあまり分散させたくない。まぁ,どうしようもなくなったら,俺が出動してもいいけどさ。」

 「え?補佐が?」

 「俺,結構強いんだよ。」

補佐がにやにや笑う。

 「まぁそんなこたぁ,どうでもいい。とりあえずよろしく。矢島ちゃん,頼むね。」

 ******

 「あんまり考えたことなかったけど,補佐って装甲具の免許持ってるんだよね?」

 昼間のこの時間帯は少し渋滞する。予定よりプラス10分ほどかかりそうだった。あたしと風間君はイザナギを装着して,移送車両の中で待機していた。ドヤに向かうということで,矢島さんは官用の普通乗用車に乗り,あたしらは市街地で目立たないなように,地味な中型トラック風の移送車両に乗った。一見するとどっかの運送屋にしか見えない,運転席部分が白,積み荷部分が銀色のコンテナタイプだ。

 「補佐は,英理先輩が第2小隊に配属される以前,装甲具を着て出動していたことがあるそうです。自分も実際には見たことはないですし,補佐がどういった経歴なのかは,存じ上げていないのですが…」

 「あら,珍しい。風間君なら補佐の経歴も全部知ってるかと思った。」

 「さすがに上司の経歴まで全部把握してないですよ。それに…。」

 「ん?」

 「そういえば補佐って意外と自分の経歴とか話さないですよね。」

 まぁ,確かにそう言われればそうかなと思う。あんまり気にしたことなかったけど。

 「もうすぐ着くぞ。何かあったら呼ぶから,いつでも出れるようにしといてくれ。篠崎,頼むぞ。」

 前の車に乗っている矢島さんから通信が入る。

 「了解です。イザナギ2号機,3号機,待機状態から起動前駆状態に入ります。英理さん,風間さん,よろしくお願いします。」

 本部のオペレーティングルームから,夏美ちゃんの通信が入る。名前を呼ばれた風間君の通信ラインから,わずかに「もふっ」という鼻息が聞こえたのをあたしは聞き逃さなかった。

 「風間さん,夏美ちゃんの声で,鼻の下が伸びきってますよ。」

 あたしと風間君だけの直通ラインで話してあげるのは,先輩としての優しさである。

 「っ!伸びてません!何言ってるんで…、あ,直通か!いや,ほんとに…」

 うん。良い感じでてんぱった。満足した。

 「夏美ちゃん、二機ともOKよ。何もないことを祈りましょ。本当に…。」

 小松さんが居ないって言うのは,何となく背中がすーすーする。もちろん,風間君のことは信頼してるが,隊長というのは,やっぱり居た方がいい。居るとムカつくこともあるけど。

 直通ラインでなにやらぶつぶつ言ってる風間君を放置し,あたしはモニター越しに外の様子をうかがう。風間君には現場に集中して欲しいものだ。

 道ばたには生ゴミなのか,泥なのか判然としない半ば固形化した液体が散乱し,汚れた作業服姿のおじさんや,車いすに乗った老人が通りを行き交う。簡易宿泊所の壁にもたれて,3人ほどが缶ビールを飲んで酔っぱらっている。その向こうには立ち飲み屋があるようで,のれんのすきまからやはり酒を飲んでいる人たちの姿と,かすかなカラオケの声が聞こえてくる。

 道路の脇に車を止めて,矢島さんを先頭に捜査五課の係員二人が目的の簡易宿泊所に近づいていった。

 「痛っ!!」

 轟音が鼓膜を突き刺し,あたしは反射的に外部音声マイクのボリュームをゼロにした。

 モニターは煙で真っ白で何も見えない。

 「夏美ちゃん!開けて!風間君行くよ!」

 移送車の側面が一気に開く。熱気を帯びた煙が移送車の中に一気に流れ込む。あたしは煙の中に飛び降りて,モニターのノイズリダクション機能を最大にする。荒い画面の先に,現場から大通りに向けて走り去ろうとする小型バイクが見える。

 「止まりなさい!」

 なんて言われて止まる奴は始めから逃げない。とは言え,制止を無視したという事実は重要だ。やましいことがあるってことだから。

 「風間君はこっち頼むね!」

 あたしはローラーを起動する。舗装されたアスファルトの上を滑走し,バイクとの距離を一気に詰める。

 「!!」

 信じらんない。研修所の海外視察で一度だけ見たことがある、対装甲具用ロケット砲だ。バイクには二人乗っていた。後ろに乗っている方が肩に担いであたしに向けてるのは間違いなくそのロケット砲だった。

 あたしは急速に減速し,進行方向を変える。その脇を砲弾が飛んでいき,すぐ近くの地面に着弾する。地面がぐらついて爆風にあおられる。体勢を低くし,爆風をやり過ごしてから通りに目をやると,すでに小型バイクは大通りに入って視界から消えていた。

 「夏美ちゃん!ちゃんと撮れてた?!」

 「映像,解析に回してますが…ノイズが多く,時間がかかりそうです…。」

 「小型バイクの二人乗りは目立つから,地域課にも連絡して!」

 「連絡済みです…あ,佐藤補佐と通信がつながりました。」

 勘弁してよ補佐。

 「当たりだったじゃないですか!」

 「悪かったよ。さっき小松坂も向かわせたけどさ。」

 もう遅いよな,って言葉は飲み込んだらしい。言ったら噛みついてやったのになぁ。

 「とりあえず,矢島ちゃんと一緒に現場検証してよ。後,お前砲撃食らったんだって?」

 「対装甲具用の砲弾撃たれましたよ…。ここ日本の市街地ですよね…。」

 ぼそっと,ありえないなぁ,と補佐がつぶやいたのが聞こえた。

 本当,ありえない。

 ******

 「バイクは乗り捨ててあって,先週北区で盗難届けが出てた奴だったって。」

 ドヤ街に行く前と同じ面子に,2課の冬美補佐も加わって,再びみんなでミーティングルームに集まっていた。

 「そこから犯人の足取りはつかめないの?」

 「指紋はいくつか出てるけど,データベースにはヒットしてないな。防犯カメラをつなぎ合わせてるけど,これも途中までだしなぁ。後は例の対装甲具用砲弾だな。」

 矢島さんがぱらぱらと資料をめくる。その横で佐藤補佐と夏美ちゃんが二人して難しい顔をしている。

 「軍事用の対装甲具砲弾なんですよ,これ。しかも中東の紛争地域の方で使われているもので,日本にあるようなものじゃないんです。」

 「こんなものが税関を通るはずもないんで,まぁ密輸だろうが。」

 「本庁も捜査に乗り出すことになったわ。捜査本部を設置するそうよ。」

 両補佐と夏美ちゃんがそれぞれ困った顔で半分独り言のように発言する。

 「結局何が目的だったんですかね。部屋ごと吹き飛ばして。証拠隠滅?」これはあたしの素朴な疑問。

 「それにしてはちょっと派手すぎるけどな。まぁ,でも本当に隠したい物があったなら,あながち馬鹿な方法でもない。物理的に吹き飛ばしてしまえば,調べられないものもあるからなぁ。」

 「データとかね。部屋の中にあったパソコンのハードディスクは復元作業中だけど,粉々になってて,ちょっと意味のあるデータを引き出すのは難しそうね。」

 佐藤補佐は頭を掻いている。

 冬見補佐は腕を組んでいる。

 「何にせよ,今後は装甲具に対する兵器による攻撃も予想されるわけだ。なので,9番ロッカーを常時開けてもらうよう,課長に決裁上げようと思ってるんだ。ね,冬見ちゃん。」

 「ちゃん,はつけないで。セクハラの被害届も上げるわよ。」

 うわ,9番ロッカー開封だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る